第108話 莉子さん曰く、リンゴジュースは片思いの味

 自己紹介終了後は、入室後に長机から手に取った資料を基に、今後の会議日程や役割など、その他補足説明を田村会長が淡々と説明していきスムーズに進行していった。


 初めに説明があったのは当日の着替えについてだ。

 体操着で登校しても構わないらしいが、学校は駅前にある。

 そのためお洒落に敏感な人たちは、学校で体操着に着替えたいと考えるだろう。


 だがそうすると、多くの生徒が更衣室で着替えることになる。

 狭くはない更衣室だが、極端な話、全校生徒が一斉に着替えるとなると、とてもじゃないけど収まりきらない。


 その対策として、10階特別教室フロアにある小講義室、大講義室、音楽室、美術室、書道室の開放が決まった。


 それに加えて部活動に入っている生徒は部室での着替えも認められた。

 だがそうすると、次に気になるのは貴重品の管理方法だ。

 更衣室には鍵付きのロッカーがあるが、他にはないからな。


 けれど考えるまでもなく、自己管理の徹底。

 もしくは職員室で預かることを説明される。


 各競技の審判については、

 1年生が混合競技の『玉入れ』『借り物競争』『バドミントン』。

 2年生が男子競技の『バスケットボール』。

 3年生が女子競技の『バレーボール』を担当する。


 1年生担当の混合競技は3種目もあり大変だが、競技自体は難しいルールもないため、それに関しては負担や責任が軽いかもしれない。


 次に、組分けについて。

 これは前に古町先生から説明もあったが、よくある紅組、白組の2組ではなくクラス対抗となる。

 1年生から3年生を含めた、Aクラス対Bクラス対Cクラス対Dクラスの形式だ。


 それから各競技の参加人数について。

 前提ルールとして、各クラス1人1種目に参加しなければならない。

 男子競技のバスケットボールは、5対5形式となる。

 各クラス2組、計10人が参加することになる。


 女子競技のバレーボールは、9対9形式となる。

 各クラスから計9人が参加する。


 男女混合競技については、先ず玉入れから。

 玉入れは、男子5人、女子4人の計9人が参加となる。

 借り物競争は、男子2人、女子4人の計6人が参加となる。

 バドミントンは、2対2のダブルス形式となる。

 男子2人組1ペア、女子2人組1ペア。

 計4人が各クラスからの参加人数となる。


 これら全ての競技の参加人数を合計すると、38人が参加することになる。

 名花高校は40人学級の為、体育祭実行委員の2人を除けば調度になる。


 万が一、欠席や体調不良で欠員が出た場合のみ、すでに別の競技に出ていたとしても代理出場が認められる。


 最後に各競技の配点数について。

 どの競技も等しく――。

【1位】50点 【2位】30点

【3位】10点 【4位】5点


 4位など雀の涙程度の点数にも感じるが、これとは別に特別ポイントもある。

 学年によって加算されるボーナスポイント、所謂いわゆる”ハンデ”というやつだ。


 1年生の場合――。

【1位】20点【2位】15点【3位】10点


 2年生の場合――。

【1位】15点【2位】10点【3位】5点


 3年生の場合――。

【1位】10点【2位】5点


 と、言った具合に加点されるため、1年生からすればかなり有利なルールとなっている。


 これとは別に特別賞もある。MVP賞とも言う。

 全ての競技を終え、生徒会役員からMVPに選ばれた生徒が所属するクラスには、50点が加点される。


 資料もあり田村会長の説明も分かりやすかったため、ここまでの説明では特に疑問もなかったが、1つだけ気になることがある。


 資料を見ると、2日目閉会式前の時間帯が空欄になっている。

 この空欄について内容が明かされていない。


 単なる記載ミスの可能性もあるが、田村会長のきっちりしてそうな性格を考えると、その可能性は低そうに感じる。


 そしてやはり、この空欄は敢えて空欄にしていたと田村会長が説明する。


「最後に、2日目閉会式前の空欄について説明する。だがその前に、これから話す内容、決める内容は、ここにいるメンバーだけの秘密となる。当日、記載されている時間まで他言することを禁止させてもらう――――このまま説明していいか?」


 あまりいい予感はしないが、異論を唱える人もいないため黙って頷くしかない。


「――では、説明する。空欄部分については、体育祭実行委員の24人で争う競技となる。競技内容は今からこのメンバーで話し合って確定させてもらう。質問がなければ、話し合いを開始してくれ」


 なるほど。結局、競技には参加しないといけないらしい。

 下手に誰かと代わっていたら、恨まれてしまう所であった。

 ただ、急に話し合えと言われても誰も口を開こうとしない。

 生徒会側で決めてくれても別に構わないのだが――。


 不満を抱いても仕方ないし、考えるとするか。

 空欄に設けられている時間は14時30分から14時50分までの20分間だけである。


 この短い時間で何が出来るだろうか。

 中学生の運動会で僕も参加したから、一応1つだけ思い浮かんだ。

 けれど賛同を得られるとは思え難いからあまり言いたくない。


「埒が明かない。1年Aクラス。何か案はないか? なんでもいい。言ってみてくれ」


 そんな無茶ぶりな。


 そう不満を言いたくなるが、早く帰りたい気持ちもある。

 仕方ないから、浮かんだ競技を言うだけ言ってみよう。


 そう考え立ち上がろうとすると、莉子さんが僕の右手を掴み、目の前にメモ紙を差し出してきた。


 ――郡さん。ちょっとだけ勇気を出す時間を稼いでください。

 と、達筆で綺麗な字で書かれている。


 嫌々立ち上がり発言する気持ちが、前向きな気持ちへと変わった。

 友人の願いを叶えたいという僕のために、頑張って時間を稼ぐとしよう――。


「はい、では。20分と限られた時間ですと、そうですね……綱引きくらいしか思い浮かばないですが、どうでしょうか? 人数、時間、簡単なルールが揃っていて、現実的だと思うのですが……中学生のころに行いましたが、それなりの盛り上がりも見せたと思います」


「綱引きか……そう来たか…………いや、貴重な意見をありがとう。他にはどうだろうか?」


 検討の余地もなく却下されてしまった。

 ごめん、莉子さん。大した時間も稼げなかった。

 でも確かに、最後に行う競技としては華がなかったよな。


 せめてもう少しくらい検討してくれても……ああ、なるほど。最後、か――。


 今さら気付いたが、最後の競技はあれしかない。

 時間もどうにか都合が付くだろうし盛り上がりもする。

 まさに、これしかないと言った感じだ。


 田村会長が面倒な手順を踏んでいる理由に見当は付かないが、生徒会の中ではすでに決まっているのだろう。


 おかげで、僕の醜態を晒す場となってしまった。

 そんな後悔する気持ちに襲われ、居た堪れない気持ちになっていると、莉子さんから二度目となるメモ書きを渡された。


 ――郡さん、私のためにわざとパッとしない競技を言ってくれたのですね。ありがとうございます。おかげで勇気がもらえました。


 うん、僕にも都合がいいしそういうことにしておこう。


 知らぬ間に僕を救ってくれた莉子さんが堂々と挙手する。

 そしてすぐに発言の許可がされ立ち上がる。


「郡さん、お引き立て、ありがとう、ございました。最後と、言えば、やはり…………リレーが、良いと思います。運動会、体育祭の、花形種目でも、ありますので、如何で、しょうか?」


「なるほど、二段構えの意見だったとはお見逸れした。リレー、いいではないか。むしろ、これしかないと言った感じだ。他の人はどうだ? 反対意見がなければ、このまま決めてしまいたいが」


 莉子さんのおかげで、僕の醜態もなかったことになったな。

 帰りにジュースか何か奢らせてください。


 でも今はそれ以上に――。


 莉子さんは成長している。

 すでに僕の手伝いが不要だと思えるくらい立派に。


 あまり詮索はしたくないが、誰が莉子さんのことを変えたのだろうか。

 気になってしまう。

 格好良い人と言ってはいたが、幸介ではないと言っていた。

 他に思い浮かぶ人もいないし、もしかしたら僕も知らない先輩の誰かなのかもしれない。


 もしもそうだとしたら、莉子さんは僕のことを年上好きと言えないじゃないか。

 今度言われたら、カウンタ―で言い返してみようかな。


 1人、体育祭とは全く関係ないことを考えていたら、三度目となるメモ書きを見せられる。

 何々、今度はなんて――。


 ――郡さん、何悪い事考えているのですか?

 と。


 どうして僕の周りにいる女の子は勘がいいのか。

 というか良すぎやしないか?

 無表情で何考えているか分かりにくい。

 そう気味悪がられてきた筈なのだけど。


「では、リレーで決まりだ。リレーの獲得ポイントについては当日発表する。初日で説明することも多く、長くなってしまったが、次回からはもう少し手短にする。皆、最後までよろしく頼んだ。今日は解散だ、お疲れ」


 田村会長と元樹先輩が完全退出すると、ほとんどの人が一斉に席を立ち、一目散に小講義室から退出して行った。


 確かに時間も遅くなったし、早く帰りたくて仕方がなかったのだろう。


「私たちも、帰りましょうか、郡さん」


「家まで送るよ。あと、帰りにジュースでも買ってあげる」


「え……なんですか、急に? 怖いん、ですけど? あ、送迎は、お願いします。私、か弱き女の子、ですからね。夜道は、怖いので。か弱いですから。あと、ジュースは――」


「はいはい、分かってるって。リンゴジュースでしょ? あと、まだ日は暮れていないから夜道ではないと思うよ」


「……郡さんのくせに、生意気ですっ。ふんっ」


「ご馳走しないよ?」


「けちくさい男は、モテませんよ?」


「別にモテたいとは思っていないけど?」


「なるほど……つまり、郡さんは、私……いえ。莉子のことが? でも、すみません。私、好きな人がいるので、ちょっと……」


「告白すらしていないのに、勝手に僕を振らないでほしいな」


 その後も、似たような会話を繰り広げながら、近いようで遠い、それ以上は縮まることない距離感で帰路に就いたのだが――。


 1階のコンビニエンスストアで購入した紙パックのリンゴジュース。


 ただのジュースを大切そうに抱えていた莉子さんの姿が、やけに印象に残されることになった。

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