第107話 鬼畜、屑野郎、女泣かせ。それが僕?

 始業式があった週の木曜日と金曜日。

 この2日間は莉子さんが落とした27回という爆弾の後始末に追われた。


 1年Aクラスの八千代郡は鬼畜、屑野郎、女泣かせ。


 その噂を聞きつけやって来た美愛みあさんに面白おかしくからかわれたり、他クラスの知人友人が真偽を確かめに、笑いに来たりして散々だった。


 けれど、僕に直接聞いてくれる人たちに否定や弁解をその場で行ったおかげか、はたまた美愛さんが協力してくれたおかげか、次第に誤解だと訂正されて行き、鎮火することが叶った。

 まあ、間違いなく後者だろう。


 互いの予定が合わず、夏休みに会うことが叶わないまま、また1つ美愛さんに大きな借りを作ってしまった。


 そして週が明けた月曜日。

 その放課後、僕は莉子さんと一緒に10階特別授業室のフロアにある小講義室へ向かっている。

 向かっている理由は、第一回目となる体育祭実行委員の集まりがあるからだ。


 ここから――莉子さんの本当の願いであり目的を達成するための1歩が始まる。


 大切な友達である莉子さんとの約束を守るためにも頑張らないといけない。


 いや、違うな。


 約束をしたから頑張るのではなく、友達のために僕が頑張りたいのだ。


「郡さんは、嬉しいですか? 実行委員の、不参加、通知は」


 莉子さんが質問して来た不参加通知とは、帰りのホームルームで古町先生が説明してくれたことについてだろう。


 体育祭当日、実行委員は審判などの雑用で多忙を極める。

 そのため、競技に参加しないようにと生徒会から通知があったらしい。


 古町先生からその説明を聞いた運動の苦手な人たちは、先に知りたかった、それなら実行委員になることも考えたと不満の声を漏らしたが、僕としては実行委員の方が大変だと思っている。


 そのため、ペアが莉子さんでなければ是非とも代わってあげたかった。

 何なら、図々しくも莉子さんを狙って僕に代われと言ってきた2人もいた。

 やんわり断ったが、絶対に譲ってなるものかと心の中で言ってやった。


「参加できないことは少し残念な気もするけど、みっともない姿を晒さなくてよくなったことは嬉しいかもしれない。莉子さんは?」


「私も、同じですね。借り物、競争くらいしか、出きそうな競技が、なかったですし」


「莉子さんって足速いの?」


「速いですよ? 危険を、回避するには、速くなければ、生き残れない、ですからね」


「つまり逃げ足が速いのか」


「そうとも言います」


 それから、瞬発力はあるけど持久力は皆無だと教えてくれた。

 教えてくれなくても、なんとなくそんな感じはしたけれども。


 さて――。


 体育祭で行われる競技だが、人よりも小柄な莉子さんや美海に不利な競技が多いかもしれない。

 男女混合の全体競技は『玉入れ』。

 それと『借り物競争』に『バドミントン(ダブルス)』。


 男子だけが参加する競技が『バスケットボール』。

 女子だけが参加する競技が『バレーボール』と決まっている。


 少なく感じてしまうが、僕たちが通う名花高校は体育館しかないため出来る競技が限られてしまい、仕方がないのかもしれない。


「到着、です、ね……」


「どうぞ、レディーファーストです莉子さん」


 起源である弾除けの意味ではなく、後発的に広がっていった紳士的振る舞いの意味でのレディーファーストだ。


 その意味でレディーファーストと言うならば、せめて教室の扉くらい開けてあげた方がいいのかもしれない。


 けれど、これは始まりの1歩なのだ。

 ここは莉子さんが自らの手で開けるべき。


「私は、弾除けじゃ、ありません」


 どうやら莉子さんも起源を知っていたようだ。

 チクッと不満の言葉と視線を刺すと、扉の前で深呼吸を繰り返し始めた。

 中には上級生もいるし緊張しているのだろう。

 だが、いよいよ決心がついたのか入室の確認をしてくる。


「さて、郡さん。入りますよ? いいですか? いいですね? 開けますからね?」


「僕は後ろから着いて行くだけだから、莉子さんに任せるよ」


「いざ、尋常に――参ります」


 まるで戦場にでも突撃して行くかのような掛け声であったが、からかうことはしない。


 今この瞬間は、莉子さんにとって戦場そのものなのだから。

 そして、気合を入れた莉子さんは見事入室を果たした。


 大将に続いて行くが、入室してすぐに顔なじみとなった3年生の先輩に声を掛けられてしまう。


「よっ! 郡も実行委員だったんだな。あ、そこの長机に置いてある紙を手に取って、裏面に書かれている席に着いてくれ」


元樹もとき先輩、こんにちは。元樹先輩も実行委員なんですね? 紙は……これですね? ありがとうございます」


 元樹先輩に指示された紙を手に取り莉子さんに手渡す。

 莉子さんには先に着席するよう伝え、僕は元樹先輩の前に移動して返事を待つ。


「ああ、俺は実行委員じゃなくて生徒会の書記なんだ。だから今日は生徒会長の付き添いだ」


「生徒会だったんですね。驚きました」


 入学式で紹介のあった生徒会長の顔と名前は把握しているが、他の生徒会役員については興味もないため知らなかった。


 それと――失礼かもしれないが、あまり生徒会をやるようなタイプには見えなかったし、元樹先輩が生徒会役員ということに驚いた。


「はははっ、見えないよな? まあ、よく言われっから気にすんな! そりより、全クラス集まったみたいだし郡も座ってくれ」


 僕の失礼な考えなどお見通しだったみたいだが、元樹先輩は笑って流してくれた。

 ただ、後輩である僕からすると、否定も肯定も難しいため頭だけ下げて莉子さんが座る隣へ腰を下ろす。


「郡さん、3年生の、生徒会の人と、お知り合い、だったのですね? それも女子、じゃなくて、男子。驚きです」


「性別について驚いたことは流させてもらうけど、美愛さんとの時に良くしてくれた先輩なんだよ。面倒見が良くていい先輩だよ」


 小狡い僕は、敢えて元樹先輩にも届くくらいの声量で莉子さんに返事を戻した。

 おかげで元樹先輩にも伝わったようだが、照れてしまったのか頬を掻いている。

 立派な体格から、勝手に大雑把な性格だと決めつけていたが繊細な人なのかもしれない。


「美愛さんと言うと、私にはない、2つの凶器を持っている、美人な先輩ですね。本当に郡さんは、年上女性が、好きなんですから」


「いや、今の話と関係なくない? あとまた変な目で見られるから声抑えてほしいな」


「ふんっ。だ!!」


 そっぽを向き、莉子さんが分かりやすくいじけたところで、まだ姿が見えていなかった生徒会長が現れ、第一回体育祭実行委員の会議が始まる――。


「生徒会長の任を預からせてもらっている田村将平たむらしょうへいだ。体育祭のような学校全体で行うイベント事は生徒会が仕切っている。だから、俺がこのまま司会進行を行っていく。よろしく頼む」


 田村会長に続いて元樹先輩も自己紹介を始め、それが終わると3年生から順に名前だけの簡単な自己紹介が始まった。

 学年やクラスについては、着席している場所を見れば一目瞭然だから省かれたのだろう。


 簡潔で時短にもなるからいいと思うし、莉子さんにとってもハードルが低くなるため、とっかかりとしては助かる。


 実行委員は各クラスから2人。

 各学年AからDクラスの4クラス構成だから、トータル24人となる。

 そのため、名前だけの自己紹介はあっという間に進んでいき、僕の順番も終わって莉子さんの番となった。


「平田莉子です。よろしく、お願い、いたします」


 ただ、自分の名前を述べるだけの簡単な事だ。そのためあっさりしている。

 けれど、引っ込み思案な人にとってはその簡単な事も難しい。


 夏休み前の莉子さんには、下を向かず前を向き、胸を張り堂々と自己紹介することなど不可能だっただろう。


 たったこれだけ、それが出来るようになったことが凄く嬉しく感じる。


 莉子さんをうんっと、褒めたくなる気持ちをグッと我慢して、このまま残りの実行委員の自己紹介を聞いて過ごす。


 これくらいで満足してもらったら困るからな。

 でも、最後までやり遂げたら、その時にはうんっと褒めてあげよう。

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