第106話 クラスの女子が陰で鈍感野郎と言っていた【28回目】

 始業式では熱中症で途中退出した人や倒れた人がいて、ちょっとした騒ぎがあった。

 それ以外では、目新しい話もなく校長先生の長い話が終わってからはつつがなく終了となった。


 各教室にモニターがあるのだから、夏場や冬場など極端に気温が高かったり低かったりする日は、体育館に集まらない方がいいと思う。


 このご時世だ、今日みたいなことが頻繁に起きたら学校の評判にも関わるだろうし、美海や美波、友達が倒れるのも心配だ。


 誰かが倒れたら先生だって大変なのだから。

 余計な仕事を増やすことになるが、あとで古町先生に提案だけしてみよう――。


 帰りのホームルームでされた話については、来週の水曜から始まる前期末試験、それと席替えについてだ。


 試験の説明はおさらいのようなものだったため、そこまで真剣に聞かずとも問題なかった。

 席替えについてもすぐに行う訳ではないようだ。

 いつ行うかと言うと、今言った前期末試験、その後に控えている体育祭。

 それらが終わると前期期間が終了となる。


 そして夏休みが終わったばかりだというのに、9月24日から10月1日までの8日間、期間休業となる。つまり秋休みだ。


 学生の僕らからすると嬉しい悲鳴だが、先生たちは前期のまとめ作業や来年入学を希望してくる子たちの学校説明会があったりして忙しいらしい。


 話が逸れてしまったが、席替えは前期終業式の日に行うと説明があった。

 今の席は気に入っていたけど、仲の良い人はみんな前にいるから少し寂しかったりもした。

 だから席替えは少し楽しみかもしれない。


 ただ、僕が一番前に移動して他の皆が一番後ろになったりしたら……いや、考えてはいけない気がする。


「――連絡事項は以上となります。皆さん、明日からは通常授業となりますので、夏休み気分は今日で終わりにして下さい。では、さようなら」


 相変わらず古町先生の話は要点がまとまっていて聞きやすい。

 考え事をしながらでも、スッと耳に入ってくるから何も問題がない。


 さて、お腹も空いたし帰ろうかな――あ、いや。

 美海や他の人にも朝の説明をしないといけなかった。

 泣かせたことは事実だからどうしたものか。


 着席したまま言い訳を考えていると、莉子さんが勢いよく立ち上がった姿が見えた。

 その莉子さんだが、どうしてか真っすぐに僕を見て近付いて来る――。


「郡さん! 今日、家に来ませんか!? お母さんが、会いたいって」


 ただでさえ1日注目を浴びている莉子さん。

 その莉子さんが勢いよく立ち上がったものだから、さらに注目を浴びることになった。


 つまりは今の発言をクラスメイトのほとんどが聞いていたことになる。

 すると困ったことに、お母さんが会いたいといった気になるワードが飛び出したことで、たちまち教室が騒がしくなってしまう。


「莉子さん……また急だけど、何かあった?」


「あ、すみません。お昼ご飯の、お誘いです。ダメ……ですか?」


 なるほど、お昼をご馳走してくれるのか。

 誘ってくれること自体は純粋に嬉しいから、お誘いはありがたい。


 ただ、『家』『お母さん』『会いたい』。


 その言葉選びは反省をしてほしい。

 おかげで大注目だ。

 美海との約束もあるから返事に悩んでいると、久留米くるめさん、白田しろださんの女子2人が、見当違いな質問を投げ掛けてきた。


「ね、ね、ね! お母さんへのご挨拶ってことは、平田さんと八千代くんって付き合っているの?」


「あとあと! 朝も一緒に登校して来たって聞いたよ? 2人してイメチェンもしたし……付き合っているからだったりするの?」


 僕がイメチェンをしたのは、莉子さんよりもひと月も前のことだけど、クラスの人からしたら些細な違いなのかもしれない。


 それよりもだ、あれだけ騒がしかった教室が静まり返っている。


 まあ、質問の返答が気になっているのだろう。

 目線を向けてくる人がほとんどだが、向けていない人も動きを止めているから耳を傾けていることは見て分かる。


 一種の団結力を感じるくらいクラス仲は良いようだ。

 体育祭の時もこの団結力を発揮してくれたら、実行委員としては嬉しいかもしれない。


「ど……どう、なんですか? 郡さん?」


 いや、どうして莉子さんも質問者側に回っているんだ。


 好きな人のために頑張っているのだから、変に悪乗りして間違った噂が広がったら困るのは莉子さんでしょ。


「幸介や順平、五十嵐さん、上近江さんや佐藤さんと同じように、気の合う友達かな。あと莉子さん? 僕と付き合っているって噂が流れたら自分も困るんだから、変に乗ったりしないの」


「………………分かっています」


「「……そ、そっかぁ~~」」


 俯き返事する莉子さんから漂う妙に気まずい空気。

 その空気に耐え切れなかった女子2人は、そそくさと教室の外に出て行った。


「僕、何か間違えたこと言ったかな?」


「……貴方と、いう人は、まったく」


 莉子さんは呆れた表情をしながらも、どこか可笑しそうに笑ってから続けて言った。


「私は、美海ちゃんも、お誘いして、きますので、郡さんは、考えて、おいてください」


 僕の疑問を解かないまま莉子さんは、美海、佐藤さん、幸介、五十嵐さん、順平を誘って回る。

 ただ、五十嵐さんと順平は用事があるため来ることは叶わなかった。


 そしてその後、駅まで迎えに来てくれた莉子さんのお母さんが運転する車へ乗り込み、自宅へ招待され、平田家で昼食のご相伴に預かることとなり、楽しい昼食会が開催されたのだ。


 ▽▲▽


【28回目】


「(母)郡くん、今朝も言ったけど莉子ちゃんをこんなに可愛くしてくれてありがとう」


「(郡)いえ、恩もありましたし……友達への誕生日プレゼントを贈っただけなので。それよりお昼ご飯美味しかったです。ご馳走様でした」


「(莉)お母さん! 私もたくさんお礼言いましたから! もういいですからっ! 郡さん、外に出ていいですよ、ほら!」



「(母)あっ、もう、莉子ちゃんたら。また……一緒に来た子たちと遊びに来てね」


「(郡)はい、外にいる皆にも伝えておきます。では、お邪魔しました。莉子さんまたね」


「(莉)はい。郡さん、また」



「……行っちゃったね」

「皆さん、バイトやら何やら忙しい人たちですからね」


「それにしても莉子ちゃんたくさんお友達が出来たのね? しかも、美男美女揃い」

「学校で人気もあり有名な人たちばかりです。郡さんを除いて」


「あら、そうなの? 郡くんも人気がありそうだけど?」

「郡さんは割と最近まで莉子と同じように地味で目立たない人でしたし……学校の嫌われ物でしたから」


「どうして…………表情のせいで?」

「はい、そうです。莉子もその1人でした」


「…………」

「でも郡さんは……そんな最低な莉子にも、いつだって優しくしてくれました」


「良い子……って、ひと言では言えないかもしれないね」

「郡さんは器用でいろいろな事が出来て能力が高いくせに不器用だし、にぶちんだし、小狡かったりもします。なんなら意地悪です」


「そう、それで?」

「でも……一生懸命な人。自分のためだと言い張り格好つけているけど、誰かのために一生懸命尽くす人。そんな人なんです」


「男の子だもんね」

「はい。とても格好よくて尊敬できる人です」


「じゃあ……頑張って落とさないとだ」

「莉子では無理です。今日でお母さんも分かったはずです」


「……どうして? まだ分から――」

「莉子を変えてくれたのは郡さんですけど、郡さんを変えた人は美海ちゃんだからです」


「そう、やっぱりあの子が……」

「莉子は2人が大好きです」


「郡くんの優しさは酷い上に残酷ね」

「はい。ですがお母さんは郡さんを悪く言ってはダメです。莉子の想いは莉子だけに許された権利ですから」


「あらあら」

「でも、だからこそ……大好きな2人を見ていると腹立たしくもあります」


「だから莉子ちゃんは頑張っているの?」

「これ以上は……お母さんにも内緒です」


「今日は莉子ちゃんの大好きな唐揚げにしましょうね」

「はい(グスッ)」

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