第105話 莉子さんはだてに27回も泣いていない
海や
花火大会、またはお祭りに行ったと会話する人たち。
誰に彼氏、彼女が出来たと噂話で盛り上がる人たち。
前期末試験について会話する人たち――。
長い休み明けの教室とは、クラスメイト同士さまざまな話題で盛り上がるため騒がしくなるものだ。
話題で盛り上がる他にも『え、誰?』と思うほど、見た目が変わったりした人もいる。
それはいわゆる、夏休みデビューを言われるものだろう。
夏休みデビューと聞くと、地味で目立たないあの子が髪を染めたり、ピアスを開けたり、制服を着崩したりして派手に変貌するタイプ。
それとは反対に、派手な見た目から大人しく地味な見た目になるタイプと二通り考えられるかもしれない。
けれど、今朝から1年Aクラスを騒がせている人は、そのどちらにも当てはまらないかもしれない。本人曰く――。
「これは、一世一代の、夏休みデビュー、なのですよ」
胸を張り自信満々に言っていたりしたが、僕は考えが違っていたため首を傾げてしまった。そして僕が首を傾げた理由に勘違いした彼女はこうも言った。
「誰が、平田い胸族、ですか。あ、平たいと、平田を、掛けている、のですよ? あ、あ、あ、無視、無視、無視しないで、くださいっ」
それで――。
平田莉子は一見すると髪は染めていないしピアスだって開いていない。
制服だって模範的な着こなしをしている。
強いて言えば、髪を切り眼鏡を外したくらいだ。
それでも――。女の子とは恐ろしいかもしれない。
ちょっとしたイメチェン、つまり髪型を変えて眼鏡をコンタクトに変えただけなのに、見た目の印象が180度変わった。
垢抜け具合が凄まじいことこの上ない。
虫を苦手とする彼女には言えないけれど、それはまるで
平田莉子を見たクラスメイトの声を一部紹介すると。
「え……平田さん、なのか?」
「やばい――。ドストレートかもしれない、俺」
「ダイヤの原石だったのかよ……」
「ちっちゃくて可愛いぃぃ。よしよししたいっ」
男子からだけでなく女子からも可愛いと好評のようだ。
内気で暗かった人物と、彼女が同一人物だとは誰も思わないかもしれない。
気にはなる。けれども、クラスメイトなのに平田莉子と接点のない人がほとんどのため、遠目に見るだけで誰1人と声を掛けることが出来ずにいた。
だが、友人である順平と五十嵐さん、クラスでも人気高い2人が話し掛けたことで、それが呼び水となり、平田莉子を気になっていたクラスメイトが集まり、平田莉子と会話を始めたのだ。
そして、会話することで新しく気付かれたことがある。
平田莉子は話をしてみたら、よく喋る上に面白い。
これまでと違って、極端に話を詰まらせることもなくなり、堂々としていて、あっという間にクラスで一番賑やかな場所になった。
夏休み前では想像の出来ない光景が広がっている――。
もしかしたら今だけの一時的な光景かもしれない。
けれど――それでも、莉子さんの頑張りが証明されたのだ。
その様子を一番後ろにある自分の席で眺めていると、学校で1番の美男子に声を掛けられる。
「それにしても凄いな……女って。郡は知っていたのか? 平田さんが可愛いこと」
「なんとなくはだけど。でもここまで変わるとは想像出来なかったかな。怖いよね、女の子って」
「違いない。女は怖い」
僕と幸介が会話を繰り広げていると、新たに会話に加わる人が現れた。
「実は幸介くんって、女の子の敵だったんだぁ~? 女が怖いとかなんとか聞こえてきたけど?」
「いや、言葉の綾というかなんというか……あまりにも変わったから驚いたというかなんというか、なっ! 郡、そうだよな!?」
「あんなに頑張った莉子さんなのに……怖いとか言われたら報われないと思うよ、幸介? だから佐藤さんの言う通りだ」
「――おまっッ!?」
裏切り者を見るかのような目で僕を見てきたが、すぐに僕も仲間入りを果たす。
「八千代くんが先に言っていたのに
「……女の子はきっかけ1つで怖いくらい、格好良くも可愛くもなるんだなって言いたかったんだよ。な、幸介?」
言い訳が見苦しかったのか、美海は冷たい目で僕を見続けている。
幸介に至っては無視だ。
「上近江さんとは今朝も会ったけど、もう一度言っておこうかな。遅くなったけど、上近江さん、佐藤さん、おはよう」
無理矢理すぎる話題転換、急に送った挨拶のせいで一拍の間が出来る。
「仕方ないなぁ」
美海がそう言ってクスクス笑ってから、改めて4人で挨拶を交わす。
幸介と佐藤さんが2人で会話を始めたため、僕は美海に向いて今朝のお礼を伝えようとするも、美海が先に話を振って来る。
「これが八千代くんと莉子ちゃんの内緒にしていたことだったんだね?」
「内緒にしていてごめんね。今朝は僕の代わりに机を直してくれてありがとう」
昨晩、莉子さんとの電話では美海も一緒に登校をする予定で決まった。
けれど美海が断ったのだ。
断った理由は、僕の日課である机の整理を引き受けるため。
それに加えて『私が出しゃばるのは違う』とも言っていた。
最後には『早く莉子ちゃんの迎えに行ってあげて』。そう応援してくれたのだ。
美海には説明も何もしていなかったが、察していたのかもしれない。
「いいよ、これくらい。それに昨日まで夏休みだったから教室も綺麗だったからね。内緒にしていた理由だって今なら納得も出来るし……。でも、悔しいなぁ」
「それでも、ありがとう。上近江さんが悔しがることって何かあった?」
「だって莉子ちゃん――八千代くんを頼ったってことでしょ? 同性の私じゃなくて異性の男の子に負けた気がして、なんだか複雑な気分かも」
「まあ、僕には実績があったからね」
「そうだけどさぁ」
今も不満そうな表情を僕に向けている。
けどすぐに表情を改め、今度は呼び方について聞いてきた。
「2人は下の名前で呼び合っているのに、どうして敬称を付けて呼び合ってるの?」
特に理由はないけど、きっかけか。
莉子さんの母親に会ったことがきっかけだけど、言ってもいいだろうか。
でも、まあ、これに関しては口止めをされていないし美海なら大丈夫か。
「きっかけは、莉子さんの自宅にお邪魔した時に莉子さんのお母さんと挨拶したからかな。僕が美空さんと初めて会った時みたいに、同じ苗字だと紛らわしいと思って、その時に莉子さんって呼んだことがきっかけだね。敬称を付けて呼ぶ理由に関しては特にないよ」
「ふ~ん? でも八千代くんったら、また女の子の家に上がり込んだんだ? 莉子ちゃんの部屋はどうでしたか? スケベさん。莉子さんのお母さんはどんな人でしたか?」
上がったことがあるのは、美海と莉子さんの家しかない筈。
美波の家は僕の家でもあるからノーカウントだろうし。
それなのに美海の言い方では、まるで僕が頻繁に女の子の家へ上がり込んでいるように聞こえてしまう。
「あまり部屋を見てもいけないと思ったけど……物は多かったかな。お母さんは綺麗な人だったし優しそうな人だったよ。あ、思い出したけど上近江さん?」
「物が多いと悪く言ったことは減点だけど、部屋をジロジロ見なかったことは加点ポイントだね。でも、やっぱり年上好きは変わりなさそう……ダメだよ? 同級生の母親に手を出したりしたら?」
定番のネタで僕を揶揄い、クスクスと笑ってから『なんでしょうか、八千代くん?』と聞いてくる。
「僕が意地悪だとか、年上好きだとか他にもいろいろと――根も葉もないことを吹き込んだでしょ?」
「……そろそろ、席に戻ろうかなぁ」
誰かを真似てか、都合が悪くなり逃げようとしたところで、非難するような軽蔑するような大量の視線が僕に降り注いできた。
視線を刺して来ているのは莉子さんの周りにいる人たち。
その中には五十嵐さんや順平も含まれている。
いきなりの集中視線で戸惑いながらも僕が莉子さんに視線を送ると、顔を逸らされてしまった。
――え、何が起きたの?
美海も戸惑っているのか小さな声で『こ、こう君……何したの?』と聞いてきたが、僕が聞きたい。
けれど2人組の男子、長谷と小野がニヤついた嫌な表情を浮かべながら近寄ってきて、答えを教えてくれた。
「八千代、お前最低だな。平田さんのこと27回も泣かせたんだって? 屑だなお前」
「上近江さん、こんな屑と話してたら平田さんみたいに泣かされちゃうから関わらない方がいいよ」
莉子さんは堂々と話しをしていたように見えたけど。
多分、限界を超えたせいで言わなくてもいい余計な事を口走ってしまったのだろう。
放置した僕も悪いから莉子さんを責めたりは出来ないけど――。
だがよりにもよって、何故それを口走ったのか。
あとで莉子さんには、他に何を話したか確認しておいた方がいいかもしれない。
反省と対応を頭の中で瞬時に整理したはいいが、非難とも軽蔑ともまた違った呆れた視線が1つ美海から届いた。
「こ……八千代くん、後で詳しく聞かせてもらいます」
「もちろんですとも」
僕の救世主、古町先生が現れ、チャイムも鳴り、約1か月ぶりのホームルームが始まる。
そして、何1つ誤解が解けないまま始業式を迎えることとなった。
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