第104話 勉強会ってワイワイしちゃうよね【27回目】

 人類の歴史や科学の進歩には、可能性と必要性が隣り合い発展してきたと言われている。つまりそれは、僕たちの遠い祖先、人間は不可能だと言われてきたことを可能にしてきたことを意味する。


 ピタゴラスが言った『必要性とは、可能性の隣人でもある』が有名な言葉かもしれない。


 必要性があるから可能性が生まれ、それを可能にする努力を人間たちはしてきたのだ。


 要は、世の中が必要だと感じるならば必ず実現方法が見つかるということかもしれない――――。


「はい、順平。幸介の本棚を漁って急に哲学の話を始めて現実逃避しない。逃げずに机と向き合ってください。いや、向き合いなさい」


「いや、だってさ……可能性の隣人を見つけたらテストだって乗り切れると思って……」


「正しく解釈が出来ていないせいか使い方を間違えているから。奇跡に頼らず、花火大会の時みたいに自分で何とかすることをお勧めするよ」


 何が決め手かは不明だが、順平だけでなく五十嵐さんまで黙ってくれた。

 ちゃんと机に置かれている教科書と向き合ってくれたようだ。

 よかった、よかった――。


 今日は、幸介からのお願いで勉強会が緊急開催された。

 場所は依頼者である幸介の家。

 集まった人数は9人とかなり多い。

 最初は僕、幸介、順平だけの予定だった。


 けど、このことを順平がメプリで報告したら、あっという間に話が伝わり、『私も! 私も!! 私も!!!』と、あれよあれよと参加者が増えて行ったのだ。


 不幸中の幸いというか、幸介の家は超が付くほどのお金持ち。

 部屋だって広いから、9人でも十分すぎるくらいのスペースが余っている。

 そのため勉強するのに狭い思いもせず快適な環境が整っている。

 まあ、だから勉強会が可能となってしまったとも言えるのだが――。


 少し脱線してしまったが教師役に付いてだ。

 9人の中で勉強を得手とする人は僕と美海、美波の3人。

 だから僕ら3人が教師役として各自別れて勉強を教えている。


 僕が幸介と順平。


 美海みうが佐藤さんと莉子さん、五十嵐さん。


 美波みなみ国井くにい志乃しのさんを見ることになっているが……正直厳しい。


 いやだって、夏休みは今日を含め残り2日だ。

 つまり来週には前期末試験がある。

 急ごしらえにしたって厳しいがすぎる。


 他にも、勉強するには集中力を削ぐ環境が整い過ぎている。

 たくさんの漫画本が収納された大きな本棚。

 取り揃えられたゲーム機やソフト。

 大画面テレビ。さらにはプロジェクターまで揃っている。

 人数が多いため話も止まらない。

 予想はしていたが、収拾のつかない騒がしい状況が続いている。


 勉強を苦手とする幸介と順平は、集中力が持続せず別のことへ手が伸びるし、佐藤さんと莉子さん、五十嵐さんは恋話に花を咲かせていて、美波と国井さんは真面目に取り組んでいるが、圧倒的に美波が教えるのが下手でかみ合っていない。


 シスコンではないが美波は天才なのだ。

 だから、分からない人の気持ちが分からないから仕方がないのかもしれない。


義兄にいさん――」


「……分かった。国井さん、僕が教えてもいいかな?」


「も……申訳ありません。わたしめなどのために、お義兄さんのお手をわ――」


「ああ、そういうのいいから。はい、教科書開いて」


「(鬼。やっぱりこうりさんは、鬼畜)」


「はい、莉子さん。ぼそっと言ったようだけど聞こえているから」


「「「「「………………………………………………………………」」」」」


 美波と国井さん以外の5人から、どうしてか僕と莉子さんに視線が集まっている。

 莉子さんなんて、不意に集まる視線のせいで挙動不審になってしまっている。

 あ、もしかしたら僕と莉子さんが互いに名前で呼び合っているからか。


「こう君と莉子ちゃん、いつの間にそんなに仲良くなったの??」


「美海ちゃん? 可愛いのに、怖いよ? 怖いお顔も、可愛いけど、笑った、美海ちゃんが、見たいな」


「ちょっと莉子ちゃん? こう君みたいな言い回しで話を変えようとしないでよっ」


「つまり、上近江はズッくんにいつも可愛いって言われているってか?」


「そ、そんなこと言っていないよ? 涼子りょうこも変なこと言わないで? 関くんも笑っていないで、涼子を止めてほしいな?」


「いや、上近江さんには悪いが俺には無理だ――」


 美海と莉子さんの会話に順平と五十嵐さんが混ざり始めたので、僕は無視を決め込み、幸介と国井さんと向き合うことにしたのだが――。


「国井さん? 勉強しないなら帰りますか?」


「あ、いや、その……これはですね……」


「言い訳は結構。別に美波の友達になる条件に頭がいいとかはないけど、ある程度出来ないと後々辛くなるのは国井さんだからね?」


「はい……精進致します……」


 国井さんは教科書も開かず幸介に睨みを切っていたのだから、きつくも言いたくなる。

 それに美波は頭が良すぎるから、一緒に居るうちに潰れてしまう可能性だって考えられる。


 過去に何度かあったことだから分かっている。


 せっかく美波と仲良くなってくれたのだ、そうはなってほしくない。

 美波が悲しむからな。


「志乃――がんばっ――」


「も、もちろんですともっっッッ!! みみ様に応援してもらえたなら、こやつを追い出すことなど綺麗サッパリ諦めて、こやつとは言わず幡とだって仲良くしてみせますとも!!」


「いや、ここ俺んちなんだけど?」


 心が――。折れそうだ――。


 唯一の救いは、美波が可愛く応援を送ったことだろう。


 気を取り直して、とりあえず何を苦手とするか確認する為に問題を解いてもらう。

 その間に、質問攻めに晒されアワアワしている莉子さんを助けることにする。

 でないと何を口走るか不安で仕方がない。


 だから美波? 僕から少し離れてほしい。

 嫌って……じゃ、一緒について来て。


「順平も五十嵐さんも今日は何しに来たの? 勉強だろ?」


「いや、ズッくん。気になって勉強に手がつかないから!?」


「ズッ……シスコン、なに隠してんだ? 早く白状しとけ」


「うるさいぞバカップル。さっきから気付いているからな? それと美海と佐藤さんも夏休み明けたら教えるから、それまで我慢して?」


「……気になるけど、分かった。こう君がそう言うなら我慢する」


「ご、ごめんね~。つい、気になっちゃって……」


 隠しているつもりだろうけど、こっそり手を繋いだり、離したりを繰り返しているバカップル2人は顔を真っ赤にさせて黙ってくれたし、美海も渋々ではあるが飲み込んでくれた。佐藤さんも大丈夫だろう。

 これでなんとかリスタート出来るかな。

 と思ったが、新たに2人が人数分の紅茶とケーキを持って入室してきた。


「こんにちはっ!! 八千代郡さん!! 偶然ですねっ!!」


「……やあ、こんにちは。赤木さんも遊びに来ていたんだね?」


 1人は最近よく会う赤木さんで、もう1人は幸介の妹の早百美さゆみちゃんだ。


 赤木さんが僕に話し掛けている間に、早百美ちゃんは他のみんなにケーキを配りつつ丁寧に挨拶して回っているが、相変わらず品があり、中学生とは思えない華やかさを持っている。


 だからって順平、あまり凝視しない方がいいぞ。

 五十嵐さんが怖いし早百美ちゃんも嫌がるからな。


 そしてその早百美ちゃんだが、凝視などしていないのに今度は僕の方へやって来て、綺麗な笑顔を浮かべながら辛辣しんらつな言葉を浴びせてきた。


「八千代郡さん。偶然を装い、私の大切な友人と交流を持たないでくれませんか? 不愉快なうえに気持ちが悪いです」


 久しぶりの会話だと言うのに、ここまで辛辣な言葉を浴びせると言うことは、前にたてた予想は正しく、僕は嫌われているということだろう。


「久しぶりだね、早百美ちゃん。相変わらず元気そうだし、大人っぽくなったね。見違えたよ」


「軽々しく私の名前を呼ばないでくださいませ。全てに鳥肌がたってしまいます」


「ごめん、じゃあこれからは幡さんって――」


「さらに不愉快です」


「――――」


 何がとは言わないがしんどい。


 名前を呼ぶなということは関わるなということに等しいのだろう。

 これ以上は何を言っても怒らせてしまいそうだし、助けを求めるため幸介に視線を送ると、頼りになる親友はすでに動いており、そのまま2人を回収して部屋の外に出してくれた。


 ケーキと紅茶が差し入れられたことで、ろくに勉強が進まないうちから休憩を取ることになったけれど、ケーキを食べたことでエンジンが掛かったのか、集中力が続いて私語もなく静かに勉強時間が進んでいった。


 ちなみに早百美ちゃん……幸介の妹が用意してくれた紅茶は、僕が淹れる紅茶よりもすごく美味しかった。淹れた人の腕も良かったのだろうし、茶葉もいい物だったかもしれない。

 僕の懐事情で購入が叶うかは分からないけど、あとで幸介に聞いてみよう――。


「じゃあ、後は各自で復習しておくこと。試験に出そうな内容は教えたし頑張ってね」


 ――疲れた……ズッくん意外とスパルタだったな……。

 ――癪だが、サンキュ。

 ――眠い。


 等、それぞれの感想が聞こえた所で本日の勉強会は終了となった。

 丁寧な説明は早々に諦めて試験対策に全力を注いだからかなり詰め込んだし、理解も追い付いていないかもしれないけど、時間が足りないのだから仕方がない。

 それでも説明できるだけの試験対策は伝えた。


 今日の復習さえしっかり行えば、赤点くらいは回避出来るだろう。

 荷物をまとめ、玄関に向かう途中、今日ほとんど僕と会話をしていなかった佐藤さんから声を掛けられたため足を止める。


「八千代くん……ちょっといい?」


「……どうしたの、佐藤さん?」


 佐藤さんから前ふりがあると、初めて電話をもらった日を思い出すから少し構えてしまう。


「あ、いや、ただのお礼だからそんなに構えなくていいよ」


「そっか、ならよかった。でも佐藤さんなら僕や美海が教えなくてもいいくらい勉強出来ていたよね?」


 直接は教えなかったけど、結構スラスラと問題を解いていたように見えたからな。

 だからお礼を言われても、その必要をあまり感じない。


「お礼は勉強とは別なんだけど、そうだね。今日の勉強会はただ参加したかっただけかな? みんなでこうやってワイワイ集まって勉強するのって、中学では出来なかったからちょっと憧れていたんだよね」


「そうなんだ? 佐藤さんは友達が多いと思ったけど?」


「今はね。でも、中学では色々あって友達が少なかったから。だから今日は楽しかった。それでお礼について!!」


 誰に対しても明るい佐藤さんだけに、中学で友達が少なかったことは意外である。


「美海ちゃんの笑顔を取り戻してくれてありがとう。ずっと、それを伝えたかったの」


「なんだ、そんなこと。僕は僕のために頑張っただけだし、それに佐藤さんがいるから美海も笑っていられるんだよ?」


 何度目になるか分からないけど、僕は僕の安眠のために、美海の笑顔を見るために頑張ったのだ。

 だからお礼を言われることではないし、僕だけの力で取り戻した訳でもない。

 今言ったように、いつも佐藤さんが近くにいるから美海も学校生活を楽しめているのだ。


「それでも伝えておきたかったの。でも……私も美海ちゃんの力になれているかな?」


「それなら受け取っておくよ、どういたしまして。それで質問への返答だけど、美海が佐藤さんの前で笑っている。それが答えになるんじゃない?」


「……そうだね。そうだよね。話、聞いてくれてありがとう! でもさ、美海ちゃんと千島っちから聞いているけど八千代くん……ううん。八千代っちの言い回しってちょっと意地悪だよね?」


 美海や美波は、周囲に僕のことをそんなに悪く言っているのだろうか。

 そうだとしたら少しへこんでしまうな。


 だが落ち込んでいる暇もなく、さらに言えば呼び方が変わったことに質問することも出来ないうちに、先に玄関に到達していた人たちから『早く!』『さき行くぞ?』など声が掛ってきたため、佐藤さんと2人慌てて追い掛けることに。


「莉子ちゃんとだけじゃなくて、今度は望ちゃんと2人で内緒話?」


「内緒話とは違うよ。佐藤さんからはお礼を言われていただけ」


 気のせいか、美海は寂しそうな表情を浮かべていた。


「お勉強のお礼?」


「僕が教えてもいいけど、佐藤さんから聞いた方が美海は嬉しいかもよ」


 大切な友達が心配してくれていたのだ。

 そのことは当人同士で話し合った方が今後のためにもいいと思う。


「ふ~ん? よく分からないけど、こう君が言うなら望ちゃんに聞いてくる!」


「うん、いってらっしゃい」


 スリッパから靴に履き替えている佐藤さんの元へ移動する美海を見送って、自分の靴を探すが――。


 神隠しにあったのか、はたまた九十九神つくもがみが宿りどこかに旅立ってしまったのか、あるいは――悪戯っ子が悪さをしたのか、僕の靴だけがどこにも見当たらなかったのだ。


「……勘弁してよ、赤木さん」


 ▽▲▽


【27回目】


『郡さん、こんばんは』

『莉子さん、こんばんは。どうしたの? 電話の予定はなかったよね』


『今日は……素敵な、誕生日プレゼントを、ありがとう、ございました』

『何回も聞いたよ。でも、どういたしまして。明日が楽しみだね』


『私は、どちらかと、いうと、怖いです』

『怖がる必要なんて何もないよ。注目は浴びるだろうけど、前を向いて堂々としていたらいいよ』


『郡さんが、近くに、いてくれたら、勇気が、でると思います』

『じゃあ、明日は一緒に登校する? 美海も一緒になると思うけど』


『………………美海ちゃんも、一緒なら、勇気りんりん、元気500倍くらいに、なりそうですね』

『じゃあ、朝家まで迎えに行くよ』


『はい、ありがとうございます』

『いえいえ』


『それにしても、郡さん?』

『なに? なんか嫌な予感しかしないんだけど?』


『昨日は、大変でしたね?』

『……靴のこと?』


『はい、そうです。一体、何をしたら、あんなに可愛い子に、計7回も、靴を、隠されることに、なるんですか?』

『僕が教えてほしいくらいだよ』


『実は、知らぬ間に、あの子に告白されて、振ったりして、嫌われているのでは、ありませんか?』

『いやいや。最近までろくに会話すらしたことなかったんだよ? その最近ですら元気よく挨拶をされるくらいだし』


『そうですか。なら、いいんです』

『何もよくないんだが?』


『ところでですね』

『あ、無視?』


『ところでですね』

『はいはい、今度はなんでしょうか』


『実は、もう1つだけ、郡さんから、プレゼントを、貰っていたのですよ』

『何かをあげた記憶はないけど……何かあったかな?』


『おかげで、止まっていた、記録が、更新されて、変な目で、見られて、しまいましたよ』

『よく分からないんだけど?』


『今日、あのあとですね』

『はいはい』


『星が、見たくなって、プラネタリウムを、観に行ったんです。1人で』

『そう……それで?』


『そしたらなんと』

『いや、いい。聞かなくてもいいかな』


『旧七夕とかで、短冊があったのですよ』

『さっきも思ったけど、莉子さんって人の話聞かないよね?』


『郡さんにだけは言われたくありません』

『詰まらず淀みなく言えるんだ』


『それでですね、発見してしまいました』

『莉子さん?』


『ふふっ。勘弁してあげましょう』

『納得できないけど、ありがとう』


『郡さん』

『なに?』


『私、明日からも……最後まで、頑張り、続けます』

『莉子さんならやり通せるよ。保証する』


『はい』

『じゃあ、そろそろ寝てもいいかな?』


『おやすみなさい』

『おやすみ、莉子さん』


『郡さん、ありがとうございます』

『いいよ。また明日』


『はい。郡さん、また明日』

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