第103話 大切な思い出は共有しないといけません【25回目】

 これまで大した人付き合いをせず、狭い世界で生きて来た弊害かもしれない。

 

 自分自身、空気をよむことに長けている自信があった。

 友達が出来たことで気付かされたが、それはどうやら勘違いであったようだ。

 ポジティブに考えれば、浮かれて素を出せるだけ2人を信頼しているとも言える。


 狭い世界から羽ばたけたと考えたら、むしろいいのでは?

 と、思ったりしたが。

 親しき中にも礼儀あり、だろう。


 せっかく出来た友達を失わないように、これからは不用意な発言をしないよう気を付けないといけない。それはそうと――。


「まいったな」


 花火大会の時間が迫ってきたため移動を始めた。

 その移動時に僕は人流に捉まり2人と逸れてしまったのだ。


 だからこそ『まいった』と呟いてしまった。


 まあ、けれども言葉では参ったと言うが、実をいうとそこまで困っていない。

 どちらかと言えば、順平と五十嵐さんと逸れて良かったとさえ思っている。

 楽しかった反動で、1人になり寂しい気はするが丁度いいだろう。


 心配してメプリで連絡をくれた順平には悪いが、合流は難しいと返事をしておく。


『(八千代)僕は1人で観るから。順平ファイト』


『(順平)はぐれたのってわざとか? ま、でもサンキュ。はー、まじ緊張だ』


 故意に逸れるなどそんな器用なことは出来ない。本当に偶然だ。

 けど、否定することでもないから、返事は戻さずそのまま携帯をポケットにしまっておく。


 それで僕が順平にエールを送った理由。

 昨晩、順平から相談を持ち掛けられていたのだ。


 ――涼ちゃんに花火観ながら告白したい。

 と、ロマンチストな順平らしい頼みごとをされた。


 順平には近くに居てくれと頼まれてもいたが、五十嵐さんの気持ちを考えたら僕は居ない方が絶対にいい。


 断言できる。


 五十嵐さんは天邪鬼あまのじゃくな性格の持ち主なのだから、僕がいるせいで下手したら告白が失敗する可能性だってある。それは避けたい。


 そのため、機を見て手洗いとか適当な理由で2人から離れる予定だった。

 だからこうやって逸れたことは、天の采配とさえ思えてしまう。


 八千代お前は邪魔だからどこか行ってろって――。


 それとさ、順平から遅れて心配のメプリを送って来てくれた五十嵐さん。

 逸れたことは本当だから、心配のついでに文句を言わないでほしい。


 いや、逆か。


 文句のついでに心配文を送ってくれた。こっちの方が正しそうだ。

 きっと、いきなり順平と2人切りになった恥ずかしさを誤魔化すためだろう。


 それで僕に対して迷子と馬鹿にしてくるが、迷子なのは僕じゃない。

 どこに居るかを把握しているのだから、やっぱり迷子ではない。


 それでも迷子と馬鹿にするならば、この間出会った咲菜さなちゃん風に言わせてもらうが、迷子なのは2人の方だぞ――。


 順平と五十嵐さんを2人切りにしたことについては後悔がないけど、夜空に打ち上げられる綺麗な花火を1人で観るのも寂しいな、どうしようか。


 そんなことを考えながら、何の気なしにポケットから携帯を取り出すと、美海から1件のショートメールが届いた。


『花火の写真お願いね?』


『今から電話出来る?』


『これからお夕飯だから……20分後なら!』


『夕飯なら無理しなくていいよ。せっかく家族水入らずなんだし、そっち優先して』


 夕飯になったからか、美海からの返事が戻らないまま花火大会が始まる。

 カメラ機能を使えば美海と一緒に観ることも出来るかなと考えたが、残念だったな。


 せめて写真をたくさん撮り、あとで共有したい。

 そう考え、人混みから離れた位置に移動して携帯の画面越しに打ち上がる無機質な花火を観る。


『花火を観る』から『花火の写真を撮る』に、目的が変わっているなと思いつつ、全8000発のうち約半分の花火が打ち上がった頃、突如携帯画面が切り替わった。


 急な事で思わず通話ボタンをタッチしてしまい、僕のドアップ顔を美海の画面に晒してしまう。


『え……あ、やっほ? こう君……だよね?』


『美海、ゆっくり食べていてよかったのに』


 言ったことの反対で嬉しいと思っているから、五十嵐さんにも負けない天邪鬼だと自覚する。


『もうっ……嬉しいくせに』


『どうして僕が嬉しがっているって分かったの?』


 単純に疑問に思ったのだ。

 一緒に居る訳じゃないのに気付けるのかって。


『私はこう君と一緒に花火を観ることが出来て嬉しいと思ったから、かな?』


『……なるほど』


 人によっては自意識過剰ともとれる発言だが、僕からすれば殺し文句だと感じてしまい、言葉が続かなかった。


『それより花火っ!! こう君のお顔を見られて嬉しいけど、私花火も観たいよ!!』


『あ、ごめん。ちょっとカメラ切り替えるから待って』


 ――あっ。


 と、暗い画面から美海の声だけが届いた。

 操作を誤ったせいで画面を消してしまったのだ。


 慌てながらもすぐに画面を戻して、内カメから外カメに切り替えたが、美海に『もうっ』と言われてしまった。でもすぐに――。


『――綺麗』


 ぼそっと、呟くように感想を漏らす美海。


『綺麗だね』


『うん』


 特に会話は続かない。続かなくていいとさえ思っている。

 さっきまでは写真を撮る事に夢中で、特に感想を抱けなかった花火。


 でも今こうやって見上げると、花火ってこんなに綺麗だったのかと思えてしまう。

 また知らない自分を知ることができた。


 多分……いや、


 誰かと観る花火が綺麗だと知れたことも、楽しい日常を過ごせているのも、新たな自分を発見できるのも、間違いなく美海のおかげだ。


「今日は本当にいい1日だな」


 花火を観る美海の綺麗な目も見ることができたからな。


『え、こう君何か言った?』


『綺麗だなって言っただけ』


『だねっ』


 1人ナンプレを解いていた、あの頃の僕に教えてあげたいくらいだ。

 未来の僕は友達と遊園地で遊んで、特別大切な人と花火を観ているよって――。


 将来、思い出したい思い出を記憶に収めながら時間は過ぎて行く。

 花火の打ち上げの小休止。

 一区切りついたところで、このあとに最後の花火が打ち上がるとアナウンスが流れる。


 つまりクライマックスだ。


『こう君? お顔見せて?』


『ちょっと待ってね』


 今度は間違えずに切り替える事ができた。


『来年は並んで一緒に観たいなぁ』


『タイミングが合えば、今年もまだ花火あるかもよ?』


『じゃあ、調べてみるっ』


『僕もこの後調べてみるよ』


『うんっ……なんか会いたくなっちゃったな』


『誰に?』


 僕は分かっていて聞き返したのだから、この返事は狡かったかもしれない。

 でも、狡いと分かりつつ僕は美海の口から聞きたくなったのだ。


八千代やちよこうりくんに』


『……僕も会いたくなったな』


『誰に?』


上近江かみおうみ美海みうさんに』


『ふふっ、なんか変な感じだね?』


『ちょっとくすぐったいや』


 もう少しだけ内容のない会話を繰り広げた所で、最後の打ち上げが始まるアナウンスが流れて、僕と美海の会話も一時中断される。


 そして――。


 最後の花火は、綺麗な事もそうだけど、今日打ち上がった中で一番迫力もあって、クライマックスに相応しい花火だった。


 クライマックスなのだから当然なのだろうけど、本当に綺麗だと思ったんだ。


 花火が終わると同時に順平から着信が入ったため、美海に電話をくれたお礼を伝えて、『またね』と別れの挨拶を済ませる。


 順平に掛け直そうとしたが、合流場所の指示がメッセージで届いていたので、そのまま向かうことに。


「さて、2人はどうなったかな」


 答えなど分かり切っているが、五十嵐さんの性格を考えると少しだけ心配にもなる。


 けれど、見覚えのある2人が前に見えたため、心配は杞憂だと分かった。

 五十嵐さんも素直になれたらしく、どうやら告白は成功したようだ。


 それならば早速、メリーゴーランドの時に教えてもらったことを実践するとしよう。


 仲睦まじく手を繋いでいる2人の後ろ姿を、タイミングを見計らい写真に収める。

 今の時間は夜、加えて拡大して撮ったから映りは悪かったかもしれない。

 けれど僕が投下したのは、メプリのグループトーク。


 だから写真付きで『おめでとう』。


 それだけでも共有は叶うはず。

 そしてそれは、美海、平田さんから届く『おめでとう』という返事で証明がなされた。


 メプリに気付いた順平と五十嵐さんの2人からは文句を言われそうだけど、そんな資格など2人にはないだろう。


 大切な思い出は共有しないといけない。


 僕にそれを教えてくれたのは2人なのだから。


 ▽▲▽


【25回目】


「(り)今日は、お母さんが、います」


「(ズ)え? じゃあ、場所変えた方が……」


「(母)ほ……本当だったのね…………莉子ちゃんにお友達が、しかも男の子だなんて……それに、格好よくて可愛い……」



「(り)おっ!? お母さん!! 出てこないでって言ったのに!!」


「(母)だって、莉子ちゃんの妄想だと思ったから、つい……」


「(ズ)……いつもお邪魔しております。ひら……莉子さんの友人でクラスメイトの八千代郡と申します。すみません、今日、手土産も何も用意出来ておらず――」



「(り)――っっッ!?」


「(母)あらあら、ご丁寧に。手土産なんて気にしなくていいのに、莉子ちゃんと違って凄くしっかりした男の子なのね。改めまして、平田莉子の母親です。どうか、これからも仲良くしてやって下さい。郡くんと呼んでもいいかしら?」


「(ズ)僕の方こそ、莉子さんにはたくさんお世話になっております。莉子さんは人をよく見ていて本質を理解してくれる、とても素敵な友達です。だからこれからも仲良くしてほしいのは僕の方です。それと僕のことは好きなように呼んで頂いて結構です」



「(母)……ごめんなさいね。莉子ちゃんの初めてのお友達が良い子で、つい、嬉しくって。歳をとると涙腺が緩くなって嫌ね」


「(り)お母さん、り……私恥ずかしいよぉ……ねぇ、ズッくん、もう上行こう?」


「(ズ)そうだね……では、莉子さんのお母さん。長居はしませんが少しだけお邪魔させていただきます」



「(母)挨拶出来て良かったは。私のことは気にしないで、どうぞ上がって。後でお茶菓子でも持って行くわね」


「(ズ)ありがとうございます。ですがお構いなく」


「(り)行こう、ズッくん」



「ご、ごめんね? お母さん、変で」


「どうして? 優しそうなお母さんだと思ったけど? それに綺麗な人だね」



「……美海ちゃん、言っていたけど、ズッくん、年上好き、だって?」


「どうしてそんな変な話ばかり伝わっているのか不思議で仕方がないよ」



「ど、どうなの? ズッくんは、どんな人が、好き?」


「前も言ったけど分からないよ。電話でも教えたけど、母親のことがあって臆病になっているんだと思う」



「……私の、好きな人は、格好が、いいよ?」


「そうなんだ? 理由は聞かなかったけど、だから平田さんは変わりたいんだね?」



「そう。叶わない、恋、だけど、そばには、いたい、から」


「諦めるに分からないんじゃない? 平田さんはこの短い間で変わったよ。間違いなく」



「(無理だよ)……ズッくん?」


「なに?」



「私のこと、莉子さんって?」


「ああ、ごめん。同じ平田さんだと紛らわしくて。嫌だった?」



「ううん。呼んで、ほしい」


「じゃあ……平田さんも僕を名前で呼んでくれたら考えてみるよ。男子を名前で呼ぶ練習のつもりで気軽に呼んでくれていいよ?」



こうりさん」


「やけに早かったね。練習にもならなかったか」



「呼ばないの?」


「これからは莉子さんってお呼びしても?」



「はい。許可、します」


「ありがたく」



「(母)入るわよ?」

「(り)お断りです」


「(母)莉子ちゃんの好きなケーキ買ってきたのに?」

「(り)許可します」



「(母)現金な子ね。郡くん、サーティワンのアイスケーキ食べられる?」


「(郡)はい、好きです。すみません、ご馳走になって」



「(母)いいのよ。今日はちょっとしたお祝いでもあるのだから。ね? 莉子ちゃん」


「(り)いいから! 置いたら早く出ていってくださいっ!」



「(母)はいはい、分かりましたよ。じゃあ、郡くん。ゆっくりして行ってね」


「(郡)はい、ありがとうございます」



「食べよう、郡……さん」

「いただきます。でも、なんで急に照れてるの?」


「しっ、知りませんッ!」

「はいはい。あ、美味しいね」


「――? 好き、なのでは?」

「嫌いな食べ物がないから大抵の食べ物は好きなんだよ。食べたことがない食べ物でも」


「暴論、ですね」

「そうとも言うかもね」


「……」

「……」


「あっという間、でした」

「ごちそうさまでした」


「……郡さんが、最近、感動した、ことは?」

「そうだな、この間の花火は綺麗だったかな。莉子さんも来られたらよかったのに」


「うっ……ちょっと、女の子の日が、きつくて」

「なるほどね。いや、いくら友達でも男子にそこまで赤裸々に告白しなくても」


「い、言いませんよ!! 郡さん、以外に、なんて!」

「どう反応していいか困るから、僕にも言わないで」


「これで、私のこと、忘れない、ですね?」

「こんなに濃い友達はちょっとやそっとで忘れる事なんて出来ないって」


「酷い、鬼畜」

「はいはい。でも、また人に忘れられないためにはってやつ?」



「ずっと、考えています、けど、中々、難しい」


「人の記憶は1日経つと、その日記憶した約70パーセント忘れるっていう説もあるからね。よっぽど強烈じゃないと一生涯覚えているって難しいかもしれない」



「じゃあ、仕方が、ありません、ね」

「何? 諦めるの?」


「いえ。1つだけ、方法の、見当が、あります。でも、他にも、考えて、おきたかった」

「そうなんだ。ちなみにその1つは?」


「まだ秘密です」

「大事な研究結果なのに、いつか教えてくれるんだ?」


「はい、たくさん、協力して、くれていますから、お礼です」

「じゃあ、楽しみに待っているよ」


「そろそろ、帰ります?」

「そうだね、もう時間かな」


「次は……」

「水曜を迎える前に夏休みも終わりだ。だから莉子さんの家でやる秘密特訓は今日で終わりかな。あと――」


「……あと?」

「もう電話も必要ないね」


「い……いや(グスッ)」

「もう十分じゃない? 莉子さんは変わったよ。あとは仕上げをすれば第一目標は達成かな」


「(グスッ)じゃあ、最後に、今夜だけ」

「分かった。今晩いつもの時間にかけるよ。それで終わりだからね?」


「はい……」

「じゃあ、ケーキごちそうさまでした。またね」


「はい、郡さん。また」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る