第102話 真夏の観覧車は危険です

 警察官になり切った友人2人は、僕が何を言っても信じてはくれなかった。

 だが冷静さを取り戻した赤木あかぎさんが事情を説明してくれたおかげで事なきを得た。


 危うく友人2人を失う所であったため、赤木さんには感謝してもしきれない。

 ただ、まあ、事の発端は赤木さんの発言だと思うが、言っても仕方ないし、すでに解決したことだ。

 掘り返すこともないだろう、と、自分の罪を棚に上げる。


 そして当の赤木さんはというと、約束の時間が来たとかですでにこの場を離れている。

 次に友人2人はというと、一生懸命にメプリで報告文を打ち込んでいる。


「いや、誤解だったんだからさ、今のことをメプリで報告するのはやめようか?」


「ズッくん1人でメリーゴーランドに乗ったらメプリは勘弁してあげんよ」


「いいなそれ。ほら、行って来いよ八千代」


 何とも地味に恥ずかしい無茶ぶり。

 それに五十嵐さんの中で、いつの間にか八千代に降格している。

 きっと騒ぎを起こした罰だろう。


「……写真は撮らないでよ?」


「――ああ、もちろん」

「――約束は守る」


 妙な間があったけど2人からの確約を得ることができた。

 恥ずかしいけど、この2人に見られる分なら構わないだろう。

 だが、後になって自分の詰めの甘さを後悔することになる――。


「……これは狡くないか?」


「約束は破っていないし、バス旅行のズッくんよりは狡くないと思うぜ?」

「いえてんな」


 2人は約束を守り写真は撮らないでくれた。だが動画は撮られた。

 そしてそれをメプリに『ズッくん、はしゃいでいます』と打って送信したのだ。


 ――大切な思い出は共有しないとな。


 と、2人は笑いながら言ってきたが悪意しか感じられない。

 美海と美波の2人しか気付けないであろう恨めしい表情を作り2人を見ていると、早速返事が戻ってきてしまう。


『(平田さん)ズッくん可愛い。次は白馬に乗った動画をお願いします』


『(美海)こう君、可愛い。え……可愛い。楽しい? ねぇ、こう君?』


『(八千代)可愛いは分からないけど、案外楽しかったよ』


 美海と平田さんの2人へ返事したように、これが案外楽しかったのだ。

 ジェットコースターより余裕もあったし、普段と違った動きで流れて行く景色が面白く感じた。

 まあ、子供に紛れて乗っていたことは恥ずかしかったけれども――。


 ジェットコースターでシャッフルされた胃腸も落ち着いたのか、少し小腹が空いたことを自覚する。

 時間もお昼になるところだし丁度いいかもしれない。


「ちょっと小腹空いたし一旦休憩して、何か食べに行かない?」


「お、いいな。ハンバーガーあったっけ?」


「あたしはチュロス食いてぇな」


 さっきパンフレットを見た時に確認したけど、うどんにラーメン、焼きそば、カレー、ハンバーガー類などなど、チュロスやデザートも揃っていた。


 いわゆる、イトーヨーカドーの中にあるフードコートみたいな感じかもしれない。

 イトーヨーカドーで思い出したが、実家のすぐ近所にあるイトーヨーカドーは、次の5月に閉店してしまうそうだ。幸介とよく行っていたから少し寂しく感じる。


 さて、フードコートだが、お昼時なこともあり多少混雑していたけど席の確保は出来た。

 それから好きな食べ物をそれぞれ注文して、仲良くご飯をシェアする2人を見ながら昼食をとった後、僕らが選んだアトラクションはゴーカートだ。


 3人でレースをしたが僕は強かった。

 僕に負けたことが悔しいからか、五十嵐さんが向きになり3回ほど楽しむことが出来た。

 もちろん手など抜かず僕が全勝した。

 知らなかったことだけど、レース系は割と得意なのかもしれない――。


 次にミラーハウスに入ったが、子供向けの迷路だと油断しておでこを思い切りぶつけてしまった。


 それを見た五十嵐さんが、ゴーカートで溜まった鬱憤うっぷんを発散するかのように馬鹿にしてきて悔しい思いをさせられたが、それからは真剣に迷路と向き合ったおかげで、鏡の切れ端に注意すれば対応出来ると見切り、なんなく脱出を成功させた。


 順平と五十嵐さんは少し物足りなさそうにしていたけど、僕はメリーゴーランドと一緒で案外面白く感じた。


 このことで自覚したが、順平と五十嵐さんに指摘された通り、自分でも気づかないうちに、はしゃいでいるのかもしれない。


 はしゃいでいることを自覚してからは、開き直り……とは違うかもしれないが、存分に楽しんだ。

 豆汽車に乗ったり、ジェットコースターを楽しむ2人を眺めたり、凄い角度まで上がる船のポセイドンに乗ったりと、修学旅行の分も合わせて満喫することが出来た。


 今日来ることが出来てよかった。


 お邪魔虫がいるのにも関わらず、嫌な顔見せない2人には本当に感謝だ。

 次は美海と平田さんも含め5人で来ることが出来れば、もっと楽しめるかもしれない。


 楽しみに取っておこう――。


「じゃあ、最後にあれだ!」

「最後はあれだな」


「え、ジェットコースターなら乗らないよ?」


 2人声を揃えて『違う』と否定してから、また声を揃え言ってくる。


「「観覧車!!」」


 なるほど――。始まりはジェットコースター、終わりは観覧車が定番なのか。

 覚えておこう。


 けれど観覧車こそ2人で乗れば?


 そう思ったが、僕が何かを言う前に手首を掴まれ連行されてしまった。

 警察官ごっこはいまだ継続されているようだ。

 仕方ないからそのまま列に並ぼう。

 そう思ったが、人気がないのか、たまたまなのか分からないけど並ばずに乗り込むことができた。


 そして、観覧車に乗って少ししてから列をなさない理由が分からされた――。


「暑くない?」


 観覧車の周りには真夏の太陽の陽を遮るものはなく、ゴンドラの中は蒸し風呂のように暑い。

 冷房どころかカーテンやブラインドも何もついていないのだ、暑くて当たり前かもしれない。


 これが夜だったら暑さも軽減され、観覧車から見えるライトの光が綺麗で、もしかしたら幻想的だったかもしれない。


 だからこそ、ちょっと残念だ。

 カバンからタオル取り出し汗を拭く僕に、2人は質問に答えず、逆に質問を投げ掛けてきた。


「ズッくんは観覧車乗ったことある?」


「多分、初めてかな?」


「八千代、初めての感想が『暑くない?』って、どうなんよ」


「……僕には難しいから、2人が教えてくれない?」


 水族館で順平が言ったオーシャンビュー発言。そこから派生した魚が食べたい発言がふと思い出されたのだ。

 だから嫌な予感しかしないため、質問をそのまま投げ返した。


「…………」


「…………」


「…………」


 投げ返した言葉は戻って来ず、ただ沈黙だけが訪れた。

 この蒸し風呂みたいな空間での沈黙は、何やら深刻な状況と錯覚させられる。

 そのまま誰1人と口を開こうとしない状況がてっぺんに到達するまで続く。


 まるで我慢大会みたいだ。


 そう言えば中学生の時に一度だけ、幸介と近所の銭湯に行ってサウナに入ったな。

 上がったあとのコーヒー牛乳も格別に美味しかったな。

 飲みたくなってきたな。

 売っているか分からないけど、売っていなかったとしても観覧車から降りたら水分と塩分を補給しておこう。


 この後に控える花火大会の前に体調崩したくないしな。

 あと、そうだ。一応、景色の写真を撮っておこう。

 美海と平田さんに写真付きでこの時の感想を教えてあげたい――。


「でもさ? 景色だったら学校の上の展望台の方が良さそうだよ、ね……?」


 言ってから気付く。

 自ら地雷を踏みに行ってしまったことを。


「ズッくん台無しだよ、それは……」


「八千代、水族館のレストランの時もそうだけど……ズレてんな」


 僕が不用意に漏らした感想が原因で、初めての観覧車は散々な思い出に終わってしまったのだ。

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