第101話 誤解により僕は逮捕されてしまう(?)

 中学2年生の時にあった修学旅行の行先は、関東にある有名な夢の国だった。

 僕らが住んでいる所から関東へ行くには、中学生にはハードルが高く、多くの同級生が喜ぶ旅行先となった。


 もしも幸介や美波が一緒だったなら、同級生たち同様に僕も大いに喜んだかもしれない。


 だが――幸介は法事のため欠席となり、美波は僕と同じように中学校に馴染めていなかったため、同級生の女子と同じ部屋で寝泊まりする事を嫌がり欠席した。

 僕と同室になれるなら行きたいと願ったが、当然に学校は認めてはくれなかったのだ。


 そしてその2泊3日の修学旅行だが、不運なことに同期間ずっと雨が降り続けたのである。

 もしもこれが雨だけであれば、一部アトラクションは動いたかもしれない。

 だが本当に不運な事に、この雨には雷が伴っていたのだ。

 そのためアトラクションは完全停止となってしまった――。


 外は雨、風、雷の三拍子が揃った嵐。

 室内は不平不満の嵐。が、飛び交うかと思いきや、意外なことに同級生たちは落ち込んだりせず、『これはこれで思い出だ』と言って、ホテル内でトランプしたり、事情が事情だからと先生が黙認して没収しなかったゲーム機で遊んだりして楽しんでいたようだ。


 きっと、仲のいい友達同士で『非日常』を過ごせることだけでも、十分思い出に残る修学旅行なのだろう。


 楽しい思い出を作っている同級生たちを横目に僕はというと、1人部屋の隅でずっとナンバープレイス、通称『ナンプレ』を解いていた。

 こんなことになるとは予想にしていなかったから、本を持ってきていなかったのだ。


 新しく買ってもいいのかもしれないが、荷物がカサ張るのが嫌だった。

 かと言ってこのままでは時間を持て余してしまう。

 売店で本に代わる何か時間を潰せる物はないかと探してみたら、懸賞雑誌に目が留まりそのまま購入するに至ったのだ。


 本より軽いし、時間も潰せて、尚且つ解いた問題を応募したら何か景品が当たるかもしれない。

 当時の僕はこれが最適解とさえ思っていたのだ。


 結局、ひたすらナンプレを解き続けたことで僕の修学旅行は終わった。

 これまで生きてきた16年の思い出の中でも、かなり苦い部類に入るかもしれない。


 こんなことなら美波と一緒に家で過ごしていたら良かったと後悔もした。

 余談となるが、懸賞に応募した結果、電子辞書が当選した。

 安くない物だったし結構嬉しかった。

 今でもたまに使っているほどだ――。


 そして今日。

 8月14日の月曜日。

 僕がどうして苦い記憶を思い出していたかというと、友達と一緒に遊園地に来ているからだ。


 全国で有名な関東の遊園地ではないが、地元で有名なテーマパーク。

 テーマパークと呼ばれるくらいだから遊園地の他にも、ウォータースライダーや流れることを楽しむプール。

 子供向けのアスレチック広場やご年配の方が大好きなゲートボール場。

 バスケットボールやフットサル、バドミントンの道具が取り揃えられている体育館まである。


 1日ではとても回り切れない施設や遊具が揃っているが、今日の目的は遊園地ともう1つだけ。

 その他はまた今度にでも、今日来ることが出来なかった美海や平田さんを誘って遊びに来てもいいかもしれない――。


 入園チケットを購入する列に並び、パンフレットを開いていると、前に並ぶ2人が僕へ振り向き声を掛けて来た。


「ズッくん、急に誘って悪いな。でも来てくれて嬉しいよ。サンキュ」


「やち……ズッくん、水族館ではしゃいでいたけど、遊園地はどうなんだ?」


「遊園地も水族館と似た感じかな。でもさ、誘ってくれたことは嬉しいけど……来ない方が良かった? よね、多分」


「変な気を使うな!!」

「余計な気使ってんじゃねぇっ!!」


 息ピッタリ、仲の良い様子で僕の肩を叩いてきた友達は順平と五十嵐さん。

 遊園地に来ることになったきっかけは、前日メプリでの会話から始まった。


『(順平)明日みんなで遊園地行かない? ズッくんと上近江さんも休みだよね?』


『(八千代)いいね。僕は特に予定ないし大丈夫だよ』


 こずるい僕は、いつもならみんなの返事を見てから返事をする。

 けれどこの日は中々返事が来なかったため、僕が先に返事をすることになった。

 だが一向に返事が戻って来ない。

 それから30分が経過してようやく、五十嵐さんから返事が届き、他のメンバーからの返事も続いて一気に会話が進んで行った。


『(五十嵐さん)確か花火大会もあったよな? ついでに見てもいいかもな』


『(順平)お~、いいなソレ。見ようぜ!』


『(美海)ごめんね。せっかくだけど、私明日からこっちいないんだ』


『(美海)でも……行きたかったなぁ。花火の写真お願いします』


『(平田さん)ごめんなさい。私も都合が悪くて、明日はちょっと難しいです』


『(順平)2人とも残念。急だったしな、また来年行けたら行こうな』


『(五十嵐さん)じゃ、3人で決まりだな』


 この時、さすがの僕も気を使おうか悩んだけど、行けると言ってしまったばかりで、やっぱり行けないとも言い出し難くて、このまま3人で行く流れに決まってしまったのだ。


 平田さんの都合は分からないが、美海は1週間ほど親元に帰省をすると言っていた。

 そのことは聞いていたから分かっていた筈。

 それなのに深く考えずに返事をしてしまったため、2人のお邪魔虫となってしまった。

 せめて平田さんがいてくれたら、また違ったのだけれど――。


「じゃあ、チケットも買ったし……何から乗るよ、お2人さん? やっぱ、あれからか?」


「あれだろ。決まってんだろ?」


「え、最初に乗る物って決まっている物なの?」


「「ジェットコースター」」


 やっぱり仲がいいなと思うけど口にしたりしない。

 どうせ叩かれるからな。

 でも、ジェットコースターか。

 当たり前だけど乗ったことがない。

 まだ小さな頃に遊園地へ行った記憶はあるけど、年齢、身長制限で乗れなかったし。


 だからどんな物なのか少し怖いけど興味はある。

 ここのジェットコースターはグルグル回転する超絶叫系ではないから、初心者にも優しいだろうし、いい機会だ――。


 と、乗る前はそう思っていたけど正直きつかった。

 いや、怖くはなかった。ちょっと楽しいくらいに思った。

 だけど重力の影響で、朝に食べたご飯が胃や腸の中で暴れまわり気分を最悪にさせた。


 え? もう一度? いや、無理。


 ベンチで休んでいるから2人で乗って来て。

 僕がそう言うと順平は水を買ってきてくれて、五十嵐さんは格好悪いとただ笑っていた。

 どちらが彼女か分からないな。


 あ、まだ付き合っている訳ではないのね。失礼しました。


 まあ、『まだ』と言っているから秒読み間違いないだろう。

 そうだよな、順平?


 今の会話で恥ずかしくなったのか、2人は誤魔化すようにそそくさと僕から離れてジェットコースターの列に並びに行った。


 ジェットコースターが駄目となると、僕はあと何に乗れるのだろうか。

 パンフレットを見てみると――ゴーカートにメリーゴーランド、観覧車、ミラーハウスくらいか。

 コーヒーカップも行けそうだけど、遠心力凄そうだからな、厳しいかもしれない。絶叫系が駄目だと思ったより少ないな。


 まあ、花火大会があるから閉演時間も早いし丁度いいかもしれない。

 ゆっくり楽しめばいい。

 今日は修学旅行の時と違って友達が一緒だから平気だろう――。


 パンフレットを閉じ、顔を上げると、目の前には赤い浴衣が似合う女の子がいた。

 そして目が合うと『ぱぁぁっ』と表情を明るくさせ元気よく声を掛けてきた。


「あのうっ!! 八千代郡さん!! また会えましたね!! お、覚えていますか!?」


赤木あかぎさん? 偶然だね。浴衣ってことは花火大会かな? あ、この間は伝え忘れたけど赤色の浴衣とても似合っているよ」


 この間会ったばかりだからさすがに忘れる訳がない。

 僕に褒められても嫌かもしれないけど、女の子の浴衣姿は褒めてあげないと。

 はっきりとは覚えていないけど、昔誰かに言われて今でも心掛けている。

 不快に思われたら、次からは言わないようにするだけだ。


「――っッ!? あ……ありがとうございますッ!! お1人ですか?」


「友達と3人で来ているよ。赤木さんは? 今日も彼氏さんと一緒?」


「彼氏?? 私、彼氏なんていませんケド????」


「あれ? ごめん、勘違いだったかな。この間一緒に居た人が彼氏さんだと思ったけど」


「あっッ、あれは兄ですッッ!! 私……」


 言葉を止めた赤木さんは、顔をみるみる内に浴衣と同じ色に染めて行き、大きな声でとんでもないことを口走る。


「私キスもまだですからッッッ!!!!!!!!」


「…………」


 遊園地は何も高校生だけが来る遊び場ではない。

 小さな子を連れた家族だっている。


 なのに――。


 真昼間から聞かせていい言葉ではないだろう。

 それを証明するかのように、周囲にいた子供を連れた親は距離を取り、学生らしき人たちは面白おかしそうにこちらを見ている。


 女子中学へ通う多感な年ごろの女の子に、彼氏の有無について聞いた僕も悪かったかもしれないけど、こんな返事がくるとは予想が難しすぎると思う。


 最高難易度のナンプレの方がまだ簡単だろうよ。


 頭の中でそんな言い訳や現実逃避を考えていると、両肩に衝撃が走る。


「おいズッくん」

「おい、クソ野郎」


 衝撃発生の正体は、後ろから友人2人に掴まれたことが原因だったようだ。


「「アウト~~」」


「2人とも誤解だ」


 僕の返事に対して2人は聞く耳を持たない。


 ――続きは署で聞く。


 そう言って両端に座り、僕を逃がさないためか、がっちりホールドしてきたのだ。

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