第100話 番外編

【まえがき】

 タイトルの通り番外編です。

 エイプリルフールの日に書いたものです。

 100話記念として、読んでもらえたら嬉しいですが、本編とは関係のない話なので、興味のない方は飛ばしてください。


▽▲▽ ▽▲▽


 とある日の図書室。


 朝の図書室で過ごす時間。

 それは僕、八千代やちよこうり上近江かみおうみ美海みうにとっての特別な時間。


 誰にも邪魔されず、人目を気にせず会話することの出来る時間でもある。

 特別な時間と言ったが、特別なことは何もしない。

 ただ、読書の時間にあてたり、互いの知らないことを教え合ったり、身近で起きた出来事や友達との会話の内容、授業の話やアルバイトの話。最近では勉強する時間にもなっているが、特別なことは何もせず日常を楽しむ時間。


 けれど。同じ空間で同じ時間を過ごす事。

 そのことがすでに特別なのかもしれない――。


 そして今日は会話や勉強でなく、互いに読書する朝の時間となっている。

 読み進めていた物語に区切りがついたところで、ふと気になったことがあり、携帯を取り出し調べものをしていると、左隣に座る美海が何やらそわそわした様子をしていることに気が付いた。


 横目にチラッと盗み見たが、イタズラな表情を浮かべていた。


 また僕を困らせる何かを思い付いたのだろう。今日はどのような手で僕の心をくすぐってくるのか予想はつかないが、覚悟しておくとしようか――。


「ねぇ、こう君? どうして今チラッと私のこと見たの?」


「読書で目が疲れたからね、ちょっと目の保養をしたくなったんだよ」


「んんっ……思わぬカウンタ―で私上近江かみおうみはダメージを負いました」


「カウンターも何も僕八千代やちよはまだ攻撃を受けてないと思うんだけど。よって、そのダメージは幻です」


「もう……私が主導権を握りたかったのにっ」


「残念だったね。でもどうしたの? 何かそわそわしていたけど」


「あ、気付かれていたかぁ……でも、こう君?」


「バレバレ。それで何、美海?」


「ふふっ、気付かない? 私のことよぉーく見てみて?」


 思わぬところで、四姫花しきかでもある美海をじっくり見ることの出来る許可を得た。せっかくだからな、じっくり観察してみることにしよう――。


「――――」


「あ……あの、こう君? よぉーく見てって言ったのは私だけどね、そんなにまじまじと見られると……その、恥ずかしいな?」


「ごめん、まだ気付けないからもう少しだけ」


「んん……分かった、もう少しだけだからね?」


「ありがとう――」


「――――」


「――――」


「あの……そろそろ分かったかな? というか時間切れですっ」


 まだ5分と経っていない。せめてあと5分は見ていたかった。

 触れたら溶けてしまいそうなほど細くて柔らかそうな髪。


 化粧をほどこしていないと言うのに、透けて見えると錯覚する白くて綺麗な肌。

 長いまつ毛は自然にカールされ、美海の澄んだ目を際立たせてくれている。

 触れずとも分かるほど、瑞々しくプルンとしたくちびる。集中している時に少しだけ開かせるちょっと間抜けなところも好きだったりする。


 可愛く整ったパーツを邪魔することなく、バランスのとれた鼻。

 どれをとっても可愛くて、どれだけ見ても見飽きない綺麗な顔をしている。


「んっ、んんん……あのね、こう君。全部声にでてる。嬉しいけど恥ずかしいよぉ」


「おっと、失礼」


「もう……それで、こう君は気付いたのかな? いっぱい時間あげたんだから気付けたよね?」


「もちろん。今日も変わらず綺麗で可愛いなってことに気付けたよ」


「んんっ……おかしいなぁ、私がこう君をほんろうするつもりだったのに、どうして私がこう君にほんろうされているんだろう」


「美海は僕に翻弄ほんろうされているの? どうして?」


「……なぁーいしょっ。でも、こう君は気付けなかったみたいだから私の勝ち? だねっ」


「いつの間に勝負ごとになったの?」


「せいかいは――」


「あ、無視か」


「髪切ったんだよ、私?」


「ほう――髪を、ね――」


「ふふっ、そうそう。髪だよ、かぁーみっ。どう、似合うかな?」


 毛先をいじり、首を傾げ聞いてくる姿は可愛くて仕方がない。


 けれど――さてさて。


 これに似たカップルのやり取りを何かの本、もしくは雑誌で読んだな。

 この手の会話は、返答を1つ間違えれば大参事になってしまうたぐいの質問だと記憶している。

 そのため間違える訳にはいかないのだけれど――。


 それが本当に髪を切っている場合は、だ。


 自慢じゃないが、僕は美海の生活を美空みくさんの次くらいに把握していると思っている。

 平日は朝の図書室、昼休みを書道部の部室で過ごす。そうじゃなくても休み時間に話せるような仲にもなった。そして、夕方から夜にかけてはアルバイトまで一緒だ。


 そしてそのアルバイトは土日の出勤も重なっている。

 もっと言えば、美海は逐一ちくいち何をした、何をする、こんなことがあったといったようなことを笑顔で報告してくれる。


 これらを考えると、美海が美容室に行ったという事実はない。


 もしも、自宅で自身の手、もしくは美空さんによって切られていた場合はその限りじゃないけど、じっくり観察したことで切っていないことなど一目瞭然となっている。

 つまりこれは、先ほど僕が携帯で調べ物をしていたことと重なる筈。


「僕が美海の変化を見逃すわけない」


「んん……なんだか今日のこう君はやけに私をほんろうしてくるね?」


「そう? それで答え合わせだけど、美海は髪を切っていない。つまり嘘をついたことになる。僕に嘘をつかない美海が嘘をついた理由、今日がエイプリルフールだからでしょ?」


「正解だけど、つまんなぁ~いっ!!」


 唇の先を尖らせ、脚をぶらぶらさせ、これでもかってくらい不満を訴えて来る。


「ちょうど携帯でエイプリルフールについて調べていたからね。ある意味タイミングが悪かったんだよ」


「先にこう君の携帯没収しておくんだったなぁ」


 なんとも強引な対策だろうか。


「せっかくだから僕も美海に挑戦状でも叩きつけてみようかな?」


「ふぅ~ん? いくら私が単純でも、嘘をつくって分かっているのに騙されたりしないと思うよ?」


「まあ、物は試しに」


「いいでしょう。その挑戦、受けて立ちます」


 負けないと確信しているのか、自信に満ち溢れた目と表情をしている。


「今日はエイプリルフールだからね、僕は嘘をつきます」


「ふんふん、どうぞどうぞ」


「美海のおかげでさ、バス旅行が終わってからは毎晩熟睡できているんだ」


「えっと?」


「美海の向日葵のような笑顔を思い出すと眠れるんだ」


「え……もう始まってるんだよね?」


「僕は美海の笑顔が好き。これからももっとたくさん側で見ていたいって思う」


「ねぇ、こう君?」


「本当は子供っぽくて無邪気な性格をしているのに、妙に大人ぶる美海も可愛いと思っている」


「……うそ、なんだよね?」


「嘘なものか。僕は美海を大切に思っている。幸せになってほしい、幸せにしたいって」


「…………」


 悲しい表情を見せ、顔を俯かせた美海。

 ちょっとやり過ぎたかもしれない。こんな顔をさせるつもりなどなかったし、見たくなかった。反省しなければ――。


「ごめん、美海。ネタバラシするけどいい?」


「うん……」


「僕が言ったことの中で、嘘を言ったことは1つだけなんだ。どれか分かる?」


「え……1つだけ? なんだろ……妙に大人ぶるってやつ?」


「いや、それは嘘じゃないよ」


 真っ先にそれを思い付くってことは、気に入らない言葉だったのかもしれない。

 現に、悲しい表情をさせながらも眉尻がピクッと動いたからな。

 不満だったのだろう。


「ヒント……ううん、もう答えを教えてください。私、もう考えるに耐えられないです」


 反省じゃ済まないな、猛省しなければならない。


「答えは、最初に言ったことだよ」


「……毎晩熟睡できる?」


「その1つ前」


「えっと…………あっ」


 閃くように呟きが漏れ出たということは分かったのだろう。

 僕が最初に言った『嘘をつきます』。

 これが嘘だということ。

 それと、それ以外に言ったことは全て本音だったということに。


「……こう君って、本当に意地の悪いことを思い付く人だよね」


「さっきも言ったけど、美海にエイプリルフールを仕掛けようと思って携帯で調べただけだから、これは僕の意地の悪さとは関係がないと思うよ」


「もう、金輪際こう君とはエイプリルフール合戦? 対決をしません」


「そうだね、僕も美海に悲しい表情をさせたくないし懲り懲りかな。でも、1つ伝え忘れていたことがあるんだけど、いいかな?」


「……なにかな?」


「僕はさ――」


「やっぱり聞くのやめておこうかな」


「僕はね、美海?」


「…………分かったよ。聞かせてもらうよ、もう」


「そうやって耳の先を染めるのも可愛いなって思っているんだ」


「ん……」


 耳を染め続ける美海は可愛いけど、もっと慌てふためく姿を想像していただけに、拍子抜けと言うか少し肩透かしを食らった気分だ。


「美海?」


 名前を呼び訊ねると、僕の小指だけをちょこんと握ってきた。

 何か、勇気を出さなければ言えないことを口にするつもりなのかもしれない。


「こ……こう君にだけだよ? 私がこんなに恥ずかしい姿を見せるのって。こう君が特別だからなんだよ?」


 そう言って今度は小指だけでなく、しっかりと手を繋いで来る美海。

 それも相まって、僕はこの言葉を捻り出すだけで精一杯だった――。


「な……る、ほど――」


「…………」


「…………」


「「…………」」


 正真正銘これがカウンターと呼ばれるものだろう。

 僕が美海を翻弄するつもりが、最後の最後で逆に翻弄されてしまったのだから。


 だがそれは美海にとってもダメージを負う諸刃の剣であったのか、さっき以上に耳を染めてしまっている。


 恥ずかしさや嬉しさのあまり、互いに言葉を発することが出来ず、手を繋ぎ視線が重なり続けているなんとも甘酸っぱい時間。


 勝負したつもりなどまるでなかったが、この結果を見ると両者引き分けが妥当かもしれない。


 そんなことを考えつつ、暫らくこの時間が続くかと思っていたその時。


 美海の携帯が鳴った。

 デジャヴ――前にも似たことがあったような感覚が襲ってきた。


 そう感じながら、美海が見せてくれる携帯に目を向けると――。


『前にも言いましたが、私しか見ていないとはいえ、2人とも少し大胆なのではないでしょうか。2人の関係が以前よりも進展したとはいえ、ここは学校なのですから節度は守ってほしいと思います。ですがそうですね、ご馳走様ですとだけ言っておきましょうか』


『追伸 朝のホームルームには遅刻しないように』


 初めてのエイプリルフール対決。

 いつの間にか始まっていた勝負の行方について。

 痛み分けにより、両者引き分け。

 そう思ったが、結果は――。


 両者敗北。勝者古町先生。


 僕と美海、2人が作るなんとも居た堪れない表情と空気が、そのことを如実に語っていたのだ。


▽▲▽


【あとがき】

本編とは関係のない話にお付き合いいただきありがとうございます。

山吹は書いていて楽しかったですが、皆さんにも少しでも楽しんで貰えていたなら嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る