第97話 僕は重症かもしれない【4回目】
僕と咲菜ちゃんが出会った経緯を聞いたお兄さんの名は『
「咲菜が危ない所を助けてくれて、本当にありがとう。郡くん、君がいなかったら咲菜は今ごろ……」
三穂田さんが口を濁してしまうのも仕方ない。
僕も、あの時声を掛けて本当によかったと思っている。
声を掛けていなかったら、きっと後悔することになっていた。
僕が記憶した車のナンバー。
そのナンバーが僕の記憶違いでなければ、盗難車届の出ているナンバーだったらしい。
写真も撮っていないため、決定的な証拠にはならない。
けれども、捜査の役には立つだろう。
それに巡回を強化するとも言ってくれた。
今回、実際に何か起こった訳ではないけど、このことで何かが変わるかもしれない。
何より、咲菜ちゃんと三穂田さんの助けになれたなら、僕は今日散歩して正解だったということだ――。
おおよそ1時間ほど、話をしたところで交番を後にした。
何も悪いことはしていない、むしろ良い行いをした筈だけど、『交番』それだけで変に緊張してしまい、肩や首が固まり凝ったことを感じる。
帰宅後はシャワーを浴びるつもりだったが、今日は湯船に浸かってもいいかもしれない。
「すみません、近くまで送ってもらって。ありがとうございました」
「
交番を後にして帰路に就こうとしたら、三穂田さんがお礼と言って車で送ってくれることになった。
一瞬、断ろうと頭を
パン屋さんの車と思われる営業車に乗り込むと、暑さと疲労のせいか咲菜ちゃんはすぐに寝てしまった。それでも最後まで僕の手を握り続けていた。
その咲菜ちゃんの様子を見て『咲菜は人見知りなんだけどなぁ』と、三穂田さんは可笑しそうに笑っていた。
僕は表情が少ないし、子どもに懐かれるような顔をしていないと思う。
その僕にも懐いた様子をみせてくれた咲菜ちゃん。
だから、とても人見知りには見えない。
むしろ人懐っこいと思っていた。
けれど三穂田さんから話を聞くと、咲菜ちゃんは保育園の先生にも懐いていない。
咲菜ちゃんが心を許している証として、手を繋げる人は三穂田さん以外では近所に住む、三穂田さんより3つ下の幼馴染のお姉さんだけらしい。
両親について気になったが、プライベートな話題のため触れずにいたけど三穂田さんはすぐに話し始めた。
母親は咲菜ちゃんが生まれてすぐに他界しており、父親も今年の2月に病で他界してしまったと。だから、穂田さんが咲菜ちゃんの兄でもあり親の代わりでもあると。
僕とは状況が違うけど既視感のある話だと感じた。
三穂田さん、まだ若そうに見えるけど……と、余計なお世話だけど心配になる。
両親がいないから咲菜ちゃんは甘え方が分からないのかもしれない。
人見知りなことは性格もあるだろうけど、その影響も考えられそうだ。
僕と境遇が似ているから手を繋いでくれたのかと考えたが、さすがに話してもいないのだから、考え過ぎだと振り払う。
結局のところ、僕に甘えてくれた理由は分からず終いだけど、これも何かの縁。
何かあれば手を貸せたらいい。そう思っているうちに車が停車した――。
「今日は仕事に戻るけど、また今度お礼をさせてくれ」
「はい。でも、お礼なら咲菜ちゃんから十分受け取りました。それでも気になるようでしたら、またカレーパンが揚げたての時に教えてください」
「郡くんは今どきの子らしく欲がないな。そんなの咲菜が好きで手を繋いでいるだけだし、俺への要求も仕事の内だからな。お礼とは違うけど、その時はちゃんと教えるさ。ああ、あとさ。重ね重ねで申し訳ないけど……」
いや、本当に。咲菜ちゃんと手を繋がせてもらって、かなり元気が貰えた。
だからお礼としては十分と言うか、逆にお礼をしたいくらいでもある。
そのため言い淀む三穂田さんには、気にせず続きを言ってくれと伝える。
「よく出来た子だな……やっぱり君のような同年代が相応しいのかな。訳アリの俺なんかよりも――」
「えっと、三穂田さん? どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。でもそうだな、それならありがたく言わせてもらうけど――俺はきっと、後で目を覚ました咲菜に怒られる。どうして起こしてくれなかったのかって。だから……郡くんが良ければ、また会ってやってほしい。ダメかな?」
「喜んで。是非、その時はご連絡ください」
寝ている咲菜ちゃんに挨拶出来ず、少し寂しいと感じていた。
だから三穂田さんからの提案は僕からお願いしたいくらいだ。
だから僕は、返事をするとともに美穂田さんにメプリのID交換画面を提示する。
その僕の行動に苦笑する三穂田さん。
もしかして社交辞令で言ってくれたのかもしれない。
僕が勘違いしたせいで気まずい感じになる。
そう思ったが、三穂田さんは歯を見せる笑顔でIDを交換してくれた。
「近いうち必ず連絡するよ。またね、郡くん。帰りは気を付けて」
「ええ、また」
最後に頭を下げ、咲菜ちゃんをおぶった三穂田さんが店に入って行く姿を見送った。
「さて、今度こそ帰るか」
ほんの少しの散歩のつもりだったけど、ちょっとした冒険みたいな時間になったな。
おかげで溜まっていたモヤモヤも少しは晴れた。
いや、咲菜ちゃんの可愛さに癒されて完全に晴れた。また頑張れるだろう。
手を抜いたりして、後悔したくないからな――。
それにしても、子供と触れ合う機会など今までなかったけど可愛いものだな。
慕ってくれていたから、そう感じるのかもしれないけど。
さらに言えば、僕に向かってニコニコと笑う咲菜ちゃんだからかもしれない。
美海も小さな頃はあんな感じだったのかな。
写真見たいって言ったら見せてくれるだろうか……美空さんに頼んだら見せてくれるかも知れないな。あ、いや、でも、そうしたら僕も揶揄われそうだ。それに美海に内緒で見せてもらうのはフェアじゃないか。
悩ましいけど、見たい気持ちが勝つことだし、後で美海に聞くだけ聞いてみるか。
「ただいま、クロコ」
「ナァ~」
久しぶりに湯船に浸かってから、クロコに少しだけ遊んでもらい、次に本を読んでいたら、気付けば日が暮れていた。
近くでアンモナイトのように体を丸め寝ているクロコの写真を撮ってから、クロコに声を掛けご飯をあげる。
それから携帯を見ると、メプリのグループに数件の通知マークが付いていた。
『(美海)こう君は、その……向日葵好きなの?』
『(順平)お、やっとアイコン設定したのか! これ、交番裏のとこか?』
『(五十嵐さん)綺麗だな。順平、今度連れてってよ』
『(順平)え、じゃあ、明日にでも行く?』
『(五十嵐さん)夕暮れ時がいいな?』
『(順平)おけ、分かった』
『(美海)五十嵐さんと関くん、話す場所間違えているよ?』
『(平田さん)美海ちゃんに完全同意です。あ、向日葵綺麗ですね』
やり取りをしていた時間を見ると、美海は休憩中だったのかな。
ただ、どうして伺うように聞いているのだろうか。
僕が向日葵を好きなことに違和感でもあるのかな。
まあ、気にしても仕方ない。
その後も盛り上がったのか、メッセージは何件か続いていたようだ。
完全に返信するタイミングを逃してしまっているため、今から返事をしてもおかしくないだろうか。こういう時どうしたらいいか分からないけど、無視はよくないよな。
『(八千代) 向日葵は好きかな』
『(順平) 八。おっ!』
『(五十嵐さん)千。そっ!!』
『(平田さん) 代。いっ!!!』
『(美海) 郡。よっ!!!!』
やかましいな。それに仲良いな。良いことだけどさ。
あと、美海はまだアルバイトの時間だと思うけど暇なのかな。
『(美海)こう君、今日はどこかにお出掛けしていたの?』
『(八千代)美海に聞きたいことがあるから、後で電話してもいい?』
『(美海)バイト終わってからでよければ大丈夫だよ。私もちょっと話したいし』
やっぱり気になるし、子供のころの写真を見せてと頼むつもりだ。
バイト終わりに会えたら電話は必要なかったが。
アパートに送るため迎えに出向こうかと考えていたが、やり過ぎだと美空さんから怒られたからな。仕方ない。
『(五十嵐さん)話す場所間違えているぞ』
『(順平)同意だ』
『(平田さん)完全同意です』
まあ、なんだ……返信したことだし、あとはいいだろう。
だから決して無視ではない。
それと――。平田さん、思ったより元気そうでよかった。
メプリだけだと判断がつかないが、返事が出来るくらいには元気なのだろう。
昨日は、酷いことを言ってしまったし気になっていた――。
夜、就寝前に美海と通話して、写真を見せてもらえることになった。
何故か美海の方が嬉しそうにしていたから、その理由を聞いてみたが笑って誤魔化された。
まあ、見せてもらえるなら文句などない。
それで写真は予想していた通り実家にあると。
夏休みで一度帰省するらしいから、その時に持ってきてくれるそうだ。
子供の美海も間違いなく可愛いだろうからな、楽しみだ。
それにしても美海は――――――――――。
気付いてしまった。
朝から、ことあるごとに美海のことばかりを考えていることに。
この1か月間、思い出してみても丸1日美海と会わない日は無かった。
平日はバイトが休みでも学校で会うし、土日はバイトで一緒だ。
だから、会わない日は今日が久しぶり……いや、話すようになってからと考えたら初めてだったのだ。
たった1日会わないだけでこんなに考えてしまうなんて――。
「重症かもしれないな」
何が重症なのかを聞かれると、言葉にすることは難しい。
けれど、美海を思い出すと明るく楽しい気持ちになるのだ。
「さて――」
深呼吸して気持ちを切り替えてから、お決まりとなった時間に電話を掛ける。
その10分後、初の希望休が終了したのだ。
▽▲▽
【4回目】
「お邪魔します。あとコレ良かったら食べて」
「は……はい。ありが、とう、ござい、ます。わ、私の、部屋……あ、案内、します」
「……うん、よろしく。今日僕は勉強しているから何か話したければ平田さんから声を掛けて」
「え……と、特訓、は?」
「これがそうだよ。声を掛けてくれたら、ちゃんと話すから頑張ってみて」
「……は、い」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「……………………………………………………………………………………」
「……………………………………………………………………………………」
「平田さんのおかげで2時間、勉強が捗ったよ。平田さんは? 何していたの?」
「あ、え、その……」
「『あ』『え』『その』って言わない。それで? ゆっくりでいいから教えて。何していたの?」
「……な、にも」
「何もなに?」
「(グスッ)何も、して、ません」
「そう、何も出来ていないんだよ。分かっているのにどうして動かないの?」
「な、何を、話したら、いいか、わ、分からな、い、です」
「どうして? バス旅行の時は平田さんからだって話せていたでしょ? なんでもいいんだよ。例えば天気の話、昨日何をしていたか、シャーペンはどこのメーカーか、食べ物の好き嫌い、体育祭のことだって、いろいろある。相手は僕なんだから、別に面白く話す必要なんてないんだよ?」
「(グスッ)はい……」
「そもそも本当に夏休みで変わる気あるの?」
「は、はい……変わり、たい、です(グスッ)」
「じゃあ、やらないと。夏休みで変わるんでしょ? 今やっていることは、目的の為の手段でしかないんだよ? 分かっているの? 時間はあるようで、まるで足りないんだから」
「(グスッ)はい……やりま、す」
「やさし…………いや。じゃあ、また今晩電話するから。何話すか考えておいてね」
「分かり、ました」
「……お邪魔しました」
「はい……また、お、願い、します」
「またね、平田さん」
「ズッくん……あり、がとう」
「……またね」
「は……はい」
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