第90話 八千代郡には期待しています
一学年教員連絡簿。
それには先日あった職員会議で、生徒会から議題に上がった内容が決定したことが記載されている。
私立
今年の1年生を利用して『やる気と報酬』の関係性を調査する。
調査方法は前期末テストで学年1位を獲得した生徒に何かしら報酬を与えるというもの。
要は、勉強頑張った人には欲しい物あげるから頑張りなさいとうこと。
報酬内容は例えば――。
部費の増額。
半年間学費免除。
次回期末テストまで学食無料。
次回期末テストまで自由登校。
等、さまざまだ。
これらは全て
今回得られるものがその1つだけとはいえ、破格の報酬ともいえる。
その他にも希望があれば、プライベートなことに対しても報酬を支払う。
学校が叶えられる範囲限定となるが、それでも生徒にとっては魅力的な報酬にかわりないだろう。単純な生徒ならば高い確率でやる気を出すと考えられる。
ただし――。
良いこと尽くめのようにも感じるけど
学習理論の1つに”アンダーマイン効果”というものがある。
自発的に行動している人たちを対象とした実験……いえ、例え話をお出しすれば、ゴミ拾いなどのボランティア活動を想像すると分かりやすいかもしれないですね。
ボランティア活動ですから、もちろん無償です。
けれど、そこに一度だけ金銭報酬を出すとどうなるでしょうか。
驚くことに以降は無償のボランティア活動に参加する人が減ってしまうといった例え話があります。
つまり報酬があれば一時的にやる気が出るかもしれない。
けれど報酬をなくすと、その反動でやる気の減少に繋がってしまう可能性が考えられる。
さらに今回、調査対象外となる上級生のやる気は、1年生とは反対に下がってしまうのではないか。
実験を行うならば全学年。
そして卒業まで継続した方がいい。
そうでないとデータの信ぴょう性にも欠けてしまう。
ですが予算の問題があります。
そのため1年生を対象として、ひと先ず一度だけとなってしまったのです。
しまいには――。
『そもそもやる気と報酬は社会に出れば、ごく当たり前のことだと思います。逆を考えれば、今から社会経験を積めるだけでも、いい経験になることでしょう。これは、当人が自分の将来と向き合うためのきっかけの1つですから』
生徒会副会長が強引に進めてしまいました。
事前に校長、理事長に根回しもされておりましたし生徒の自主性を重んじる学風にも則っています。
初代生徒会長……あの忌々しい
本当に忌々しい。卒業して尚、面倒を引き起こす。
体育祭のことも考えないといけないですし面倒なことばかり。
教職とは面倒な仕事ばかりです。
それ以上にやりがいを感じておりますから性分なのでしょうが――。
感情の整理を終え、1学年教員連絡簿に確認の印を押すと、1人の生徒が声を掛けてきました。
彼は、相変わらず無表情で考えが読み取りにくいですね。
そして何やら内密に話がしたいと。
特別急ぎの用事もないですし、彼には普段から世話にもなっております。
ですから、生徒指導室の一室で話を聞くことにしましょうか――。
「失礼……聞き間違えたかもしれません。もう一度聞き返しますが八千代君貴方は今なんと?」
「はい。今説明したように、バス旅行の班決めで使用するクジに細工をするので黙認してください」
「本気で言っているのですか?」
「もちろんです」
「……美海のためですか?」
「違います。僕のためです」
「無理です。諦めなさい。これが例え美海のためだとしても不正はいけません。何かするならば正攻法を考えなさい」
彼のことです。美海のことで何か目的あってのことだと理解出来ます。
ですが――。
そう期待していただけあって、安易に不正を頼る彼の発言には落胆を禁じ得ないですね。
「それでしたら、もう1つ聞いてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。ですが、どう説得しても結果を変えることは難しいですよ」
「『やる気と報酬』と書いてありましたけど、報酬の前払いは出来ますか?」
「この際、盗み見たことは不問にしましょう。隙を作った私にも原因がありますし。ですが前払いですか……それはつまり学年1位を目指すと?」
「はい。必ず学年1位を取ります。だから報酬の前払いをお願いします」
「もしも……万が一、学年1位を獲得出来なかった時はどうお考えで?」
「必ず1位を取るつもりなので考えていません。ですが、そうですね……見合う物といえば、自主退学でしょうか」
私の受け持つクラスは出来の悪い子が多いです。
ですが彼は、生活態度も真面目で小テストなどの成績も悪くない。
間違いなく優等生に分類される生徒でしょう。
けれど学年1位を目指すには、これまでの成績から考えると少しばかり難しいかもしれません。
それなのに、『必ず1位取るつもり』と断言ですか。
ふむ――。
「承知しました。前払いを許可しましょう。ですが、このことは他言無用にしてもらいます」
「ありがとうございます。もちろん秘密は洩らしません」
「それでは契約成立です。今度は私からも1ついいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
いい機会です、体育祭の憂いも解消してしまいましょう。
「前払いするには私にもリスクが生じます。その対価として、クラスの体育祭実行委員を選出する話合の際に立候補してください」
「……分かりました」
「よろしい。委員会の立ち上がりは前期末試験が終わってからになります。競技内容などは、ほとんど生徒会が決めてしまいますので実行委員と言ってもやることは雑用くらいでしょう」
「分かりました。問題ないです」
「クジの箱を確認しないといけませんね。八千代君、手伝って下さい。ですが私は他の仕事が忙しく手が回りません。学年1位の貴方に全てをお願いしても?」
「はい……ありがとうございます」
それから――。
彼の細工は成功したのでしょう。
ですが妙なメンバーですね。
共通点や接点、何もかもバラバラです。
無理に挙げるとすれば、席が横並びということだけです。
まぁ、ですが確かに――美海の様子が昨日までと違ってあきらかにおかしい。
間違いなく何かがあったこと。それが目に見て分かります。
今までなら心配で余計なおせっかいをしたかもしれませんが、彼が動くならば今回は見守ることにしましょう。
美海に彼が相応しいか見定めることも出来ますし、何より『運命は自ら切り開くもの』ですからね――。
結果は、見事に解決したようですね。
美海の笑顔が以前のように……いいえ、以前よりずっと輝いております。
美海を救えなかった私が偉そうに言えませんが――。
お見事です、八千代郡くん。
厄介な
ですが2人ならば何も問題ないでしょう。
八千代君、貴方は美海の運命の相手であり騎士なのですから。
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