第87話 お土産配りの行脚と参ります

 僕が望んだ『日常』とは違ってしまったけど、一番に望んだ願いを叶えることが出来た。

 その証明ではないけれど。

 久方ぶりに得意とする寝付きの良さが戻って来て、昨夜はグッスリと眠る事が叶った。


 結果を見れば大成功だけれども。

 過程を見ると散々たる結果である。上手に立ち回れたことなど1つもなく、大勢の人に迷惑を掛けてしまった。

 それでも見限らず助けてくれた友人たち。

 お礼はするつもりだけど、今日はひと先ず。

 バス旅行のお土産を渡して行きたい。そう思っている――。


「だから美海? 少し早いけど僕は行っていい?」


「ふ~ん? こう君は私のおかげで熟睡することが出来たのに、私を置いて私じゃないたくさんの可愛い女の子たちに会いたいんだ?」


「なんか棘があるけど……いや、でも分かった。お土産は放課後にするよ」


 今朝も図書室で美海と密会をしていたが、お土産を渡しに回りたいから先に行っていいかと聞いたところ、可愛く断られたところだ。


「あ~あ、私は1人寂しくお勉強かぁ」


「あれ、僕の話聞いてた?」


「え~?」


 クスクス笑っているところを見るに、本当に怒っている訳でなく、僕の反応を見て楽しんでいるのだろう。


 それと美海がお勉強と言った理由について。

 夏休み終了後に控えている前期末試験に向けて7月から勉強を始めたからだ。

 そのため7月からは、いつも座っていた奥にある3席だけある場所ではなく、カメラからも廊下からも視認されない机がある席に座っている。


 初めは、視認されないと言っても実は隠しカメラがあるのではと疑っていたが、どこを探しても見当たらなかったため、利用させてもらうことにした。


 やましいことなど何もせず、学生の本分である勉強をするのだからカメラの下にある机でもいいのではと思ったりもする。


 だが、本来今の時間に図書室に入れていることがおかしい。特別に鍵を預けてもらっているため、他の生徒に姿を見られる訳にいかないのだ。


 そのため、やむなく視認されない机を使っている。

 そういう訳だから、けして誤解してほしくない。


 だからこれはギリギリセーフだろう。きっと――。


「いいよ、分かった。朝は他の子たちに譲ってあげる。でも、午後の約束は守ってね?」


「ありがとう。午後はもちろんだよ。約束した通り、今度こそ美味しいジェラート食べに行こう」


「覚えているならいいよ、こう君の浮気は許してあげるっ!」


「いや、浮気とは違う気がするけど……それより、行けないんだが?」


 僕と美海はただの友達なのだから、別の人と会うだけで浮気認定は違う気がする。

 なんとなくだけど、『浮気』という言葉で僕を揶揄っているのだろう。


 それよりもだ。


 美海は言葉では行っていいと許可してくれた。

 だが美海の右手は僕の左手を離さず行っては駄目だと言っている。

 今日は、この机に着席して早々に手を繋いできた美海。

 おかげで勉強が出来なかった。


 一応、心の中で言い訳しておくが、図書室で手を繋いだのは今日が初だ。

 それに友達同士で手を繋ぐ行為は、やましいことに分類されないよな?

 この場合のやましいこととは、人に見られたらどうしようもなく恥ずかしいことだろう。


 それならば、手を繋いでいることはギリギリセーフで大丈夫なはず――。


 言い訳がましくてみっともないぞと、心の中で自らに突っ込みを入れていたら、美海が僕に挑戦状を叩きつけてきた。


「私からは離してあげないよ? 行きたいなら、こう君から手を離したらいいと思う」


 ここで『分かった』。そう言ってすぐに手を離すことは、いくら僕でも間違いだと分かっている。


 分かってはいるが、さてどうしようか。


 美海は変わらずクスクスと楽しそうに笑っているから、今にも満足して離してくれそうな気もするが……。


「僕も美海の手は離したくない気分だしな。さて、どうしようか」


「えっと、こう君? 今さっきまで全く力込めていなかったのに、なんで『ギュッ』って握り直したの?」


 押して駄目なら引いてみろ作戦だ。


「僕の左手に聞いてみたら? さて、困ったな」


「ほらっ、こう君! 今なら私の手、離せるチャンスだよ?」


「僕も僕の左手は、こんなにも美海と手を繋ぎたがっているのに、美海は違うんだ?」


「え、こう君。怖い。この流れやだっ! 怖いやつだからっ!!」


「どうする?」


「え……どうしよう?」


「別に変な事は言わないけど、言っていい?」


「ダメって言ったら聞いてくれるの?」


「じゃあ、許可も出たし――」


「出してない! 出してないからっ!!」


 いや、本当に。なんの捻りも落ちもないから、そんなに警戒しなくてもいいんだけど。

 美海の反応がいいせいで途中から止らなくなってしまっただけ。

 だから本当に落ちなど考えていない。美海が1人で盛り上がっただけ。


「このまま……は、不味いか。でも、美海も一緒に来る?」


「…………え?? 一緒に? いいの?」


「別にいいよ? 浮気も否定出来てお土産も渡せるし、一石二鳥だし。あ、いや、美海と一緒にも居られるから、二石三鳥? かな。いいことしかない」


「私と一緒に居られることがおまけみたいな扱いは気に入らないけど……え~~行きたい、けどなぁ~~……。私にもなぁ、心の準備というか、計画があるというかぁ」


「ふ~ん?」


「あ、私の真似っ!?」


 美海のことだから、恥ずかしくて普通に断ると思っていたから、悩んだことに驚きと少しばかり嬉しさがあった。

 僕と一緒に歩き回ってもいいと言われた気がしたからだ。

 だから、つい、美海の真似をしてしまった。


 あ、なるほど。


 嬉しい時と複雑な時が混ざっている時の言葉か。

 あとは不満な時かな。

 とりあえず、今日は美海が一緒に行かないことが分かったので手を離そう。


「あっ……」


 そんな名残惜しそうに手を見られたら、悪いことしていないはずなのに、罪悪感が残る。


「美海は僕に内緒で何か計画をしているの?」


「……今は内緒」


 今はと言うことは、そのうち教えてくれるということか。

 それなら今無理して聞くこともないかな。

 と言うか、お口チャックの仕草が可愛いから、もう一度見たい。


「分かった。言えるようになったら教えて」


「うんっ! 驚かせてあげるから待ってて!!」


「あまり心臓に悪いことはちょっと遠慮したいな」


 僕の返事にちょっと不満を漏らした美海に追い出されるかのように図書室を後にした。

 美海はもう少し1人で勉強をしてから教室へ戻るそうだ。

 1人でと強調していたから、僕が居なくなることに対して『不満』と言っているのだろう。


 放課後も夏休みも僕の時間はあげるから許してほしい。

 そのことを伝えたら、また変わったかなと考えが浮かんだがすでに遅い。


 さて、気を取り直して次を考えよう。

 学校でお土産を渡す人は5人いる。

 大槻先輩に船引先輩、それと大槻先輩への言伝を預かってくれた先輩。

 名前を聞いていないから、呼び出し難いが居てくれることを祈ろう。

 あと、船引先輩は怒らせたままであるから受け取ってくれるか分からない。

 そのままにしておくことなど出来ないから、受け取ってもらわなくても顔は出さないといけない。


 先輩に関してはこの3人だけになるが、残る2人は先生だ。

 図書室の鍵を預けてくれている司書の女池めいけ先生に保健室の五色沼ごしきぬま先生だ。


 女池先生はあれ以来だが、普段から図書室を使用させてもらっていることだし、お土産くらいは渡しておきたい。


 それよりも、五色沼先生には結構な頻度でお世話になってしまった。

 バス旅行までの約2週間。

 睡眠不足が過ぎて、昼休み幸介や美波たちとご飯を食べた後、何度もベッドを借りてしまった。

 寝る事は出来なかったが、5分、10分だけでも横になると全く違ったからな。


 だからあの2週間はとても助かった。

 ただ最後の方は、五色沼先生に『千代くん、またです?』と呆れられてしまった。


「とりあえず――」


 8階に移動して2年の教室からかな。

 多分、船引先輩のきっちりした性格を考えたら登校している気がする。

 その流れで保健室に寄ってから、9階に上がり3年生の教室に行こう。


 朝の早い時間に2年生の教室に来ることは初めてだけど、1年生よりも登校している人数が多く感じる。


 来年には大学受験や就職が控えているからなのか、そもそも1年生よりも生真面目な生徒が多いからなのか分からないが、僕に向けられている視線が気になって仕方ない。


 この時間から1年が居ることが珍しいのかな?


 それだけではないように感じるけど、コソコソと話している声を盗み聞いたりして確認したりはしない。


 居心地が良くないので、早く用事を済ませて退散したいし、知らない方がいいことかもしれない。知ることで変な面倒に巻き込まれても嫌だからな。


 幸いにも船引先輩が居るAクラスの後ろ側の扉が開いていた。

 顔を覗かせて近くの先輩に声を掛けたらいいかな。

 そう考えたが、顔を覗かせたすぐ目の前に船引先輩がいた。

 船引先輩は僕と全く同じ席に座っていた。


「よく私の前に顔を出せましたね?」


 いきなり先制パンチが飛んできたが気にすることはない。許容範囲内だ。


「船引先輩、おはようございます。バス旅行のお土産があるのでお渡ししてもいいですか?」


「いりませんよ? でも、まさか、お土産程度で私を買収しようとでも?」


 船引先輩に内緒で、大槻先輩を利用してファンの女の子たちにたくさんサービスをさせたから当然のように怒っている。


 僕がカラオケで大恥をかいた翌日。

 ふと携帯を見た時に気付いたが、船引先輩から掛かって来ていた鬼のような着信履歴に思わず携帯を伏せてしまった。


 心を落ち着かせてから掛け直し謝罪したが、怒りを収めてもらえるだけの理由を説明することは出来なかった。


 今、無視しないでくれていることに感謝してもいいかもしれない。


「そうですか。船引先輩の喜ぶ結果になると思ったのですが、不要なら無理にはお渡しが出来ませんね」


「何か……含みを感じますね? 念のためお土産の中身を聞かせてください」


 中身は紙袋に入っているので、許可を取ってから取り出してお土産を机に置いて見せる。


「これは? 私にはなんてことないアザラシのキーホルダーに見えますが? 好きな人は喜ぶかもしれませんが、私の好みではありません。残念ですが、今の八千代さんから頂きたくはありませんね」


「このアザラシはゴマフアザラシの『ユキちゃん』です」


「はっ。それが何か?」


「水族館で人気のある夫婦アザラシの女の子の方ですよ」


「まどろっこしいのでハッキリ言ったらどうですか?」


 言葉に棘もあるし、人差し指で机を『トントン』叩き出している。これ以上引き延ばすのは怖いからすぐ伝える事にしよう。

 雰囲気が伝わり、周囲も心なしか距離を置き始めているし。


「このキーホルダーは2つセットなんです。夫アザラシである『クラくん』のキーホルダーは、この後大槻先輩にお渡しする予定です。つまり、お揃いということです」


「………………」


 僕が話している途中で『トントン』と机が鳴る音と、船引先輩の人差し指が止っていた。

 美愛様ファンクラブ鉄のおきての1つに、自らお揃いを持っては行けないと決まりがある。


 以前、僕を取り囲んだ先輩の1人が教えてくれた。

 だから僕の思惑に気付いた船引先輩なら、すぐに受け取ると予想していたが何か思い悩んでいるようだ。


 もしかしたら、僕の知らない何か別の掟に抵触するのかもしれない。


「大槻先輩は可愛い物が好きですからね。だから、敢えてお揃いとは言わずに、ただのお土産としてお渡しするつもりです」


「せっかく後輩が買ってきてくれた物ですからね、やはり受け取ってあげた方が良いことかもしれません。なので、八千代さんがどうしてもと言うならば、頂戴しますけど?」


 何か分からないが、掟をすり抜けたようだ。

 素直じゃないなと思ったが、『はっ』と考えを改め直す。

 誰がファンクラブ会員かは分からないが、周囲にも紛れているはず。


 それなのにファンクラブ会長である船引先輩が、喜んで受け取ってしまえば掟違反になってしまう。

 だから、面倒な言い回しをしているのかもしれない。そう思ったのだ。


 まあ、掟が何かは分からないが……それに受け取る言い訳としては苦しい気もするが、受け取って貰えるなら、このまま邪魔が入る前に渡したい。


「はい、船引先輩のために買ってきた物ですから、受け取ってくれたら嬉しいです」


「分かりました、そこまで言うなら貰いましょう。でも――」


「ありがとうございます。でも、なんですか?」


「これだけで八千代さんの罪が許される訳ではありませんからね?」


「もちろんです。ちなみに今日の放課後は何かご予定は?」


「予定はないですが、八千代さんに付き合う時間はないですよ。大槻先輩からお誘いがあるかもしれませんから」


 大槻先輩も船引先輩もバイトは休みだと、事前にさと店長の確認はしていたけど、変更がないようで安心した。


「では、そのまま予定は空けておいてください。もう1つお詫びをさせて頂きますので」


「……何か分かりませんが承知しました。期待して待っていることにしておきます」


 話もまとまったので、船引先輩に挨拶して教室を後にする。

 他の先輩女子の視線は気になったけど、どうにか話がまとまり安堵する。

 多分だけど、もう1つのお詫びで船引先輩の怒りも収まる事であろう。

 泣いて喜ぶ可能性だってある。

 高校生の懐事情で考えたら厳しい金額が掛かったからな。


 期待通り、喜んでもらえるといいけど。

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