第三章 「新芽」

第86話 勝負には負けます。でも試合には勝ちます

 物語では、困っているお姫様の元には白馬に乗った王子様が颯爽と現れて、困難から救い出してくれます。

 莉子も昔に一度くらい……いえ、二度や三度くらい、もしかするともうちょっとだけ憧れたことがあったかもしれません。


 ですが――。


 今は高校生に成長しました。大人になったのです。

 あまり背は伸びませんでした。それに胸も……ウォッホォンッ。


 そう、大人になったのです。


 だから、憧れは憧れでしかないってことを理解しています。

 物語と現実は違うんだって。


 でも、この現実世界にもお姫様がいました。

 莉子にとって生まれて初めてできたお友達。

 天から遣わされたと思えるほど可愛い可愛い天使さ……美海ちゃんは、物語に出てくるようなお姫様でした。


 もしかすると、物語のお姫様よりずっとお姫様です。

 とっても可愛いですし、内面も現代日本人好みの性格をしていて、お姫様よりお姫様かもしれません。


 美海ちゃんの前に現れた王子様は白馬にも乗っていませんし、顔はまぁ、格好よくはなりましたけど王子様顔ではありません。

 救ってくれた方法も颯爽とはしていなかったですし。

 むしろ小狡いことしていましたね。


 ですから、物語のような王子様ではなかったかもしれません。

 それでも一生懸命に頑張る姿は、人を惹きつける魅力や輝きがありました。

 今まで周囲が彼に抱いていた評価を一転させるほどに。


 だってそのおかげで、お姫様が綺麗に笑っているんです。

 美海ちゃんの笑顔を見たら、救われたことは一目瞭然です。

 正直言って、羨ましいです。


 美海ちゃんの王子様は、最初はどこにでもいるような……。

 いえ、失礼かもしれませんが、それ以下の存在だったかもしれません。

 困っている人を助けたり、落ちているゴミを拾ったりする良い人ではありましたが、それを帳消しにして上回るほど悪目立ちする存在でした。


 ですが、彼は、八千代やちよこうりくんは、莉子のズッ友は、ズッくんは変わりました。

 変わった理由は小難しく変なことを言っていましたけど、至極単純に言えば、お姫様を助けられる王子様になりたかったから変わったってことです。

 羨ましいです、本当に。


 美海ちゃんがとても羨ましい。


 莉子は美海ちゃんのように可愛いくはないですし、性格だって暗いです。

 背だって低いし胸だって……。

 莉子には女性らしさが圧倒的に足りていません。

 それに2つある夢のうち1つは、恥ずかしくて大きな声で言えないですし言いたくないです。

 もう1つの憧れ、お姫様になることは叶わない夢だって充分理解しています。


 でも……。

 お姫様じゃなくてもいい。

 今よりもっと普通の女の子にはなりたい。

 ズッくんが変われたように、私も変われるかな?

 ううん。

 変わらないといけない。


 だって私は、莉子は――――。


「平田さん? 聞こえている?」


「んえっ!? あ、お、おはよ、う。ズっくん?」


「ごめん、驚かせたね。大変かもしれないけど、よろしくね」


「う、うん……ズッくん、は、凄、いね? わ、私、にも……できる、かな?」


「僕は助けてもらってばかりだから。それと、平田さんなら大丈夫じゃない? 僕は平田さんと一緒で正直嬉しかったし」


「んんんっ……え?」


「あ、古町先生が戻ってきたから僕は席戻るよ。また」


 言いたいことだけ言って居なくなるなんて全く。

 莉子のズッ友は本当に勝手ですね。

 莉子だけでなく、ちゃんとお姫様にも声を掛けて下さいよ。

 じゃないと、莉子の側頭部が焦げてしまいますからっ。


 でも、そっか。

 莉子が決めた事だけど、一緒だもんね。

 それに、ズッくんが『大丈夫じゃない?』。そう言うなら大丈夫なのかもしれない。


 根拠なんて全くないけど、そう思えてくるから不思議ですね。

 自分の目的のついでに、周囲を幸せの渦に巻き込んでいることに気付いているのでしょうか。あの人は。気付いていないでしょうね、きっと。

 それがズッくんの魅力なのかもしれませんけどっ。


 ズッくんと話せたおかげで、俄然やる気が湧いてきましたね。

 延々湧き出る泉の水のように頑張れる気がしてきました。


 嘘です。ちょっと……いえ、かなり盛りました。


 勇気を出して行った下着屋さんでサイズを告げる時くらい盛りました。

 あの時の店員さんのあの目……忘れよう――。


 終業式も終わり、いよいよ夏休みです。

 莉子に与えられた時間は約1カ月。いえ、約2カ月ですね。

 約束ですから、手伝ってもらいますからね。

 お願いしますね?


『(莉子)  ズッくん、お願いがあるので約束を果たしてください』

『(郡くん) もちろん。何をしたらいい?』


『(莉子)  夏休み。私にズッくんの時間を下さい』

『(郡くん) 分かった。予定確認して、夜か明日の朝には連絡するよ』


 莉子の願いは叶わない。

 それでも叶えたい願いはある。

 だから――。


 莉子は変わりたい。いえ、絶対に変わる。

 変われた暁には――。


 美海さん、郡さん。

 莉子はお礼として、全身全霊をささげて挑ませてもらいます。

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