第80話 シスコンお兄ちゃんと呼ばないで
幸介が帰宅宣言をした理由は、クロコの雷が落ちたからではなく、この後に仕事が控えていたからであった。
忙しい中、時間を作ってくれていたようだから今度お礼に甘い玉子焼きを……いや、さすがに一辺倒か。
別の何かを考えておこう――。
この後は僕と美海もバイトがあるけど家を出るには早すぎる時間。
お昼を食べるにはあまりお腹も空いていない。
そのため各自思い思い自由に過ごすこととなった。
僕はリビングで本を読み、
美海は一緒に見ようと誘ってくれたが、やんわり断った。
あまりいい記憶がないからな、見ても楽しめないと思うし空気を悪くしてしまうかもしれない。
何せ、僕はアルバムの後ろにある白いページの意味。
中学の卒業式後に幸介から友達同士でメッセージを送り合うページと聞くまで、メモか何かに使っていいページだとばかり思っていたからな。
小学校の時はなかった気がするけど、実はあったのかな……いずれにせよだ。
僕はそれくらいアルバムに関心がない。
それなら2人で楽しみながら見た方がいいだろう。
そう結論付けて、僕は美空さんから借りた本を読み進めることにした。
読んだ本の内容はコーヒーの歴史について。
アラビア半島南端の『立法学者の伝説』、イエメンの『聖職者の伝説』、エチオピアの『羊飼いの少年の伝説』など、仕事とは直接的に関係なかったけど、どれも知らないことばかりで読んでいて面白かった。
アイスティのお代わりでも飲もうかと考え立ち上がると、リビングの扉が開く。
アルバムを見終わった美海と美波がリビングへ戻ってきたのだろう。
「こう君は美波のことどう思っているの?」
何やら不穏な空気を感じるぞ。
「……急にどうしたの美海?」
「おっっっっきく『とても可愛い
「…………」
そう言えば、何も書かれていない白いページに気を使った幸介と美波がそれぞれメッセージを書いてくれた記憶がある。確か――。
――高校でもよろしくな!!
――むうっ。
と、書いてあった気がする。
幸介のメッセージは当たり障りない言葉だ。
僕も似たようなことをお返しとして書いた。
それで美波は、僕が家を出て1人暮らしすることをこの時知った。
だからご機嫌斜めだったのだ。
おかげで
つまり美海はそれを見て、聞いてきたのだろう。
美波のドヤっとした表情を見るに、そんな恥ずかしいことを書いた経緯までは説明していなさそうに見える。
「美波も大概だけど、
この2日間でよく見せていた不満そうな表情じゃなく、クスクスと笑いながら可笑しそうにしている。
きっと、僕が困っている姿を見て楽しんでいるのだろう。
「……美海に呼べるなら呼んでみたら?」
僕の煽りもなんのその、『ふふっ』と小さく笑う美海。
僕の正面から少し斜めの位置にずれ、それから左腕に抱き着き、小悪魔のような表情をして言った。
「こ う り お に い ちゃ ん?」
言葉尻に合わせて首を傾げ、上目遣い気味に妖艶な笑みを浮かべている。
可愛いのに大人の色気も感じてしまうほど魅力的で固まってしまう。
とんでもない破壊力だ。
友達になり、今のような関係を築けていなかったら勘違いしてしまったかもしれない。
だが――。
だが1つだけ――――。
こんな妹が居てたまるか。
そう心の中で静かに突っ込みを入れる。
今回の美波は僕の味方をしてくれるらしく、『充分――』そう言って美海を引きはがしてくれた。
多分、義妹は私1人で充分だと言いたいのだろう。
「……はいはい。馬鹿な事言っていないで、お昼ご飯にしよっか。チャーハンでいい?」
「うん――!」
「――っッ!? うん……えっ?」
2人から返事を貰えたので早速準備を進める。
時間はあるけど、ないともいえるからな。
卵と長ネギで簡単なチャーハンにしよう――。
僕がキッチンで調理している間、美波と美海の2人はケンカすることなく大人しくしてくれている。
嬉しそうに自分の頭を撫でながらソファに座る美波。
頭を抑えながら、ポーッと突っ立っている美海。
僕が柄にもなく2人の頭を軽く『ポンッ』って、したせいかもしれない。
美海にお兄ちゃんと言われ揶揄われた仕返しではないが、何かしないと気持ちの切り替えが難しかったのだ。
だから、思わず手が伸びてしまった……。
分かっている。いい訳である。
きっと、2人にペースを乱された影響かもしれない。
責任転嫁も甚だしく最低である。
これ以上の反省はあとにして、チャーハンも出来たことだし美海をこっちの世界に戻してあげないといけない。
「美海、テーブル拭いておいてもらってもいい?」
「……えっ?」
「テーブル拭いてもらってもいい?」
「あ……うん、わかった」
「ポーッとしたりして、熱でもあるの?」
反省の『は』の字すら出てこない、煽り言葉である。
「し、知らないっ!! こう君の……意地悪っ」
さっきの妖艶な美海も破壊力抜群であったが、恥じらっている美海も破壊力抜群だ。
本当に反省しない自分に呆れながら、魅力的な美海のこの先が心配になってしまう。
美海は僕の心配をよそに、今も耳を赤らめながらも一生懸命にテーブルを拭いてくれている。
思わず手を止め見ていると、『キッ』と睨まれる。
そして『こっち見たらダメっ』と言われてしまった。
まだ見ていたかったけど怒られたなら諦めるしかない。
ダイニングテーブルにチャーハンとわかめスープを持って行く。
1品だけだと寂しいからな、わかめスープなら簡単だから作ったのだ――。
今朝と同じように2人とも美味しいと言って完食させてくれた。
火、塩加減も悪くなく美味しいチャーハンだったと思うし満足だ。
ただ、楽しい昼食で少しのんびり食べ過ぎてしまったせいで、時間がギリギリになってしまった。
けれど、僕と美海に気を利かせた美波が食器を洗うと申し出てくれる。
出来た義妹だ。感心したし感謝もしている。
でも、僕の手を取り頭の上に持って行かないでくれ。
美海に見られたら、また『シスコンお兄ちゃん』と言われてしまう――。
僕は予備のシャツをカバンに入れるだけだから、準備はないようなもの。
美海は部屋着から外用の服装に着替えるため部屋に戻っている。
部屋での服装は、腕や脚などの露出が多かったから着替えてくれるなら安心だ。
他人からの視線を遮るために露出を減らしているのかもだけど、もしかしたら日焼け対策もあるかもしれない。
あとで聞いてみようかな。あ、日傘も入れておかないと。
美波がプレゼントしてくれたのだ、せっかくだしたくさん使いたい。
「お待たせ!」
「全然。じゃあ、クロコと美波お留守番頼んだよ」
「ナァ~」
「ん――」
「「行ってきます」」
なんかいいな、こういうの。
姉妹に玄関で見送られ、友達と玄関を出る。
言い様のない多幸感に包まれたことを実感しながら、玄関を後にしたのだ。
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