第79話 珍しく美海が美波へドヤッとした
今、リビングには僕、幸介、美波、美海、クロコがいる。
話合いの場所は、桃を食べていた4人掛けのダイニングテーブル。
状況は、幸介から話を聞き終わったところだ。
終始苦笑いだった幸介は、肩の荷が下りたのか砕けた表情に変わった。
僕の隣にいる美海は『聞いてよかったのかな?』と、気まずそうな表情を浮かべている。
幸介から彼女と紹介してもらった相手は美波だった。
その美波は、彼氏の隣に座れたというのに不満げな表情を美海にぶつけている。
不満な理由は僕の隣に座りたかったからだろう。
最初、美海より先に僕の隣に座った美波だけど、全てを察した僕が許可をしなかったのだ。
つまり――。
幸介がコソコソと会っていた人は美波で、コソコソと電話をしていた相手も美波。
初めて図書室に行った朝、幸介が僕を探していた理由は美波に頼まれたからで、僕に内緒にしていた理由はタイミングを見計らっていたから。
教えてくれた理由は、時間に余裕がなくなったから?
えっと、つまり。
幸介の彼女が美波で、美波の彼氏が幸介と。
確かにお似合いだと思ったけどさ……。
2人の仲を考えるとありえないだろう。
僕に内緒で仲を育んでいた?
いいや、そんな様子も全くなかったはずだけど……。
僕が気付かなかっただけか?
ちょっと現実逃避したくなってきたな。
それを察してか、クロコは膝の上で大人しく撫でさせてくれている。
ありがたい。クロコはいつだって心の支えだ。
おかげで幸せホルモン、オキシトシンが体内で分泌され心が穏やかになってきた。
でもやっぱり納得出来ない。
「いや、考えられない。2人が好き合った結果で付き合っているとは思えないよ」
「認める――」
「まぁ、そうだよな。俺とこいつが好き同士とか、考えただけでも鳥肌もんだ」
2人揃って思ったより簡単に認めてくれた。
「なら、どうして?」
「便利――」
「こいつが言うように、互いの利害の一致? かな、1つは」
幸介の言葉に反応して、美波が幸介に不満の視線をぶつけているが――。
2人が言うには、お互い顔がいいことを理由に異性対策を行っているらしい。
つまり、男避けに女避けをして面倒なトラブルを回避したいからと。
僕には縁のない悩みだから、なんとも否定がしにくい。
ただ、そうすると――。
「……もし、2人に本当に好きな人が出来た時は困るんじゃない? それだと」
「皆無――」
「俺も今のところない。だから、今は煩わしいのを回避したい気持ちが強いかな。こいつ顔だけはいいし」
2人揃って、ハッキリと言い切っている。
納得してあげたいけど、まだ正直に言えば納得が出来ない。
「……1つって言っていたけど他に理由もあるの? あと幸介。美波は確かに可愛い。でも、他にもたくさん良い所があるからね?」
幸介が『ごめん』って、謝罪をしている横で美波が嬉しそうに『ドヤッ』と幸介……ではなくて、美海を見ていて美海は僕を見ている。
視線を感じているだけで、僕は幸介に顔を向けているから、美海がどんな表情をしているかは分からない、が――。
シスコンって聞こえたから、呆れた表情をしていることを見なくても分かる。
すると今度は、幸介じゃなくて美波が答え始めた。
「思い出――」
まだ終わりではない。
美波はまだ何かを僕に伝えようとしている。
「私と――義兄さんと―」
私は義兄さんとの思い出がほしい。義兄さんにも私との思い出を作ってほしい。
中学校では出来なかった思い出を作りたいと言っているのかもしれない。
「楽しい――忘れよ――?」
楽しい思い出をたくさん作って、嫌な事なんて忘れよう?
そう言ってくれた。
きっと、僕が家を出たことで気付かせてしまったのかもしれない。
嫌われることが怖くて遠ざけたことを。
でも美波は、僕に呆れて見限ったりしなかった。
「まぁ、なんだ。俺も美波が郡の近くにいた方が郡のためになるかなって思ってさ。でも、目立つこいつが居ると逆に迷惑になるかもって思ってた。けど……俺の彼女ってことなら一緒に居ても少しは周りの視線も和らぐかもしれないって考えて、俺にも都合がよかったし、2人で利用し合う形で、こんな事になったんだ。余計なお世話になっちまったが」
幸介はそう言うと『チラッ』と、美海をひと目見て、今日何度目になるか分からない苦笑を浮かべた。
混乱する頭の中で話を整理すると。
1つ目の理由は異性対策。
これはついでだと美波が言っている。
それで本命の理由が、僕を思ってのことだ。
幸介は、僕の味方として、僕をよく理解している美波を近くに居させたかった。
少しでも味方が近くにいた方がいいと。
美波は僕と一緒に思い出を作りたいから一緒にいたかった。
だから、一緒にいるために幸介を隠れ
これが本命だと。
僕の為に行動してくれたことは嬉しい。
だが、それが理由なら僕は2人のためにも反対したい。
そもそも僕が美波に、学校で知らない人のフリしてなど言わなければ起こらなかったことかもしれない。それを考えれば僕に否定する権利などないが――。
それでも2人が犠牲になる必要は全くない。
「2人が僕のことも考えて決めたことは嬉しい。でも……」
僕は幸介や美波でなくて、美海を見てから言葉を続ける。
「美海のおかげで、最近は気持ちが前向きになれているんだ。だから、美波ごめん。学校で距離を置きたいだなんて言ったりして。でも、これからは無理に隠さなくても大丈夫。だから、好き同士でもないのに2人が付き合ったフリをする必要はないよ?」
「わかった――でも――」
美波は頑なに頷いてはくれなかった。
少し様子見したいから交際のフリは継続すると。
幸介はと言うと、完全に丸投げ状態だから反対するには美波を説得しないといけない。
確かに2人が付き合うことで、煩わしい異性の悩みが一時的に解消されるというメリットがある。
でも、それは同時に、訪れるはずの出会いを初めから絶ってしまうことでもある。
本当に2人を大切と思う人が、中にはいるかもしれない。
僕が言えたことではないし、余計なお世話かもしれない。
でも、2人には幸せになってほしい。
だから、出来るなら考えを改めてほしかったが――。
最後まで首を縦に頷くことがなく、説得は失敗に終わり、明日の朝は2人で登校して、休み時間なども一緒に過ごすことで、交際(偽装)を周知させていくことに決まってしまった。
「それと美海。美波にも言ったけど、これからは美海も変に隠さなくて大丈夫だよ。今まで、変なお願いしていてごめんね」
「え、いいの?」
「うん、美海がそうしたいなら、もう隠さなくてもいいかなって思ってる。どうする?」
「う~ん……。ちょっと悩むけど、私はまだ隠しておこうかな。そっちの方が特別な感じがするし」
昨日から美波から美海に『ドヤッ』とする顔は何度か見たが、
今日は珍しく美海から美波に『ドヤッ』とした表情を向けている。
「むぅっ――生意気――」
そう言って立ち上がると、美海に近寄り頬を抓み始める。
美海も応戦してやり返しているが、2人とも見るからに、もちもちとしていて柔らかそうに頬が動いている。
「2人とも随分と仲がいいんだな?」
「昨日から、ずっとこんな感じでじゃれ合っているんだよ」
「違う――」
「じゃれ合ってない」
「ほら、息ピッタリだ」
否定の言葉を同時に口にする2人に、僕が息ピッタリだと言うと面白くなさそうな顔をさせた。
「いや、ちょっと待て郡。昨日から? もしかしてだけど、上近江さんもこいつと一緒で昨日から泊まってたりするのか? 今日たまたま遊びに来ているとかじゃなくて」
「……成り行きで?」
学校の人には言えないが、幸介になら別に隠す事じゃないけど、大っぴらにいう事でもない。恥ずかしいからな。
「えっと、じゃあ……2人は付き合っているのか?」
「僕と美海が? まさか。普通に仲のいい友達だよ」
「……確かにこう君が言ったように、普通に友達かな。髪を乾かしてもらったり、桃を食べさせてあげたりする、ふ つ うの!! 友達」
「俺は
「認めない――」
幸介の妹である早百美ちゃんと比べたら大概の人は頭よくないことになると思うが、今は話の本筋からずれてしまうから置いておこう。
えっと、それで。
幸介は持論を述べながら僕と美海が交際していると疑い。
僕がそれを否定して、美海も続けて否定してくれたが、僕の返答が気に入らなかったのか、テーブルの下で僕の足に足を当てて来た。
そうしたら今度は幸介に『普通』じゃないと言われ、
美波が美海に向かって交際など認めないと言っていて。
さらには、ああだ、こうだと言い合いが始まり、賑やかを通り越してうるさくなるリビング。
そのせいか、大人しく撫でられていたクロコが僕の膝の上からテーブルに飛び乗り――。
「ウナァ~~~」
と。
太くて大きな声でひと鳴きしてから、リビングから出ていった。
声もそうだが、去って行く後ろ姿を見るに間違いなく怒っていた。
あとでしっかりご機嫌取らないといけないな。
クロコのおかげで一瞬にして静まり返ったリビング。
そのタイミングを見計らったかのように、幸介の携帯からアラーム音が鳴り響いた。
「さて……俺は帰ろうかな」
逃げるような幸介の帰宅宣言で、この場はお開きとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます