第78話 幸介はとても驚いた
前に美空さんへ振舞った紅茶はアッサムのカルカッタオークション。
せっかくだから美海にも同じ物を淹れてみた。
ただ今日は、ティーバッグじゃなくてリーフティだ。
だからかこの間よりも上下に大きく茶葉がジャンピングしていて、美海がキラキラした目で見ている姿が印象的だった。
美空さんと同じようにポッドに釘付けになり――。
「ほう、これがジャンピングかぁ、綺麗」
全く同じことを言っていて、少し面白かったし何より姉妹だなって微笑ましい気持ちにさせられた。
美海は凄く素敵な女性だけど、今は無邪気にクロコを撫でていて、どこか幼さも残っている。
もう少し成長したら美空さんのように色気も出てきて、一層素敵になるんだろうな。
笑う横顔を見ていると、そう思えてくるーー。
美海とクロコと一緒に朝のティータイムを楽しんでいたら、気付けば朝食を用意する時間となっている。
美波のことだから、今日もオムレツが食べたいと言うだろう。
スープは何にしようか。
ミニトマトも好きだったから、ミニトマトを入れた豆乳スープでいいかな。
あとは食後に桃を剥いて……よし。
考えがまとまり顔を上げると、笑顔の美海から礼を言われる。
「こう君、紅茶すっっっごく、美味しかったです!! ご馳走様でした。また淹れてってお願いしたら淹れてもらえる?」
「喜んでもらえてよかった。これくらいならいつでも大丈夫だよ」
「ありがとう!!」
楽しそうな美海を見ることが出来たのだから、逆にお礼を言いたいくらいだ。
でも、そうなるとお礼の言い合いが始まりそうだし、素直に受け取ることにしておこう。
「僕は朝食の準備を始めるから、美海は適当にしていていいからね。それと、朝はパンでもいい?」
「何作るか教えてもらえたら私も手伝うよ? むしろ、手伝わせて」
「美海は友達兼お客様だから、ゆっくりしていていいよ?」
「ん~、でも……」
きっと、美海の中では我儘言って泊まりに来たから何かしたいと思っているのかもしれない。
僕はそんなこと全然気にしていないけど、ゆっくりしている方がゆっくり出来ないなら何か――。
「じゃあ、美波を起こしてきてもらおうかな。結構大変だけど、いい?」
「大丈夫だよ! え、でも、起こすだけなのに大変なの? 寝起き悪いとか?」
「いや、扉をノックしたら起きるくらいに寝起きは悪くないよ。でも――」
「でも、なに? ちょっと、怖くなってきたかも」
「寝ぼけて抱き着いてくるから、その前に手を繋いであげて」
「……ふ、ふ~ん? こう君は毎朝そうやって美波のこと起こしていたんだ?」
「抱き着かれたのは最初の1回だけで不可抗力だよ。起こした後のこともお願いしても大丈夫そう?」
「起こした後ってのが気になるけど……分かった。どんな感じか、私で試してくる」
言葉に含みがあったけど、リビングから出ていく美海をそのまま見送る。
冷蔵庫を開け必要な食材を取り出していると、案の定、美海の焦った声が届いて来た。
――え、ちょっと美波! 待って!
と、聞こえてきて、続いて。
――チェ……チェンジじゃないよ!! もうっ、こう君甘やかし過ぎ!!
と、僕にも火種が飛んできてしまった。
ただ、その後は2人で洗面所に行けたらしく、内容は聞こえないけど話し声は聞こえて来る。少し言い争っているような気もするが、気にせず調理を進めスープを作ってしまう。
「ああ、今のうちに桃を冷やしておこうかな」
店員さんが食べる1時間前に冷蔵庫に入れたらお美味しく食べれるって言っていたしな。
次に、オムレツの下ごしらえを済ませ、後は焼くだけというタイミングで2人が戻ってきたので、美波に白湯を手渡し朝の挨拶を交わす。
「おはよう、美波。もう出来るから先に白湯飲んで」
「不満――」
「『不満――』じゃないよ、美波。少しはこう君から離れて自立しないと」
「おはよう――」
どうして義兄さんが起こしに来なかったのかと不満を漏らし、美海の小言を聞き流して、今度は遅れて挨拶の返事をする。
それに美海も『もうっ』と言って呆れている。
「私が呆れているのは、こう君にもだからね?」
「美海もこれで甘やかし上手初級……いや、中級かな?」
「し、知らないっ!!」
「オムレツ――?」
僕のせいだと思うけど、場は乱れている。
こうなる事は予想出来ていたから、特に慌てたりはしない。
美波に返事をしつつ、美海にも『すぐ出来るから』と言って座って待っていてもらう。
3人分だと、最初に作ったオムレツは少しだけ冷めてしまうが、その冷めたオムレツは僕が食べれば問題ない。
失敗することなく3人分完成したので、美海に手伝いをお願いしてスープとトースト、そしてオムレツをダイニングテーブルに配膳する。
そして、飲み物を用意し終えたら朝食の開始となる――。
「トマト――」
「昨日、美味しそうだったから買ったんだよ。スープにしてみたけど、どう?」
「美味しい――」
「酸味もあって、朝にはピッタリだね。今度、私も真似してお姉ちゃんに作っていい?」
「口にあったようで良かった。簡単すぎて美海や美空さんには物足りないんじゃない?」
「そんなことないよ? 手早く簡単で忙しい朝には大助かり。それに味も美味しくて、バッチリだよっ」
2人は、何度も美味しいと言ってくれたので、少し照れてしまうが、先ほどの場の乱れが嘘のように、和やかな朝食の時間が過ぎていき――。
昨日に続き、美波が最後にスープを二度お代わりして朝食が終了となった。
桃はもう少しお腹が落ち着いてからかな。
美波にはアッサムをベースにしたミルクティ、僕と美海は昨夜と同じアイスティを用意して、この後の予定について確認だ。
幸介との約束は10時。彼女さんを一緒に連れて来ると言っていた。
ようやく紹介してもらえることは嬉しいけど少し緊張する。
友達が僕だということに嫌な顔をしないといいけど。
幸介はそういった人を僕に紹介したりしないと思うけど、やっぱり不安を拭えない。
それから、14時からバイトが入っている。
だから僕と美海は13時30分には家を出ないといけない。
そうすると時間次第では美波の夕飯が作れないかもしれないけど、確認してみるか。
「昨日話したように、10時になったら幸介と彼女さんが来るから、2人は僕の部屋で適当に過ごしていてね?」
「うん、美波が中学のアルバム持ってきているみたいだから、それ見て大人しくしているよ。こう君のこと探さなくっちゃ」
「え、美波アルバム持ってきたの?」
「重かった――」
このマンションには昔の写真が1枚もない。
いや、このマンションだけじゃなく美波が住むマンションにも中学校以前の写真は1枚もない。
まあ、それはさておき――。
このマンションは父さんが仕事で事務所として使用していたから当然かもしれないが、越してくるときに、アルバムなど写真を持ち込んだりしなかった。
美波が持参した中学のアルバムには、同じ中学であったから僕も写っている。
見られても気にしたりしないが、僕を探しても面白くも何ともないと思う。
そう伝えてみたが、『面白いから見るんじゃなくて、中学生のこう君を見たいから見るだけ』と、返されてしまった。
それなら、もう僕に止める権利はないな。
少し脱線してしまったが美波の予定ついてだ。
「美波は今日どうする? 僕と美海がバイトに行ったあと。ピアノ弾きに行くの?」
「暑い――」
「そっか。じゃあ、今日もクロコと一緒にお留守番お願いね」
「ご飯――?」
察していたのか、『夕飯は自分で作れるよ?』と言ってくれた。
「助かるよ。冷蔵庫は好きにしていいから」
「うん――」
「じゃあ、桃剥くけど食べる?」
「食べる――!!」
「食べる!!」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
2人揃って元気よく即答だった。
白桃だけでなく、奮発して
冷蔵庫から冷えた桃を取り出し、皮を剥くと、桃の匂いが広がり始める。
白桃も熟し加減がいい感じで、いい香りがしているけど、特に黄桃から甘くていい香りが匂ってきている。楽しみだな。
楽しみなのは2人も同じようで、カウンター越しに目を爛々とさせて『今か、今か』といった様子で、覗き込んで来る。
その様子が子供みたいで可愛く思えてしまうな。
白桃と黄桃をそれぞれ器に分け入れて、クロコの分として刻んだ桃を小さじ1杯分用意したら――。
「お待たせ。食べよっか」
「うん――!!」
「うんっ!!」
先ずは、白桃を食べてみる。
噛むと口の中に水分が広がる。とても甘くてみずみずしい。
食感も少し硬めで僕好みかもしれない。
確かあかつき種だったかな? また今度食べたいくらいだ。
黄桃は匂いが良すぎたせいか、期待値が高かったかもしれない。
甘くて美味しいけど、食べるにはまだ少し早かったかな。
もう少し置いてから食べた方がよかったかもしれない。
まあ、でも。美波も美海、2人とも幸せそうにしているから、いいか。
匂いに気付き、遅れてやって来たクロコが僕の膝に飛び乗ってくる。
ただ、飛び乗った場所は落ちるか落ちないか絶妙な位置。
仕方ないからこのまま支えてあげるか。
そして残る右手でクロコの口元に桃を運ぶ。
クロコも桃が大好きだから、尻尾の先だけをふりふりとして嬉しそうに食べている。
クロコに用意した桃は完食となったが、膝から下りることなく、満足気に顔を洗い始める。嫌がるだろうけど、あとで猫用のシートで口周りを拭いておこう。
僕も空いた右手で桃を食べたいけど、クロコのよだれと桃の水分で、
「義兄さん――」
「ありがとう、美波」
美波が桃を差し出してくれたので、そのまま口に入れ咀嚼する。
一応確認したけど、しっかりと僕が使っていたフォークで桃を運んでくれていた。
だから、美海。
何も悪いことをしていないのだから、そんなに非難するような目で見ないでほしい。
さっきまで見せていた幸せそうな表情はどこ行ったのか。
あと、桃をくれるのはありがたいんだけど、美波と違って桃に刺さっているフォーク、さっきまで美海が使っていたフォークだよね?
だからさすがに、その、差しだしてくれている桃を食べる訳にはいかないかな。
「はい、こう君。あ~ん」
「……」
「あ~~ん、して?」
「いや、美海? 気持ちは嬉しいけど、ちょっと、その桃は食べられないかな。僕のフォークならまだ考えたけど」
「ふ~ん。こう君、私の使ったフォークに意識するんだ?」
「しない方がどうかしていると思うが?」
「私はもうご馳走様だから、気にしないよ?」
「僕は気になるし、美海も気にしてください」
「じゃあ、美波。こう君のフォーク貸して?」
「無理――」
あ、顔も洗い終わって満足したのか、クロコが下りてくれた。
もしくは険悪な雰囲気に嫌気を差して逃げたか。
どちらにせよ、下りてくれたから自分で食べることが出来るようになった。
美波からフォークを受け取り、桃を食べる。うん、美味しい。
何が楽しいのか分からないが、結局『ね、1回だけ!』と、美海に懇願されたため、望まれた通り1回だけ桃を食べさせてもらったが、変に意識してしまったせいで、恥ずかしさも相まって味がよく分からなかった。
同級生からすれば、この上ない幸せな状況だと理解できるが、未熟な僕には早かったようだ――。
「そろそろ時間だから、2人は部屋でゆっくりしていて」
先ほどまで『意地悪』『知らない――』とフォークを奪い合いケンカしていた2人。
だが今はどうしてか、仲良く手を繋ぎ部屋に入っていった。
女子の七不思議に首を傾げたくもなるが、ダイニングテーブルを拭いて食器を洗っておく。
片付けが済み、濡れた手をタオルで拭き終わったところで、インターホンが鳴った。
約束の時間5分前だが誤差だろう。
インターホン越しに見るカメラには、幸介1人の姿しか見えない。
彼女さんはカメラから見えないところに立っているのかもしれない。
オートロックを解除して、玄関はそのまま入ってくれと伝える。
あまり何回もインターホンが鳴るとクロコが嫌がるからな。
僕は幸介が来るのを玄関で待機していると、ドアノブが斜めに下がり、扉が外側に開く。
「ようこそ。おはよう幸介」
「おはっす、郡。でもなんだ、そんな熱烈に歓迎されると照れんな。まあ、とりあえずお邪魔します」
幸介1人な理由を聞いたりせず、そのままリビングに通す。
ダイニングテーブルに座った幸介に、アイスティを差し出すと、1人で来た理由を教えてくれた。どうやら彼女さんは、今朝から音信不通らしい。
けど約束したから、話しするだけでもと考え1人で来たと。
前々から思っていたけど、幸介の彼女さんは随分と自由に生きているように感じる。
生き方を否定したりしないが、約束を破り幸介を困らせることには悪い印象しかない。
もしかしたら時間ピッタリに来る可能性もあるけど、音信不通ならそれはないだろうし、そもそも僕の家が分からないはず。
いや待てよ――もしかして幸介の手前、僕を嫌っていないと話を合わせたが、本当は内心で僕を嫌っていたりして。
そうすると彼女さんばかり責めるのは難しいかもしれない。
そんな見当違いな予想を立てていたが、彼女さんは約束の時間調度に現れることを僕も幸介もまだ知らない――。
「約束だったのにごめんな郡。けどなんか玄関? 郡が履くにしては小さい靴があったように見えたけど誰か来てんのか? あと、今日はメガネ外しているんだな?」
玄関には、美海と美波2人の靴が置いたままだ。
ヒールとかでなく、2人とも機能性を重視してかスニーカーだ。
それか、服装に合わせてスニーカーなのかもしれないが、お洒落に関してはよく分からない。
それで幸介が言った小さい靴は、多分だけど美海が履いてきた靴かな。
美波は僕とサイズがあまり変わらないし。
眼鏡に関しては、昨日から美海に没収されてしまっているからな、掛けたくても掛ける事が出来ない。
「ちょっと来客があって、今部屋に居てもらってる。先に幸介と約束していたのに、僕こそごめん。眼鏡に関してはそっとしておいてほしい」
「いや、それは大丈夫だけど……もしかしてその来客って美波か?」
「よく分かったね? 光さんの仕事の都合でね、昨日から明日まで泊まることになったんだ」
よく分かったと聞いたが、深く考えずとも僕の家に遊びに来る人物は美波くらいしか考えられないか。僕は友達が少ないからな。
――はぁぁ……。
と、ため息を吐き出す幸介。
さらに苦笑した顔を僕に向けてくる。
苦笑している理由は、幸介と美波の仲が良くないせいだろう。
僕からしたらとてもお似合いだと思うけど、馬が合わないらしい。
幸介が何かを言おうと口を開くと同時に、昨晩そして今朝も聞いた美海の声が聞こえて来た。
――え、ちょっと、美波!! ダメ、こう君に怒られるよ!? 美波!!
と。
美海も随分と美波には振り回されているな。
あとで労ってあげないとだ。
でも今は、美海がいる理由を幸介になんて説明しようか考えた方がいいかもしれない。
驚いた表情で『は、上近江さんもいんの?』と言って僕を見ているからな。
そして2人分の足音が近付いてきて、リビングの扉が開く――。
「時間――」
美波の言葉と同時に、時計の針が約束の10時に重なったのだ。
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