第75話 義兄さんは私の義兄さんだから、美海には渡せない

 こうして改めて見ても――。

 髪は綺麗な金色でキラキラしていて、目も髪と同じ金色でお人形さんみたいに可愛い。

 背もモデルさんみたいに高くて手足も長くスラっとしていて、本当に凄く綺麗な女の子。

 ちんちくりんな私とは大違いで羨ましいと思ってしまう。

 こう君はこんな子が好きなのかな?

 でも、年上が好きなこう君は違う気がする。

 多分だけど……こう君の好きな女性のタイプは美緒さんみたいな人だと思う。

 この子は何て言うか、こんなに綺麗で大人っぽいはずなのに、私と同じように子供なんだもん。

 こう君は甘やかし上手だけど、本当のこう君は甘えたい甘えん坊さんに見える。

 お姉ちゃんや美緒さんとのやり取りを見ているとそう感じる。

 だから美波は違う気がする。


 こう君――。

 私にももっと甘えてくれたら、私も嬉しいのになぁ……。


 シャンプーやタオルの説明を受けている時に、そんなことを考えていると不意に『美海――』と声を掛けられる。


「どうしたの?」


「お礼――ありがとう――」


 こう君のように、私はまだ美波の言葉の全てを理解出来る訳じゃない。

 でも今の言葉は『義兄さんを救ってくれてありがとう』。そう言われた気がした。

 私に向かって見る美波の表情がとても優しくて、なんて言ったら良いかな……そう。

 慈愛に満ち溢れていた。が、しっくりくるかな。


 私なんかでも、こう君の救いになれたなら私はそれが嬉しい。

 でも、私の方がこう君に助けられている。

 私自身でも理由をよく分かっていないけど、私がこんなに楽しく笑えているのはこう君のおかげ。こう君と居ると私は自然体でいられる。昔みたいに自然に笑える。本当に楽しくて笑えているんだって。


 感情のコントロールが効かなくて泣いたりしちゃったけど……。


 私、こんなに泣き虫じゃないのにな。

 泣き虫さんは小学校に上がる前で卒業したはずなのに、こう君と一緒だと自分でも驚くほど様々な感情が、溢れるように私の内から外に顔を出してくる。


 誰かに本当の自分を見せるのは嫌なはずなのに。

 作られた私で嘘に固められていたはずなのに。


 こう君の隣にいると自然に溢れてしまう。


 だから私こそ――。


「こう君には……私もたくさん助けてもらっているから。私こそありがとうだよ」


「ん――」


 美波は満足そうに頷くと、私から視線を外し、服を脱ぎ捨て浴室へと入って行った。

 人のこと言える訳じゃないけど、マイペースだなぁと感想を抱きつつ、私も続いて行く。

 それでちょっと疑問に思ったことを聞いてみる。


「でも、私とこう君のこと何か聞いていたの?」


 お店でこう君が電話をした時、説明した様子はなかった。

 それにあの時初めて私の名前を出していたようだったし。

 でも、美波は私がこう君を救ったと考えているから、何か聞いたのかと気になった。


 美波は私の質問に答えることなく、シャワーで体の汚れを軽く流し始めた。

 それから湯船に浸かり、それからやっと返事が戻って来る。


「何も――」


 溜めに溜めた返事はあっさりしたもので、拍子抜けしてしまう。


「じゃあ、どうして?」


 再度聞くと、凄く気持ちよさそうに顔をとろけさせ……本当に可愛いなぁ。

 綺麗なお姉ちゃんを見慣れている私が見てもこんなに可愛いと思うんだから、男子は放っておかないよ。


 こう君がお姉ちゃんや私……といても普通にしていられるのは、美波で免疫が出来ているから?

 そう考えると何かちょっぴり複雑な思いかも。


 恥ずかしい思いして慌てる姿を見せるのはいつも私ばかり。

 だからたまには、こう君をドキドキさせて、慌てる姿が見たくなっちゃう。


「美海も――」


 私が頭の中で話を脱線させていると、なんぱくか遅れて返事が戻って来た。

 早く湯船に入れ、話はそれからだってことかな?

 こう君の家の浴槽は広いから2人で入っても問題ない。

 さすがに足は延ばせないけど、体を温めるには十分すぎるくらいだ。

 シャワーで軽く体を流し湯船に浸かると、美波は先ほどの答えをくれた。


 美波の話し方は、こう君が心配していたように特徴的で理解するのに時間が必要だけど、こう君のことに関しては何となく言っていることが分かってきたかもしれない。


 それで美波の話を翻訳するに、特に詳しい話は何も聞いていない。

 美波はそう言った。

 つまりさっきと同じ回答だ。

 でも、もう少しだけ美波の言葉を詳しく訳すと、別の意味にも聞こえた。


『義兄さんが私に美海を紹介した事実があるだけで義兄さんが美海を大切に思っていることが分かる。だから、何があったかは知る必要がない』


 細かい部分は違うかもしれないけど、美波がこう君に対して全幅の信頼を寄せていることが分かった。

 中学生になってから義妹が出来たとこう君は言っていたから、美波は約3年間こう君と過ごしてきたことになる。

 私とこう君に何かが合ったように、きっとこの3年間で2人の間にも何があったんだろうね。それでこう君が美波の期待に応えた。

 だからこその信頼で、互いに大切に思い合っている。


 羨ましいなぁ……。

 私はまだたったの1週間。学校見学を含めても半年くらいか。


 実はもっと昔に出会ってたりなんて……そんな奇跡みたいな偶然ある訳ないか。


 けれどさ、これだけの差があるのだから美波は私に変な対抗意識持たなくてもいいんじゃないかな。


「ところで美波? どうして事あるごとに私に食って掛かるような目を向けて来るの?」


「熱い――」


 体が温まり熱くなったのか、私の質問を無視して浴槽から出て身体を洗い始めた。

 凄く自由だ。私以上にマイペースだ。

 うっすら気付いていたけど、とても自由に生きている。

 こう君が甘やかし上手なのって絶対美波に鍛えられたからだ。


「美海も――」


 本当に自由。

 でも、私も熱くなってきたから意地を張らずに身体を洗うことにした。

 身体を洗う前に湯に浸かったから、もう入らないよね?

 一応、美波に確認したら頷いたので、栓を抜いて美波の隣で身体を洗う。

 私が隣で身体を洗っているから、シャワーは流さずに待っていてくれている。


 自由なくせに変な所で律儀だ。

 こういう所はこう君そっくり。


 その後は、質問の返事や会話もなく身体に着いた泡を流し、髪を洗い、浴室を出る。


 美波が渡してくれたタオルで身体を拭いていると、こう君の匂いがすることに気付いてしまった。


 こう君の家のタオルだから当たり前だけど、急に恥ずかしさが込み上がってきてしまった。


 美波がいるとはいえ、男の子の家で裸になっている。

 しかも突然泊まりたいだなんて言って押しかけるように。

 こう君、私のこと軽い女とか思っていないかな? 大丈夫だよね?


 思われていたらどうしよう……。


 でもあの時。


 千島さんが、美波が義妹だとはいえ、こう君の家に2人で泊まることに嫌だと思ってしまったから。つい……。

 嫌? ううん、なんか心配だったから!

 あれ? 何が違うんだろ? よく分かんないっ!!


 でも結局、この短時間で美波のことが少し分かって、何も心配いらなかったことに気付いたんだけど。

 確かに2人は凄く仲がよくて絆も深いけど間違いなく兄妹だ。

 心配する必要なんてまった――。


「長い――」


 考えに夢中で延々と髪と身体を交互に拭き続けてしまい、美波に注意されてしまった。


「ごめん、考え事していたら、つい」


 すると、私の顔をジッと見て、この日私に何度も見せた挑発的な目で――。


「義兄さんは――私の――」


 そう言ってから美波は不敵な笑みを見せて来た。

 この笑みで思い出されたのは、お店で電話が切られた後。

 こう君は『美波は歓迎する』。

 そう言ってくれたと説明してくれたけど、私にはあの時そんな風に聞こえなかった。

 美波はきっと、私とこう君にそれぞれの意味を込めて『受けて立つ』と言ったのかもしれない。

 だから思わず苦笑してしまった。

 だってあの時私には『かかってこい』って、聞こえたんだもん。


 今だって『義兄さんは私の義兄さんだから、美海には渡せない』。そう言ったはず。

 これが、さっき私がした質問への答えだ。間違いない。

 だから事あるごとに、マーキングするかのように、美波はこう君にくっ付いているのだ。

 でも美波は勘違いをしている。

 私とこう君は、ちょっと秘密な関係なだけでただの友達。

 美波からこう君を取ったりしないのに。

 そう反論しようと顔をあげるけど、それよりも先に美波は私を焦らせる行動を取った。


「ちょっ、ちょっと美波待って!! その姿はさすがにダメッ!!」


「熱い――」


「ちょっと、美波っ!!」


 下着姿で出て行こうとする美波を、裸の私が全力で阻止することになった。

 もうっ、義兄妹きょうだい揃って本当にっっ!!


 私を振り回してくれるんだからっ。

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