特別章 「お泊り会」

第73話 どうしてか火花が見えてしまった

【まえがき】 

 補足です。

 時系列は50話と51話の間となります。


 ▽▲▽


 早足なら往復15分。部屋の確認で10分。予備として5分。

 うん――大丈夫かな。


「じゃあ、美海。また30分後に迎えに来るから」


「場所分かるし私1人でも大丈夫だよ?」


「違うって。夜道を美海1人で歩かせたくないだけ。迎えに来ることは僕の我儘だから」


「こう君は相変わらず心配性だね。でも分かった。それならお願いしますっ」


 15分遅れで終わったアルバイト。

 それから美海と美空さんの2人を自宅まで送り届けた後の会話だ。

 美海は、30分貰えればお泊りの準備が整うからリビングで待っていてと言ってくれたが、僕としても準備をしておきたいから一度帰る事にしたのだ。


 うちはリビングの他に、4畳の和室と6帖の洋室が一室ずつ、それと書斎があるだけだ。

 書斎に関しては、父さんの仕事関係の書類が保管されているため開かずの間としている。

 書斎に父さんの仕事に関わる書類がなければ書庫として活用もできたかもしれないが、不要だろう。普段高校生1人と猫が住む分には十分すぎるくらい広いのだから。

 けれど――。そこに女の子2人が加わると話が変わってきてしまう。

 元の計画では、美波には和室で寝泊まりしてもらうつもりだった。だが、美海が来るなら変更せざるをえない。


 美波は和室から僕の部屋へ、美海を和室にしてあげた方がいいだろう。

 いくら義兄妹だとはいえ美波は年頃の女の子。

 そのため少しばかり悪い気もするが、義妹いもうとだからといった理由で、僕のベッドで我慢してもらう。さすがに美海を僕のベッドで寝かせる訳にいかないからな。

 僕の寝る場所がなくなるが、幸いにも現在は夏。

 2日間くらいならばリビングのソファで平気だろう。

 ここまで考えがまとまったところで自宅へ到着となる――。


「ただいま、クロコ。美波」


「ナァ~」


「おかえり――」


 仲良く出迎えてくれるクロコと美波。

 もう遅い時間のため、入浴等を済ませていてもおかしくないはず。けれど美波の姿は、寝間着や部屋着といった服装ではなく、朝と同じ服装のままだった。

 そのことに少し疑問に思ったけど、時間に余裕がある訳でもないので帰路で考えていたことを手短に美波に説明する――。


「終わってる――」


「気が利くね美波。ありがとう」


 気を効かせてくれた美波は、すでに和室から洋室に自信の荷物を運び終えていた。

 和室を使用した形跡もなく綺麗なままだから掃除の必要もなさそう。

 あとは布団を敷けば問題ないかな。


「美波は嫌かもしれないけど僕のベッドで我慢してね」


「平気――」


 年頃の女の子なのだからあまり無頓着なことは心配だけど、美波が気にしないなら今はそれでいいか。

 このあとは美海を迎えにユウターンするだけなのだが、美波のおかげで時間に余裕が生まれた。そのため、今家を出ると約束の時間よりほんの少し早く着いてしまう。

 まあ、慌てて向かったことで事故に合っても大変だしな。

 ゆっくり歩いて時間を調整すればいいか――。


「じゃあ、美海を迎えに行ってくるよ」


「私も――」


「え、美波も来るの?」


「だめ――?」


「ちょっと待ってて」


 なるほど。だから美波は部屋着でなく外出用の服装だったのか。

 先ほどの疑問が解消されることになったが、一緒に迎えに行くなら美海に確認しないといけない。

 僕の考え過ぎかもしれないし、事後報告でも美海なら『いいよ』と言うと思う。

 けれど、確認も取らず勝手に自宅を教えることに気が引けてしまう。


 そう考え電話を掛けると、なぜか美空さんが出てくれた。

 美海はどうやら急いで準備を進めているらしい。

 おかしそうに笑いながらそのことを教えてくれた美空さんは、美波も一緒に行くことを了承してくれた。

 電話を切ったあと、しっかり戸締りをしてからクロコに留守を任せて家を後にする。


「美波のおかげで余裕あるしゆっくり歩こうか」


 予定より早く着いたことで、美海を焦らせてしまっては悪いしな。

 義兄妹仲良くのんびり向かうとしよう。

 すると『仲良く』を証明するかのように、美波は『手――』とだけ言って、僕の右手を取り繋いできた。

 中学生のころは、よく手を繋いで買い物や散歩に出掛けたりもしたため、その時の名残なごりなのかもしれないが――。


「美波、僕たちはもう高校生だ。だからさすがに――」


「学校――」


 それを言われたら何も言い返せない。

 僕の勝手な願いで、学校では距離を置いてもらっている。

 だから、学校の外では私の願いを叶えてほしいと美波は言っているのだ。


「……美海の家までだからね?」


「うん――」


 満足なのか嬉しそうに微笑んでいる。

 幸介はよく美波に対して『ブラコン』と言っているが、僕も『シスコン』と言われても仕方ないかもしれない。

 美波の嬉しそうな顔を見ると、それでもいいかと思ってしまうから大概たいがいだ。


 手を繋いでいるだけで、特に会話をすることもなくゆっくりと歩いていたが、そこまで遠くもないため、あっという間に美海の自宅へと到着する。

 通常ならインターホンを押して到着したことを知らせるのだけれど、その必要はなかった。


「美海、お待たせ。中で待っていてくれてよかったのに?」


 美海と美空さん、2人がアパートの前にいたからだ。

 姉妹2人からの視線も気になるし、ひと先ず繋いだままの手を離そうとするが『ギュッ』と、先ほどより力強く握られて離してもらえない。

 美波は人見知りでもあるし、もしかしたら緊張しているのかもしれない。


「私も外に出たばかりだから……それより――」


 一度だけ目を合わせた美海は、その視線をすぐに僕と美波が繋ぐ手元に戻した。

 まあ、気になるよな。

 そのことを実感しつつ、敢えてそれを流して、2人に美波を紹介することを決める。


「それなら良かった。美海は知っていると思うけど、美空さんもいるし改めて紹介するね。僕の隣にいる子が『千島ちしま美波みなみ』。ピアノが上手で芯が強くて、心優しい自慢の僕の義妹いもうとだよ」


「よろしく――」


 家の中ではだらしない美波でも、光さんから厳しくしつけを受けているため、外では丁寧で綺麗な所作や姿勢を心掛けている。

 そして今は初対面の挨拶でもあり外でもあるため、美波は綺麗にお辞儀をして挨拶を送った。


「私は、『上近江かみおうみ美空みく』。隣にいる美海ちゃんの姉になります。郡くんの上司にもなるかな? お店にピアノがあるから、よかったら今度遊びに来てね。よろしくね、美波ちゃん」


 美空さんからの挨拶を受けて、美波はさっきよりも軽くペコッと頭を下げる。

 ピアノがあることに興味を示したからか、心なしかそわそわしているように感じる。


「千島さん、改めて――私は隣のクラスの『上近江かみおうみ美海みう』と言います。話したのはさっきが初めてだけど、これからよろしくねっ」


「美波――」


「えっと?」


「美海、千島ちしまじゃなくて『美波』って、呼んで欲しいってさ」


「あ、そうなんだ。じゃあ、よろしくね美波。私のことも『美海』でいいからね」


 美海の言葉を聞いて、軽く頷いたことを確認してから僕からも2人を美波に紹介する。


「美波? 僕からも2人を紹介するね。美空さんは、僕がバイトをクビになって落ち込んでいた時に手を差し伸べてくれた人で、他にもたくさんお世話になっていて、格好良くて尊敬出来る素敵な女性。美海は僕の話をいつも真剣に聞いてくれて、いつも困っている時に助けてくれる頼りになる友達。だから美波も2人と仲良くなってくれたら嬉しいな」


 なんだか美海も美空さんも少し気恥ずかしそうにしているが、美波はコクっと頷いてから『美海――』と言って、僕の手を離し美海の傍まで寄って行き会話を始めた。


 ――よかった。


 と、心の中で呟く。

 美波と美海が仲良くなれそうなことに嬉しくなったのだ。


「ちょっと郡くん。美波ちゃん義妹いもうとなんだよね? どうして手繋いでいたの? あと、美海ちゃんから話は聞いていたけど……想像以上に可愛すぎるんだけど? 私の義妹にしてもいい? 大切にするから、ね?」


「間違いなく義妹ですし可愛いことも認めます。美波は人見知りだけど、気を許した人には甘えたがるので多分そのうち美海や美空さんとも手とか繋ぎたがるかもしれませんよ。だから僕と手を繋いでいた理由は、緊張していたからってことです。それと、美波は僕だけの義妹いもうとなので、美空さんの義妹にはなりません。諦めてください」


「郡くんのケチっ! でも……2日間、お世話になります。美海ちゃんのことよろしくね」


「ええ、最善を尽くします」


 妙な返事となってしまったが、特に気にした様子もなく柔和な笑顔でもう一度『よろしくね』と言った美空さんに、頷きで返事をしてから、美海と美波の2人に声を掛けようとするが。


 え、なんでバチバチしてるんだ?

 さっきはそんな感じ全くなかったのに、この短時間で何があったの?

 2人とも笑顔なのに雰囲気が怖いと感じるのは気のせい?

 気になるし話を聞きたいが、すでに22時を過ぎた時間でもある。

 あまり話し込んでもよそ様に迷惑にもなるし、早く帰らないとクロコも怒ってしまう。

 それに警察に見つかれば補導もされかねない。

 だから2人の仲を仲裁するのは帰宅してから、もしくは帰路で行うとしよう。

 一種の現実逃避を決め込んでから、2人へ声を掛ける。


「じゃあ、美空さん。今日はいろいろとありがとうございました。また明日お願いします。美波と美海、時間も遅いし行こうか」


「またね郡くん。美海ちゃんもあまり迷惑掛けないようにね。美波ちゃん、ご馳走するから今度ご飯食べに来てね」


 それぞれ挨拶を済ませ、美空さんに見送られながら帰路に就くが、当たり前のように美波が右手を繋いでくる。

 そして何故か、僕を通り越した左側にいる美海のことを見ている。

 その美海はと言うと、凄く不満そうな表情を僕に向けて来る。

 この不満は何を訴えているのだろうか……あ、荷物重そうだな。

 普通に考えたら荷物を持ってほしいのかと思うが、美海はそんなこと言わないだろうしな、自意識過剰に考えるならば、美波と同じように手を繋ぎたいのか……駄目だ。

 今日はいろいろ起こり過ぎて頭が回らないし、疲労のせいか眠気も感じる。

 とりあえず、何も言わず左手を差し出して美海に判断を委ねよう。


「……こう君、この左手は何? どっちの意味でこう君は差し出してくれたの?」


 浅い考えなど美海にはお見通しのようだ。

 美海が凄いのか僕が駄目なのか。あるいは両方か。

 でも、間違えるなら僕が恥をかいた方がいいよな。


「せっかくだから美海とも手を繋ぎたいと思ったけど……荷物を持った方がいいかな? 結構、重そうだよね?」


「ちょっといい訳みたいで納得出来ないけど……繋ぐ」


 不承不承ふしょうぶしょうに見えたが、僕から美海の手を取り繋いだからか少しは機嫌を取り戻してくれたようだ。

 気にしては行けないけど、まさに”両手に花”だ。

 2人とも人気があるから、学校の男子に見られたらどうなるか想像もしたくない。

 だから人の少ない道を選びたいけど、そんな理由で2人に暗い夜道を歩かせたくない。

 何かあった時、僕だけで2人を守れるとは思えないし少しでも安全を確保するため、街灯がある広い歩道を通って帰路に就くしかない。


「美海――」


「なにかな、美波?」


 両端から届く視線は、僕の目の前でぶつかる。

 それによって現れる、見える筈のない火花を見ながら、帰路を選択したのだ――。

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