第72話 五十嵐涼子
終業式が終わった放課後。
あたしは好きな人を呼び出した待ち合わせ場所に向かってる。
一度振られたけど、そんなの関係ない。
本当に嫌なら突き放すように振ってくれ。
じゃないと諦めが付かないからな。
「よっ、待たせたか?」
「俺も今来たとこだよ、
あたしを『涼ちゃん』って呼ぶ人は
他の人には呼ばせたくない。
だから呼ばれるだけで嬉しくなっちまう。
そんなことは恥ずかしいから言わねーけど。
「昼だってのに良い眺めだな! 俺、初めて女の子と来た!」
「あたしも男子……好きな人と来たのは初めてかな」
不意打ちだったのか、順平は分かりやすく顔を赤く染め照れてくれた。
恥ずいけど言ってよかった。
本当に癪だが。
『
『普段言わないことを頑張って自分にだけ言ってくれた方が、男子はグッとくるから。でも、五十嵐さんには言えないだろうけど』
『分からないの? じゃあ、五十嵐さんでも分かるように簡単に言うけど、つまりギャップを狙わないと』
『可愛く言える? 言えないよね、五十嵐さんじゃ。でも言わないと意識してもらえないよ? そんなんじゃ』
他にもたくさん。
散々、バカにしたり
今思い出してもむかむかしてくるな。
「え、涼ちゃん、なんで急に目付き鋭くなってるのさ?」
「あぁ、ズッ……八千代に言われたことを思い出していたら、イラついてきただけだから、気にすんな」
最初は、見るからに根暗で1ミリも興味はなかった。
他のクラスが言う悪口も興味がない。
あたしに関わらなけば、どうでもいい存在。
でも、突然あいつはあたしにちょっかい掛け始めて来た。
「五十嵐さんも仲の良い人と組めるといいね」
話したこともなかったのに声を掛けてきて、ただ、気味が悪かった。
普通にきもちわるっ! って、それだけ。
だけど、同じ班になったらウザいぐらいに絡んできやがったから、聞いてやった。
「お前、あたしのこと好きなの? 急すぎてキモイんだけど」
そうしたら、あいつ。
「僕が? まさか。自意識過剰だよ五十嵐さん。僕はただ、同じ班だから仲良くしたいだけ」
と、抜かしやがった。
まるであたしが告白して振られたように感じて、よりむかついた。
やれ、ああしろ。やれ、こうしろ。こうした方がいい。
何が『ありがとう』と『ごめんね』だ。
終いには、同じ班の
空気が悪い?
しらねっつうの。
そうしたらあいつは抜け抜けとあたしに言いやがった。
「関くんに振り向いてもらいたいんでしょ? だったら、班のみんなとは仲良くしてよ」
こんなやつにも気持ちがバレてて、恥ずかしくなった。
つか、なんで関くんは気付かないんだよ!!
って、八つ当たりで、どうでもいいことで上近江に当たっちまった。
そうしたら、関くんに怒られて思わず涙出て逃げちったし……。
しかも追い掛けてきたのはあいつで、何か謝ったり
『僕みたいなやつに言われっぱなしで悔しくないの?』
もう、こいつが関わったせいで散々だ。
悔しいに決まってる。こいつに言われて悔しいのも、こいつが言ったことも全部正しくて図星だからだよ。
それからも変わらず。
あいつはあたしを怒らせる天才か何かだ。
毎日イライラする。
バス旅行なんてなくなっちまえ。
前日になってもしつこく言ってくるもんだから、つい――。
「自分の本音を何1つ言わないお前、ましてや友達でも何でもない奴の言うことは聞きたくない」
ついに煩い口も黙ったから、さすがにこいつでも怒ったかと思ってたら、あいつ聞いてもいないのにペラペラと、入学3カ月の反省や変わりたいだの話し始めて――。
そんなの――。
そんなのさ――。
人が急に変わりたいって思うことなんて、誰かを好きになったからに決まってる。
あたしがそうだからな。
だから聞いてやった。
そうしたら恥ずかしげもなく『分からないけど大切だと思える人が出来た』だとよ。
別にあたしは勘がいい訳ではない。でも、そこまで鈍くもない。
こいつは上近江のために変わりたいのかって、妙に
だから一生懸命なのか。
あたしが上近江の敵になるのを全力で阻止しようとしてんのか。
普通ならあたしを嫌ってもいいだろうに、あたしの話を……口やかましいけど真剣に聞いて。むかつくな。
んでも、話も聞いてくれたし約束だからな。
「……分かった。八千代の言うこと、少しは聞いてやる。約束だからな。でも、まだ友達じゃないから勘違いするなよな!?」
頭のおかしい気持ち悪いやつだが、少しは認めてやってもいいと思って名前で呼んでやったのに、こいつ――。
「僕のことは『ズッくん』って、呼んでくれてもいいんだけど?」
調子にのるなッッ!!
思わず頭をひっぱたいちまった。
でも、いい音したな。
まあ、八千代の気持ちに気付いたら次は上近江のことが気になるよな。
軽い乗りで観察してみるかと思ったけど、そんな必要もなかった。
いや、だってさ、上近江。
八千代と話す時だけ声のトーン高いぜ?
しかも、他の男子には自分から一切話し掛けねーのに、八千代には声掛けてんし。
八千代が他の女子と話しているとずっと見てるしさ。
バスでもあたしと八千代が話してたら、すぐに声掛けてきて……本当はあたしになんて声だって掛けたくないだろうに。
しかも、見たこともない目つきで『ふ~ん』って。
あんな怖い目も出来るのかよ、八千代には。
こりゃ、関くん無理だろ。
あたしにもチャンスか?
もうちっと、頑張ってみるか。
……せっかくアドバイスもらったしよ、
とりあえず、ギャップを意識して声をかけてみるか……。
「な……ねえ、順平って呼んでもいい? 同じ班だしいいよね?」
か~~、きっちぃぃぃ。
鳥肌がたってきた。
こんな単純なことで、効果なんてある訳が……。
「お、おう。いいぜ」
今まで見たこともないくらい照れてやがる。
男子ってこんなに単純なのかよッ!?
ちょろくね?
いいの? こんなんで?
でも、とりあえず追撃だ。
「あた……私のことを順平はなんて呼んでくれるの?」
似合わね~~。
か、顔真っ赤だよ。
あたしも順平も。
効果がありすぎて、八千代がむかつく。
「あ、えっと、じゃあ、
「……もっと別がいいな?」
全身掻き
え、恋愛ってこんな面倒なことし続けないといけないのか?
しんどいぞ、これ。
でも、順平は取られたくないしな……。
「えっと、じゃあ……涼ちゃん? とか?」
「嬉しいッ!」
いや、確かに嬉しいけどよ。
すっげー、疲れた。
でも、なんだか会話も上手く出来ているし、楽しいかもな。
昼メシが終わると、順平と八千代が『男の話』だとかなんか言って、外に出ていった。
多分あれ、八千代の企みがバレて、全部打ち明けているんだろうな。
むかつくだろうけど、順平は八千代を許す予感がする。
……一生懸命だから、あいつ。
見てたらわかる。
それを許してやれないようなら、あたしは見る目がなかったってことだ。
男は狭量じゃいけねぇ。
……あたしもケジメつけねーとな。
「上近江さん、ちょっといいか?」
「大丈夫だよ、五十嵐さん。どうしたの?」
可愛いな~。
あたしもこんな顔に生まれたかった。
「今までさ……嫌な態度取ってごめん。あたし順平が好きで、嫉妬してた。許してとは言わないけど、ごめん」
突然の事で、平田がギョッとした顔であたしを見てる。
雰囲気悪くしてごめんな。
「えっと、私もね、五十嵐さんの気持ちに気付いてたのに、上手に立ち回れなくて……私もごめんなさい。私は五十嵐さんと友達になりたい。だから、許してもらえたら嬉しいけど……ダメかな?」
こりゃ、男子どもが騒ぐわけだ。
女のあたしから見てもめちゃくちゃ可愛いし性格だっていい。
あたしとは大違いだ。
はぁ……。
八千代には感謝だな。
素直さは大事だな。気付かせてもらった。
『別の誰かを
『思うことはいい。人だから仕方ないと思う。でも、口にしたら相手だけでなく自分を
『五十嵐さん、素材はいいんだから。変わるなら今だよ』
もっと早くから素直に聞いてたらよかった。
でも、最後は間違えずに済んだ。
こんなこと、友達ですら言ってくれなかったことだな。よく考えると。
仕方ないか……。
「ありがとう、上近江さん。あたしと友達になってくれ」
「うんっ、喜んで!! でも、よかった。嫌われていると思っていたから。でも、今日は話してくれていたから、もしかしたらってちょっと期待していたの」
「あぁ、詳しくは言えないけど、あたしも変わらないとなって思って」
「何かあったの? でも五十嵐さんのおかげで楽しい思い出のバス旅行になったのは間違いないかな。だから、ありがとうっ。平田さんも仲良くしてくれてありがとねっ」
見た目だけじゃなくて中身も天使みたいに真っ白だな。
八千代はこれにやられたのか?
いや、でも違うか?
これにやられたなら上近江の八千代への態度の説明がつかねーな。
ま、考えたって仕方ねーか。
「まあ、なんだ。お礼ならさ、ズッ……くんに言ってやってくれ」
「わ、わたし、も、一緒。お、お礼な、ら、ズッくんに」
「2人して八千代くんと何かあったの? でも嬉しいな。八千代くんって誤解されやすいだけで、凄く良い人だし、面白いし、人のために動ける人だし、ちょっと意地悪なとこもあるけど……優しくて頼りにもなるし。2人も一緒ならよかった! 私もあとで八千代くんにお礼言わなくっちゃだね」
凄く良い人ってとこは全力で否定してーが……。
溢れすぎじゃね? 上近江、めっちゃ喋るじゃん。
あたしたちに隠す気ない? もしかして。
それに、八千代の話の時が一番可愛いじゃねーか。
順平どんまいだ、これ。
平田なんか頭下げて拝んでるしよ。
すると、上近江は同じクラスの佐藤に『水族館で写真撮ろっ』て、誘われて先にレストランを後にしてった。
平田はなんか困ってたしちょうどよかったのかもな。
「どれ、あたしは順平に告白してくるけど、何かアドバイスない? 平田さん」
「んえっ!? え、え、え、えっと…………い、いい女、は、待つ、女?」
待つのは苦手だからな。
あんまり参考にはならなかったけど――。
「サンキュッ。じゃ、言ってくるわ」
まあ、結局振られたわけだが。
でも、案外スッキリしてるな。
上近江も来てるし、とっとと終わらせるか。
言いたいことを順平にも言えたし、明日会う約束も出来た。
とりあえずは満足かな……げっ。
「五十嵐さん、僕もちょっと話したい事が――」
「うっせ。言わなくていいから」
どうせ、順平に打ち明けたようにあたしにも謝るつもりなんだろ。
別にあたしも利用したもんだし、助けられもした。
だから、そんなの必要ない。おあいこだ、おあいこ。
「いや、でも――」
「全部わかってっから、もういいって。八千代は頑張った。分かってる。気にすんな。それと、いろいろありがとよ」
「……五十嵐さん熱でもあるの? 大丈夫?」
「おまっ!? はぁ……。そんなに罰がほしいなら、くれてやるよッッ」
あ、やっぱいい音なるな。
この間は頭だったけど、尻を蹴っても結構響いたな。
あ、スカート。
やっちまったな。
ま、いっか。八千代だし。
「仕方ねー友達が出来ちまったな、めんどくせ」
……って。
順平、照れすぎじゃない?
え? 返事は?
あたしそんなに考え事してたか?
そんなに照れたのか?
あ、でも、返事に迷っているのか。
「んで、あたしと付き合ってくれるのか、くれないのか? どっち?」
「先にさ、俺を好きになった理由とか聞いたらダメか?」
「あたしは
「…………正直言うとさ、涼ちゃんにめっちゃ惹かれてるんだ、俺。でも、昨日の今日だから……まだ迷ってて」
「で?」
「だから、気持ちに整理付けるから、もう少し待ってくれない? それで……あとで俺から涼ちゃんに告白させてほしい」
男ってなんですぐ格好つけたがるかな。
別にいいのにさ。
惹かれているって言ってくれたのは嬉しいが、待つのかぁ……。
平田のアドバイスやばくね?
持ってた双眼鏡で未来でも覗いてたのか?
あたしも買ってみっかな……。
ま、とりあえず言いたいこと言ってやるか。
「つまり、あたしはキープってことか?」
「いや、そんなつもりじゃなくて。真剣に涼ちゃんを好きになりたいから」
「ふ~ん」
あ、ちょっと、分かった。
バスの中で上近江さんがしてた目つきの意味が。
嬉しいけど複雑な気持ちか。
「仕方ないから待っててやるよ。でも早くしろよ? あまり遅いと分からないからな?」
「ありがとう、涼ちゃん。夏休み中には必ず」
「ん、それならオッケ。まあ、平田さんも言っていたけど、待つのがいい女だからな。よかったね順平? 私がいい女で」
上近江さんのようにはいかないけど。
ちょっと優しく言って笑ってやったら、こんなに顔を赤くさせて。
可愛いな順平。
八千代、上近江、そして平田。
最悪だと思ったあたしたちの班。けど今は、同じ班になれて本当によかった。
そう思う。
最悪から最高。
なんか八千代が小難しいことを言っていたけど、これが『ギャップを狙う』ってことだな、なるほど。
あたしが友達だって認めたんだ。ズッくんも上手くやれよな。
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