第71話 幡幸介 その二
朝の時間、自販機裏にあるベンチスペースで2人仲良く……いや、こいつと仲良くとか無理だ。昔から顔を合わせればケンカばかりで、まともな話合いすら出来ねーんだから。
ちょいと脱線しちまったが、こいつと交際が順調ですよって見せつけるため笑顔で言い合っていると、郡がやってきた。
「美波、幸介、2人ともおはよう」
「ん――?」
「おう! どうした? 珍しいな? つか……いいのか?」
俺がいいのかと聞いたのには理由がある。
郡はこいつと義兄妹ということを隠している。
この間、隠すのを止めたとは言っていたが、今は結構な人数が俺らを監視もとい観察していた。だから聞いてみたのだ。
「そのことなんだけどさ、僕から2人に頼みたいことがあるんだ」
郡が俺に? 小さな頼み事なら今までも何度もあった。
だが、こうやって改まって言ってきたりすることは一度もない。
郡の親友としては、悲しいが一度もだ。
つまりただ事ではない。
そう考え、返事しようとするが先を越されてしまう。
「嬉しい――」
こいつは当然と言わんばかりに即答したのだ。
俺はこいつと相性が悪いから、何を言っているのか理解出来ることの方が少ない。
けど今だけは、よく理解出来てしまった。
きっと『任せて。義兄さんの力になれることが嬉しい』そんな所だろう。
ほんと、こいつは郡大好きブラコンやろう……女だから野郎はおかしいが、ブラコンヤロウだ。
郡に見せるのと同じとは言わないが、もう少し可愛げがあれば、仲良く出来ると思うんだがな。まあ、あり得ないこと考えてないで今は、郡に返事しないとだな。
「で、何をしたらいいんだ?」
「……2人とも、僕はまだ頼みごとの内容を言っていないけど、いいの?」
「当然だ」
「当然――」
今度はほんの少し俺の方が返事すんの早かったな。って、横を見たら面白くなさそうに睨んできやがった。
「美波、幸介、2人ともありがとう。お願いの話なんだけどさ――」
「っと、その前に。郡、俺が立つから座れ。今は結構見てる人がいるから、俺が壁になる。声を落とせば聞かれる心配はなくなるだろ」
「早く――」
ベンチは2つあるし3人で座っても余裕はあるが言った通りだ。
多分、聞かれたら不味いことを郡は話そうとしているはず。
普段の郡ならそれに気付けるはずなのに……余裕がないのか、焦っているのか対策が甘い。俺がその分はフォローしてやらねーとな。
つか、ほんっっと、こいつ。
早く退けとか言って背中押しやがって……いちいち腹立つな。
まあ、いいや。今は我慢だ。いちいち相手しても進まないし、今は時間もないからな。
早く郡のために、話を聞いてやるとするか――。
――なるほど。中々どうして、郡らしくない話だ。
郡が口にした頼みは2つ。
1つ目がお昼を美波の友達を含め4人で一緒したい。
行く行くは、2人の人気を利用させてもらいたいと。
これは何も問題がない。
むしろ、こいつからしたら嬉しくて仕方がないだろう。
郡と一緒にいたいがために、嫌いな俺とも偽装交際しているんだからな。
つか、お前友達いたのか。教えておけよ。
は、言った? いや、聞いてないから。
結局、ため息を吐かれて話は終了だと言われてしまう。
呆れたような目が腹立つ。
んで、もう1つの頼みが問題だ。
バス旅行のクジに細工をする手伝いをしてほしいと言った。
つまり、不正だ。
真面目な郡が嫌っていることでもある。
それを郡自身が頼み事として、俺に不正を手伝え、と――。
返事は悩む必要もない。
「どっちも問題ない。でも理由を教えてほしい」
いてっ、叩くなって。
え? 無条件で聞けって? いや、お前も気になるだろ?
関係ないってお前……。
こいつは郡に対して、高い理想を押し付けるくせに甘いところもある。
ここは甘やかしたらダメなところだろって。
「今はこれしか言えないけど……。僕は変わらないといけない。変わりたいから手伝ってほしい」
変わりたいと願いを口にする郡の表情はやはり変わらない。だが意志の強さはしっかりと伝わって来た。
つまり――。間違いなく
でなきゃ郡は自分のことで変わりたいと言う訳がない。
こいつもそれを嗅ぎ取ったのか――。
「美海――?」
「違う。僕のためだ」
「りょ~かいだ、郡! でも、そうしたら俺の頼みも聞いてくれ?」
だから叩くなって。
お前にとっても悪い話じゃないことだから。
え? 早く言えって……。
ため息が出そうになるのをグッと我慢して郡と向き合う。
「今日の放課後、俺の願いを叶えてくれ」
そう約束して、クジ細工の説明を受けてから郡とは一旦別れる。
「早く――」
郡が座っていたところに座り直すと、隣から『早く教えろ』と圧力を掛けてくる。
だが今は無視だ。時間がない。
携帯を取り出し、放課後用事のある人に1本電話を掛ける――。
『すみません。急ですが、今日もう1人予約ってダメですか?』
運よく……というより、何かを察して無理矢理時間を作ってくれた美容師さんにお礼を言って、電話を切る。
変わりたいなら、先ず髪を切らないとダメだ。
あと、メガネ。
どうしても外したくないなら、他にもっとお洒落なネガネに変えた方がいい。
でも、上近江さんのためなら郡はきっと外す。
「ということで、放課後は1人で帰ってくれ」
「無理――」
「いや、だか――」
「私も――行く――」
お前、郡以外にもひと言以上喋れたのかよ……。
普段からそうしてくれ。
え? 無理? 義兄さんのためだから話した?
他は? 最初に見たいから?
何を? 義兄さんの変わったとこ?
「本当にシスコン、ブラコンで仲がいいことで」
朝の時間は、そんな言葉で
叩かれまくった姿を見せて不味ったなぁと心配になったが、俺らのことは『仲睦まじいベストカップル』で噂が広がって行った。
そのための密会だから嬉しい筈なのに、全く嬉しくない。複雑だ――。
当たり前だけど俺がクジの箱に手を入れても、中には俺が引くクジが1枚しか入っていない。
前の奴は2枚しかないことに気付かなかったのか?
まあ、無頓着な人でよかったが。
とりあえず、大きな体で箱を隠して、郡から預かっていた残りのクジを入れる。
少し時間が掛かっちまったし、古町先生に怒られたけど上手くいったはず。
あれ、怒ったふりだよな?
演技には見えなかったけど、古町先生も共犯者だからそうだと思いたい。
振り返ると、平田さんが俺を観察するように見ていた。
目が合うとすぐに逸らされてしまったけど何か気付かれたか?
大丈夫だと思いたい。
郡は平田さんを巻き込むことを気にしていたけど、何となく平田さんは郡と同じ班で喜ぶと思う。
これはこれで後から厄介事になりそうな気がするが……。
今考えても仕方がない。
んで、お待ちかねの昼休みだ。
よっぽど嬉しいのかもう見るからにルンルンだな、こいつ。
そんでこいつが友達らしき人に『義兄さん――』と『おまけ――』と雑に紹介する。
おまけってお前な……仮にも彼氏だぞ? 俺。
「初めまして。みみ様の友達をやらせてもらっております『
かって~~~~。
なんか変なの、というより、やばそうな奴がきたな。
え、これ友達なの? 家臣とかじゃなくて?
つか、俺への挨拶は?
「初めまして、国井さん。美波の義兄の八千代郡です。美波と友達になってくれて嬉しいよ。よろしくね。でも、僕のことは、名前で呼んでほしいな」
「そ、そんなっ。滅相もございません。せめて、義兄さんと――」
「ダメ――」
「し、失礼しました。みみ様。私などが無礼を言って申し訳ありません」
「許す――」
いや、完全に主従関係だろ。これ。
あと、俺は?
「国井さんは美波のことが大好きなんだね、よかった。あとさ、僕の友達の幸介にも挨拶してもらえると嬉しいな」
「う、承りました。八千代さ――」
「『様』じゃなくて『さん』だからね?」
「はい……八千代、さん。それと――」
今までキラキラとさせていた目が一瞬で黒く染まった。この時点で察するよな。
「……国井志乃。よろしく」
差が激し~~。
俺、何かしたか?
今日初めて話したと思うんだけど?
え? 美波の彼氏だから?
じゃない? 美波を軽く扱うから?
「みみ様とお呼びなさいっっ!!」
「無理――」
「し、失礼しました。みみ様!!」
これから暫らくこの4人で過ごすのか~。
本音言うとしんどいな。
郡だって、きっと内心で国井さんを警戒してるぜ?
まあ、中学のやつらがした仕打ちを国井さんなら間違いなくしないって面では安心だが。
もう少し俺とも普通に接してほしい。仲よくとは言わないからさ。
俺が国井さんに、そうお願いしようとしたら同じクラスの長谷と小野が近づいてきて、質問してきた――。
「なあ、
「全然似てねーから、さすがに嘘だよな?」
「いや、本当だぞ」
似てないのは義理だからな。この2人はずっと郡を馬鹿にしてやがるから、親切に教えてやる必要なんてない。だからこれで十分だ。
聞き耳を立てていたクラスメイトに対しても、これでいいだろう。
そいつらのおかげで、郡と美波が兄妹だって話は爆発的に広がるだろうし。
携帯を手にしている奴もいるし、早速他のクラスの人に報告しているのかもしれない。
郡と美波はどこ吹く風といった状態で、完全に周りを気にしていない。
その2人を国井さんは『私が守ってみせます』といったような表情で見つめている。
まじで家臣じゃん。国井さん。
「え、千島さん今の本当? 幡の冗談だよな? こいつと兄妹とか」
「千島さんと兄妹で彼女が大槻先輩。ふざけすぎだろ」
お前ら俺の話を信じないなら最初から俺に聞くなっての。
こいつはこいつで答えるのが面倒なのか、なんか急に立ち上がるしよ。
いや……待て待て待て。
そこまでは郡も望んでないって――ああ、間に合わん――――。
「義兄さん――」
こいつは郡の横に並ぶと手を取り、質問してきた2人を一切見ることなく、兄だと宣言した。んで、付き合いの短くない俺はこの後にこいつが何て言うか予想が出来てしまう。
そのことに複雑と思うが、こいつは間違いなく爆弾を落とす。そして――。
「大好き――」
言い放ちやがった。
「大好き――義兄さん――」
はい二度目~。
入学してからずっと内緒にしていたことを言えたからか、めちゃくちゃスッキリした顔させてやがる。
郡は困っているのか、空いているもう片方の手で首を掻いてるし。
クラスは大騒ぎだ。
上近江さんとのぞみんは知っているからか、あまり驚いている様子はない。
が、目は笑っていない気がする。
まあ、なんだ。幸か不幸か俺には分からんが、この日、俺の親友、1年Aクラスの『八千代郡』が昨日に続いて2日連続で注目の的になった。
本来、郡はこんな悪目立ちを敬遠する。
でも今の郡はこの状況を望んで演出している。
ま、美波が暴走したのは予想外だったと思うけど。
質問してきた長谷と小野は、ぶつくさ文句を言いながら立ち去って行ったけど、あの2人はいつも不平不満ばかりだから、放っておいてもいいだろう。
んで結局この日の昼休みは、質問の嵐が飛び交い4人でまともに話すことも出来ずに終わった。
そんであっという間に放課後となり、郡が変貌する瞬間を迎えた。
「幸介――」
こいつが写真を撮れと自分の携帯を差し出してきた。
別にこれくらいなら大した手間でもないし、嬉しくなる気持ちも分かるから黙って受け取り2人に向けて携帯を構え、何枚か写真を撮ってやる。
携帯を返すと、お礼もそっちのけで満足そうにして、郡にも見せ始めたが。
こいつがメプリのアイコンにすると言って、郡が一生懸命阻止しようとしてる。
仲いいなと思うが、まあ、でも、こいつの我儘を止めるのは無理だろうな。
こいつは友達が少ないから、メプリを交換している人は片手で納まるくらいなことだけは幸いだろうけど。
「幸介――」
おっと、珍しい。素直に礼を言ってきた。
「いいってことよ」
「ん――」
普段からこれくらいでいたら、俺も優しくすんのにな。
言っても仕方ないか。
それでこれが、俺が不正をする代わりに郡に願ったことだ。
郡は髪を切ることもメガネを外すことも、初めは反対したけど――。
「変わるんだろ?」
俺がそう言ったら、黙って切られてくれた。
納得したのだろう。俺は散々言ってきたからな。
「見た目は大事だから気を付けろ」
ってな。それでやっと、メガネを外してもらうことが叶った。
俺が昔言った何気ないひと言で、郡に蓋を付けさせてしまった。
だからずっと外してほしかった。
もっと郡には自信をもってもらいたかった。
「楽しかったわ~!」
俺の担当をしてくれている美容師のお姉さんは、次回の予約まで入れてくれて笑顔で見送ってくれた。
これからは俺と郡。あと美波の担当になったのだ。
人気もあって忙しいだろうに。ありがたいことだ。
美波に関しては、あまりの可愛さで逆に『担当をさせて欲しい』と、懇願したくらいだったな。
まあ、美波は俺と一緒で顔だけはいいからな。
「上手くいくといいな、郡。他に何か手伝えることがあれば言えよ」
「ありがとう幸介。上手くやるさ」
美波を自宅まで送り届けた後の帰り道、そう言葉を交わして親友と別れを済ませたのだ。
「明日も郡の話題は尽きないだろうな」
頑張れよ、郡。お前なら大丈夫だ。
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