第70話 エピローグ

 大勢の人を巻き込み行動した僕の計画は失敗した。

 だが、破綻はたんまではしなかった。

 多くの人に支えられ、許され、認められて、やっと――。

 望む未来を手にすることが叶った。

 僕が引き起こした騒動。

 その長い話に付き合ってもらったあと、一度荷物を置きに帰宅してから美海を自宅まで送ることに決まる。


「私、子供じゃないから1人でも帰れるよ?」


「僕が美海ともう少し一緒に居たいだけ」


「……うん」


 正直言えば、バス旅行が楽しかったとはいえ寝不足からのバス長時間乗車。

 蓄積された疲労で僕の体力も限界に近いだろう。

 けれど今は美海ともう少しだけ一緒に居たい。

 そんな僕の気持ちが伝わったのか美海は素直に頷いてくれた。


 帰り道は普段と同じように美海が話題を提供してくれた。

 美海が話すバス旅行で楽しかった話に相槌あいづちを打ちながら、右手で美海の荷物を預かり、左手は美海に繋がれ歩いている。


 何か大切な話をしたあと、美海は手を繋ぎたがる。

 恥ずかしいけど、僕も美海と手を繋ぐことは嫌じゃないため美海の好きなようにさせている。


「着いちゃったね……」


「一瞬に感じたな」


 目の前には美海と美空さん、古町先生が住むアパートが見えている。

 美海はまだ帰りたくないと訴えるかのように、強く手を握り離してくれない。


「今日は遅くならないうちに、ちゃんと寝てね?」


「そうさせてもらうつもり。美海のおかげで今日は間違いなくグッスリ寝れそうだし」


「でも、こう君? 私の笑顔を見ないと眠れないって言ったのにバスで莉子ちゃんの肩を枕にして、ぐっすり寝ていたよね? ほら、写真だってある」


 不満そのものの表情を作りながら、携帯の画面を見せて来る。

 痛い所をつかれてしまったが、眠っていた時間は1時間くらいだから許してほしい。

 それにバスで眠れたのは、美海のおかげでもあるから尚のこと許してもらいたい。

 というか、順平がメプリのアルバム機能に写真を入れたせいで、美海の手にも渡ってしまった。


「よく見たら肩じゃなくて頭だね? まるで恋人のように寄り添ったりして……こう君の浮気者」


 そんなにじっくり写真を見なくていいのに。

 そう願ったせいか、今度はジと目で僕を見てくる。

 さらには両手が塞がっている僕が抵抗出来ないことをいいことに手を抓ってくる。

 結構痛いぞ。

 でも怒ったようなことは言うが、ご機嫌なのか『このこの』と言って笑いながら楽しそうにしているし甘んじて受け入れよう。

 ただ、『浮気者』。

 これに関しては黙っているわけにいかないから、少しばかり反論させてもらうとする。


「僕があの時バスで眠れた理由知りたい?」


「眠かったからじゃないの?」


「それだけじゃ僕は眠れなかったから、他に理由はあるよ」


「ふぅ~ん?」


「あの時実はさ――」


「こう君待って。それ……いつものやつ? 私、心の準備したいから少しだけ時間ちょうだい?」


 警戒する美海だけど、そんな大した話じゃないから続けさせてもらう。


「期待に応えたいけど、大した話じゃないから警戒しなくても平気だよ」


「……ほんと?」


 僕は浮気を否定したいだけだから、自信をもって頷く。

 そもそも僕らは友達なのだから浮気とは違うと思うが……まあ、今は細かい事はいいか。


「僕はあの時、公園の夜に美海が見せてくれた向日葵のように満開の笑顔を思い出したおかげで眠れたんだよ。しかも僕が笑えるきっかけにもなった。本当に美海の笑顔は人を救う力があるよ。だから言っておくけど――僕は一貫いっかんして美海を大切に思っている。つまりバスで寝てしまったことは浮気とは違うから。分かった?」


「もうっ、やっぱり!! こう君のバカッ!! そう言うのはさ、言われたら嬉しいけど、もう少し準備とかさせてもらわないと困るよ」


「これから褒めますとか言ってほしいってこと?」


「そうじゃないけど……もうっ、意地悪なこう君!!」


 美海が照れると分かっていたから意地悪だと自覚する。

 ただ、これ以上強く抓られると赤くなりそうだし空気を変えるために話題を振ってみよう。平田さんで思い出したことがあるしな。


「そういえば、平田さんは結構前から僕と美海の関係に気付いていたらしいよ」


「えっ!? そうなの?」


 結構前だと言っても、僕と美海が友達になってからはひと月も経っていないのだから、他人からすれば、どちらも最近の話になるかもしれない。

 濃いひと月だと感じつつ、2人で日傘を差している姿や、エスカレーターで寝癖を撫でられていたことも見られていたと説明する。

 それに加えて、平田さんには隠さなくても平気だと思う。そう伝えておく。


「じゃあ……莉子ちゃんも書道部に誘って巻きこんじゃおっか」


 ニコニコと悪い表情をしている。

 僕が言えたことではないが、平田さんは巻き込まれやすい体質なのかもしれない。


「ところで、こう君はグループのアルバムにはどんな写真入れるの? よかったら、こう君が撮った写真見せて欲しいな」


 そう言って、美海は体を寄せて来た。

 よかったらと言いつつ、すでに見る気満々のようだ。

 別に美海に見られて困る写真などないから、一時解放された左手でポケットから携帯を取り出し、写真フォルダを開いて美海に手渡す。

 その直後、僕の左手の自由がなくなった。不満など一切ないが短い自由時間だった。


「ふふっ、魚とかばっかり。こう君らしいと言えばこう君らしいけど」


 美海が言うように僕が選んだ被写体は魚や館内の写真ばかりだ。

 旅行ってそういうものだと思うけど……あと他に何を撮るんだろうか。

 僕には分からないな――。


「ねぇ、こう君。これ?」


「ああ、ごめん。綺麗だったから、つい。でも消した方がいいかな?」


 大水槽トンネルで美海が1人でいる写真。

 ライトが当たり、凄く幻想的で綺麗だと思い撮った写真。

 許可なく撮った写真だから盗撮のようなものだ。


「私もね――」


 美海が見せてくれたのは、僕がカワウソに夢中になっている写真だ。

 こちらは、特に幻想的でも何でもない映えの無い写真と思う。


「消した方がいいかな? あ、こう君が撮ったのは消さなくていいからね。でも誰にも見せたらダメだよ? こう君だけの特別だからね?」


「よかった。凄く綺麗だから消したくなかったんだよ。僕のも別に消さなくていいよ。他の人に見せてほしくはないけど」


「……こう君、好きとか綺麗とか女の子に簡単に言ったらダメだよ? あと、お泊りした時みたいに頭を撫でたりとかもね。私には…………特別にしてもいいけど?」


「言わないし撫でたりもしないよ。美海と美波くらいにしか」


 美海と美波の仲は良好に見える。

 けれど互いに変な対抗心を燃やしているからか、僕が美波を含めたせいで、美海は繋いでいた手を離し、腕を組み、むくれ顔を見せて来た。

 むくれた所で可愛いだけなのにな。

 内心でそんなことを思いつつ、美波で思い出したことがあるため聞いてみる。


「そういえば、美海みう美波みなみは大水槽の前で何を話していたの? 僕に言えないこと?」


「……どうして質問しながら私の頬をツンツンしてくるの?」


「いや、むくれているのが可愛くて」


「――ッ!? それなら私はこう君の悪い手を預かるからねっ」


 さらに強く左手を握られたうえに、その勢いで左腕に抱き着かれてしまった。

 身動きが出来ないと言うか、美海の女性特有力が伝わって来るから下手に動けない。

 困った、そう思っていると美波との会話の内容を説明し始めた。


「美波にね、怒られていたの。何に悩んでいるか分からないし興味もないけど、どうして義兄にいさんに頼らないのかって。今の美海は見ていて痛々しい。義兄さんに頼ったらすぐに解決するのにって」


「そうなの?」


 美波は僕に気を許してくれた時から義兄あにに期待している。理想が高いと言ってもいい。

 僕は期待を裏切らないため行動してきたし、何とか応える事も出来てきたが、高校生にもなると限界が見えてくる。

 可愛い義妹いもうとの願いだから、これからも頑張りたいが僕は非凡な才能など持ち合わせていないから難しいかもしれない。

 そしてどうやら、美波も美海の様子がおかしいことに気付いていたらしい。

 感受性も豊かだし、前から勘のいい子だから不思議じゃないけど。


「うん、『特権――』それで万事解決だって。私も使っていいの? 特権」


 美海は義妹ではないから、特権とは違うと思い悩みどころだ。

 でも、期待した目で見ているから応えたい気持ちがある。


「美海は駄目。でも――」


「……でも?」


 悲しそうな表情を見せてくるが、目には期待するような感情が見える。


「美海だけを『特別』扱いしたいかな。それでもいい?」


「うん……嬉しい。私もこう君は特別だからね?」


「ありがとう美海。僕も美海の特別になれて嬉しいよ」


「うんっ! 名残なごり惜しいけど、今日はこれで帰ろうかな。送ってくれてありがとうね、こう君!! 帰ったらメプリ……ショートメール送ってね。私、あの返信を待っている時のクルクルするの好きなの」


 メプリは既読、未読がすぐ分かるから便利だ。

 読んだかどうかすぐ分からからな。

 ショートメールだとそれが分からないけど、相手が返信を打ち込んでいる時にクルクルと合図が出る。

 美海はどうやら、それが好きらしい。

 また1つ美海の好きなものが知れて嬉しくなるし、それが僕と同じ物なら尚のことだ。


 美海を玄関前まで送り届けてから来た道を寄り道せず戻り、帰宅後ショートメールでクルクルを少しだけ堪能したあと、今日1日の僕の駄目駄目失敗談をクロコに報告してから、ようやく――。


 寝付きのよさを取り戻し、一晩まるまる熟睡することが叶ったのだ。


 ▽▲▽


「そう、大変だったのね美海ちゃん。お姉ちゃんに話してくれてありがと。でもこうりくんはさすがだね? 美海ちゃんをこんなに笑顔に出来るんだから」


「もぉ、だから違うよお姉ちゃん。私がこう君の我儘を仕方なく聞いてあげているんだよ? でもね、こう君。私に『特権』は使わせてくれないけど、『特別』扱いしてくれるんだって! あまり違わないのにおかしいよね? まぁ、嬉しいけど」


 私が仕事を終えて帰宅すると、美海ちゃんはご飯を用意して待っていてくれた。

 満面の笑みを浮かべて、そわそわと。


 ――早く話したくて仕方がない!


 そう全身から溢れ出ていたのだ。

 そして、この話を聞くのは3回目になったところ。


 この2週間では見る事が出来なかった、美海ちゃんの屈託のない笑顔。

 もっと時間が掛かると思っていたけど、こんなに早く――。

 無理してくれたんだね、郡くん。


 美海ちゃん、それに私の過去の過ち。

 心の棘を抜いてくれて、救ってくれて。本当にありがとう。

 お礼を言ってもきっと――。


 ――自分のためですから。


 って、言うんだろうねあの子は。

 素直じゃないんだから。

 でもまさか『安眠のために笑ってほしい』だなんて。

 そんな自分勝手な理由で美海ちゃんが笑えるようになるなんて、夢にも思わなかった。


 ――無理して笑わなくていいよ。

 ――きっと、そのうち自然に笑えるよ。

 ――笑った顔が好きだから。


 こんなありふれた言葉じゃ、届かなかったよね。きっと。

 それに同じことを私が言ってもダメ。

 郡くんにしか言えない、郡くんだからこそ美海ちゃんに届いた言葉。

 今度お礼させてね、郡くん。


「でも美海ちゃん?」


「なぁに、お姉ちゃん?」


「郡くん、髪も切ってメガネも外して随分と格好よくなったと思わない?」


「……うん」


 モデルさんとかのように、特別格好が良い訳ではない。

 でも、以前から爪先や服装などは綺麗にしていたし、ほどよく筋肉もあって、今は髪も眉毛も整って、清潔感があり見違えるようになっている。

 人と交流を深めたことで、あの子の良さを理解してくれた人も増えた。

 美緒ちゃんから聞いたけど、あの子はとんでもない約束もしている。


 うちの店だって、郡くんの改善案のおかげで早くも変化の兆しがある。

 まさかこんなに早く変化があるなんて……経営を任せて私は接客だけしていたくなっちゃう。

 あの子、隠れていただけでスペックが高いのよ。


 しかも郡くん。まだ美海ちゃんにだけかもしれないけど、笑えるようになったらしい。

 それが、もっと自然に笑えるようになったりしたら……いよいよ手が付けられなくなりそうね……。


「あの子、きっと今に人気がでるわよ? 今のままだと取られちゃうかもね?」


 次期、四姫花候補のうち美海ちゃんを入れて3人。

 1人は義妹の美波ちゃん。

 話を聞く限り、郡くんのことは男としてというより、本当に義兄として慕っている気はするけど、それもまだ断言できない。

 もう1人の先輩は、何となく恋愛とは違う気がする。油断はならないけど。

 あと1人は正体不明。美緒ちゃんに聞いたら教えてくれるかな?

 今度確認してみようっと。

 でもなぁ、郡くんのことだからなぁ。

 すでに気付かぬうちに関わり合いになっている可能性だってある。

 このままだと、開校初となる『騎士』が誕生するかもしれない。

 美海ちゃんは気付いていないけど、うかうかしていられる状況じゃない。

 あまり人の恋愛に干渉したくないけど、発破を掛けておいた方がいいかもしれない。


「……こう君は物じゃないよ。それに、こう君なら平気だもん」


「そうだね、今のはお姉ちゃんの言い方が悪かった。美海ちゃんは、郡くんのこと好き?」


「それって、友達としてじゃなくて恋人として?」


「そう、恋人として」


「こう君は……私の特別だけど、好きとかはよく分からない。でもなんで?」


 今までのことがあって仕方がないのかもしれないけど、美海ちゃんはまだ自覚がないのか。

 ん~……もどかしい。

 もう少し言ってあげた方がいいかもしれないけど、逆効果になっちゃうかな?

 文化祭がある11月までは、まだ少し時間があるし今日はこれくらいにして、様子をみてもいいかな。


「郡くんになら、安心して美海ちゃんのこと任せられるのになって思っただけ」


「ふ~ん?」


 そう言った美海ちゃんは、お土産や同じ班の女の子の話で露骨に話を変えてくる。

 これ以上聞かれたくなかったのかもしれない。

 でも、結局は郡くんの失敗話になり、美海ちゃんは最後まで郡くんの話をしてくれていた。本当に可愛い。

 お土産話のあとは、旅行の疲れもありシャワーを浴びてすぐに眠ってしまった。


 静かになったダイニングで少し整理をする。

 今後のイベントは、夏休み、前期末テスト、9月の体育祭。

 前期末テストはイベントでないかもしれないけど、今回は間違いなく話題になるし、郡くんが美緒ちゃんとの約束を果たせば、嫌でも目立つことになる。

 運動が苦手と言う郡くんが体育祭で活躍する姿は想像出来ないけど、あの子は『持っている』から油断は出来ない。

 そして体育祭が終わると、11月の文化祭。

 今年は2年に一度の公開文化祭でもあるし、久しぶりに『四姫花しきか』が揃うこともあって、間違いなく生徒会が力を入れて盛り上げるはず。


 美海ちゃんがそれまでに自覚してくれたらいいけど――。

 郡くんが美海ちゃんに告白してくれるのが一番いいのにな。

 でもあの子も自分の気持ちに気付いていないようだし……。

 もどかしい。でも、そんな2人が初々しくて可愛いとも思えてくる。


 とりあえず今日は、郡くんにお礼のスタンプとオコオコのスタンプ両方送っておこう。

 ごめんね、八つ当たりです。

 何かあれば手助けするし、お姉ちゃんは温かく見守っているから許してね。郡くん。


『(美空)美海ちゃんのことありがとう』


『(郡くん)自分のためですから。美空さんにもお土産あるので今度お渡ししますね』


 ふふっ。

 本当に律儀で郡くんらしい。

 彼じゃないけど、私も今夜は良い夢が眠れそうな予感がするな。


 おやすみなさい――。

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