第66話 関くんはいい男

「お待たせ、関くん」


「いくらだ? つか、本当に女子は甘い物が好きだな」


「本当にね。まあ、可愛い女の子3人の頼みだから。バイトしていて良かったよ。それとアイス代は受け取れない。僕が関くんを呼び出したんだから」


 ――ははは。


 と、関くんは空笑いして財布をしまう。

 それから真剣な、それでいて怒ったような表情を僕に向け言ってくる。


「で、ズッくんの話って?」


「僕が前に話した大切な人について」


「それで?」


 僕は大切な人が居て、その人の影響で変わろうとしているということを、五十嵐さんに話したように関くんにも話している。

 だからきっと、僕が言う大切な人が誰かを察している筈。

 関くんは騙された。そう考えて話など聞かず僕を突き放してもいいくらいだ。

 それなのに『友達だからな』と言って話を聞こうとしてくれている。

 僕にとっては、幸介以外で初めて出来た男友達――になってほしいと思った人。


 正直、僕は関くんのことをたまに話すクラスメイトくらいにしか思えていなかった。

 恋に盲目だったり鈍感だったりするけど、それ以外に関しては人の事をよく見ていて、気遣いの出来る人。話も上手で人に合わせて話題だって変えている。優柔不断が悩みだと言っていたけど、人に優しいからこその悩みだ。人の嫌がる事だってしない。例の一件も、止めたりはしなかったが、関くんは関与していないと佐藤さんから聞いている。


 バス旅行をきっかけに、段々と関くんの良い所を知っていき、友達になれたらいいなと思えるようになっていた。

 だからこそ――。

 上近江美海を好きな関くんの気持ちを利用しているから、『友達になりたい』などと、決して言えなかった。


「僕の大切な人は上近江さんのことなんだ」


「ああ、それで?」


 美海にも関わる事だから全てを話すことは出来ない。

 でも、僕自身の気持ちくらいは、『友達』だと言ってくれた関くんに話さないといけないし話したい。


「上近江さんは……美海は何度も僕を助けてくれた恩人で」


「…………で?」


 正直、これ以上どう伝えていいか分からない。

 考えもまとまり切っていないし、友達に自分の気持ちを伝える事がこんなにも難しいことは知らなかった。


「ごめん、関くん。僕は関くんの気持ちを知りつつ、そのことを黙っていた。僕の目的のために利用した。だから友達だって言ってもらえる資格は僕にはない」


「ズッく……八千代は上近江さんのことが好きなのか?」


「……僕はこんなんだから。誰かを好きな気持ちがよく分からない。友人として好きだとは思うけど、それが恋なのかどうかまでは分からない。でも笑っていて欲しい。幸せになって欲しい人だと思っている」


 関くんに伝えた通り、恋愛についてはよく分からない。

 誰かに好きだと言われたこともないし、たくさんの愛情を向けてくれていたと思う母は僕を捨てて居なくなった。

 本来参考に出来る人が、向ける感情を180度反転させて目の前からいなくなり、知ることが出来なかったのだ。

 だから、この感情が何に当てはまるか分からない。

 僕の返答に納得がいかないからか、関くんは『はぁぁ』と、大きな溜息をついた。

 それから聞き取ることの出来ない何かをボソッと言って返事を戻してくる。


「俺さ、今回のバス旅行で八千代と同じ班になって良かったと思ってんだ。いい奴だって知ってたら、もっと前から友達になりたかったとさえ思ってる。幸介が言ってたことは本当だったんだなって。お調子者の俺に正面からぶつかって、ダメなところを諭してくれて感謝もしている。『大切な人が出来たから自分を変えたい』って言った、八千代のこと凄いとさえ思ってた。でも今日……応援すると言ってくれたのに、どこか協力的でない理由がやっと分かった」


「………………」


「八千代気付いてるか? いや気付いてないよな。俺も最初は気のせいだと思ったし。でもな、上近江さんから話し掛ける男子って、八千代しかいないんだぞ? ましてや、あんなに楽しそうに……自分から男子に触ったりするなんて考えられなかった。上近江さん、鉄壁難攻不落の名の通り、ガードが固いので有名なんだから」


「………………」


 美海が男子と話している姿は毎日見る当たり前の日常だ。

 でも、思い返しても美海から男子に話し掛けた姿は見たことがないかもしれない。

 自分の事ばっかりで気付くことすら出来なかった。


「言葉にしてハッキリさせるが、八千代が今月に入ってから変わったのは上近江さんのためか?」


「違う。僕のため」


 これだけはハッキリさせないといけない。

 だから言い切る。


「目的は?」


「……つまらない嘘をつかなくてもいいように」


 関くんは、さっきと同じくらいの大きさで溜息を吐き出し、僕に礼を告げて来る。


「分かった。正直に教えてくれてありがとう、八千代」


 昔、幸介に教えたように。

 関くんや五十嵐さんにも『ありがとう』と『ごめんなさい』が大切な言葉だと口うるさく伝えてきた。素直に取り入れてくれているのだろう。でも。


「……酷いことをしたんだからお礼を言われる事じゃないよ」


「教えてくれたのは八千代だろ? あと勘違いすんな。別に怒っていない訳じゃないから。ところでさ、八千代の気持ちは分かったけど、俺の何を利用したんだ?」


 怒られて当然のことをしたのだから、許されたと勘違いなど出来ない。

 それと質問された利用した内容について簡単に言うと、関くんには早急に振られて欲しかった。だから告白する流れに意識を誘導した。

 何故振られて欲しかったかと言うと――。


 五十嵐さんはクラスカーストの高い位置にいる。

 だから、発言力……影響力があり、関くんとの関係をこのまま放置してしまったら、美海にどんな影響があるか想像したくなかった。

 美海の人気は高いけど、女子からの人気だけで考えるとそこまで高い訳じゃない。

 そこに声の高い影響力のある五十嵐さんが美海を悪く言えば、雰囲気の悪いクラスが完成してしまう。

 現に、昨日まで危なかったのだから。

 だから僕はそれを排除するため、早急に関くんにはこのバス旅行で美海に振られてもらいたかった。


 美海が関くんを男として好いているなら、余計な真似だったかもしれない。

 けれど、そうではなかったから利用することにした。

 振られた後は、五十嵐さんに目を向けてもらい、五十嵐さんは美海と仲直りすることが出来たら最高の結果だったかもしれない。


 恋愛について、素人にすらなれていないうえ、好きの感情も分からない僕が動いたから、全て失敗に終わってしまったけど。


 関くんの気持ちを利用した僕には説明する責任があるけど、今はまだ言えない。

 言ってしまえば、五十嵐さんが告白するよりも先に、五十嵐さんの気持ちを伝える事になってしまうから。


「ごめん、関くん。何を利用したかについては、僕だけの問題じゃないからまだ言えない」


「言えないのかよ! そこは言ってくれよ!! ああ、でも……八千代だけじゃない、か。なんか分かったかも」


 どう返事をしていいか分からず黙っていると。


「はぁ……俺もバカだな……色々と合点がいったからか、肩の力抜けてきたな……。多分だけど俺の上近江さんへの気持ちって、芸能人を見るような憧れに近い感じだったかもしれない。八千代の話を聞いて実感したわ。八千代みたいに真剣に上近江さんの幸せについてなんて考えた事もなかったし。自分の気持ちばっかりでさ、俺は上近江さんにとって毒になってたんだな」


「それは違うよ。誰が悪いとかじゃなくて、いろいろと絡まっただけ」


「ははは。まあ、とりあえず八千代との話し合いはここまでにして、大水槽に行ってくるよ。上近江さんに告白して振られる前に、りょうちゃんに告白されるためにな」


 鈍感すぎて悩んでいたのに、五十嵐さんの気持ちに気付いていたことに驚いてしまう。

 でも、『知っていたの?』などとは、口が滑っても言えない。


「そりゃさすがに気付くだろ? つっても、気付いたのは今だけどな。でさ――」


「……なに、関くん?」


「上近江さんに告白した後に結果を報告するから……そしたらさ、甘い物でも奢って慰めてくれよ? ズッくん」


「……関くんはミックスで良かったよね?」


「ああ、優柔不断はミックスが好きだからな。それで頼む。あとな、順平でいいぜ」


「……ありがとう、順平」


「よろしくな!!」


 これから振られることが分かっている人とは思えないくらい、眩しい笑顔を僕に向けたあと、関くんは五十嵐さんが待つ大水槽トンネルに向かうため立ち去って行った。

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