第65話 水族館に行くと食べたくなるよね?

 課題の提出のため、大水槽前で待機している古町先生にカメラを預け、5人の集合写真を撮影してもらう。

 昨日からは想像出来ないくらいグループの仲が深まった。

 でもまだ、どこかぎこちない距離感が漂っていて。

 無理矢理口角を上げ作られた4人の笑顔。それに加えて無表情な男子生徒が1人。

 誰が見ても仲の良さは窺えず、写真にはそのことが如実にょじつに現れていた――。


 この水族館を一躍有名にした大水槽トンネル。

 三角形のトンネルが親潮と黒潮の潮目を表していて、2つの世界を水の中にいるような感覚で、泳いでいる魚を見ることが出来る館イチ押しのスポット。

 楽しみであったはずの場所なのに、特に感想を抱くことすら出来ずにトンネルを抜け、そのまま1階へと下りて行く。


 1階出口側はお土産ショップとレストランがある。

 昼食後にもう一度水族館を見学するから、お土産ショップは後にしてレストランへ向かう。

 昼食は各班の判断に任せる自由形式となっている。

 建物の外やバスの中で食べる班もいるが、僕たちの班は計画通りにレストランで昼食を取ることにした。

 考え事をしていたからか早足になり、気付けば1人レストラン前に到着する。

 いけない。気持ちを切り替えないと。

 4人が追い付いてくるまで、レストラン前に掲示してあるメニューを見て過ごす。

 合流すると『早い』『集団行動して』『そんなに腹減ってんのか』など言われてしまう。

 それから食券を買う前に席を確保しに向かうと――。


「みんな見て!! 凄いよ!? 海が目の前にあるっ!!」


 パンフレットに書いてあったことだが、このレストランの売りは何と言っても海を一望出来る絶好のロケーションである。

 その景色を見て興奮した美海が再度『見て』と勧めてくる。


「お~~!! めっちゃ綺麗だね、上近江さん! これがオーシャンビューかぁ」


「ぷっ。オーシャンビューって……ふふっ、順平じゅんぺいそれなんかダサい。ね、平田さんもそう思わない?」


「んえっ!? そ、そんな、どう、だ、ろ? ズッくん?」


 平田さんからのキラーパスで4人全員が僕を見て感想を待っている。

 いや、確かに『オーシャンビュー』っていう感想はどうだろうかと思うけど、でも他にどんな感想を言っていいか分からない。

 それなのに、関くんの感想を否定してしまったら、『じゃあ、ズッくんの感想を聞かせろよ』と、関くんなら言いかねない。


 ――綺麗だね?

 ――キラキラしているね?

 ――ご飯が美味しく食べられそうだね?


 どれも駄目だろう。自分でも分かる。

 あと今は関係ないけど、いつの間に五十嵐さんは関くんを『順平』って呼ぶようになったのか。

 気になって仕方ないけど……。

 ちゃんと頑張っているんだな、五十嵐さん。

 本当は、関くんにダサいと言った五十嵐さんに振り返してもいいだろうけど、止めておこう。五十嵐さん超絶睨んでいるしな。

 仕方ない、これもどうかと思うけど僕が泥を被るとしよう――。


「………………関くんについては敢えて言わない。けどさ――」


「「「「……けどさ?」」」」


 敢えてを強調したから、関くんだけが眉尻をピクッと動かしている。

 と言うか僕らの班、息ピッタリじゃないか。


「たくさん魚を見たから、何だか魚料理が食べたい気分かな」


「「「「………………」」」」


 無言だ、知っていたけど間違えたらしい。夏の暑さを打ち破るほど場の空気が冷たい。

 あ、冷房が直接当たっているからか。空気を読まず呑気に考えていると。


「いや、ズッくん。それは無いわ」

「こ、八千代くん、今のはひどいと思うよ?」

「ズ、ズっく、ん……」

「八千代……」


 関くんは全否定。

 美海はじゃっかん引いている。『こう君』と呼び間違えそうになっていたから、素で引いている可能性もある。

 平田さんと五十嵐さんは憐みの目を僕に向けている。


「僕は魚料理食べるけど、みんなは他の料理食べるんだ?」


「別にそれで――」


「ちなみに魚料理以外は鴨肉を使ったカレーライスと鹿肉を使った焼売しゅうまい定食しかないから。それでもいいの? せっかく海側に来て新鮮な魚介が食べられるのに? 魚、食べたくない?」


 僕がこうしてみんなを煽っているのには、ちゃんと理由がある。

 メニューを見て確認したから知っているけど4人は知らない。

 だから僕は、関くんが『それでいい』と返事しようとするのに割り込み、親切に阻止して教えてあげた。

 別にカレーも焼売も嫌いじゃないし、どちらかと言えば好きだけど、コレじゃない感は拭えない。

 それでもいいと言うなら、もう無理に勧めはしない。食べたい物を止める権利は僕にないからな、僕は選択肢を増やしたに過ぎない。すると――。


「「「「……食べたい」」」」


「じゃ、食券買いに行こうか」


 結局、僕が勧めた誘惑が勝ちみんなで魚料理を堪能したのだが、皆からは『意地悪』だの『性格悪い』だの『扇動者』だのと言われて散々であった。

 でも4人が『美味しい』と笑って食べられたのだ、それでよかったはず。


 それにしても平田さん、いつもよりハキハキと声が出ていたな。

 そう疑問に感じつつ女子3人にソフトクリームをご馳走してから『男同士の話』をするために、関くんが待つ外のテラス席へ移動する――。

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