第64話 エスカレーターでいちゃついた結果

 4階に上がると、僕が持つ水族館へのイメージとは違った雰囲気が広がっていた。

 川の上流から海岸にかけて生息する生物が見ることが出来る造り。

 屋内にいる筈なのに自然を感じるような造りと言ってもいいかもしれない。

 モワっとした湿度の高さを感じながら、美海と2人当たり障りのない会話をしつつ見学していると班の3人が遅れて追い付いて来る。

 そのまま5人で……と言うよりも、五十嵐さんと関くんが『暑い』『息がしにくい』『くさい』など、水族館とは関係なさそうな感想を漏らしつつ、僕と美海、平田さんは静かに見学しながら、歩き進んで行くと、湿度の高いエリアを抜け大水槽だいすいそうに辿り着く。


 大水槽の中でカツオやエイ、サメに小魚。

 たくさんの魚がゆらゆらと自由気ままに泳いでいる姿。

 まさに大水槽の名に恥じぬ迫力満点な光景に目を奪われ、立ち止まり見ていると、金色の髪をハーフアップにまとめた美少女に声を掛けられる。


義兄にいさん――」


「美波もここに居たんだね。凄い大きな水槽で思わず見入っちゃったよ」


「写真――」


「そうだね、記念に撮ろうか」


「美海――」


 近くで僕ら義兄妹きょうだいを見ていた美海に、美波は携帯を預けて写真を撮ってとお願いをする。

 四姫花候補の1人でもある美波と僕が写真を撮っていたら、2週間前なら騒ぎになっていただろう。

 だがこの2週間でその儀式は済んでいる。

 昼休みは何度も一緒に過ごし、バイトのない放課後は出掛けたりもした。

 関係を質問されれば、正直に義兄妹とも答えた。

 そのおかげもあって、今では義兄妹ということが多くの人に知られている。


「はい、美波。綺麗に撮れたと思うけど一応確認してね」


「ありがと――」


 携帯を受け取った美波が僕を手招きする。

 近くに寄って写真を見せてもらうが、大水槽を背景に写る美波は凄く綺麗で、神秘的にも見え、とてもいい写真だった。


「義兄さん――」


「もちろん」


 次は僕が美波の携帯を預かり、美波みなみ美海みう2人の写真を撮影するため、携帯を構えるが。

 うん……雰囲気のある水槽を背景に美少女が2人並ぶと、時間が止まったと錯覚してしまうほど目を奪われる。

 気を取り直してぶれないように気を付けて撮影するが――。

 凄いな、光の加減とか偶然かもしれないが、2人の頭の上に天使の輪が出来ている。

 僕はとんでもない写真を撮ってしまったのかもしれない。


「義兄さん――?」


「ああ、ごめん。2人とも綺麗でつい」


「ん――」

「…………」


 うっすら微笑む美波。ジーっと僕を見る美海。

 その2人に写真の確認をしてもらいオーケーも頂けたので、僕はひと足先に移動する。

 何やら美波から美海に話があるらしい。それに五十嵐さんと関くんも会話が弾んでいるようだし、僕は残る平田さんを……。


 ――天使様が2人……神秘的で、あぁ……。


 そう呟き固まる平田さんと一緒に3階に続くスロープを下って行く。


「さ、さ、さささ、っきの、しゃ、しんは――」


「駄目だよ。今の平田さんは何か怖いから駄目」


 ひと目見て分かるくらい落ち込む平田さん。

 最後まで聞かなかったが、どうせ写真を下さいとか似たようなことを言うつもりだったのだろう。

 そんな平田さんに天使の輪が付いた2人の写真など見せたら大変なことになりそうだ。


 落ち込む平田さんの腕を引き3階に到着すると、屋外施設で見たカワウソが可愛く見えるくらい大きな『ゴマフアザラシ』や『トド』が住んでいた。

 二頭仲良く並んでお腹をピョンピョンと弾ませているゴマフアザラシの姿は、愛嬌があって思わず動画に撮ってしまった。

 説明書きを読むと、並んでいる二頭のアザラシは夫婦のようだ。

 名前は『クラ』くんと『ユキ』ちゃん。

 夫婦アザラシの仲睦まじい姿は、見ていると癒されるな。

 時間が合えばフィーディングタイムでご飯をあげることが出来るらしいが、今日は残念ながら時間が合わず体験する事が出来なかった。

 もしもプライベートで来る機会があれば、体験してみたいものだ――。


 次はいよいよ、大水槽トンネルがある2階。

 関くん、五十嵐さん。2人にとっては運命のトンネルと言ってもいいかもしれないが、今の時間はまだ見学。運命のトンネルに変わるのは午後の時間だ。


 ある意味僕にとっても心臓に悪いイベント。

 事を上手く運べるように頭の中で計画を組み立てながら、大水槽トンネル、その前に見学出来る『サンゴしょうの海』をモデルに作られた水槽を見ていると、真剣な顔した関くんに呼び止められる。


「ズッくん。ちょっと話せるか?」


「大丈夫だけど、どうしたの関くん? 五十嵐さんは?」


 あっちだと指の差す方を見ると、女子3人でベンチに座り話をしている様子が見えた。


「さっきさ、エスカレーターで上近江さんと楽しそうに話していたように見えたけど、何話してたか聞いてもいいか?」


 やっぱり見られていたか。しかも関くんに。

 顔の判別が難しいくらいの距離はあったが……いや、今はそんなの関係ない。

 関くんには嘘をつきたくないし、少し苦しいが寝癖を揶揄われていたと言おう。

 返答を考えるも、先に関くんが口を開いた。


「俺には、上近江さんが楽しそうにズッくんの頭を撫でていたように見えたんだけど?」


「撫でるとは違うかもしれないけど、上近江さんに寝癖を触られて揶揄われていたんだよ。だから、楽しそうに映ったのかもよ」


 嘘を言っていないけど、こんなことで納得は出来ないだろう。

 好きな人が、別の人の頭を楽しそうに撫でていたのだから。


「……そっか。女子も手招きしているし、今はそういうことにしとく。あと、なんで見えたか不思議だと思うから言うけど、平田さんが双眼鏡で2人を見てたんだよ。何見てんのかなって不思議に思い、ちょっと借りたんだ。強引に借りたから謝らないといけないけど……」


 そうか、平田さんの双眼鏡か。

 あまり使用する場面は思い浮かばなかったけど、もしかしたら、平田さんが言っていたように必須アイテムなのかもしれない。

 ただ、今は悪い方に働いてしまっている。

 自分の迂闊うかつさが原因だから何も言う事は出来ないが。


「ほら。課題で大水槽トンネルの写真撮るんだろ? 早く行こうぜ」


「……関くん。勝手だけどさ、あとで僕の話を聞いてもらえない?」


「……友達だからな。仕方ないから聞いてやるよ。でも先に写真だ。行くぞ!!」


 目的の為、関くんの気持ちを利用すると決めた。

 けれど――。告白まで協力する。そんな応援するようなことを言いながら、僕は何度も関くんの目の前で、関くんの想い人である上近江かみおうみ美海みうと話をした。

 美海からは話し掛けられても、適当な理由を言って断ることだって出来た。

 だけど僕が断れば、美海が遠くに行ってしまう。そんな気がしてならなかった。

 そんな思いから、本当に中途半端な行動を取り続けてしまった。


 さらには罪悪感に耐え切れなくなり、身勝手にも関くんが告白する前に、僕が関くんに告白……白状しようとしている。情けない。本当に情けない。なんて脆い覚悟なのかと、情けない気持ちで一杯だ――。


 きっと関くんは分かっている。それなのに関くんは、情けない僕に向かって直視出来なくなるような眩しい笑顔で『女子に怒られるぞ』。そう言って僕の手を引っぱってくれた。


「……関くん」


「ああ、もう! なんだズッくんって結構面倒な奴なんだな!? あとでちゃんと聞くから今は勘弁!!」


「……ありがとう」


「ズ――」


 言葉を止め、困ったような表情を浮かべる関くんが何を言おうとしたのか想像もつかないが、僕らはそのまま女子3人と合流して、大水槽トンネルへ向かった――。

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