第61話 平田さんは侮れない
一貫した評価を受けるよりも、途中で評価が逆転した方が、対人魅力に与える影響が大きいとする理論のことを『ゲインロス効果』というらしい。
難しく書かれているけど、簡単に説明をすると『ギャップ萌え』や『ツンデレ』が当て嵌まると、インターネットで見たことがある。
つまり、今までの僕は圧倒的に『下降』している状態であったけど、それを意識的に『上昇』に変えている途中。
だから、上手くいけば人より効果は抜群かもしれない。
「す、す……凄いね。でも……疲れない、の?」
「理論は凄いよね。
「わっ、わわわわわわわわたしなんて、とても……ズッ。ズっくん……や、やっぱり、大丈夫です、はい」
普段は遅刻してくる人がちらほら居るのに、バス旅行当日となった朝の集合時間には誰1人と遅れることなく、予定通りにバスが発車した。
その時見た複雑そうな古町先生の表情は、なんだか面白く感じた。
そしてバスの座席についてだ。
光栄なことに平田さんから誘って貰えた僕は、隣同士並んで座っている。
幸介からも誘って貰えたが、平田さんからのお誘いの方が先だったため、断ることになってしまった。まあ、幸介のことだから引く手数多だろう。
それで、同じ班だからと言った理由で、気軽に平田さんの誘いを受けた訳だが――。
僕ら以外のクラスメイトは、皆、同性同士で座っていた。
つまり男女ペアで座っているのは僕と平田さんだけということだ。
少し恥ずかしい気もするが、さすがに高校生だから小学生のようにからかったりする人はいない。内心どう思っているかは分からないが。
ちなみに、クラスは男女20人ずついる。
だから本来少なくとも、もう1組異性間ペアが出来る筈だった。
出来なかった理由は、
黒田くんはバス旅行を楽しみにしていただけに、残念だろう。
前後の席のよしみで、お土産くらいは買って帰ろう――。
それで今は、窓側の席に座っている平田さんと会話に花を咲かせているところだ。
会話の始まりは、僕の変化について平田さんが質問きたこと。
バスで一緒に座ろうと誘ってくれた理由は、そのことについて聞きたかったからだと教えてもらった。
そして質問への返答だが、別に隠す事でもないので正直に言った。
バス旅行をきっかけに、もう少し高校生らしい生活を送りたくなった。それで『ゲインロス効果』と小難しい言葉を並べて説明したのだ。要するに、『変わりたい』そう思ったからだと最後に付け足した。
平田さんは照れ屋さんなのか、いつも恥ずかしそうにして、自信なさげに話しを始める。
だが発言を
平田さんは自信を持てば化ける。そう思ったりもする――。
「平田さん、何か聞きたいことや言いたいことがあれば遠慮なく言ってくれていいから。ちゃんと聞くよ?」
「え、あ、その……じゃあ…………」
悩んでいたけど意を決したのか、僕の耳元に口を寄せて小声で言われる。
少しくすぐったい。
――天使様と早く仲直りしてください。
と。
多分、高校に入学してから一番驚かされたかもしれない。
平田さんが詰まらずこんなにハッキリ話せたことにも、僕と美海の関係に気付いていたことにも。
平田さんとは、たまに日直の手伝いをするくらいで、あまり話したことがなかったし、平田さんと美海が話している姿も同じ班になるまで見たことがなかった。
むしろ平田さんが誰かと話している姿はあまり見たことがないかもしれない……。
いや、考えるのはよそう。
頭を横に振り、耳元から離れた平田さんを見ると、僕と美海の関係を確信したように力強い目で訴えてきている。
「驚きました。でも、喧嘩とかはしていませんよ?」
平田さんが出す真面目な雰囲気に当てられて、思わず敬語に戻ってしまった。
「い、いつ、も……天使様、と、ズッくんのこと見て、いました。それに――」
いつも見られていたのか。いつからだろうか、全く気が付かなかったな。
「この、あい、だ……相合傘、見ちゃって……すみません」
きっと、バイトがあった時の日曜もしくは、次の日の月曜の朝に美海と2人で日傘を差している姿を見られたのだろう。
どちらにせよ見られているなら言い訳しても仕方がない。
「結構、周りには注意していたと思っていたけど、よく分かったね?」
「そ………………双眼鏡で――」
そう言って、カバンから双眼鏡を取り出して見せてくれる。
サバイバルや天体観測の趣味もなく素人目だから、詳しくは分からないが――。
かなり本格的な造りをしているように見える。
「……いつも持ち歩いているの?」
また耳元に口を寄せてきて小声で言ってくる。
「ズッくんには特別に教えてあげますけど、日常生活には欠かせない必須アイテムです。覚えておいてください」
すらすらと淀みなく言われたことで、二度目の驚きを与えられた。
僕が言うのも失礼な話だけど、変わった子だ。
――そうなの?
小声で聞き返すと、目をギュッと瞑いで刻々と何回も頷いたところで、通路を挟んだ隣の席から声を掛けられる。
「こ、八千代くん、いつの間に平田さんと凄く仲良くなったんだね? 私も混ざりたいな」
バス旅行のおかげで、美海と話していても疑問に思われることもなく、教室ですれ違えば挨拶するくらいの仲に進展もした。
だからこうして声を掛けられても不思議でない。
ただ美海は、普段の呼び方に慣れ過ぎてしまっているため、『こう君』と呼びそうになることが多々ある。
それに反して僕は美海のことを『上近江さん』と、
――こう君も間違えて美海って呼んでよ。
と。
それなのに無茶を言って、さらには無理矢理指切りまでさせられた。
だから僕は、いずれ……いや、近い将来、針千本を飲まなくてはいけないかもしれない。
だがもしや……今って結構チャンスか?
今ならバス旅行テンションで誤魔化せるかもしれない。
こう考えている時点でバス旅行テンションなのかもしれないが――。
「ええ、どうぞ。美海さんも一緒に話しましょう」
「――っッ!? え、こうく――」
「ダメダメ、ズッくん。ダメだってば!! 上近江さんは男子に名前で呼ばれると恥ずかしいんだから、気軽に呼んだりしたらダメだから!! 呼ばせてもらえるなら俺も呼びたいけどさ、ここは我慢しような? だよね上近江さん!?」
耳を染める美海の言葉を遮り、激しい突っ込みを入れてきた人は関くん。
関くんは、僕と平田さんの前の座席から首を後ろに向け全力で参戦してきたのだ。
その関くんの隣に座る幸介は、関くんに向かって『危ねーから』と注意している。
この2人は教室の席でも隣同士で、バス旅行でも隣同士となったらしい。
普段から仲も良く、気も合うため友達だと幸介から聞いていたから何ら不思議でない。
「つーことでズッくん。気軽に女子を名前で呼んだりしたらダメだかんな!!」
後ろに向けていた首を前に戻し、前を向きながら僕に注意を叫んできた関くんに返事をしつつ、美海にも謝罪をしておく。
「気を付けるよ。上近江さんもごめんね」
「……うん。大丈夫だよ」
――ばかっ。
と、最後は僕だけに伝えるよう、口パクで不満を訴えて来た。
その仕草は可愛らしくもあったから、きっと美海との約束を果たし、見事針千本を回避したことへのご褒美だろう。
うん、絶対に違う――。
美海から視線を戻し、息を潜めるように気配を消していた平田さんを見ると、先ほど取り出した双眼鏡で窓の外を眺めていた。
多分、急に関くんが大きな声で混ざって来たから驚いて、つい、現実逃避をしてしまったのだろう。
それが分かるくらいには、平田さんと仲が良くなれたかもしれない。
――ドンッ。
と、平田さんのことを考えていたら、衝撃が伝わって来た。
発生源であるすぐ後ろの席に振り返ると、五十嵐さんが親指を後ろにクイッとジェスチャ―してくる。『後ろに来い』と言っているのだろう。
今はまだ高速道路じゃないから、移動しても問題ないだろう。
信号が赤になったタイミングで後ろに移動しようと立ち上がると、平田さんにシャツを掴まれ、涙目で行かないでと訴えられる。
五十嵐さんはともかく、その友達とはまだ話せないから心細いのかもしれない。
そんな平田さんに小声で『美海のことは天使様と呼ばない方がいいよ』。今は全く関係ないアドバイスを言ってから、五十嵐さんの友達と席を入れ替わる。
心の中で謝罪を送ったが、『裏切者ッ!』と胸の中まで聞こえてきた気がした――。
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