第60話 美海はずるい僕を問い詰める
バス旅行の目的地である水族館は、
課題の提出に必要なため。
ただそれだけのために、古町先生に撮影をお願いしてその場所を背景に撮ってもらった、僕たち5人の集合写真は『メプリ』のグルーブアイコンに設定されている。
写る5人の距離感はぎこちなく、お世辞にもいい写真とは言えない。
何なら、学校に戻ってきてからバスを背景に撮った写真の方がずっといい写真だ。
だから僕はこっちにしたら?
そう提案したけど4人に反対されてしまった。
多数決には勝てなかったのだ――。
「ズッくん、また明日な!」
「やち……ズッくん、またな。なっッ!? 見てんじゃねーよッッ!!」
「ズ、ズッくん、あり、がとう。ま、また、ね」
バス旅行を終え、学校に戻り、教室で諸見連絡を聞いた後、同じ班だった友人たちと別れを済ませ、僕は呼び出しを受けた場所に向かっている。
すでにアルバイトが始まる17時になろうとしているけれど、美空さんが気を利かせてくれたおかげで、アルバイトは休みとなっている。
携帯で時間を確認した後に、続けて別の画面を開いた。
ここ最近出番がなくなっていたショートメール画面。
『公園で会いたい』
思い出の場所と言ったら、図書室やバイト先、秘密基地なんかも思い浮かぶ。
お泊り会があったから、僕の住むマンションだってそうかもしれない。
でも――何かを話すときは公園が一番しっくりくる。
だから今日も。
僕と美海は大切な話をするために公園で会う。
公園に足を踏み入れ『ジャリ、ジャリ』と、砂を踏む音を鳴らしながらブランコに近付く。
「早いね美海。待たせたかな?」
「ううん、私も着いたばかりだよ」
「よかった。バス旅行楽しかったね。美海はどうだった?」
「私も凄く楽しかったよ。昨日まででは信じられないくらいに。写真だって嬉しかった。ねぇ、こう君」
「美海も楽しめたならよかった。なに、美海」
昨日までの約2週間、気まずい空気のせいで5人集まることは出来なかった。
作ったはいいが、出番が来なかった『メプリ』のグループ。
それくらいに、僕たちの班はまとまりがなく、楽しめる未来など想像も出来なかった。
だけど当日、蓋を開けてみたら――。
行きのバスでは、会話するだけでなく出番のなかったメプリのグループを使用してメッセージをやり取りした。
最後には仲良く記念撮影まで撮り、バス旅行が終わる頃には全員友達になることが出来ていたのだ。
「こう君、何をしたの?」
何をしたのかと言われたら、思い当たる事はいくつかある。
古町先生との密約。幸介に不正の助力をさせたこと。笑って快諾してくれたけど、美波と大槻先輩を利用したこと。関くんと五十嵐さんの気持ちを利用したこと。関係のない平田さんを巻き込んだこと。
僕はこれだけの
「ごめん美海。何に対してかよく分からないんだけど?」
「……じゃあ、別に質問するね」
僕の返答が気に入らないのか、凄く不満そうな表情をしている。
漕がれることなく、ただの腰掛け状態にしていたブランコからおりると、美海はすぐ目の前まで近付いてきて、背伸びをしておもむろに僕の髪に触れてくる。
「髪、2週間前より少し伸びたね……どうして急に髪を切ったの? あんなに外すのを嫌がっていたメガネだって外したし。それに関くんや五十嵐さん、
「そうだね……前に図書室でも言ったけど、バス旅行を純粋に楽しみたいから、同じ班の皆と仲良くしようと思ったことがきっかけかな。だから、見た目から変えてみたんだよ。やっぱり、変かな?」
これも本当だから嘘は言っていない。
だけど、美海の不満な表情が変わる事はない。
「変だよ」
「…………」
「あ、見た目がじゃないよ? 前よりも格好良くなったし……でも、やっぱりおかしい。だって――」
即答で『変だ』と言われて、ショックを受けそうになったけど、そうじゃないことにホッとした。
何故か頬を膨らませて格好いいと言ってくれたことは嬉しいけど、髪を切る前の僕は見るからに暗くて、初対面の人にいい印象を与える事が出来ない見た目だった。
だから、格好いいというのは差分で起きた錯覚だと思う。ギャップみたいなものだ。
「見るからに、こう君が無理していること分かるよ。目の下、
「最近はよく眠れていなかったし、慣れないことの連続だったから。おかげで、行きのバスで爆睡しちゃったよ」
本当に慣れないことの連続で、目が回りそうなことが多々あった。
体は疲れていても目を瞑ると思い出してしまい、深く眠ることも出来なかった。
寝付きが良いことが取り柄だった筈なのに。
もしも今晩、眠れなかったら取柄は返上しないといけないかもしれない。
「……莉子ちゃんの肩はよっぽど寝心地がよかったんだね?」
美海の非難するような視線に、思わず首を掻いてしまう。
平田さんにお借りしたのは、正確には肩でなくて頭だけど、訂正はしない。
さらに不満な表情をされそうだから。
すると美海は表情を変え、今日起こったことを話し始めた――。
「私ね、今日関くんに告白されたの。断ったけど」
うん、知っている。
関くんに相談をされていたし報告もされたから。
僕は殴られてもおかしくなかった。
「五十嵐さんは、嫌な態度を取ったことに謝罪してくれて、その理由も教えてくれた。もちろん、私も謝って仲直りしてから友達になれた。嫌われていると思っていたから、本当に嬉しかった」
それも知っている。
五十嵐さんから聞いていたから。
余計なことを言って最後に蹴られたけど。
でもそれは、僕を許すために蹴った優しさだと分かっている。
「莉子ちゃんもやっと私を『天使様』から名前で呼んでくれるようになった」
ある意味、平田さんへの説得が一番大変だったかもしれない。
「こんなこと言われても、こう君は全部知っていたから驚かないよね」
「……僕が知っていることを知っていたんだね」
「3人にバス旅行が楽しかったお礼を伝えたの。そうしたら、親切な3人が口を揃えて教えてくれたよ」
口止めしていた訳ではないけど、口が軽いなと思いつつ聞き返す。
「……そうなの?」
「うん。なんて言われたと思う?」
「3人は何て言っていたの?」
考えても分からないので、すぐに聞き返したら『少しは考えてみてよ』と怒られてしまった。
でも、すぐに――。
「『お礼ならズッくんに』って、言われちゃった」
僕も3人からは、それぞれの形でお礼を言われているが――。
いろいろと考えて動いていたけれど、結局のところ上手に出来なかった。
何なら、利用して巻き込んだことも途中でバレてしまったけど、3人は許してくれた。
僕は3人の人柄の良さに助けられたのだ。
だから、お礼を言わないといけないのは僕の方だ。
そう結論付け、返事をしようとするも先に美海が口を開く。
「改めて聞かせてもらうね。こう君、何をしたの?」
「……特別な事は何もしていないよ」
最初に質問されたことをもう一度問われる。
きっと、最後には全部白状させられるだろうけど、出来るなら言いたくない。
狡いかもしれないけど、自分の我儘な目的のために不正を行い友達も巻き込み、人の気持ちを利用したことは、美海に知られたくない。
それに、言ってしまったら美海は自分を責めてしまうかもしれない。
「私には言えない? こう君にとって、私はそんなに頼りないかな?」
「そんなことはないよ。僕は美海に何度も助けてもらっているんだから」
こんなことを言ったら、次に断ることが出来なくなってしまう。
分かっていたけど、助けてもらったことを否定することはしたくない。
案の定、美海は僕に、勘違いさせた予想を言いながら問いただしてくる――。
「それなら教えて欲しい。自惚れかもしれないけど、こう君は私のために無理をしたんでしょ? それくらい私にも分かっている。だから全部聞かせて」
「……分かったよ。でも、僕は僕の我儘な目的のために無理をしただけ。それは間違えないで」
――分かった。
と、言うけど、美海の表情は何も納得していない。
けれどその表情を無視して、屋根付きのベンチに移動してからバス旅行のことを思い出し順々に説明を始める――。
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