第49話 心が若ければ青春は続く
「八千代、お疲れ!!」
「八千代さん、お疲れ様です」
美海が休憩から戻ったことで、万代さんと紫竹山さんが仕事を終え退勤の時間となる。
本来は17時退勤であるが、美海が5分ほど多く休憩を取ってしまったため、少し過ぎてしまっている。
僕の責任でもあるため、しっかり謝罪しておこう。
「すみません。美海との会話に夢中になってしまって、お2人に残業させてしまいました」
すると2人は互いに顔を合わせて、意地の悪い表情を浮かべた。
「お前ら青いな!!」
「そうねぇ、春だね~~」
そしてさらに言葉を繋げて、息を合わせ二文字の言葉を簡潔に告げてくる。
「「”青春”」」
「だな!!」
「だね!!」
今は我慢だ。僕と美海が時間を忘れた結果なのだから、罰を受けるしかない。
「……お2人の青春時代はどんな感じだったんですか?」
都合の悪い時は、話を逸らすに限る。
「おいおい、八千代。俺らの青春はあ~いえ~ぬずぃ~~の現在進行形だぞ?」
「そうよ、八千代さん。私と雫ちゃんの青春は終わっていないのよ?」
「それは……失礼しました」
ひと仕事終えたばかりなのに元気だな。
いや逆か、仕事が終わったから元気なのかもしれない。
「八千代にも教えてやっけど、俺らの青春はバンドだ!!」
「青い春のING(あいえぬじぃ)で”青春ING(せいしゅいんぐ)”ってバンド名で活動しているのよ」
「……お2人にピッタリのバンド名ですね」
格好いいだの、いい名前だの、センスいいだの、感想を言うことも出来たが、僕が捻り出せた感想はこれが精一杯だった。出来るなら嘘はつきたくないからな――。
「だろっ!!!!」
「でしょ!!!!」
僕が述べた、何とも言えない感想でも満足してくれたみたいで、息を揃えて相槌を打つ2人。だが、興奮し過ぎたのか今度は2人揃って咳き込み始めた。
「風邪か何かでしょうか? 大丈夫ですか?」
「昨日バイトのあとライブがあってさ。箱が半分も埋まるくらい大盛況だったんだぜ!?」
「そうよ、あんなに埋まったの初めてだったのよ」
風邪かどうかを訊ねたが、違う答えが返ってきた。
それに箱……ニュアンスを考えたら、恐らくライブ会場か何かだろう。
半分埋まることが凄いように言っているけど、僕には分からない。
だから素朴な疑問として聞いてしまった。
「それは凄いんですか?」
それはもう、信じられないと言ったような
「「…………」」
僕は何か地雷を踏んでしまったのかもしれない。
あれだけ騒がしかった2人が、肩を落とし縮んでしまっている。
「すみません。気付かないで失礼なことを言っていたら謝らせてください」
「いや、いいって……むしろ八千代には礼を言った方がいいかもしれない」
「そうよだって……たった半分埋まったくらいで喜んだりして恥ずかしいわ」
それから2人の夢は武道館でライブを開くことだと教えられた。
だから、地方の小さなライブ会場で客席が半分埋まったくらいで喜んでいた自分を殴りたいと言っていた。一体何年バンド活動をしているんだって。
2人は中学に上がってすぐ楽器を覚え、それからバンド活動をしているらしい。
今年21歳となるらしいから、それなりに長い年数活動していることになる。
夜は練習に明け暮れ、日中はバイトで活動資金を稼ぎ――。
いつの間にか夢を忘れ、バンドは趣味の延長戦になってしまっていたと。
その結果、昨晩は小さなことに喜び調子に乗って活動資金を握りしめ、
というか、さっき咳き込んだのは風邪じゃなくて単なる酒焼けか何かかもしれないな。
「あの、そろそろ……僕まで遅れたら美空さんに怒られるんで……」
「まだ話したりないな……八千代、今度メシ行こうぜ」
「ご馳走してあげたいけど……割り勘でお願いね?」
生活費カツカツで、バイト中の賄いが命綱と聞いてしまった手前、ご馳走などしてもらう訳にいかない。
「そうですね、割り勘で結構ですが……2人の生活に余裕がある時にしましょう」
「ウケる、それだと一生メシ行けないやつ」
「あるだけ使っちゃうからね~」
何とは言わないが何々の典型だ。夢を追う姿は惹かれるものもあるが、僕は堅実な道を選びたい。
「……いい加減、時間なので戻りますね」
「おう、今度ライブするとき誘うから見にこいよな!」
「その時は八千代さんと美海ちゃんのアオハルを題材にした曲を演奏するわね~」
「ライブには行きたいですが、曲にするのは勘弁してください」
ライブハウスは少し怖いけど、興味があるので一度は行ってみたい。
だけど本当に、自分のことを曲にするのは勘弁願いたい。美海だって絶対に嫌だろうし。
しかもそれを人前で歌うって……考えただけで、鳥肌が立ってきてしまう。
そして何とか――。
笑う2人と無理矢理別れを告げたおかげで、休憩時間が終わる1秒前にキッチンに戻ることが叶ったのだ。
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