第48話 歓迎(かかってこい)

 ちょっとしたドタバタ劇があったものの、それぞれ配置に戻ることに。

 美空さんは紫竹山しちくやまさんと一緒にホールで、僕と万代ばんだいさんがキッチンとなる。

 美海から聞いた話だと美空さんは美海よりさらに料理が上手らしい。

 だけど人員が足りない時くらいしかキッチン仕事をしない。

 その理由は考えずとも分かりそうなものだ。

 コーヒーを淹れる仕事はホール担当。

 さらにバリスタの資格を持つ美空さんが淹れるコーヒーは本当に美味しい。

 お客様からしたら、美空さんがホールにいた方が店で一番美味しいコーヒーが味わえるから嬉しいだろうしな――。


 残念な姿ばかりを見せている万代さんだが、働く姿は格好が良い。

 きびきび働き手際も良く、あっという間に注文の品を作ってしまう。

 そして今取り掛かっている品は、まだ教わっていない料理のため、邪魔にならないよう少し離れたところから観察してメモを取る。


「ほれっ!! まかない作ったから美海に持って行ってやってくれ。どうせ八千代もすぐ休憩だろ? 八千代の分も合わせて作ったから、届けたらすぐに下りてきてくれな」


 なるほど、今作っていた料理は賄いだったのか。どうりで知らない料理なわけだ。

 ただ、賄いと言ってもなすやトマト、ズッキーニなどの夏野菜がふんだん使われていて、とても美味しそうな食欲そそるパスタで、オニオンスープまで付いている贅沢セットだ。


「ありがとうございます。持って行くので少し離れます」


 かわいらしい容姿をしているのに、まるで少年の様に歯を見せて『行って来い』と送り出してくれた。

 美海と顔を合わせるのは何となく気まずいけれど――。

 こぼさないよう気を付けて休憩室へ向かう。

 両手が塞がった状態だし扉をどうやって開けようかと思ったが、開きっぱなしになっていたため、悩みは解決した。


「美海、万代さんが賄い作ってくれたから持ってきたよ」


「……持ってきてくれてありがとう、こう君」


 美海だったらパスタに釘付けになりそうな気がしたけど、チラチラと僕の顔を見ている。


「僕も休憩みたいだから、キッチンに取りに行ってくるね」


「うん……いってらっしゃい」


 美海はさっきのことを気にしているようだから、早いところ説明した方がいいかもしれない。

 だが今は、万代さんがせっかく作ってくれた賄い受け取りに行かないと。

 温かいうちに食べた方が美味しいだろうし、作ってくれた万代さんにも失礼になってしまう。

 それとお腹が膨れれば、美海のご機嫌が直るかもしれないしな――。


 休憩室へ戻ると、2人分のアイスコーヒーが用意されていた。

 どうやら美空さんが持ってきてくれたようだ。


「それじゃあ、ごゆっくり~」


 柔和な笑顔で立ち去って行く美空さんから、美海の方に視線を移動させる。

 待っていてくれたのか、美海はまだ賄いに手を付けていない。


「せっかくだし一緒に食べよう、こう君」


「そうだね、食べようか。待っていてくれてありがと美海。というか、ここの賄い豪勢だね?」


「うんっ……って本当だ!? 何だかいつもより豪華!? でも美味しそうっ」


 ようやくパスタの存在に気付いたようだ。

 それに美海から見てもやっぱり豪華なのか。

 豪勢さに驚きながらも、2人並んで感想を言い合い、昼食を進めて行く。

 他にも、互いの好き嫌いを教え合い……まあ、2人揃って嫌いな食べ物はなかったが、和やかな時間となった。


「「ごちそうさまでした」」


 食事を終えた時点で、美海の休憩時間は残り約10分。僕は残り30分くらいほど。

 美海は聞こうか聞かないか悩む表情をしていたが、気持ちが固まったのか僕と目を合わせ、そして――。


「私、こう君の義妹さんにご挨拶がしたい」


「え、挨拶? 別にそれはいいけど……いつがいいかな?」


「今日がいいって言ったらダメ? せっかくだからクロコちゃんにも会いたい」


「ちょっと待って美海。今日だと時間も遅くなるし、月曜や火曜じゃ駄目?」


「さっきお姉ちゃんに聞いたら、義妹さんがいて2人切りじゃないなら、あとはこう君が許可するなら今日と明日はこう君のお家に泊まってもいいって」


 すでに僕の返事を予想していたのか、先回りして美空さんから許可を得ていたようだ。

 いつの間にと思うが、僕が休憩に入る前に話をしたのだろう。

 それにしても美空さん……年頃の女の子を同じく年頃の男の家に泊める許可などしたらいけないと思う。


「さすがに駄目かな。僕と美海は友達だけど男と女なんだから。それに、美波にも聞かないと駄目だし」


 美海の我儘は出来るだけ叶えてあげたいけど、我儘を断ることも必要だ。


「千島さんのこと『美波』って呼んでいるんだ? 義妹だから変ではないかな? でもそうだよね。急で勝手だし……こう君にも千島さんにも迷惑だよね――」


「いや、迷惑とかは全く思っていないけど……ちょっと待っててね」


 首を傾げる美海を背にして一度休憩室から出て更衣室にある携帯を取り、そしてまた戻って来る。


「ごめん。ちょっと電話させて」


 話の途中でどうしてかと言うと、美海がする申し訳なそうな、悲しそうな表情を見て説得を諦める事にしたからだ。

 昔から美波は僕にたくさんの我儘を言ってきた。

 義妹の我儘を聞くことは義兄の特権でもあるから、叶えてあげられることは聞いたし、甘やかしたら駄目な事は駄目だとしっかり断ってきた。

 だけど心の底から望んでいることを僕に駄目だと言われた時、本当に悲しそうな表情をするのだ。

 僕はその顔に弱くて、今の美海はその時と同じ表情をしていた――。


『何――』


『ごめんね、美波。少しお願いがあるんだけど、いいかな?』


 美波はいつもワンコールしないうちに出てくれる。

 普段からあまり携帯を操作しないため、手元にないことの方が多い筈なのに、いつもすぐに出てくれることがずっと不思議に思っている。


 そして美波には先ず、僕と同じクラスの上近江かみおうみ美海みうを知っているか確認した。

 知っていると返事をされたため、今朝作ったオムレツを教えてくれたアルバイト先の先輩はその人で、僕が凄くお世話になったこと、美波とクロコに会いたがっていることを説明する。

 そして、夜も遅いし可能なら泊めてあげたいことを聞いてみると――。


『スピーカー――』


 美海と話したいかスピーカーにしてと要求される。

 隣にいる美海を見ると、コクっと頷きが返ってきたので通話を切り替える。


『義兄さん――思っている――?』


 珍しい。どうしても伝えたい時しか言葉が続かないから驚いた。

 ただ……やはり、美海には意味が伝わっていないらしく、少し焦ったようにしている。

 訳してあげたいけど、ちょっと僕からは美海に聞きにくいな。


『説明――』


 悩んでいると、美波から訳してあげろと言われてしまう。仕方ない――。


「美海、僕の事をどう思っているかを美波は教えて欲しいんだって。僕がいたら話しにくいだろうし、その間は席を離れているね」


『許さない――』


 腰を浮かせた所で、離席は許さない。離席したら頼みも聞かないと言われる。

 美海は何かを察したのか、僕の袖を掴み座ってと目で伝えてくる。


『千島さん、初めまして。私、Aクラスの上近江美海って言います。えっと――』


『余計――』


 余計な事は話さなくていいから、早く聞かせろと言っている。

 何となく美海にも伝わったのか、ゆっくりと。そして、深く呼吸をしてから――。


『こう君は私の大切なお友達。もっと言うと心配で放っておけない人。それと……仕方のない人、です』


 美海が抱く僕への評価が気にもなるが――。

 少し恥ずかしそうに、最後の言葉は優しい目をして、仕方のない人と言った

 いつもなら恥ずかしい時に赤く染まる耳。だがしかし、今は染まったりしていない。

 染まらない理由は、美波の問いに美海が真剣に応えた証かもしれない。

 美波みなみは、美海みうが口にした言葉の意味を考え咀嚼しているのか、返事もせず黙っている。

 僕は真剣な2人の間に割り込むことが出来ないため、休憩室には数十秒間の静寂が訪れている。


『許可――』


 宿泊を許可すると伝える。そしてすぐに。


『受けて――立つ――』


 美波は美海を歓迎すると言ったのだ。

 そのことを美海に伝えると、複雑そうに笑ってから美波へお礼を伝える。

 最後はいつも通りに『切る――』のひと言で緊張感のある通話が終了となり、画面に通話時間15分と表示された。

 美海も緊張で疲れたのか、ホッとしたからか珍しく姿勢を崩している。

 でも、すぐに姿勢を正して――。


「こう君……私また我儘言ったりしてごめんね」


「これくらいは我儘に入らないよ。それと、昨日も言ったけど『ごめんね』より『ありがとう』って言ってもらった方が嬉しいかな」


 喜んでもらえたら、僕も頑張れるし美海の笑った顔を見ていたい。


「えっと……じゃあ――」


 お礼を言ってくれるのかなと思ったが、ここで、ふと。

 通話時間15分?

 慌てて時計を見ると、時計の針は17時5分を指していた。


「美海、時間」


 美海からお礼を受け取る前に時計を指差す。


「――えっッ!? 怒られちゃう!!」


 慌てて立ち上がった美海は、おぼんを手に取り休憩室を出て行った。

 転ばないんだよと言う間もなかったため、心の中でお祈りをしてから、まだ少し残っているアイスコーヒーを飲み一息つく。

 氷が溶けて味は薄くなっていたけど、妙に体に沁みて美味しく感じた。


「あ――」


 明日の朝、幸介とその彼女さんが来ることを思い出したのだ。

 美海と美波の2人には静かに部屋にこもっていてもらおう。

 ま、何とかなるだろう。

 そう考えていたら休憩室の扉が開き、慌てて出て行ったはずの美海が顔を出す。


「こう君、私の我儘聞いてくれてありがとうっ!! また後でね!!」


 緊張感のある休憩となったが、僕の選択は間違えていなかったようだ。

 夏の向日葵ひまわりみたいに満面の笑みだったからな――。


 今度こそ休憩室から去って行った美海を見て、アイスコーヒーを飲み切りさっき聞いた言葉を反芻はんすうさせる。


 “仕方のない人”


 美海はどんな意味で言ったのだろうか。


 僕が美海を仕方のない人と考えた夜の公園を思い出す、が――。

 うまく言語化が出来ない。

 もしくはそれが何かを、今の僕はまだ分からないのかもしれない。


 困った訳ではないけど、をかいてから残りの休憩時間を過ごしたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る