第47話 美海さんは何やら不満のようです
バスが5分遅れてやってきたこと以外は何事もなくクロコの待つマンションに帰宅した。
待っている時間も
つまりは何事もなかったということだ。
さて、帰宅後僕が最初に取り掛かったことは食材の買い出しだ。
土日のアルバイトは14時からとなっているため、少し時間に余裕があるのだ。
それならば今のうちに美波の昼食と夕飯を作ろうと考え、空っぽの冷蔵庫の中身を補充することに決めた。
「美波、スーパーに行くけど……」
仲睦まじく過ごす美波とクロコを見たら言葉が続かなかった。
引き裂くような真似は出来ない。そう思ったのだ。
「じゃあ……行ってくる。美波もクロコもお留守番よろしく」
「頑張って――」
「ナァ~」
互いに夢中な美波とクロコを置いて、1人駅前にある食品スーパーに外出するが、1人のため目移りすることなく、さっと買い物を済ませ帰宅する。
それからバイトの時間まで、キッチンにこもり、盗み食いする美波のおでこに指がチョンと当たるくらいのデコピンをして、『むぅ――』と不満を言われたりしつつ、作り置きを用意した。
美波は1日家でクロコと過ごすと言っていたが、気が変わる可能性も考え合鍵を預けておく。
それから、仲良く玄関まで見送りに来てくれた『姉』と『妹』に、行ってきますの挨拶を告げアルバイトへ向かった。
家を出た時間は13時半。
最高潮に気温も高くなり、少しだけ西に傾いた太陽から届く日差しが痛いくらいだ。
さらにアスファルトの焼ける臭いもして、人が過ごせる気温でないことを実感する。
ただ、今の僕には手に入れたばかりのアイテムがある。
男性が差すには少し可愛らしいデザインでもあるが、早速使わせてもらおう――。
「思っていたより、涼しいな」
独り言が出てしまうほど、日傘が有ると無いの差を体感する。
日差しが直接当たらないだけでこんなに違うのか。
木陰で羽を休めている鳥の日陰を求める気持ちも分かるかもしれない。
これなら片手が塞がってもお釣りが来るな。
「帰ったら美波に感想言わないとだな」
お礼ではないけど、明日の朝は美波の好きな桃を剥いてあげようかな。
お礼とは関係なしに、『美波が好きだから』そう考えて買ってはいるのだけど。
そんなことを考えているうちに、バイト先に到着する。
更衣室の扉には使用中の掛札があるので、休憩室で待機する。
時間帯を考えるに美海が着替えているのだろう。
待っている間にもらったシフト表に目を通す。
基本的な平日のシフトは、朝一から
そして、12時になると
人員がギリギリである。本当に必要最低限だ。
美空さんなんて半日働いている計算になる。
いくら自分のお店だと言っても、もう少し楽をしてもいいと思う。
でないと、そのうち体を壊してしまいそうで心配になる。
せめてあと2人増員してもいいだろうが……これで回せるくらいパワーがあるらしい。
凄いことだけど、それが問題でもありそうだ――。
「こう君、おはよう。待たせちゃった?」
「おはよう、美海。来たばっかりだから待ってないよ」
「よかった。こう君のロッカーの前に予備のコック服掛けてあるから使ってね」
「用意してくれてありがとう。僕も着替えてくるね」
「どういたしまして。私は先に下りてるねっ!」
そのまま2人で休憩室を出て、更衣室前でもう1度また後でと言葉を交わし別れる。
何てことのない会話。だけど当たり前に話せている事が嬉しく感じる。
美海が用意してくれたコック服にはビニールがかかっていたので、取り除いてから着替えを済ませ事務所に向かう。
美空さんがいたら挨拶しようと思ったが、誰もいないので下の階に移動する。
僕と美海が出勤してからの各役割は、美海と僕がキッチン。万代さんと紫竹山さんがホール。美空さんは休憩と事務作業だ。
ちなみに、新津さんは早上がりを予定していたためすでに退勤している――。
「今日もよろしくね、美海」
「うん、頑張ろぉー!」
可愛く手を挙げる美海を見れば、たとえどれだけ疲労があったとしても頑張れる気がするな。
大いにやる気が補充されたところで、昨日と同じオムレツから取り掛かる。
そして、教わっていない注文が入る都度、美海に教わりながら時間が過ぎて行き、注文が途切れ落ち着いたところで世間話が始まった。
世間話の内容は今日の午前中に何していたかどうか。
美海からは部屋の掃除や読書をしていたと聞いた。
――こう君は何していたの?
と、問われ、今朝から
「え? じゃあ、義妹さんは今1人なの?」
「うん、クロコと一緒にお留守番しているよ」
「え、でも……まだ小さいんだよね? クロコちゃんが居ても1人にして大丈夫なの?」
本当に心配そうな表情を浮かべている。
確かに、幼子1人で留守番をさせたら僕だって心配になっただろう。
ただそれは美波には当てはまらない。
聞かれなかったし敢えても言っていないから仕方ないけど……。
どうやら美海は、僕の義妹がまだ幼い子だと認識していたらしい。
「ごめん、言ってなかったね。義妹は僕や美海と同い年なんだよ。だから1人で留守番しても平気だと思うよ」
「え、やだ恥ずかしい。勘違いしちゃってた。同い年の義妹さんなんだね……お名前や学校とか聞いてもいい?」
恥ずかしいと言いつつ驚いた表情をさせる。さらには何故か詰め寄ってくる。
妙な雰囲気に変わったことを察し、後ずさりながら答える。
「えっと、美海は『
「……隣のBクラスにいる綺麗な金色の髪でお人形さんみたいで嘘みたいに可愛い子。その
1年生に美波以外の千島さんはいないし、Bクラスに在籍していて器量が優れており、人より目立つ相貌なことも事実。
だから美海の言う『千島さん』と僕が義妹だと言う『千島美波』は同一人物で間違いないだろう。
「多分そうかな。Bクラスの千島って子が僕の義妹だよ」
「…………」
美海は驚愕と言うか信じられないという表情をして、固まっている。
学校で名乗る苗字も違うし血の繋がりもなくて、似ても似つかないから驚くのも仕方がない。
ましてや学校で僕と美波が一緒に居る姿など一度も見たことがないだろうからな。
「美海ちゃん、時間だから先に休憩に入っちゃって。郡くんは後30分待ってて……ね?」
16時になり2階から下りて来た美空さんが休憩を告げるが、首を傾げ疑問の表情を浮かべている。
「……こう君、あとでもう少しだけ詳しく聞かせてね。休憩行ってきます」
そう言って不満な表情のままキッチンから出て行った。
「ねぇ、郡くん。また何かあったの?」
いつも何かあるような言い方で『また』と聞かれるも、昨日事故があったばかりだからな、否定など出来ない。
「大した話ではありませんが……注文が入ったので、また今度説明します」
「そう、つまりそれってまた何かあったってことよね……まぁ、いいわ。後でゆっくり聞かせてね。でも郡くん? 美海ちゃんの様子を見るに間違いなく大した話で終わらないと思うな、お姉さんは」
何とも妖艶な表情でにじり寄って来るけど、僕はただ――。
義妹が同い年で同じ学校にいることを打ち明けただけだから、大した話じゃないと思うのだけれど。
「おおーしっ、美海に代わって
「雫は頭だけじゃなくて目まで壊れているのかな?」
「いや、俺は事実を…………何でもないです、はい」
空気を変える起爆剤……ではないけど、
万代さんは少し不憫に思うけど、余計なことを言ったから自業自得とも言っても差し支えないだろう。
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