第45話 気持ちの変化
月が替わり7月が始まった。この間見た天気予報では、お天気お姉さんが7月から気温が上がり本格的に夏が始まることを言っていた。
コーヒーを淹れ終わったところでそのことを思い出す。
予報の通り、早朝にもかかわらず気温が高い。
空気の入れ替えで窓を開けた時に熱気が入り込んで来たからな。
湯気が立つマグカップに息を吹きかけながら口元へ運ぶと。
――グゥーッ。
と、お腹の音が聞こえてきた。
コーヒーを飲むことで紛らわせようと考えたが、甘い考えだったかもしれない。
それに、すきっ腹にコーヒーはよくないとも聞くから、何か食べた方がいいかもしれない。
ただ、今日の朝食は美波と食べるから悩みどころだ。
食パン1枚だけでも……いや、我慢だ。
食が太い訳じゃないし中途半端に膨れたら、せっかくの食事も美味しさ半減となってしまう。
だから今はコーヒーだけで済ませよう――。
それはそうと、7月はイベント目白押し月間でもある。
先ず初めに、今日から美波が2泊3日で泊まりに来るだろ。
毛布やシーツも用意したし、掃除もしたから準備万端だ。
あ、いや。今週はそれなりに忙しかったから冷蔵庫が空っぽだな。
まあ、それは美波と一緒に買い物へ行けばいいか。
そして次だ。昨夜、
あれ、夢じゃないよな?
夢など
そのため携帯を取り出し、ショートメールを再確認する。
『そう言えば美海。約束のアイスどうしようか?』
『提案があります!』
『どうぞ』
『お店の裏手にジェラート屋さんがあるの! 三段じゃなくてこっちにしない?』
『いいね。いつにしようか? 僕は美海に合わせるよ』
『明日は望ちゃんと買物に行くから、火曜日はどうかな?』
『大丈夫。火曜日の放課後はジェラートを食べに行こうか』
『やった! 約束ね!!』
と。
その後も何通かやり取りした証拠があるということは、夢でも僕の記憶違いでもなかったようだ。
記憶障害に不安となった理由は、『まるで放課後デートみたいだな』。そう考えてしまったせいだろう。
さらに言えば美海にも同じことを言われたから、増々疑う結果となったのだろうな。
ただ、そうすると……本当にデートみたいだな。
裏通りとは言え誰かに見られる心配もあるけれど――。
いや、この心配になる気持ちは段々と薄れているかもしれない。
心境の変化は自分でも自覚している。
中学の終わりから後ろ向きだった考え方は、美海と話すようになって前の方を向くようになっている。
だから――。
もしも美海が賛成してくれるなら、誠に勝手ではあるが関係を変に隠さなくてもいいかなと思い始めている。
もちろん大前提として、美海に迷惑を掛けないことが重要だ。
それと美海が隠したいと言ったとしても、これまで通りの生活でも不満などない。
けどそうすると……美波にも今後どうしたいか聞いておいた方がいいかな。
気持ちが前を向いた今なら、美波との関係を公表しても平気な気がする。
まあ、いずれにしても、どうするかは後で2人に相談して決めよう。
あとそれで3つ目のイベントだ。
下旬に差し掛かる20日。その日はバス旅行で水族館に行く。
グループメンバーがどうやって決まるかは不明だが、ちょっとした旅行気分で楽しみなことは違いない。
希望を言えば、僕を極端に嫌っている長谷と小野。その2人とは別グループだと嬉しい。
さらに希望を言えば、お昼を食べるメンバーで行動出来たら最高かもしれない、が――。
「あまり欲を出したら駄目かな」
欲が強いと遠のいてしまいそうだと考え、次のことに思考を移す。
バス旅行が終わった翌日、その日は終業式となる。
つまりさらにその翌日から、4つ目のイベントである”夏休み”が始まるということだ。
夏休み前と言えば学期末試験がありそうなものだが、名花高校は前期後期の二期制となっている。
2年生3年生は中間テストもあるため年に4回試験があるが、僕ら1年生は期末の2回だけ。そのため夏休み前でなく、夏休みが終わってから前期末試験が行われる。
それがいいか悪いか捉えるのは人それぞれだが、夏休みで試験対策が取れるから僕はいいと捉えている。
バイト以外の予定はほとんどないし、数少ない友人である幸介は、モデルの仕事で東京に行くことが増える。
そのため夏休みなのに暇がないと嘆いていた。
つまり僕には遊び相手もいないということだから、バイトが休みの日は授業の予習復習と資格の勉強、後は読書をするつもりだ。
新しい紅茶を買ってもいいかもしれないな。
美海や美空さんと……どこかに出かけられたら楽しいと思うけど、誘う理由もないし口実を考えるのが難しい。でもそう思えるようになれただけでも――。
「――奇跡みたいだよな」
ずっと一緒にいてくれる家族のクロコ。
困っていたらさりげなく助けてくれる友達の幸介。
頼りない義兄でも慕ってくれている、我儘で可愛い
僕を拾ってくれたお姉さん的存在の
背中を押してくれた尊敬出来る古町先生。
何より――。
僕の過去を受け止めてくれた美海。
素敵で大切な存在がこんなにも居ることは、とても幸せなことだ。
他にも、里店長や女池先生、光さん、大槻先輩、『空と海と。』の従業員。
たくさんの人に支えられて、過ごしている。
美海のおかげで、僕は恵まれていると気付くことが出来たのだ。
本当に感謝しかない。
空になったコップに気付かず口にして、誰かに見られている訳でもないけど、恥ずかしい思いを紛らわせるように、テレビのリモコンへ手を伸ばすと――。
「ナァ~」
時間になりクロコが起きてきたようだ。
「おはよう、クロコ」
足元に近寄って来たクロコの頭を一撫でしてから、ご飯を用意して、水を取り替える。
部屋に戻り、カーテンや窓を開けて少し換気する。
それから美波を迎えに行く準備を始める――。
とは言っても、ほとんど準備も済んでいるので着替えるだけだ。
少し時間に余裕があるためソファに座るが、待っていたかのようにクロコが膝に飛び乗って来る。
そっと背中を撫でると、尻尾を大きく動かされる。
今は撫でられたい気分じゃなく、静かに乗っていたいということだろう。
望みのまま、時間までクロコの好きにさせようじゃないか――。
「クロコ、そろそろ美波のことを迎えに行ってくるね」
「ナァ~~」
「美波と会えるのが嬉しいんだね」
「ナァ~」
膝から飛び下りて、僕よりも先に玄関に向かうクロコ。
早く行って美波を連れて来いと言っているのかな?
それはそれで少し寂しい思いもするが、美波とクロコのために向かうとする――。
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