第43話 見事なまでの転落
気に入らない。
どうして姉さんは俺でなくてあんな気味の悪いやつを頼りにするのか。
本当に気に入らない。
姉さんだけじゃない。
美人だけどクソ生意気な
副店長に向かって『おい』だの『お前』だのと呼び、俺のことをまるで虫を見るかのように見てくる。
他のバイトやパート達は大槻と違って笑顔を浮かべるが、愛想笑いだって丸わかりだ。
見え見え過ぎて『馬鹿にしてるのか!?』って怒鳴りたくなった。
今はうるさい時代だからそんなことは言えないが……。
最初は俺と同じようにあいつのことを気味悪がっていたくせに、気付いたら俺に向ける愛想笑いと違って、あいつには本当に楽しそうに笑って見せやがる。
気に入らない。
気に入らない!
気に入らない!!
気に入らない!!!
気に入らない!!!!!!
どいつも、こいつも何もかもが気に入らないっっッッッ!!!!
俺を見ろ!!
俺は副店長だぞ!!!!
この店のナンバーツーだぞ!!!!!!!!
だけど――。
あいつがバイトとしてうちの店に来てからは、気に入らない毎日の連続だったが転機が訪れた。
姉さんがケガで入院したのだ。
姉さんのことは心配であるけど、これはチャンスだ。
あいつらに俺の有能さを認めさせるチャンスなのだ。
だけど、姉さんが入院して最初の土曜日。
俺がナンバーワンとなって、初めて迎える週末に限って欠員が出てしまった。
急に休むやつなんて、神経を疑ってしまう。クソ使えない。
誰か出勤出来ないかと履歴書を取り出し、片っ端から電話を掛けるが、誰1人と電話に出やしない。くそっ!!!!!!
仕方ないが、あいつに掛けてみる。
「おはようございます。
お前は出るのかよ!!!!!!
くそっ!!!!!!!!!!
しかも体調が悪いからとか言って、断りやがって!!!!!
だが、話を聞いてみると何やら熱はないらしい。
仕方ないから、電話越しだけどいつものようにプロの笑顔と声色を使い、お願いしたら、説得に成功した。
さすが俺!! プロ中のプロだ!!!!
だが――。
注文はミスるは、グラスを割るやら、しまいには常連客に水をぶちまけるやらで最悪だ。
働き始めて3カ月が経つというのに、こんな使えない奴に頼るとか姉さんや他の従業員は頭が悪すぎる。人を見る目がないってやつだ。
いや、でも、考え方によっては――。
「あいつのこと辞めさせることが出来るのでは?」
とりあえず、あいつと仲がいい大槻に見られると煩い。
大槻が出勤してくる前に場所を変えてしまおう。
確か近くに姉さんの後輩がやっている店があったはず。
一度会ったことがあるけど、とんでもない美人だったな……。
よし、その店に連れ出して話をつけよう――。
「お世話になった店長に、これ以上迷惑も掛けられないので辞めます」
俺も世話してやっただろうがッッ!!!
とことん気に入らない奴だ。嫌味のつもりか!?
しかも、小汚いノート。
というより、ゴミまで押し付けやがって、本当にふざけた奴だ。
だが、しかし――。
上手くいった。
察しは悪かったけど、自分から『辞める』と言わせてやったっ!!!!
コーヒーも美味いし、姉さんの友人も相変わらずめちゃくちゃ美人だ。
いや、前以上に綺麗になっていて、つい、驚いてしまったが、姉さんの名前を出したら連絡先が得られるかもしれない。
これからはあいつの顔も見なくて済むって考えると、久しぶりに最高の気分になってくる。
この気分のまま店に戻ろう。
あいつが置いていった小銭を取り会計を済ませる。
なんだあいつ、2人分置いて帰ってるじゃないか。こういうとこは気が利くな。
領収証も忘れずもらって――。
「店員さん、俺のこと覚えていない? 姉さ……里の弟で前に一度だけ――」
「ありがとうございました。お出口はこちらです。どうぞ、お帰り下さい」
「なぁ、覚えているだろ? だから、ほら。携帯出してよ。連絡先こうか――」
「あ、そう言った行為は結構です。他のお客様にも迷惑なので、どうぞお帰りください」
クソッ!!
姉さんの名前出さなければよかった!!!!
これじゃもう、姉さんを通して会うことも出来ない。
せっかくの気分が台無しだ!!!!
態度が気に食わないけど、こんな美人は他にはいない。
何とかならないか他の方法を考えるしかない。
気に入らないけど、今はとりあえず、あいつを辞めさせたことで満足しよう。
店に戻ったら、あいつが抜けた穴の出勤調整をして、調理器具や書類なんかの配置も前に戻さないとだな。
それと、あいつ考案のレシピもメニューから撤去しないと。
自分の仕事だけでなくて、部下の尻拭いもしないといけないから、エリートは大変だな。
忙しくて営業後は無理だな……仕方ない。今日と明日は残業で頑張るとするか。
俺にしか出来ないのだ。やるしかない。
「おかしい――」
いくら日曜で客が多いといっても、忙しすぎる。
自分の仕事が何1つと終わらない。取り掛かる事すら出来ない。
なぜだ?
いつもは、少し余裕があってほとんど事務所にこもる事が出来ていたはず。
これでは、今日中に戻すことが出来ないではないか。
仕方ない。
明日は大槻に出勤依頼して、その間にやりきるか。
くっ。胃が痛い。
大槻に話しかけるのはどうしても苦手だ。
怒ると怖いんだよ、大槻。
とか考えていたら大槻の後輩が声を掛けて来た。
「副店長、残業は別に構いませんけど、八千代くんは? 休みですか?」
「あぁ、都合が悪いらしくてね。でも、
一応、まだ書類を取り交わしていないから正式には辞めていない。
だから、休みと言っておいた方が、都合がいい。
「はは。笑えますね――」
愛想笑いをしながら、船引が立ち去って行く。
少し離れたところで舌打ちにも近い言い方で『きっつ』と、聞こえてきた。
舌打ちする暇がある、ならテキパキ働け!!
と、言ってやりたいがグッとこらえる。
我慢だ、我慢。
相手はまだ子供なのだ。
年上の俺が大人になればいいだけだ。
「おかしい。計算ミスか?」
激動の日曜日の営業が終わり、売上の確認をしたところ。
あれだけ忙しかったから、過去最高の売上を更新したと確信しながらパソコンを見たけど、むしろいつもの日曜日より売上が少ない。
システムエラーか?
今までは閉店してから手作業で売上等の確認をしていたが、効率が悪いということで、レジとパソコンやタブレットを連動させるソフトを導入したのだ。
おかげで作業が軽くなり助かっていたが――。
「やっぱり、手作業が一番信頼出来るな」
だが、しかし――。
結局、手作業でも結果は変わらなく、それも全てエラーの責任にすることに決めた翌日。
『はっ? やっくんが来てない? 無断?』
『そうなんだよ、だから困っているからさ、今すぐ出勤お願い出来ないかな?』
『……今から行く』
『ありがとう!! たすか――』
ツ――。
途中で電話が切られる。
相変わらず舐めた態度で生意気な女だ。
でも、これで事務所にこもって作業が出来る――。
作業に夢中になり目処が立ったところで、あいつから荷物を取りに来ると電話が掛かって来た。
その電話に出た以外は、ホールで働く大槻に呼ばれることもなく、なんとか作業が完了する。
大槻は生意気だけど有能なことは褒めてやりたい。
「では、短い間でしたがお世話になりました」
「ん。まだ営業中だし、帰りも同じく裏から出て行ってね~。じゃ、元気で」
電話で言った時間にあいつがやってきて、正式におさらばとなる。
しっかり、クリーニング代を差し引くことも伝えた。
たかが水が掛かったくらいで、クリーニング代なんて払うわけない。
これで経費も少し削減出来るな、無駄な経費を削減することも有能な副店長の証だ。
笑いがこみ上げてきそうになっていると――。
「おい。やっくんは? つか、なんで無断で休むような事になってんだよ?」
ちっ。
面倒なのが来た。
「あぁ、彼はこれ以上迷惑かけたくないと言って今日で辞めたよ。明日からは――」
――来ないよ。
と、言い切る事が出来ずに迫力のある声に遮られる。
「ふざけてんのっ!!!!? やっくんが、そんな無責任なことする訳ないでしょっ!? しかもさぁ? 私や他の人に一言の相談もなく」
「いや、ふざけてなんか――」
「どうせお前が何かしたんだろ!? 全部話せ」
あまりの迫力。
しかも、説明している途中ずっと。
その圧に負けて、土曜日から今さっきまでの話を包み隠さず話してしまい――。
「ざっっっけんなよっっッ!? はぁぁ…………里さんは?」
「ヒッ……え……?」
「里さんもこのこと知っているのかって聞いているんだよッ!!」
「いや、姉さんに話すことでもないから――」
すると、『はぁぁぁぁぁっ』と長く大きなため息をついてから。
「やっくんが辞めるなら私も今を持って辞めさせてもらいます。それと、このことは里さ……店長や他の従業員にも伝えさせてもらいます。少し早いですが、
――やっくんもやっくんだよ。
と、言いながら立ち去っていく大槻の後ろ姿をただただ。
見ている事しか出来なかった。
放心しながら帰宅したところで不味いことに気が付く。
八千代は半人前だから何とかなるけど、大槻にこんな形で辞められたら店が回らなくなるかもしれない。
あんなに生意気だが、有能なうえに他の従業員からも頼られている。
あることないこと吹き込まれたら、さすがに分が悪くなってしまう。
が、今日は疲れた――。
だから、明日出勤してから対策を練ることにしよう。
「どうしてこうなった……」
一晩明けて出勤したけど、出勤予定者全員が欠勤。
これでは営業することが出来ない。
理由を聞いても皆口をそろえて、『店長が戻ってきてから出勤します』としか言わない。
次の日も状況は変わらず、臨時休業の看板を出すことと大槻に謝罪のショートメールを送ることしか出来ない。
姉さんから鬼のような電話と、『郡と何かあった?』のメッセージが何通も届いている。
でも、なんて説明をしていいかも分からず、電話に出る事も返信することも出来ていない。
明日になれば、いい加減に大槻も冷静になるはずと淡い期待をするも。
状況は翌日、さらにその翌日の金曜日になっても変わらない。
「こんな筈では……こんな筈ではなかったのに…………どうして、何が――」
本当は分かっている。
あいつを――。
八千代を辞めさせたことから始まったのだ。
店のためになると思い、よかれと考えて辞めさせたはずなのに。
八千代の何がいいのか、俺は間違っているのか……。
「明日の朝、姉さんに会いに行こう」
そして八千代に頭を下げて、みんなに謝ろう。
この最悪の状況を打破する方法、それくらいしか俺には思いつかない――。
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