第42話 初代四姫花は近くにいたようです
美海と美空さんの2人が口にした不満の正体が判明しないまま退勤時間21時となったため、帰り支度をすることとなり、2人仲良く更衣室へ。
僕は待っている間にプリントアウト作業を続けて、それが済んでから休憩室に移動する。
先に退勤してもいいのだろうが、昨日に引き続き2人を自宅まで送るため待つことに。
それでどうして昨日に引き続き2人を送るのかと言うと。
美海たち姉妹が住むアパートは店から徒歩2分の場所にある。
だから心配も何もいらないのかもしれないが、ここは駅からも近い。
今の時間だとお酒に酔った人が通る可能性も考えられる。
僕では頼りないだろうけど、暗い夜道を2人で歩かせることに不安を覚えたため、送りたい旨を2人に申し出た。
「郡くんは心配性ね。でも、気持ちは嬉しいからお願いしようかな」
「ふふっ、本当に心配性なんだから。でも、お話も出来るし私もお願いしたいかな」
押しつけがましい僕の申し出にも関わらず、許可を得ることが出来たためシフトが同じ日は送らせてもらうことになったのだ――。
2人の着替えが済んだあと、3人で店を回り最終戸締りをしてから裏口から退店する。
僕が一歩足を進めると、どうしてか左側に美海、右側に美空さんが挟むように並んできた。
「こう君、今日もお願い?」
「騎士様、今日もお願いね?」
「昨日だけの約束だから、今日は駄目です」
両隣から『ケチ~』と言われるが、駄目なものは駄目だ。
何が駄目なのかと言うと。
水曜日のことだ。その日、古町先生をエスコートする為に腕を組んでいたことを、昨日2人に指摘され、そのまま押し切られる形で1日だけの約束として、腕を組みながら自宅まで送ることになったのだ。
約束を守る僕の固い意志を察した美海。けれど今度は別の角度からその牙城を崩そうと試みて来た――。
「じゃあ、エスコートは諦めるからメガネ外して?」
どうして『じゃあ』になるのか分からない。
「え、見たい! 郡くん、お姉さんも見たいな!」
美海に便乗する美空さんだが、僕の返答はぶれることなく決まっている。
「嫌です」
「「えぇ、ケチ~~」」
頬を膨らませた2人に両隣からこれでもかと不満をぶつけられ、危うく牙城が崩れそうになるが思い留まり、駄目なものは駄目だと意志を貫く。
「でもお姉ちゃん? どうして、こう君のこと騎士様って呼んでいるの?」
「美海、それは触れなくて――」
「今日、郡くんは転倒から美海ちゃんを守ってくれたでしょう? それにこうやって心配で送ってくれるから『騎士様』みたいかなって」
話題に触れてほしくないことを伝えたかったが、阻止するよりも前に美空さんが言いきってしまう。
「確かにそうかもっ。何度も言うけど、私を守ってくれてありがとうね、こう君。こうして一緒に帰ってくれるのも嬉しいよ!!」
「僕の好きでやっていることだから。でも、どういたしまして。それと……急だったとはいえ、抱きしめてごめんね」
僕としては結構勇気を出して謝罪を口にしたけれど。
美海はクスクス笑いながら『気にしないで』と、そのひと言だけ戻してきた。
続けて美空さんもクスクス笑いながら同様の礼を告げてきた。
どうして2人が可笑しそうにしているのか理由を訊ねようとするも、美海が先に話題を変えてしまう。
「こう君は騎士様って言われても不思議じゃないけど、私とお姉ちゃんはお姫様って感じじゃないよね」
僕の感想とは反対だな。
美海や美空さんの方こそ、お姫様と呼ばれてもおかしくないだろう。
それに、単なる予想だが美海は『
選ばれるなら間違いなく名花高校のお姫様となる。
「あら、美海ちゃん。言うわね? これでも私は美海ちゃんや郡くんと同じ歳の頃はお姫様扱いされていたんだぞっ」
あれ……前にどこかで聞いたような言葉だな……確か、里店長も美空さんと似たようなことを言っていた気がした……いや、まさかな?
「へぇ~、そうなんだ? どんな風にお姫様扱いされていたの?」
「あぁー……それはちょっと言いたくないかな」
――なんでぇ!?
と、楽しそうに仲睦まじく『キャッキャ』言い争いを始める2人。
言葉に書くと『言い争い』は悪いイメージが先行するけど……横目に見る2人の姿は微笑ましい光景にしか見えない。
間に挟まれるといった特等席で、そのまま見ていたくなる気持ちもあるが、いい機会でもあるので気になっていたことを美海に質問してみる。
「ところで美海は『四姫花』って知っている?」
「郡くん? 郡くんはどこまで知っているのかな?」
美海に質問したはずだが、何故か美空さんが食い気味に返事を戻してきた。
その反応に驚き立ち止まってしまうが……美空さんの様子を見るに『もしかして』なのかもしれない。
「えっと、僕も今日その話を聞いたばかりなので詳しくは分からないですけど、その様子だと美空さんは知っているんですね?」
「…………」
「お姉ちゃん?」
大きく『はぁぁ……』と、ため息を吐き出してから、美空さんが過去を告白する。
「私はね……初代なのよ。もう、本当になくしたい記憶の1つよ」
どこか遠くを見るように、見えない星空を見上げている美空さん。
予想した通り、美空さんは
しかも、初代、か――。
美海のきょとんとした表情を見るに、四姫花が何かということを知らないのだろう。
クラスメイトや先輩が伝えていてもおかしくないだろうに、不思議だ。
「お姉ちゃんはこんなに可愛いんだから、四姫花に選ばれて当たり前だよね?」
「美海ちゃん……」
いや、知っていた。当たり前か。周りが言わない訳ないよな。
そして美海の言葉に感極まった美空さんが、何故か僕の腕に抱き着いてくるが。
……その動きを察知して、美海と場所を入れ替わることで回避する。
不満げに視線を飛ばして来る美空さんに、僕からは質問を飛ばしてみる。
聞いたら怒られそうだけどな――。
「もしかして美空さんが下剋上生徒会長なんですか?」
「ちがっっッ!? それは、美緒ちゃ――」
美空さんは『しまった』という表情でおでこを押さえる動きを見せる。
なるほど。牡丹の称号と
そして次に思い浮かぶのか、
系統は違うかもしれないけど2人とも美人だ。
この4人は同じ学校の先輩後輩の関係と聞いている。
つまりこの4人が初代四姫花ってことかな。
「いい? 郡くんも美海ちゃんも今の話は聞いていない。いい? いいよね? 分かった?」
いつも明るく優しい美空さんから感じたことのない圧力を感じて、僕と美海は2人揃って、ただ頷くことしか出来なかった――。
「今日もありがとう、こう君! 帰り気を付けてね? お家着いたらメールしてね?」
美海と美空さんが居住するアパート到着後、すでに別れの挨拶を交わした美空さんは先に室内へ入っており、今は僕と美海の2人が玄関先で別れの挨拶と共に約束の復習をしているところだ。
「僕から頼んだことだからお礼はいいよ。それと、マンションに着いたらメールするから安心して」
「メール来なかったらお家まで行くからね、私!」
「じゃあ、絶対に忘れる訳にいかないや」
昨夜、就寝前のことだ。
美海から『こう君、生きてる?』と
どうしてそんなことを聞いてきたか理由を訊ねたら、アルバイトが終わり美海たち姉妹を送り届けた後、僕が事故なく帰宅できたか不安に駆られてしまったらしい。
美海も僕のことを言えないくらい心配性だったということだ。嬉しいけどさ。
で、その結果。美海に余計な心配をさせないために、今日から帰宅報告の連絡をするように決まったのだ。
「また明日ね。おやすみ、こう君」
「うん、また明日。おやすみ、美海」
今日も階段で姿が見えなくなるギリギリまで、手を振り見送ってくれる美海。
その行動もそうだが、小さく手を振る仕草が可愛いなと感じつつ家路につく。
『また明日』や『おやすみなさい』と言い合えるって、何かいいな。
そんなことを考え、心が温かくなるのを実感しつつ歩いていると、道が広く明るい通りに出たところで、見覚えのある人物とすれ違う。
「こんな筈では……こんな筈ではなかったのに…………どうして、何で――」
下に
と、一瞬頭に過ぎったが、僕にはもう関係ないと振り払う。
ただ――。
里店長や
「みんな無事だといいけど――」
早いところ大槻先輩に会いに行こう。
何か出来ると思わないけど、そう決心した帰り道となった――。
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