第38話 頼み事という名の確定事項

 校内を上下に移動する手段は、2基のエレベーターもしくは階段の利用となる。

 ほとんどの生徒はエレベーターもしくは通称”表階段”を利用する。

 理由は単純で、みんなが利用しているからだ。

 強いて1つだけ理由をあげれば、表階段がエレベーターの並びにあるからだろう。

 エレベーターに乗りたいが、タイミングが合わない時に仕方なく表階段を利用するといった感じに。

 表階段の場所は、各階Aクラスや男子トイレがある北側だ。


 その表階段とはまるで反対となる生徒利用率の低い通称”裏階段”。

 こちらは、Dクラスや女子トイレがある南側となっている。

 そのためAクラスに在籍していて性別で言えば男になる僕は、名花めいか高校に入学してから片手で数えるほどしか裏階段を利用したことがない。


 そして美海みうとっておきの秘密基地。

 書道愛好会の部室……部室と呼ぶには少し異なるかもしれない。

 本来なら、文化部に分類される部活動の部室は11階に用意されている。

 だけど書道愛好会に関しては図書室がある6階に配置されており、しかも年に一度使うか分からない備品等が保管されている倉庫の一部があてがわれているのだ。


 どうしてかと聞かれたら理由は不明だ。それ以外にも不明と言うか謎も残っている。

 倉庫出入り口は、6階から裏階段内部へ侵入したすぐ横手に設置されている。

 設計ミスか意図的に設計したのか現時点では不明だが、他の出入り口はない。

 つまり倉庫に入るためには裏階段からしか入ることの出来ない造りということだ。


 そもそも、図書室を利用する生徒が少ないため6階全体が人の少ないフロアとなっている。さらに言えば、倉庫出入り口の鍵は常に施錠されており、生徒が来ることも滅多にない。

 そして――。

 美海は当たり前のように倉庫出入り口の合鍵を古町先生から預けられているから、本当に本当のとっておきの場所、”秘密基地”ということだ。

 美海から説明を受けた時いいのかなと思ったが、校長先生の許可は得ているらしい。

 特別待遇が過ぎるので、何か弱みでも握られているのかなと失礼な感想を抱いてしまったことは内緒だ。


「へぇ~、美海ちゃん! いいね、ここ!! なんだか秘密基地みたい!!」


「でしょっ! 私も掃除に来るくらいであまり使ったことがないけど、ソファもあるしみんなでお昼ごはん食べるのにいいかなと思って」


 倉庫兼部室に入ると先ず、書道道具や備品が保管されている部屋がある。

 さらに部室の奥には隣の部室に通ずる扉があり、その扉を開けた奥の部室こそ佐藤さんが言った秘密基地となる。

 滅多に人が来ないうえに、誰か来たとしても外からは見えない造りが秘密基地らしさを演出している。

 秘密基地を見渡すと、テーブルと3人掛けのソファが2台置いてあるのが目につく。

 他にもテレビや冷蔵庫、小さいけど流し台があり、食器類にポットや電子レンジまであって至れり尽くせりで、お昼を食べる場所としては最高の場所かもしれない。


 食器棚を覗くと、ティーポットやカップまであるじゃないか。

 今度、茶葉を買って持ってこようかな。

 ああ、でもその前に古町先生から許可を貰った方がいいな。

 問題なく許可が貰えたなら、尚の事、最高の秘密基地かもしれない。


 美海は鍵を預かる代わり定期的に掃除しているらしい。そのためテーブルやソファも綺麗で、すぐにでも昼食を取ることが出来そうだ――。


「美海ちゃん、一緒に座ろっ!!」


「うんっ! こう君とはたくんも座ってね」


 部室を見て回っていた僕と幸介も、勧められるままソファに着座する。

 そして、それぞれ持ってきた弁当をテーブルの上に広げる。


 今日はのりを敷いたご飯の上にコロッケとちくわの磯辺焼き。つまりのり弁だ。

 全体的に茶色いため、気持ちとしてパセリとミニトマトを入れて彩りにした。

 幸介が食べるだろうと用意した玉子焼きは、別の小さなタッパーにつめてある。

 まるでフルーツのような扱いだ。


「あれ、幸介? 今日はコンビニなんだ? 珍しいね」


 普段は妹お手製の弁当を持参する幸介。

 それが今日は、コンビニのおにぎりと惣菜パンを取り出したのだ。


「昨日から体調崩して休んでんだよ」


「また……そっちの方が珍しいんじゃない? まあ、でも。早く良くなるといいね」


「郡が心配してたぞって言っておく」


 それは止めた方がいいんじゃない? と、言いたかったが、佐藤さんから質問が飛んで来たため断念する。


「幸介くん妹いるんだ? 何歳くらいなの?」


「年子だから1コ下。のぞみんは兄妹とかいるの?」


「へぇ~、でも1つ下だとケンカとか多そうだね? 私は一人っ子だから兄妹とかにちょっと憧れあるかも」


 と、さらに続いて行く会話に聞き耳を立てながら、女子2人の弁当を見ようと考えたが、まじまじと見るのは失礼と思い改める。

 僕が弁当を盗み見ないと決めると、幸介と佐藤さんも一旦会話を止め、さらに空気を読んだ美海が4人を代表して『それじゃあ』と声を掛けて――。


「「「「いただきます」」」」


 想像も出来ない、けして交わる事がなかった4人の組み合わせ。

 その4人で取るお昼休みが今日から始まった――。


 とは言っても、今のところ4人でする会話は起きない。

 幸介と佐藤さんも兄弟の話を再開させず、今は男女それぞれのペアに別れて会話を挟みつつ弁当を食べ進めている。


こうり物を――」


「どうぞお納めください」


「ふっふっふ、お主も悪よのぉ」


 大袈裟に言えば金色に輝く玉子焼き。それを幸介が取りやすい位置にタッパーごと差し出す。

 玉子焼きをひょいと指で掴み、そのまま口まで運び入れた。

 まったく、行儀が悪いと思いつつお手拭きを用意する。


「結構な点前たてまえで。今日も最高に美味かったぜ! ご馳走様」


「それは茶道で言う言葉じゃない? まあ、でも、美味しかったならよかったよ。あと、ほら。手拭くのに使って」


「いいお嫁さんになるな、郡は」


「はいはい」


 僕と幸介のやり取りが可笑しかったのか、クスクスと笑ってくれる美海と佐藤さん。


「お代官様。私も――」


「ん? はい、美海もどうぞ。今日は甘い味付けだけど、よかったら食べて」


「えっ、あ、はい。食べたいです……って、最後まで言わせてほしかったっ!」


 今度は幸介と佐藤さんが可笑しそうに笑い声をあげる。

 和やかな雰囲気のおかげか、いつもよりお弁当が美味しく感じるな。

 そう考えながら美海の方にタッパーを差し出すが、一向に取る気配がない。

 いらなかったかな? と、美海を見ると目が合った。

 すると美海は、玉子焼きと僕が持つ箸を交互に見始めた――。


「……駄目だよ、美海」


「……分かってるもん」


 そう返事してから、玉子焼きを綺麗な箸使いで食べ始めた。


「なになに~、美海ちゃん? 今のって2人だけにしか分からない会話とかなの?」


 即答することなく、玉子焼きを飲みこんでから美海は返答した。


「こう君、ご馳走様でした。こう君が作る玉子焼きは甘い味付けでも美味しいね」


「褒めてくれてありがとう、美海。玉子焼きは毎日のように作っているからね」


「で、で? 美海ちゃん?」


「ふふっ、今度ね――望ちゃん。今は幡くんもいて少し恥ずかしいから」


「幸介くん!! 今すぐシュワシュワ炭酸ジュース買ってきてっ!!」


「いや、それは酷くないかのぞみん!?」


「私は大真面目!!」


 そう力説した佐藤さんを美海がなだめてからも楽しい昼食が進んで行き、話題は僕の1人暮らしについて変わった。


八千代やちよくんも自分でお弁当作っているの?」


「はい、猫と一緒に1人で暮らしていますので。『も』ってことは佐藤さんも自分で作っているのですか?」


「猫ちゃぁん!! 私の家にも猫ちゃんいるんだよ! え、つまり!? 私と八千代くんと猫友ってことになるね? でもそっか……だからかな? 八千代くんが他の男子より大人っぽく感じるの。その八千代くんの前で言うのは恥ずかしいけど、私はお弁当を親に作って貰っているよ。『も』って言ったのは、美海ちゃんも自分で作っているからで、つい、ね?」


 佐藤さんの家にいるニャンコはどんな子だろうか。

 写真を見せてって言ったら見せてくれるかな……うん、自慢したいなら間違いなく見せてくれるだろう――。


「僕はまだまだ子供ですよ。あと美海は料理上手ですから……同じ弁当でもプロと素人くらいの差はあるかと」


「んー……確かにね。美海ちゃんのご飯はいつも美味しいよ? でも、八千代くんが自分でお弁当を作る事は立派だし、それはプロだとか素人だとか関係ないと思うよ? それに、料理なんて全くしない私から見ても、八千代くんが作った玉子焼きは色も形もとっても綺麗で美味しそうだと思った。美海ちゃんも幸介くんだって美味しいって言っているし、そんなに下に言うことないんじゃないかな。あ、偉そうにごめん! こんなこと言ったあとでとっても言いにくいんだけど……私もお代官様って言ったら食べさせてもらえたりするかな??」


「佐藤さんの言う通りですね。僕の間違いを正してくれてありがとうございます。お礼……ではないですが、よければどうぞ」


 話してみて感じていたが――。

 今の言葉で美海と佐藤さんが友達になれた理由が分かったような気がする。

 ひと言で片づけるのはよくないが、『良い人』なのだ。佐藤さんは。

 これからどのような関係になるかは分からないが、知り合えたことに感謝しよう。

 お礼として最後の1つとなった玉子焼きをタッパーごと差し出す。


「え、でも、八千代くん食べてないよね?」


「僕はいつでも食べられますから。でも、そうですね――」


「ですねですね??」


「玉子焼きのお礼じゃないですが、写真があれば佐藤さん家のニャンコの写真を見せてほしいです」


「あ、それ言っちゃう? もう止まらないよ~? 私の猫ちゃん自慢。でも今は、玉子焼きを頂きます!!」


 佐藤さんが最後の1つを食べたことで空になったタッパーを片付ける。

 そしてやはり、こと猫に関しては考えていた通り佐藤さんは同類だった――。


「「どう? 美味しいだろ(よね)?」」


「幸介も美海もあまり見ていたら、佐藤さんも食べにくいし答えにくいでしょ」


「……本当だよ、もう――。でも、八千代くんご馳走様でした。私、甘い玉子焼きって初めてだったけど、凄く美味しかった」


 ――口に合ったようで良かったです。


 と、返事しようとしたが、それよりも前に感想を待っていた2人が一斉に佐藤さんへ話し掛ける。

 自分の話題で盛り上がる3人。

 そのことで背中がむず痒くなるも、照れていると気付かれたくないため、おくびにも出さず残りの弁当を食べ進めるが、まあ、悪い気分ではないよな――。


 それから全員が弁当を食べ終わったことを確認した美海は、最初と同じように合図して。


「「「「ごちそうさまでした」」」」


 第一回、楽しい昼食会が終了した。

 お昼休みが終わるまでは残り20分といったところだ。

 僕と幸介、美海と佐藤さん、時差を組み別々に戻った方がいいだろうと考え、先に教室に戻ろうかどうか悩んでいると美海が幸介に質問する。


「幡くんにちょっと教えてほしいことがあるんだけど、いいかな?」


「ん? 俺? 答えられることなら、何でも答えるけど」


「ありがとう。昔のこう君ってどんな子だったの?」


 ん? 別に美海に知られて困ることはないけど……。

 にやついている幸介を見ると、何か変な事を言い出しそうで不安だ。


「郡は優しいからな……昔から女子に好かれることは多かったな。まあ、それが分かる人にってだけど。あとはそうだな……郡に意地の悪い事を言われた俺は泣かされたな」


 それはもう分かりやすいくらいに『バッ!!』と、女子2人がこちらを向いてきた。

 今も昔も女子に好かれた記憶なんて皆無だ。捏造ねつぞうもいい所である。

 それと――。

 これは否定出来ないが、幸介を泣かせたことは事実一度だけある。

 だけどさ、言い方が狡い。悪意を感じる伝え方だ。


「幸介、あまり適当言わないで。美海も佐藤さんも真に受けなくていいからね」


「俺が泣かされたのは本当のことだろ?」


「……そうだね。それは認める。今でもあれが間違いでなかったと思っているよ。だけど伝え方が狡いんじゃない?」


「……だな。変な言い方だけど、俺は郡に泣かされたおかげで人間になれた。まあ、俺が言いたかったことは、郡は昔からいいやつだってことかな」


 幼い僕が与えたきっかけで、幸介は綺麗に笑えるようになったのだ。

 僕の行いが正解かどうかは分からないけど、間違いじゃなかったはず。

 それよりも幸介の言葉を肯定したため、佐藤さんがギョッとした表情で驚いている。

 美海は……何やら思案顔だな――。


「幡くん、教えてくれてありがとう。今はあまり時間もないし今度またいろいろと教えてね」


「えっ……私、幸介くんが八千代くんに泣かされた話、すんっっっごい気になるんだけど?」


「美海? 知りたいことがあれば僕に直接聞いていいからね。佐藤さんは……僕のいないところでしたら、幸介から直接聞いてもらって構わないですよ。ですから今は勘弁してください」


 幸介が落とした爆弾のせいで、和やかな雰囲気が一転してしまった。

 笑顔を浮かべる3人を見るに、そう感じているのは僕だけかもしれないが。

 まあ、兎に角。収拾がつきそうな流れにひと安心すると、ポケットから着信音が聞こえてきた。

 みんなにひと言断ってから携帯を確認すると、この時間帯では珍しい人物からの電話だった。


「ごめん、急用かもしれないから電話に出させてもらう。そのまま教室に戻るから、最後戸締りとかお願いします。今日は3人と過ごせて楽しかったよ、ありがとう。じゃ、あとよろしくね」


「こっちは気にせず任せてもらって大丈夫。いってらっしゃい、こう君。私も楽しかったよ! また後でね」


 小さく手を振る美海、元気よく片手を上げる幸介と佐藤さんに見送られ、急ぎ退出する。

 裏階段まで移動したところで、途切れず鳴り響き続けていた電話に出る。


ひかりさん、すみません。遅くなりました。何か急用ですか?』


『郡君、昼休み中にごめんなさいね。頼み事があるのだけれど、いいかしら?』


 頼み事と言ってはいるが、光さんのこの言い方は断ることの出来ない確定事項だ。


『はい、なんでしょうか?』


『明日の早朝から月曜まで急な出張が入ってしまったの。同期間、美波を預かってもらえると助かるわ。郡君なら間違いないでしょ?』


 土日はバイトがあるし日曜の午前は幸介と約束があるけど……何とかなるかな。


『はい、大丈夫です。明日の何時ころ迎えに行けばよろしいですか?』


『そうね、美波の朝食もお願いしたいから、出来れば8時ころ来てもらえない?』


『分かりました。光さんも道中お気を付け下さい』


『ええ、言われなくても分かっているわ。頼んだわよ』


『はい』


 光さんは最後に『仕事に戻るわ』と言って通話を切った。

 急に出張が決まるくらいだし、相変わらず忙しく働いているみたいだ。

 学校にいる時間帯、光さんから着信があったのは初めてだったため何を言われてもいいように構えてはいたが、大した要件でなくてホッとした。

 長引くなることなく、すんなり通話も終わったため書道部室に戻ってもいいが……すでに7階に上がって来てしまった。

 手洗いも行きたいし、その後に教室へ戻ろう――。


 用を足し、教室に戻り着席するとメールが一通届いた。


『楽しみ』


『僕も楽しみ。朝迎えに行くから1人で起きているんだよ、美波』


『起こして』


 僕が1人暮らしを始めたため、美波と過ごす時間は久しぶりとなる。

 何度か泊まりたいと希望されたことはあったが、拒絶されるのを怖がっていた僕は、何かしら理由を付けて断っていた。

 それなのに今では、本当に自己中心的に思うが――。

 美波と過ごせる時間が楽しみでもある。

 だから、これくらいの我儘なら可愛いものだと感じてしまっている。


『仕方ないなあ。とりあえず明日からよろしくね』


 返事が戻って来ることはなかったが、メールを苦手とする美波からしたら頑張った方だろう。

 顔を上げ教室の中を見渡すと――。美海は戻って来ていて、今は関くんやクラスメイトに囲まれているようだ。

 会話の中身は聞こえてこないが、笑顔絶やさず会話しているように見える。

 人気者は大変だな――。


 幸介と佐藤さんは……と思ったが、いい笑顔してシュワシュワ炭酸ジュースを片手に持ち、教室に入って来た。

 冗談でなく本当にご馳走したのか。あ、佐藤さんが囲まれている美海を助けに割り込んで行った。まるで騎士みたいだな。

 少し憧れてしまうが、縁のない世界だと余計な考えを振り払い、次の授業で使用する教科書を取り出し準備が済んだ後は、美波の朝食に何を作ろうかと考え、残り時間を過ごしたのだ――。

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