第37話 危うく遅刻するところでした
見学を勧める先生に平気だと言って体育の授業を終えた後、更衣室で着替えを済ませ、携帯を見るとタイミングよく
『こう君、平気? ケガとかしてない?』
見られていたことは恥ずかしいが、心配してくれることは嬉しいからすぐにお礼のメールを返す。
『特にケガもないし大丈夫だよ。心配ありがとね美海』
『それなら良かった。心配だったから、私も一緒に保健室に付き添えたらよかったんだけど……』
『その気持ちだけで嬉しいよ、ありがとう』
ショートメールを打つ時に見られるグルグルがないと言うことは、返信はないかな。
そう考え、ずれ落ちてくる眼鏡を適切な位置に掛け直す。
が、やはりすぐにずれ落ちてくる。
転んだ時に壊れてしまったようだ。
度の無い
まあ、今は悩んでもどうしようもないか。
気持ちを切り替え携帯をポケットに入れ周りを見ると、更衣室に残る人は僕と
「メガネ、完全に逝ってんな。メールは
「家に予備があるけど今日は諦めないとかな。メールは上近江さんだよ。心配してメールくれたみたい」
「よかったな。つか、もうこれを機にメガネ外したら?」
「眼鏡は……幸介なら分かるでしょ?」
こう言えば幸介が何も言い返さないと分かっている。狡い言い方だ。
「そっか……俺じゃ説得出来ないことは分かっていたけどさ」
ただでさえ無表情で悪い印象を与えやすい。
それに、つり目が、よりきつい印象を与えてしまう。
少しでもその印象を柔らかくしたいから、出来る限り眼鏡は外したくない。
「とりあえず戻ろうか。待っていてくれてありがと、幸介」
「お礼なら玉子焼き1つな」
今日も幸介のために甘い玉子焼きを用意してあるから問題ない。
それから更衣室を出て、早歩きでエレベーターに移動すると運良く上行きのエレベーターが開いていた。
――乗ります!!
と、叫ぶ幸介に続いて、エレベーターに乗り込む。
「おっ、のぞみんじゃん! ボタン、サンキュッ!!」
「いえいえ! お安い御用ですよ幸介くん。お礼はそうだなぁ……シュワシュワ炭酸ジュースでいいよっ」
「かぁー……高くついたけど、ま、いっか――」
「うんうん、楽しみだなぁ――」
幸介がお礼を伝え、冗談を言い合っている相手は佐藤さん。
目を合わせた2人は、まるで以心伝心したかのように頷き合った。
そして幸介は、広いスペースがあるにも関わらず佐藤さんの横に立つ。
「……佐藤さん、ボタンありがとうございます」
「どういたしまして。八千代くんなら……八千代くん?」
僕もジュースを覚悟して礼を伝えたが、何やら疑問の表情を浮かべ固まってしまった。
眼鏡を外しているから判断に迷ったのかもしれない。
「こう君、どうして離れた所に立っちゃうの?」
僕は、入口から見て右奥にいる美海と、反対側の左奥に乗り込んでいた。
そして美海は不満な表情を浮かべながら、僕が返事する間もなくすぐ左隣に寄って来た。
美海から声など出ていないが、『ジィー』と言われていると錯覚するほど、僕の顔をジッと見ている様子が横目ながらも分かる。
ついでに言えば、幸介と佐藤さんからの視線も感じている。
「こう君がメガネを外したお顔、初めて見た」
チラッと美海を見たら、ほんのりと耳を染めていた。
運動して体温が上がっているのかもしれない。
「あまり見てほしくないかも」
そう返事をしてから、美海から少し距離を置く……と思うも、すでに角にいるため逃げることが出来ない。
「どうして? 可愛いよ? あと、今日は何で目合わせてくれないの?」
「……恥ずかしいからかな」
僕のつり目が可愛いと言う美海の感性に疑問を感じる。
「ふ~ん? あと、どうして私から逃げようと体を反らしているの?」
まるでイタズラを楽しむ子供のような雰囲気が美海から伝わってくる。
「ちょっと距離近いかなと思って。僕、汗臭いかもしれないし」
汗の臭いなど気にしていなかったが、誤魔化す理由として返事する。
大した効果は表れないと思ったが、美海は黙り距離を置いてくれた。
本当に臭かったのかな? と、精神的ダメージを若干負いながら美海を見る。
何やら自分の匂いを嗅ぎ始めている。
つまり、美海は自分の匂いが気になり、離れてくれたということか。
「えっ? こう君、私臭うかな?」
「いや全く。むしろ逆だよ美海」
直接『美海はいい匂いだよ』など言えないため、少しぼかして伝える。
すると――。
「話は聞いたけどさ~? 美海ちゃんと
「ほんとそれな、のぞみん! つか
一生懸命佐藤さんに反論する美海。
都合が悪くなると黙る僕を分かってか、いやらしい表情で見てくる幸介。
何とも居た堪れないエレベーター空間であるが、ここで僕は大事なことに気付いた。
「佐藤さん、ごめんなさい。7階のボタンを押してもらってもいいですか?」
「えっ、うそっ!? 私ボタン押してなかった!?」
エレベーターが動いていないことを誰1人と気付いていなかったのだ。
7階に到着後、廊下は走らず。でも気持ちは駆け足で、教室へ急行する。
僕は後ろから、3人は前から教室に入ると、すでに先生が教壇に立っている。
「ほら、急げー」
と、揶揄い気味に笑う先生に煽られながらも。
着座すると同時に、チャイムが鳴り、何とかギリギリ遅刻せずに済んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます