第二章 「おかえり」
第35話 名花高校に伝わる四姫花ってなに?
今の段階では幸か不幸か分からない。だが――。
人生最大の分岐点は土曜日だったことを確信している。
僕の人生を1つの物語とするならば。
今までの生活はプロローグであって、アルバイトを辞めたことでようやく。
物語が始まったのかもしれない。
副店長にノートを預け、捨てられ、学生証を拾われたことで繋がった縁。
有りうべからざる未来を考えてみると――。
副店長がノートを持ち帰っていたら。
どれか1つでも違っていたら、副店長に退職を勧告されることもなく、今でも変わらず過ごしていた可能性もある。
そう考えると――。
なんて――考え過ぎかもしれない。
そんなことを人に話せば『思春期かよ』『大袈裟だ』と笑われるだろう。あるいは、『ドラマや漫画の見過ぎだ』と言われる可能性だってある。
当事者である僕が運命だと思い込んでいるだけで、客観的に物事を見る第三者の言う事の方が正しいかもしれない。
それでも――。
たとえ僕の勘違いだとしても救われたことは事実。
今後の僕の人生、未来が、水曜日の夜に変わった。
そう確信している――――――。
美海と約束した通り、木曜の朝は図書室に行かなかった。
僕は
僕ら2人の関係……といっても、月曜日から話すようになって、水曜日に友達になったことを伝えた。
僕の話を聞いた幸介は、馬鹿にすることなく自分のことのように喜んでくれた。
「よかったな
それはもう、白くて綺麗な歯がこれでもかって見えるほど満開の笑顔だった。
喜んでくれた人は幸介だけでなく、佐藤さんも同じくらい喜び、祝ってくれたそうだ。
ただ、佐藤さんの場合……何というか、僕と美海が連絡を取り合う仲だと勘付いていたそうだ。
この短い期間で勘付いた佐藤さんに対して
佐藤さん以外の人にも気付かれている可能性に対してだ。
美海は同じ疑問を佐藤さんにぶつけたが、『それはない』と断言したらしい。
断言出来る理由については、佐藤さん自身も僕らの関係に疑念を抱いていたけど、美海から話を聞くその時まで確信出来ていなかったと。
それくらい僕と美海の2人が結びつかなかったと言い切ったようだ。
まあ、『確かに』と内心納得したが、美海の表情は不満そのものだったため、感想は何も述べなかった――。
お昼休みを書道室で過ごすという計画だが、幸介に用事があり、残念ながら木曜日に達成することは叶わなかったものの、翌日の金曜日は集まれるため、僕も美海も不満はない。
ちなみに僕は、二日酔い気味の古町先生に入部届を提出した。
そして今週最後の登校日となる金曜日。
図書室で美海と会話を楽しんでいる時にふと思った。
朝は図書室、昼は部室、放課後はアルバイト……ほとんど同じ時間を美海と過ごすのでは? と。さらに言えば土日の出勤も丸被りだ。
少し都合が良すぎないかな。それに、当たり前のように明日が楽しみだと思えるようにもなっているしな……何か悪いことが起きそうで不安だ――。
美海より先に教室へ戻ったあと、自席で肩や首を揉みほぐしていると。
「よっ、郡! なんだ肩こりか?」
「おはよう幸介。今日の朝もクロコがね」
「ははは、まだクロコはヤキモチ妬いてんのか」
やきもちかどうかは分からないが、水曜日の夜のことだ。
帰宅してからというもの、僕がソファに座れば膝の上に乗り、立ち上がれば肩に飛び乗り、ベッドに入れば胸の上に乗り……と、何するにしてもベッタリなのだ。
エアコンが稼働しているとは言え、通常夏の期間はあまり寄ってきたりしない。
ベッドで横になっても、足元もしくはクロコ用のハンモックで寝ていることがほとんどだ。甘えん坊気分で僕のお腹に乗ったとしても、お尻を向けるのが当たり前。
それなのに二夜連続、僕の胸の上で顔を向けて寝ていたのだ。
最初は、滅多にないクロコの甘えん坊具合が可愛いと思ったが、加減は必要。
一晩中身動き取れず、おかげで寝違えて首や肩を痛めてしまった。
一体、クロコはどうしたのかと疑問に思ったが――。
ふと、気付いた。
クロコが乗っていたのは、美海が耳を当てていた心臓の辺り。
え、もしかしてやきもち? と、思ったが、『まさかな』とすぐに否定した。
だが否定してすぐ、まるで匂いの上書きでもしているかのように、心臓の辺りに頭をスリスリとしてきたのだ。
僕は何となく、試しに質問してみた。
「クロコ? 今度さ、紹介したい人がいるんだ。いいかな?」
すると尻尾をぶんぶんさせてから、短く返事が戻って来た。
「――ウナァ」
分かったわ。と言ったように聞こえた。
人嫌いのクロコから承諾を貰えたが、女子を自宅に招くなど難関もいいところだ。
美海と美空さん、2人に相談したいが何て言って切り出そうか。
僕にはハードルが高過ぎるな。
そんなことを考えていると、真剣な表情した幸介が話題を変えてくる。
「郡にさ、聞きたいことと……ちと頼み? もあるんだが、いいか?」
「もちろん。僕に出来ることなら何でも言って。幸介のあとでいいんでけど、僕も聞きたいことがあったんだよね」
「わりぃな。郡の話もちゃんと聞くから……先に、頼みから言わせてもらうと――」
悩ましい表情を浮かべ言い淀んでいるけど、そのまま返事を待つ。
「彼女……を紹介したいから、土日どこかで時間もらえないか?」
「午後はバイトがあるから、午前中でよければ土日のどっちでも大丈夫だよ」
幸介からの頼み事は珍しいため、構えてしまったけど全然問題ない。
むしろ僕も知りたかったことだから大歓迎だ。
「サンキュッ。多分、日曜でお願いするけど確認してからまた言うな。んで、郡が聞きたいことって? 俺の頼みから聞いてもらったから、次は郡の番だ」
「了解。それと順番を譲ってくれてありがとう。大したことじゃないかもしれないけどさ、幸介は『しきか』って知ってる?」
「なるほど、な…………郡の口から出ると思わなくて驚いたな。ちなみにだが、郡はどれくらい『
「いや全く。言葉のニュアンスから予想すると四季の花くらいしか思い浮かばないけど、昨日3年生の先輩が言っていたから少し気になって」
「そうだな……俺が聞きたい話にも関係があるから、簡単に説明すっとだな――」
そう言ってから幸介は説明を始めてくれた。
なんでも”四姫花”とは、お姫様のように見目麗しい女子を表す言葉で、四季の花と4人の姫を掛け合わせて”四姫花”と呼ばれているらしい。
事の発端は
開校2年目の当時、芸能人にも負けない見目麗しい女子が2年生と1年生の各学年に1人在校していたと。
そのため、翌年入学してくる1年生にも期待が寄せられていたらしい。
そして開校3年目。良い意味で期待を裏切る結果となった。
1人どころか2人、お姫様と呼ばれてもおかしくない女子が入学してきたのだ。
失礼な話、容姿は先輩2人よりも華があり所作も優れていたと。
このことで、主に男子が大いに盛り上がり、さらには当時の生徒会長がお祭り大好きな人だった影響もあり、11月に開かれた文化祭で、その4人のお姫様に”四姫花”の称号を贈ったそうだ。
春の花姫【
夏の花姫【
秋の花姫【
冬の花姫【フリージア】。
さらには、それぞれに見合った四季の花をモチーフに、特別に
それぞれに見合ったというのは、四姫花に選ばれる人により花の種類が変わるそうだ。
そしてその後2年間、三代目四姫花までは選ばれていたが――。
本当に失礼な話で、それ以後は四姫花足りうる生徒が入学せず四代目四姫花は空白のままだそうだ。
ちなみに初代【牡丹】を贈られた1年生の女子が、事前の確認や承諾もなく見せ物にされたことに不満を抱き、その場で生徒会長に下剋上して、1年生ながら生徒会長に成り代わった伝説まである――。
話を聞いている分には面白い話でもあるが、まあ、選ばれた4人からしたら迷惑極まりないだろうな。
でも、僕には縁がないことに思うが、幸介は何を聞きたいのだろうか。
「なるほどね。名花高校って名前だけあるかもしれない。でもさ、幸介。僕に何が聞きたいの?」
「初代と同じように……今年は4人揃ったと先輩たちが噂してんだよ」
「……それで?」
何となく1年生に心当たりはある。もう少し言うと3年生にも。
「郡、お前……昨日の朝、俺と別れた後に3年の先輩を呼び出しに行ったんだって?」
「呼び出しとは違うけど、前のバイト先でお世話になった先輩にお礼を言いたくて会いに行っただけだよ。まだ登校してなくて会えなかったけど」
「なるほどなぁ……」
昨日、僕と美海の話を幸介に説明したあと。
話に一段落したタイミングで彼女に呼ばれた幸介と一旦解散したのだ。
何をしようかと悩んだが、僕は意を決し、
そして別れ際に、その親切な先輩からこう言われた――。
――まぁ、相手は四姫花候補だから。結果は気にすんなよ。
と、何故か慰めるように肩を叩かれたのだ。
何か誤解されていることに気付いたが、四姫花の存在も分からなかったし、もう関わらないだろうと考えてその場を後にした。
正直言えば訂正するのが面倒だったし、一刻も早く3年生の教室から抜け出したかった思いの方が強かったかもしれない。
面倒を避けたせいで、より面倒になったかもしれない
3年生の教室に行くなど普段の行動と違うことはするもんじゃないな……。
ただな、月曜に辞めてからすでに金曜だ。これ以上時間を空けられないと思ったのだ。
まあ、うん。決めつけはまだ早いか。
大槻先輩が四姫花候補と決まった訳じゃない、はずだしな――。
「幸介あのさ、ちなみに今年の四姫花候補って――」
――ガラガラガラッ。
誰? と質問をぶつけようとしたが、タイミング悪く
「皆さん、おはようございます。すぐに席に着いて下さい。6月最後のホームルームを始めます。バス旅行について説明いたします――」
苦笑いを浮かべる幸介が席に戻って行く姿を見送り、朝のホームルームを迎えることになった――。
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