第33話 佐藤望
小学生の頃は楽しかった。
よく男子に混じってカードゲームやサッカー、野球、ドッジボール、鬼ごっこにザリガニ釣りなどで遊んだりして――。
髪も短かったし日にも焼けていたから、男の子と間違われても不思議じゃない見た目をしていた。
でも……中学校に上がると、それも変わってしまった。
先ず表れた変化は、今まで仲良くしていた男友達が急によそよそしくなったこと。
私を嫌いになったとかじゃなくて、もっと単純な理由。
私の成長期が始まり、身体付きが女性らしく成長したため。
お母さんに言われて髪を伸ばしたことも原因かもしれない。
ずっと周りから男扱いされてきたから、ちょっぴり嬉しくもあった。
でも……それは最初だけ。
仲良かった男子のほとんどから告白をされた。
私は恋なんて知らなかったし、友達……ううん、一緒に居すぎて姉弟くらしにしか思えなかった。だから断った。友達でいようって――。
人生にはモテ期が3回あるって聞くけど、その最初の1回が中学生の時だったのかもしれない。
私に告白してくれた人は、幼馴染でとどまらず……同級生や先輩からも告白される日々が続いた。
当時の私には、まだ恋だの愛だのなんて分からなかった。
友情を
中学3年まではその繰り返し。
仲良くしていた女友達もいたけど、ほとんどの女子からは疎ましく思われていた。
しまいには女友達が好いていた男子から告白されてしまい、嫉妬にかられた女友達からは絶縁されてしまった。
私はその男子と告白されるその時まで話したことすらなかったのにだ。
やっぱり恋なんて嫌い。
積み上げた友情が一瞬にしてなくなってしまうから――。
だけど、唯一。
小学校から遊んでいた男友達の1人とは、昔と変わらずバカみたいに遊ぶことが出来ていた。
その幼馴染が居たから、中学校で堕ちることなく過ごせていたのだと思う。
変わらず遊べることが嬉しくて、楽しくて――。
私はある日、気付いてしまった。
これが『恋』ってことに。
その後は早かった。
あれだけ内心で馬鹿にしていた恋にどっぷり嵌まり込んでしまった。
気持ちを伝えることは怖い。
でもそれ以上に、一刻も早く、この気持ちを伝えたい。そう考えてしまった。
もう、頭の中お花畑。
絶対に両想いだって信じ込んでいたから――。
気持ちが抑えきれなくなった夏。
私はとうとう告白してしまった。
私も私に告白してきた人たちと何ら変わらない。
告白したら、もう友達ではいられないことは分かっている。
だけど、気持ちが抑えられなくなってしまった。
断られたらどうしよう。
返事を待っている、たった数秒間。
今までの人生では経験した事がないくらい心臓が『ドキドキ』していた。
「俺も好きだ。付き合いたい。でも、俺らは釣り合わないよ」
飛び跳ねてしまいそうなくらい嬉しかったのは一瞬。
「なんで!? 釣り合う釣り合わないとか分かんないよっ!! 私は付き合いたい!! それじゃダメなの!?」
彼は一向に、首を縦には振ってくれなかった。
自分の容姿に自信がなくて『俺じゃ
そんな理由じゃ諦めきれない。
両想いなら付き合いたいと全力でお願いした。最早、懇願と言ってもいいくらいに。
すると――。
「絶対にバレない自信があるなら付き合おう」
やっと、首を縦に頷いてくれた。
気持ちが通じた事が嬉しくて、元気よく『うん!!』と言って交際がスタートした。
でも――。
付き合って初めてのデートの時、クラスメイトに見られてしまった。
その結果、敢え無く別れる事になってしまった。
別れたくないと反対した。でも許して貰えなかった。
私は悲しかったし悔しかった。風潮したクラスメイトを恨みもした。
でも一番むかついた事は自分に対してだ――。
どうしてあの時、彼が、頑なに私の告白を断っていたのか、もっと良く考えるべきだった。
でも、あの時はそんな余裕などなかった。
私は恋に狂っていたのかもしれない。
デートを目撃された後の生活は悲惨だ。
私が責められることはなかった。
逆に、今まで私を邪険にしていた女子たちが
佐藤さんは面食いとかじゃないんだって言って。
はっきり言って気持ちが悪い。
いや、はっきり言わなくても気持ちが悪い。
平然とそんな言葉を吐き出す周囲の人が人間じゃないものに見えた。
女子は醜悪。そして男子も醜悪。
――ぶさいくの癖に調子のるな。
――チビで頭も悪いくせに。
――気持ち悪いんだよ、ストーカーが。
などと、彼に対しての『いじめ』が始まったのだ。
もちろん私は、彼のことを庇おうとした。
でも……彼はそれを許してくれなかった。
「望は……佐藤さんは、二度と僕に関わらないで」
拒絶されたのだ。今でも考えると胸が痛い。
熱い何かが頬を流れ落ち、その何かが過ぎ去った個所が今度は冷たくなる。
涙がこぼれ落ちてきたのだろう。そして――。
――あぁ、これは夢だ。
夢だと気付くと一気に現実へと覚醒する。
起き上がり洗面台で顔を洗い、顔を見るがひどい顔だ。
高校生になり、中学の頃とは比べる事の出来ないくらい毎日が楽しかった。
減りはしたが、今も告白はされる。
でも、この学校には私以上に可愛い同級生や先輩がたくさんいる。
私の友達なんて天使みたいに可愛い。
笑った顔を見ると守ってあげたくなってしまう。
前と後ろで縦に席が並んでいたおかげで、仲良くなることが出来た。
本当に運がよかった。
天使みたいな美海ちゃんが、怒った姿は見たことなんてない。
怒る姿なんて考える事すら出来なかったのに――。
私が帰宅後、寝てしまう前のことだ。
学校から帰宅して漫画本を読み寛いでいると、美海ちゃんが『パッ』としない男と歩いていたと噂が流れてきた。
美海ちゃんと一番仲のいい私に、確認する為たくさんの人からメッセージや電話がきていたのだ。
私は美海ちゃんからそんな話を聞いたことがないから、前に聞いていた後を付けられた話を思い出して心配になった。
慌てて電話を掛けるが出なくて、増々不安になってしまう。
迷惑かもしれないと考えたけど、何度も電話してしまった。
探すあて何かないけど、居ても立っても居られなくて外出の準備をしていると、美海ちゃんから折り返しの連絡があって無事の確認が出来た。
『心配してくれてありがとう、望ちゃん。嬉しかったよ!!』
なんて良い子。本当に天使みたいな友達だ。
でも、ほっとしたことがいけなかった。
一緒にいた人のことについて確認してみると、何だか煮え切らない。
だから余計に、しつこく『パッとしない男』『迷惑な男じゃないんだよね』『え、彼氏なの?』と何度も聞いてしまった。
電話で話しているうちに、過去の自分の失敗を思い出したのかもしれない。
美海ちゃんには失敗してほしくない。
あんな悲しい思いはしてほしくない。
だから、自分の失敗を美海ちゃんに重ねて、つい『美海ちゃんにはそんなパッとしない人より、もっといい人がいると思う』と言ってしまった――。
『望ちゃん、余計なお世話だよ。私が一緒にいた人が誰なのか、よくも分からないのに勝手なことばかり言わないで。私じゃない誰かの噂ばかり信じる望ちゃんなんて知らない』
いつもの美海ちゃんより少しだけ、語気が荒かった。
そして最後に『心配の電話は嬉しかったよ。ありがとう。またね』と、最後は美海ちゃんらしくお礼を言われてから電話を切られた。
私はまた失敗してしまったことを改めて自覚する。
「はあぁぁぁぁぁぁ、過去の自分を美海ちゃんに押し付けてどうするんだよ、私」
洗面台の鏡で自分の酷い顔を見ながら、大きなため息が出てしまう。
謝らないと。
許してくれるかな。
許してくれないかもしれない。
美海ちゃんの思いを、頭から否定してしまったのだ。
ずっと気を付けていたのに。
きっと傷つけちゃったよね――。
そのまま暫らく立ちすくんでいると、部屋で携帯が鳴った音が聞こえてきた。
また噂の確認かと思ったけど、美海ちゃんからの電話かもしれないと淡く期待して部屋に戻り画面を確認する――。
『――望ちゃん、こんばんは。今お時間大丈夫?』
電話の相手は美海ちゃんだ。
美海ちゃんの為なら時間なんていくらでも大丈夫だ。
電話が掛かって来て嬉しい気持ちを抑え、さっきのことを謝ろうとしたら逆に謝罪されてしまった。
美海ちゃんが謝罪することなんて何1つないと思うのに。
言い過ぎてしまったことへの謝罪と、話を聞いてくれなかったことが悲しかったことを伝えられた。
私が一方的に悪いのに、私がうじうじ昔の夢まで見て悩んでいる間、美海ちゃんは自分を責めていたのだ。
こんなに素直で素敵な友達を悲しませた自分が情けない。
美海ちゃんは悪くないことを伝え、私も謝罪をする。
少しだけ私の過去について話して、重ねてしまったことも一緒に謝った。
『うん。うん! また明日ね、望ちゃん!! おやすみなさい』
美海ちゃんが笑って許してくれたおかげで仲直りすることが出来た。
そのことは本当に嬉しいけど、私は反省をしないといけない。
でも――。
結局美海ちゃんが一緒にいた人は誰なんだろう?
美海ちゃんからは、その人に対して信頼している様子が伝わってきたけど……。
仲直りのきっかけをくれたのも、その人だと言っていた。
本来は、私も感謝しないといけないのに少し妬いてしまう。
だめだめ。私は反省!!
次の日になると美海ちゃんの様子が少しおかしいことに気付く。
昼休み、机をくっつけるため動かしていると、こそこそ携帯をいじっている。
しかも、その後再び画面を見ると『ガタンッ』と机の下に膝をぶつけたりしている。
「ど、どうしたの!? 美海ちゃんっっ。お膝ぶったの? 大丈夫~?」
「だ、大丈夫だよ。望ちゃん。何でもないよ」
やんわり聞いてみるけど、誤魔化されてしまった。
「そう? それならいいけど。私、お手洗い行ってくるから、美海ちゃんは先にご飯食べてて!」
「望ちゃんと一緒に食べたいから、待っているよ。いってらっしゃい」
あぁ、私のことを待っていてくれる何て本当に優しい子。
でも、ごめんね。
教室を出てこっそり美海ちゃんの様子を見ようと思っただけで、嘘なの。
後方の扉から、様子を見ていると何やら携帯で誰かとやり取りを始めた。
――おっとっ。
美海ちゃんが、急に振り返り私がいる方を向いてきた。
え、ばれた?
慌てて前の出入り口に移動して、教室を覗いてみるけど、美海ちゃんはまだ後ろを見ている。私に気付いた訳じゃなさそうだ。
でも何を見ているんだろう? 美海ちゃんのあんなに真剣な表情、見たことがない。
……凛々しくて可愛いなぁ。
写真に撮りたいけど、悔しいけど撮れない。
美海ちゃんは写真が嫌いらしくて、中々一緒に撮らせてくれない。
だから、美海ちゃんの写真は1枚しかない。
すると今度は携帯を見て嬉しそうに頷いている様子が見える。
可愛いぃぃぃ~~!!!!
でも、やり取りの相手は誰!?
昨日一緒にいた人??
嫉妬でどうにかなってしまいそう。
そろそろトイレから戻らないといけない時間だ。
何食わぬ顔で教室に入り、美海ちゃんが見ていた方を見るが特別気になる人はいない。
八千代くんくらいしか……。
そこで昨日聞いた『パッとしない男』の話が頭に思い出される。
まさか、ね?
美海ちゃんと八千代くんが話をしている姿は見たことがない。
結局その日は、そのこと以外に変わった様子がなく他には何も知ることが出来なかった。
でも次の日の朝。
美海ちゃんが登校してくる前に担任の古町先生が教室へ入ってきた。
だからすかさず――。
「先生! 今日、美海ちゃんは休みですか?」
すると、先生は美海ちゃんの席を確認してから、別の方に顔を向けた。
目線の先を追うと『八千代くん』が居て、注視しないと分からないくらいの大きさで首を振っていた。
え、やっぱり八千代くんが美海ちゃんと一緒にいた人なの?
そう疑問に思っていると教室の扉が開く。
「すみません。遅くなりました。美緒さ……古町先生、おはようございます」
美海ちゃんだ。良かった。
席に座った美海ちゃんを見ていると、何やらこっそり携帯の操作を始めた。
一瞬見えた画面はメール画面。まずいよ、美海ちゃん!!
古町先生にばれたら今度は注意じゃ済まないかもしれない。
すると――。
「八千代君。昼休みに職員室にきなさい。それまで携帯は私が預かりましょう」
……確信だよ、もう。
美海ちゃんと一緒にいた人もメールの相手も八千代くんだよ。絶対。
2人ともホームルーム中に絶対に携帯とかいじったりしない真面目なタイプだもん。
それが2人同時でしょ? それに、美海ちゃん。
いつも綺麗な姿勢だけど、今はいつもより背筋が伸びているもん。
何かやましいことをしていた証拠だよ、それは。
でも――。
八千代くんかぁ。どうしても昔の私と重なってしまう。
状況が似ているのだ。
いや、私の時よりも悪い。
美海ちゃんは私以上にモテているし、八千代くんは悪い方に突出している。
普段の行いや生活態度を見ていると、彼が悪い人でないことはすぐに分かる。
むしろ、その辺の男子よりずっといい人だ。
幸介くんとは少しだけ話す仲だけど、幸介くんは好き嫌いがはっきりしている性格だ。
他の皆はそれが本当のことだと信じていないけど、その幸介くんが八千代くんを一番の友達だ、恩人だとはっきりと言い切っているのだ。
それに、平田さんも八千代くんの人の良さに気付いているかもしれない。
……美海ちゃん、私には教えてくれないのかな。
やだ、なんか悲しくなってきちゃう。
応援したいんだけどなぁ、色んな感情が邪魔してくる。
その日は少しモヤモヤした気持で帰宅した。
早く寝て、リセットしちゃおう。
そう考えベッドに入ると、美海ちゃんからメッセージが届く。
『望ちゃん、こんばんは。遅くにごめんね。明日の朝、少しだけ早く学校に来れないかな? 話したいことがあるの。今日はもう遅いし無理にとは言わないけど、望ちゃんに話せたら嬉しい。返事は明日でも大丈夫だよ。おやすみなさい』
もぉ~~~~、そんなこと言われたらいくらでも時間作るよ。
美海ちゃんのためなら、苦手な朝でも頑張って起きてみせますよ!!
とりあえず、大丈夫と返信して明日のことを考える。
八千代くんのことかな?
そうだといいな。
でも、聞きたいのに聞きたくない。
矛盾した気持を抱きながらも、どこか楽しみに思う。
「寝坊しないか不安……」
その夜は、急遽古い携帯も取り出し、
総動員で目覚ましをセットしてから眠りについた――。
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