第29話 エピローグ

「また明日ね、こう君!! お部屋の中まで送ってくれてありがとっ!!」


「僕こそ。話聞いてくれて嬉しかったよ。また明日ね、美海」


 ――おやすみなさい、こう君!


 と、言った美海に『おやすみ』と返してから後にするが、階段の曲がり角で僕の姿が見えなくなるまで、美海は手を振ってくれていた。

 過去を告白することで、本来は僕の方が晴れ晴れとした気持ちになるだろう。にもかかわらず、どうしてか美海の方が晴れ晴れとした表情をしているように感じる。


 公園で美海に僕の過去を告白した後の流れだが――。

 美海を自宅まで送り届けアパートの前に到着すると、部屋の電気がついていた。

 それならばと考えて、美空さんと古町先生に挨拶するために玄関先まで着いて行ったのだが、玄関を開けると室内には誰もいなかった。

 その様子を不審に思い、念のために僕も一緒に室内に入ることにした。

 リビングまで行くとダイニングテーブルの上に美空さんからの置手紙があり、こう書かれていた――。


『美海ちゃん、郡くんへ。郡くんのことだから、きっと美海ちゃんを送り届けてくれているから2人一緒だよね? 私は美緒ちゃんの部屋に泊まりますので2人で夜をお過ごしください。あ~あ。妬けちゃうなぁ。 2人のお姉ちゃんより』


「「…………」」


「泊まっ――」

「――らないし、すぐ帰るよ。クロコも待っているし」


 置手紙読んで2人して固まっていたけれど『閃いた!』みたいに、いたずらっ子な表情をしている美海に気が付いたから言い終わる前に断ったのだ。


 ――つまんないっ!!


 と、拗ねているけど『でも、クロコちゃんもいるもんね』と最後は納得してくれている。

 美空さんも僕の家には猫がいることを知っているはずだから、本気ではないと思う。

 でも一応、美海に断ってから携帯を取り出す。


『帰宅するから美海を1人にしないであげてください』


 と、ショートメールを送信した。

 そして美空さんから返事が届いたことを確認して、美海と別れを済ませたところである。


「あとは――」


 忘れないうちに幸介にもショートメールを送っておこう。

 明日の朝は図書室に行かない。僕と美海2人で決めた。

 理由は、僕は幸介に。美海は佐藤さんに。僕たち2人のことを伝えるため。


 今でもどこか現実でないような気がして、フワフワした気分かもしれない。

 そんなことを考えながら、帰路の途中で公園でのことを思い出す――――――。


「時間も遅いし帰ろっか、美海」


「……もう少しだけ、こう君と話したい。ダメ?」


「もう遅いし駄目だよ。家まで送るから今日はそれで我慢して」


「……わかった。でも最後にもう一度だけブランコに乗らない?」


「少しだけだよ」


「うんっ! 私ね、ブランコ好きなんだ」


 そう言いながら静かにブランコに座る美海。漕いだりせず、静かに乗るだけのようだ。

 返事を戻しながら、もう1つのブランコに座り美海へ顔を向ける。


「そうなの?」


「ハッキリと覚えていないけど、小さなころに友達とブランコで遊んだ記憶があるの」


「そっか。だからかもしれないね」


「うんっ。楽しい思い出だからだと思う。ねぇ、こう君?」


「今度はどうしたの?」


 そう訊ねた僕に返事は戻さず、美海はブランコからおりて僕の前にまで移動して来た。


「これから……いっぱい、思い出作って行こうね」


「そう……だね。美海となら作れる気がするな」


「ふふっ、今は暗くてダメだけど、写真も撮ろうね」


「それはその時の気分次第でお願いします」


 まあ、写真が苦手なことに変わりはないからな。出来るならば撮りたくない。


「もうっ! じゃあ、何かをお祝いする時くらいは撮ろうね?」


「そうだね、それくらいなら」


「約束ね?」


「分かった。約束する」


 小指を結び、小さく約束の歌を交わしてから指を切る。


「今度こそ、帰ろうか」


「うん……少しだけゆっくり歩かない?」


「少しだけだよ」


「うん! じゃあ……はい?」


 少し遠慮がちな表情をして上目遣い気味に、右手を差し出してくる。


「……今日だけだよ」


「うんっ!! えへへっ!!」


 嬉しそうに笑うと、差し出した左手をギュッと握ってくる。

 まるで付き合いたてのカップルみたいなやり取りに勘違いしそうになるが、今さきほど友達になったばかりである。


 距離感とは?

 そう疑問を投げかけたいが、嬉しそうに笑う美海を見てしまうとそんな無粋なことは言えない。

 つまり今、僕に課せられた務めは深く考えないことだ。

 あとは、そうだな……友達との会話を純粋に楽しむことにしよう。


「友達なら学校で話しても平気だよね?」


「それとこれとは話が別かな」


「ぜんっぜんっッ、別じゃないよ!! クラスで私と話すのそんなに嫌?」


 嫌じゃないし普通に話したいと思っている。

 だけど、周りがそれを許さないだろう。

 学校の人気者と学校の嫌われ者。

 男同士ならまだしも異性間となると、引き起こされる結果は深く考えずとも、火を見るよりも明らかである。

 僕だけならまだしも、美海には迷惑を掛けたくない。

 それに――。

 自惚れかもしれないが、僕が傷つくことになると、共感性の高い美海の方が傷つきそうで、そっちの方は怖い。


「嫌とかじゃないよ。まだ勇気が足りないだけ。それと――」


 僕の目を見ながら続きを待っている美海に……多少誤魔化す意図があるけど、これから言うことも本当である。


「まだもう少しだけ、2人の秘密の関係を楽しみたいなって」


「……仕方ないから、今はそれで誤魔化されてあげる。秘密の関係って、なんか大人みたいでいいし!!」


 どういう理屈かは分からないが、誤魔化したことは見抜かれていたようだ。


「大人に憧れるってことは、まだまだ子供な証拠だね」


「ふ~ん? そんな意地悪なこと言っていいんだぁ?」


 月曜日に公園へ向かう途中、赤信号で分断された横断歩道。その白線部分だけを頑張ってピョンピョンと歩いている。

 その辺も子供っぽいと思うのだが、僕に向ける挑戦的な表情は妖艶にも見えて大人にも見える。

 このギャップも美海の魅力の1つなのかもしれない。


「僕は美海とゆっくり大人になっていきたいと思っているよ」


 今の時間を楽しみたいと考えていたからか、なんだか意味深な発言になってしまった。


「こう君。それ、わざと言ってるッ――!?」


 急に振り向いたせいで、美海は足をもつれさせてしまった。

 バランスを崩し転びそうになる美海を引き寄せ、転ばないように支える。


「危ないよ、美海」


 冷静な振りしているが、脈は正直だ。

 抱き寄せる形で美海を支えているから仕方ないと思うが、聞かれていないことを祈ろう。


「……ありがとう。こう君」


 妙に居た堪れない空気を打破するため、話題を振ってみる。

 どの口が言うのだと思うが――。

 僕の我儘で大切な友達にまで隠し事や嘘をつかせるのは、あまりにも心苦しいため1つ伝えておく。


「もし、美海が言いたいなら佐藤さんには僕とのこと伝えても大丈夫だよ」


「いいの?」


「うん、だって、大切な友達なんでしょ?」


「ありがとうっっ、こう君!!」


「元は僕の我儘なんだし、美海がお礼を言うことではないと思うよ」


「私のためを思って言ってくれたことが嬉しかったの!! だから、そのお礼!!」


 嬉しそうにニコニコとしている。

 やっぱり美海は、幸せそうに笑っている顔が一番可愛いなと見ていると、ふと――。

 昔見た笑顔が思い出された。

 笑った顔に面影を感じ、さらには『こう君』と呼ぶこと。

 泣き虫……なところも似ていたりするから、もしやと考えるも年齢が違う。

 もう少々考えようとしだが、さすがにこれ以上初恋の人と重ねるのは失礼かもしれない。

 すると――。


「こう君、今別の人のこと考えているでしょう??」


「美海の笑った顔を見ていたんだよ。それと僕も幸介に伝えたくなったなって」


 美海の鋭い指摘に、嘘は言わないようにどうにか返事する。


「もうっ、恥ずかしいからあんまり見ないで。でも、こう君が幡くんに言ったら4人でお昼一緒に出来たりするかな??」


「そうだね……人が居ない場所があれば一緒に過ごせるかもしれないね。美海や幸介、佐藤さんは嫌でも注目を浴びるから難しいと思うけど」


 僕を除いた3人は見目麗しく、どこにいても視線が集まる。

 3人と違った意味では僕も有名だから、その3人に異物が混ざると変な意味で注目されるだろう。

 そう考えたから、4人で昼休みを過ごすことは難しいと遠回しに伝えたが――。


「私、とっておきの場所知ってるから大丈夫だと思うよ!!」


「……そんなにいい場所があるの?」


 美海のとっておきの場所で僕が知るのは、公園と朝の図書室だ。

 他にも、とっておきの場所があると言う美海の引き出しの多さに驚いてしまう。


「うん、書道部……愛好会の部室」


「美海、部活に入っていたんだね?」


「うんっ、部員は私1人しかいないけどね。もっと言えばバイトばっかりだから幽霊愛好会? かも? せっかくだし、こう君も入部しない?」


「僕が入部してもいいの? 美海と一緒であんまり活動できないと思うけど。ちなみに、もしかして顧問は古町先生?」


「こう君なら大歓迎だよっ!! それと、美緒さんが顧問で正解だけど……もしかして美緒さんが顧問だから入部を決めたの?」


 美海に関することは、古町先生が手を貸している。

 そう決めつけ質問してみた結果、見当違いなことを問われてしまう。

 ここで返事を間違えてしまえば、年上好きの疑いに拍車が掛かってしまうだろう。

 つまりよく考えて返事を戻す必要があるのだが、真顔に近い表情のせいか妙に迫力があるし圧を感じる。

 とりあえず、そうだな。古町先生から貰ったアドバイスを参考にさせてもらおう。


「美海がいるから入部したいんだよ」


「そっか――」


 嬉しそうな表情を見るに、どうやら正答を選べたようだ。

 困ったら正直な思いを伝える。覚えておこう。

 それにしても――。

 古町先生は、とことん美海に甘いなと思う。

 これまでの学校生活を思い返せば、普段は美海に対しても厳しい態度を維持していると考えられる。だが、見えない所で特別扱いをしている。

 教師として正しいかどうかは、僕には分からないけど……僕自身も相当に特別扱いされているため、とやかく言えない。

 まあ、厳しいだけでなく意外とユーモアもあるし、厳しいだけの先生よりは全然いいか。

 そんなことを考えていると――。


「じゃあ、決まりだね!!」


 考え事をしているうちに何かが決まった。

 思考に没頭まではしていないから、美海の言葉を聞き逃したりはしていないはず。


「私は望ちゃんに。こう君は幡くんに、2人の秘密の関係を告白して、大丈夫ならお昼に書道室でご飯一緒しようね」


 提案事項というか、確定事項をニコニコと説明してくれた。


「あ、でもね」


「うん」


「朝の図書室のことは、まだ2人だけの秘密にしてたらダメかな?」


 何だか公園で過去のことを告白してからは、どんどんと美海のペースに巻き込まれているのかもしれない。

 前以上に、仕草や表情が綺麗に見えてしまっている。

 何より、美海の願いを出来る限り叶えたい。そう思ってしまっている。

 自分でも『重症だな』と、思うけど決して悪くはないはず。


「もちろん。言ったら古町先生に怒られちゃうしね」


「そうだけど……それだけ??」


「朝の……そうだね。2人の時間を大切にしたいから、かな」


「んっ……えへへへっ!! 一緒で嬉しい!!」


 そう言って美海が僕の左腕に抱き着いたことで、手は繋いでいたけど、少しだけ開いていた距離がゼロになる。

 腕を組む行為自体、どちらかと言えば歩きにくい。

 そのため、少し前までの僕なら行動原理の理解に苦しんだかもしれない。

 だが今の僕は、多少は理解できる。

 腕を組んでいると、心が温かくなることを感じるからな。

 ただし――。

 左腕に当たる女性特有力。それに意識を持って行かれないよう集中しなければならない。

 今考えたことと正反対な事を言うが、


「ちょっとだけ離れて欲しい」


「んー……いや」


 美海は自身が、魅力溢れる女の子と言うことをもう少し理解に努めるべきだと思う。

 そう脳内でごちゃごちゃと考え、意識と闘っているが、目視できる所にアパートが見え始めた。

 あと少しなら『まぁ、いいか』と自分に言い訳してそのままにすることを決める。

 それにな――。

 隣で幸せそうに笑っている美海を見たら、残り少ない時間だけど、美海の好きにさせてあげたいと思ってしまったのだ。


「なぁに? こう君?」


 と、いつまでも見飽きない横顔を、最後に思い浮かべたところで、自宅の玄関に到着する。


「長い1日だったな」


 すでに怒っているクロコに『ただいま』と言ってから、

 寝付くまで今日のことを思い出しながら夜を過ごしたのだ――。

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