第27話 出汁巻き玉子プレイ
写真を撮り終えた僕と
次に、事務所で2種類の制服を受け取り更衣室で着替えを開始する。
制服の着用はホールとキッチンで使い分けることになる。
ホールスタイルが、上が白色の襟付きシャツに黒色のベストとネクタイ。
下が黒色のスラックスだ。
キッチンスタイルが、上がコック服に下が白色のスラックス。
それと腰かけのエプロンとなる。
靴に関しては、僕のサイズが分からなくて用意が間に合っていないようだ。
まあ、今日くらいなら学校の靴でも問題ないだろう。
アルバイト内容について、しばらくは上近江さんからにキッチン仕事を教わる。
そして行く行くはホールの仕事を美空さんから教わって、その日の状況でキッチン、ホールの担当が決まる。
それで、今日の僕の仕事は盛り付けの手伝いとなるが、着用する制服は上近江さんが着用していたコック服とは別になる。
簡単な作業なため、ホールスタイルで十分と指示を受けているからだ――。
「お待たせしました、上近江さん」
「全然だよっ! それより、
「ありがとうございます。今日からよろしくお願い致します、上近江先輩」
「こちらこそ! でも、先輩かぁ、えへへっ。何か嬉しいなぁ」
少し照れながらも満更でもない様子だ。
足取りの軽い上近江さんの後に続いて、キッチンに移動する。
古町先生は和食や魚料理を好んで食すらしい。
そのため、キッチンにはカフェと違った雰囲気の料理が準備されている。
本格的な会席料理など食べたこともないし、盛り付けなど分からないが、各料理ひと皿ずつ見本を用意してくれるので、その通りに盛り付けるだけだから難しくはないはずだ。
僕は上近江さんから受ける指示通りに、完成していく料理から盛り付けていく――。
「八千代くん、違う。丸になってるけど、私が用意した見本は三角の形になっているよね? お願いね?」
手始めに『先付け』の品から盛り付けを始め、『お凌ぎ』の盛り付けに入ろうとしたところで上近江さんから厳しいチェックが入ったのだ。
改めて、和食は三角形に小高く盛り付けると美味しそうに盛り付ける事が出来ると、アドバイスを説明してもらえた。
なるほどと思いながら上近江さんの顔を盗み見ると、今まで見たこともないほど真剣な顔をしていた。
カレーを作った時とはまるで違う、今は本物のプロの顔に見える。
気を引き締め直した方がいいかもしれない――。
それからは、気をつけながら盛り付けをしたおかげで注意されることもなく進んでいく。
盛り付けが終わった料理は美空さんが運んでくれているので、集中して作業が出来る。
どうやら配膳しながら、古町先生と一緒に食事を楽しんでいるらしい。
誕生日に1人でご馳走を食べるのも寂しいだろうし、仲のいい幼馴染もいるのだから一緒に食べたほうがいいに決まっているよな。
上近江さんは『
先付けから1つ1つ今がどんな料理なのか説明をしてくれているから、工程全てにおいて、新鮮に感じ楽しく思える。
料理の味見も、その都度させてもらったが信じられないほど、どれも美味しかった。
今、仕掛かっている焼き魚は夏が旬の
僕も好きな魚だから、見ているだけでお腹が空いてくる。
するとここで、刺身の配膳を終えた美空さんが僕に声を掛けてくる。
心なしか顔が赤くなっている。
少しだけアルコールの匂いもしたから、もしかしたら古町先生と一緒に買ってきた日本酒を飲んでいるのかもしれない。
「郡くん、美緒ちゃんからのリクエストでね、『焼き物』の次にある『
お願いされていたことなので、そのまま承る。
ただ……本当に作るのか。
上近江さんの料理と比べたら、素人感丸だしだと思うけど。
まあ、精一杯作ってみよう――。
出汁が変わるとコース料理に水を差すかもしれないよな。
それなら、上近江さんが作ったすまし汁を使わせてもらって、出汁巻き玉子にしてもいいかな。
抜群に美味しい味だから、台無しにしないよう頑張って綺麗に巻こう。
上近江さんからも許可を得たので、早速取り掛かる――。
ボウルに卵を割り入れ溶きほぐす。
僕の好みになってしまうけど、卵白をこした物よりそのままの方が、卵らしい味わいが残る気がするから今回はそのままで。
すまし汁と片栗粉は別のボウルに入れて混ぜておき、それから、ゆっくりと溶き卵に加えながら混ぜたら、後は焼くだけである。
玉子焼き機を強火で熱し、油をひき強めの中火に調節したら、卵液を最初だけ少量流し入れ細く巻いていく。
そうすると、中心がスカスカになりにくく綺麗な形で巻けるのだ。
あとはそれをベースにして、残りの卵液を繰り返し焼いていくだけである。
焼きあがった出汁巻き玉子を適当な大きさにカットして、器に盛り付けたら完成だ。
うん。材料や道具がいいからか、過去1番の出来かもしれない――。
「あ、大根おろし」
「ふふっ、一応準備しておいたよ!」
集中していて気付かなかったけど、気を利かせ用意してくれていたようだ。
「ありがとうございます。失念していました」
「凄く集中していたもんねっ。 それより、とっても美味しそう!!!! あとで私も食べたいな?」
「こんな……いえ。上近江さんにはお世話になりっぱなしですので、今できる精一杯で腕によりをかけて作らせていただきますね」
――こんな料理でよければ。
と、言いそうになったが、古町先生に車の中で『僕なんか』と言ったことで注意されたことを思い出した。
それなのにこんな料理と言ったら、楽しみに待ってくれている古町先生や褒めてくれた上近江さんに対しても失礼になってしまう。
「嬉しい!! 楽しみにしてるね!! じゃあ、美緒さんのところまで持っていこっ!! でも、その前に。八千代くん、写真撮って。さっきの写真と合わせて送ってね!」
本来、携帯は更衣室に置いておくべきだが、みんなで写真を撮るかもしれないからと言われていたため持ってきていたのだ。
そして上近江さんに言われるまま、大根おろしも乗せて今度こそ完成した出汁巻き玉子の写真を撮り、2人で古町先生の元まで持って行く――。
「お持たせしました。上近江さん特製の出汁を使って出汁巻き玉子にしてみました。改めて、古町先生誕生日おめでとうございます」
「八千代君、ありがとうございます。色も形も素晴らしい出来ですね。実食しても?」
「はい、冷めないうちにどうぞ」
冷めても美味しいと思うけど、せっかくなら温かいうちに食べてもらいたい。
「では、頂きます――」
綺麗な箸使いで出汁巻き玉子を口に運び入れ、味わうように咀嚼している。
その様子を僕だけでなく上近江さん、さらに何故か立ち上がった美空さんまでもが固唾を呑んで見守っている。
「八千代君、お昼の玉子焼きも美味しかったですが今頂いた出汁巻き玉子は、私史上で一番美味しかったです。車中で貴方が『飛び切り美味しい』と宣言した通りでした。改めて、素敵な誕生日プレゼントをありがとう」
古町先生は曇りない笑顔でお礼を伝えてくれたのだった。
「喜んでもらえてよかったです。上近江さんの力もお借りしましたけど、僕史上で最高の出来だったと思います」
「私はぜんぜんっ! 八千代くん、慣れた手つきでくるっくるって巻いて凄かったんだよ!! 私も後で食べさせてってお願いしちゃった!!」
見られている視線には気付かなかったが、上近江さんに褒めてもらえたことは素直に嬉しい。
「えぇ~、美緒ちゃんも美海ちゃんもずるいよぉ。私も食べたいなぁ、郡くん?? ねぇ、お願い?」
すでに酔いが回っているのか、美空さんが僕の腕に
便利な言葉を多用するけど、女性特有力が右腕に当たるから反応に困る。
というか身動き一つ取れない。
さらに言えば、アルコールに紛れてシャンプーか何か分からないが、甘い香りまで漂ってきて鼻翼の先をくすぐって来て、大人の色気が半端ない――。
「お姉ちゃんっ!! 酔い過ぎ!! 八千代くんに迷惑だよ、離れて!!!!」
ありがたいことに、上近江さんが僕から美空さんを引き剥がそうと頑張ってくれる。
すると、1人黙々と出汁巻き玉子を食べ進め、完食した古町先生が立ち上がり寄って来る。
厳格な古町先生のことだから、上近江さんに協力してくれるのだろう。
そう思ったが、何故か空いているもう片方の腕に抱き着いてきた。
「あの、古町先生?」
「八千代君。私も、もう少し食べたい。お代わりをお願いしても?」
いや、貴女……絶対に悪ノリでしょう。
立ち上がる時に一瞬だけ、ニヤついた表情が見えましたし。
まさか、顔に出ていないだけで酔っているのか?
お酒は好きだけど量は飲めないと言っていたしな……。
そしてやっぱり、美空さんと同じくらい古町先生の色気も半端ない。
「もぉっ!! 美緒さんまでっ!! 八千代くんも固まってないで、何か言ってよ!!」
文字通り両手に花状態。絶賛、人生初の体験中でもある。
そのため16歳の僕には、どう対処していいか考えるも難しい。
右に美空さん。左に古町先生。前に上近江さん。
美女美少女に囲まれ、この切羽詰まった状況に混乱した結果、とんでもないことを口走ってしまう――。
「上近江さん、ポッケに携帯入っているので写真撮ってもらってもいいですか?」
すると、目を『カッ』と開き――。
「知らないっっッ!!!! 私キッチンに戻って締めの準備するからっっ!!!!」
――バカッ。
と、最後に小さく聞こえてきた。
上近江さんの後ろ姿からは、怒気が含んだ様子が見て取れる。
見て取れるが――声の掛け方など分からずただ黙って見送ってしまう。
固まる僕に対して2人の美女がそっと離れて、アドバイスと共に背中を押してくれる。
「「早く追いかけて行きなさい」」
とても理不尽に感じるが、追いかけることが正しい選択だと理解出来るため、上近江さんの後に続いてキッチンに入るが――。
「年上の女性に鼻の下を伸ばしていた八千代くんのやることなんて、もう何もないよ」
扉を開けてすぐに『ピシャッ』と言われる。
怒っている。のひと一言では足りないくらい怒っている。
僕の表情はけして変わらないため、鼻の下が伸びたと言うのは虚飾だが反論など出来ようもない。
「上近江さん?」
「今はちょっと話したくないです」
取り付く島もないが、まだ返事してくれるだけマシというもの。
これで許してくれるかは分からないが、僕は僕に出来ることをしよう。
つい先ほどと同じ工程を繰り返し、最高傑作を持って、僕を一切見ない上近江さんの元に行く――。
「さっきよりも、さらに上手に作れたと思います。食べてもらえませんか?」
「…………それはズルいよ。八千代くん」
自分でもそう思うが、さらに続ける。
「はい。でも、上近江さんのためだけに作りました。だから食べてもらえたら嬉しいです。あと――」
上近江さんの返事の前に続けて謝罪する。
「さっきは混乱もあり、つい可笑しなことを口走ってしまいました。上近江さんを不快にさせてしまって……ごめんなさい」
「……いいよ。美味しそうな出汁巻き玉子に免じて許してあげる。でも、今は両手が忙しいから食べさせて」
僕の目には上近江さんの両手が空いているようにしか見えない。
だけど、僕には見えないだけで凄く忙しいのかもしれない。この世の中は解明されていない不思議な事で溢れているからな――。
そう言い聞かせてから、カットしてある出汁巻き玉子をさらに箸でひと口サイズに切り分け、上近江さんの口元へ運ぶ。
そのまま口に入れると、顔を背けてしまう。恥ずかしいのかもしれない。
「どうですか、上近江さん?」
「美味しい……もっと」
ひと口分を箸で抓み、口元へ運ぶ。
今度は顔を背けたりせず、こちらを向いたまま食べている。
「おかわり」
「はい」
「もっと」
「どうぞ」
「おかわり」
「はい」
結局、そのまま完食するまで続いていく。
初めはムスッとしていた表情も段々と柔らかくなっていき――。
「ごちそうさまでした。凄く美味しかったです。我儘言ったのに、食べさせてくれて……ありがとね」
恥ずかしくなったのか、少し照れたようにしている。
「いえ。上近江さんに喜んでもらえてよかったです」
目が合い、ぎこちなく笑うと気を取り直したかのようにしてから、はにかんだような笑顔で言った――。
「じゃあ、締めの炊き込みご飯と汁物を持って行ったら、最後にみんなでケーキ食べよっか!!」
「はい。では、一緒に持って行きましょう」
2人でキッチンからホールに出ると、美空さんと古町先生は『遅い』と言いながらも笑って迎えてくれた。
――お腹いっぱいだから。
と、2人のための出汁巻き玉子は次回の楽しみと約束して、
締めのご飯と汁物、最後にケーキを4人で食べて、古町先生の誕生日パーティーに終わりを迎えたのだ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます