第26話 ツーショット
もしもこれがドッキリ企画か何かなら、仕掛け人はきっと古町先生で間違いない。
在るはずのないカメラを探したくなるくらいだ――。
つい、上近江さんに視線が行ってしまったが、気まずそうな表情を浮かべながらも視線を合わせてくれる。さらに目が合ったことで小さく手まで振ってくれた。
手を振り返したいが、右手は古町先生。左手は日本酒によって塞がっているため振り返すことが出来ない。
かと言って何も返さないのは感じが悪いから、ペコッと頭を少し下げて代わりとした。
「
「ねぇ、ちょっと
「ええ、もちろん。後で説明します。ですが今はそれより……
「「…………お誕生日おめでとう、美緒ちゃん(美緒さん)」」
姉妹仲良しなことを表すかのように、声が揃っている。息ぴったりだ。
「……まだ納得できないけどっ。美緒ちゃんが強引なのは今に始まったことじゃないし、喜んで席までエスコートさせてもらいます。美海ちゃんは郡くんと一緒にキッチン……更衣室かなぁ。いい機会だし郡くんにも働いてもらいましょう。お給料もしっかり出すからどうかな? 都合が良ければ、美海ちゃんから制服受け取って着替えてきてね」
「僕は大丈夫です。上近江さん、お願いしてもいいですか?」
働くと言うよりは、プライベートみたいなものだから給料は遠慮してもよかったが、頂けるならばと甘えることにした。
でも――。これで今日もクロコに怒られること確定だな。
「うんっ。準備してあるから大丈夫だよ」
「ありがとうございます。助かります」
「これくらい全然だよ。八千代くん、あのね……もしも、八千代くんさえよければ……あとで時間をもらえたら嬉しい、です」
何となく朝のことだろうと予想がつく。
僕も謝罪したかったので、時間を貰えるならありがたいが……理由は分からないが返事に詰まってしまった。
「八千代君、お節介かもしれませんが美海なら大丈夫です。怖がらず、しっかり2人で話し合うといいでしょう。それがきっと、貴方のためになります」
「……上近江さん、大丈夫です。僕も時間を頂きたいと考えていました」
不安な表情をしていた上近江さんは、安堵した表情で『よかった』と小さく呟いた。
「古町先生、1つ聞いてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「どうして僕に世話を焼いてくれるんですか?」
「貴方が困っていたら出来る範囲で手助けすると約束でしたからね。ですが、私に出来ることはここまでです。あとは貴方次第となりますが……最後に1つだけアドバイスを送りましょう。自分の気持ちに正直になってみなさい」
古町先生が律儀に約束を守ろうとしていることは、何となく気付いていた。
ただ、罰や誕生日だと理由をつけて強引に連れ出した理由は分からなかった。
もしかしたら――。
明日になると、僕は適当な理由を付けて上近江さんから逃げてしまったかもしれない。
もちろん今朝の出来事を謝罪するが、それだけにとどめたかもしれない。
そんな弱い僕の本質に気付いたから、今日、上近江さんと話をさせるために連れ出してくれたのかもしれない。
素晴らしい教育者だ。そう思った時――。
「ですがその前に――」
「なんでしょうか?」
「私の誕生日をしっかり祝ってからですよ?」
今見せていた教師たる真面目な姿とは真逆。
今度は、学校では決して見る事の出来ない古町先生の茶目っ気ある姿を見せてきた。
実際にファンがいるかは不明だ。
だが、もし、古町先生のファンが居て、今の古町先生を見たならば――。
悶え苦しでしまったかもしれない。
お金を払ってもいい。
そう言い出す人が出てくることも、十分考えられる。
古町先生は、片目を閉じて『ウインク』したのだ。
少し古臭い仕草かもしれないが、古町先生がするとそんなことは関係ない。
むしろ普段とのギャップのせいで、破壊力抜群であった――。
「古町先生、ありがとうございます。とりあえず、今の携帯に収めたいのでもう一度お願いします」
そんなつもりは全くないが、気付かぬうちに肩に入っていた力が抜けたので、お礼として古町先生の冗談に乗っかってみた。
「お断りいたします。次は美海にでも頼みなさい」
「みっ、美緒さんっ!?」
「では、上近江さん。お願い――」
「や、やらないよ八千代くん!? やらないからね!?」
慌てふためく上近江さんを見てクスクス笑いながら、今度こそ美空さんに連れられ……美空さんが連れられ、古町先生は店の中に入って行った。
「…………」
「…………」
僕の横顔をジッと射抜いてくる。
「もぅ……私たちも行こっか、八千代くん」
ため息気味に言葉を吐き出す上近江さん。
「そうですね。何だか始まる前から疲れた気がしますが」
「……ほとんど美緒さんのせいだけど、八千代くんのせいでもあるからね?」
「すみません。つい悪ノリが過ぎました」
「八千代くんが意地悪するのは、今に始まったことじゃないもんね? それとね、美緒さんがあんなに楽しそうにするのって滅多に見れないんだよ?」
「そうなんですね。それなら余計に携帯に収めておきたかったかもしれません」
「……やっぱり。八千代くんは年上好きで間違いないね。確信しちゃったよ、私」
余計なことを言ってしまったと反省しつつ、上近江さんに1つお願いをしてみる。
「そんなつもりはないですが……でも、上近江さんにお願いがあります」
「……何?」
少し疑う表情で返事を戻したが、僕が答えるより前に待ったが入る。
「やっぱり待って。前にもこんなことあった気がする!!」
「気のせいじゃないですか? 僕は――」
「ストップッ! ストップッッ!! ダメだよ? ね、八千代くん。お願い??」
「分かりました。では、1つだけ」
「やっぱり、それ前にも――」
「今朝の勝手な行動を謝らせてください。すみませんでした」
「…………」
無言。頭を下げているため、上近江さんがどんな表情をしているか分からないが、見るのは少し怖いかもしれない。
「八千代くん、あのね。私の方こそだよ……無神経に踏み込んだりしてごめんね」
頭を下げるような音が聞こえたため、チラッと見ると、上近江さんは深く頭を下げていた。
「二度目の……仲直りをしてもらえませんか?」
「うん……私も仲直りしたいです」
どちらが言ったでもなく2人同時に頭を上げると、視線が重なった。
少し照れくさく感じる。
「えっと……どうしよっか? 仲直りの印として握手でもする?」
上近江さんも照れくさくなったのか、『えへへ』と笑いながら提案してくれる。
「そうですね……」
表情や抑揚ある言葉はないといえ、一応は思春期の男子である。
そのため握手か、と頭を悩ませてしまう。
「あっ、それか一緒に写真でも撮る? ううん、撮ろうっ!! 私、八千代くんとの写真が欲しい!!」
「え…………と、写真ですか?」
それもまた悩ましいが、握手よりはいいのか?
「うんっ! せっかくだし記念にね。私、コック服だけどいいかな?」
コック服もよく似合っているし、ある意味貴重だから問題ない。
「それは何も問題ないです」
「あ、でもね……撮った写真は恥ずかしいから誰にも見せないで欲しいです」
誰かに見せることなんて、限りなくゼロに等しいから安心してほしい。
「分かりました。お約束します」
「ありがとう! 私、中に携帯置いてきちゃったからシャッターは八千代くんにお願いしてもいい?」
了解と頷くが、あれよあれよと写真を撮る流れが確定されてしまった。
え、いいの? 男と2人で写真とか。僕が気にし過ぎているのか?
んー……分からない。
悩んでいる時間も残されていない。
というか、すでに上近江さんはお構いなしにすぐ左横に立っている。
「はい、準備出来たからシャッターお願いします!!」
もう、断れる雰囲気でもないし流れに乗るしかない。
そもそも事の発端は僕だからな――。
「……では、不慣れで申し訳ないですが、失礼します」
申告した通り、僕は笑えないから今まで写真は避けて来たため、撮影のハードルは高い。
でも後には戻れないから精一杯頑張ってみよう。
左手に携帯を持ち、そのまま上近江さんのさらに奥に左手を伸ばす。
だけど、上手くフレームに収まらないので、空いている右手で上近江さんの肩を取り寄せてみると、上手い具合に収まり切った。
それから声を掛ける――。
「では、3、2、1で撮りますね」
「えっ、ちょっ! え!!??」
何か慌てた様子だが、早く済ませてしまいたいから続けさせてもらう。
中で待っている2人が戻ってくる可能性もあるしな。
「あ、上近江さんジッとして」
「えっ、あ、はい。……じゃなくて、まっっ、まっってッ――」
「はい、321」
――カシャッ。
と、携帯から無機質なシャッター音が鳴った。
そしてすぐ、上近江さんにも見えるように画面を近くに寄せる。
あんなに慌てていた上近江さんだが、しっかりポーズを決めていて可愛く写っている。
僕は相変わらず無表情だし、上近江さんの後ろ側にいるのに顔が大きく見える。
顔小さいな、上近江さん……ん?
ここでようやく――。
上近江さんが慌てていた理由に気が付いた。
写真には僕が上近江さんを後ろから抱える形で写っている。
そしてそれは現在進行形で起きている。
これではまるでセクハラじゃないか。
いや、許可など取っていないし、まごうことなきセクハラだ。
自己嫌悪に陥りそうになるが、今はとりあえず離れて謝罪だ。
写真も消した方がいいかもしれない。
「上近江さん、言い訳になってしまいますが。写真に慣れていなくて、無意識に抱きかかえるような形で撮ってしまいました。本当に申し訳ありません。写真は消しますので、許してもらえないでしょうか」
「い…………い、いい、よ。け、消さなくてもっ。ちょ、ちょっと恥ずかしかっただけだし。これくらい、へ、平気だしっ!!」
精神的負荷を掛けてしまったからか、上近江さんの口調はだいぶ
「本当にすみませんでした。でも……写真消さなくていいんですか?」
「い、いいのいいの。平気だから。でも、あとで送ってね?」
まだ覚束ない様子が見えるが、平気だと許してくれた。
それから、携帯を強引に取り『どれどれ』と言いながら写真を見始めた。
――耳、真っ赤ですよ。
と、言いそうになるが、それを言ったら意地悪過ぎるだろうから我慢する。
ただ、何と言うか。
上近江さんの様子が可笑しくて、面白くて、可愛くて。
温かい気持ちにさせられた。不思議な人だ。そう思いながらも――。
それでも一切表情が変わらない自分のことを冷めた気持ちで俯瞰してしまう。
そして――。
今抱いた気持ちは幻や幻想だと心に蓋をする。
――チリン、チリーン。
扉が開く鈴の音が鳴った。
きっと待ち切れなくなったから僕らを呼びに戻ったのだろう。
「上近江さん、そろそろ行きましょうか。写真、後で送りますね」
「うんっ!」
そう言って、『遅い』と不満を言う古町先生と美空さんの元に向かうのだった。
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