第25話 牡丹のような美女をエスコート

 遅れて現れた理由は女池めいけ先生に捉まっていたと言っていたが、ドレスに着替えていたことも一因いちいんと考えられる。

 邪推じゃすいかもしれないし、これは罰でもあるため遅れた理由を問いただすのは、よしておこう。


 駐車場に向かう道中、すれ違う男性全員が古町ふるまち先生を見て顔を赤らめている。

 古町先生の後ろに着いて歩いているから、嫌でもその様子が分かる。

 中には、奥さんもしくは彼女さんに怒られている人もいた。

 まあ、今の古町先生に目が行ってしまうのは仕方ないと思うが、パートナーが隣にいる状況で別の女性を見る行為は、同情することが出来ない。

 僕もよく美波みなみに怒られたものだ――。


 その古町先生の装いだが、カジュアルなワンピース型のドレス。色は黒。

 歩く姿勢も綺麗だし、体系はすらりとしている。

 それなのに、女性ならではの肉付き……女性特有力とでも言っておこう。

 その女性特有力もあるから、黒色のドレスがどこか妖艶な雰囲気を演出している。

 これらをかんがみても、古町先生に見惚れてしまうのもうなずける。


 車は近くの立体駐車場に停まっていた。

 指示されるまま助手席に乗り込むと、シートベルトの着用を促される。

 シートベルトを締めるも、古町先生は後部座席側の扉を開いて乗り込む気配がない。

 どうやら、後部座席に置いてあった運動靴に履き替えてから運転席に乗るようだ。

 ヒールだと運転するに不便なのかもしれないが、ちぐはぐな姿で、つい目が行ってしまう。


「貴方が紳士でしたら、妙齢の女性の足を見たりしてはいけませんよ」


 やんわりと注意されたので、素直に謝罪をする。


「失礼しました」


「結構。ではドライブ……という程でもないですが、少しばかりドライブと買物に付き合ってもらいます」


 僕が何か返事を戻す前に発車する。

 状況はさっぱり理解できないが、ドライブや買物と聞くとデートが思い浮かんでくる。

 だけど現実は教師と生徒の関係。デートのように甘い状況であるはずがない。

 そもそも、罰として同行しているだけに過ぎない。

 これだけの美人に同行出来ることは、罰としてどうなのかと疑問も生じるが――。


 もしかしたら、相当重い物でも持つ羽目になるのかもしれない。

 ある程度は覚悟をしておいたほうがいいだろう。


 次にドレスを着ている理由についてだ。

 ドレスを着ているということは、何かパーティーでもあるのかもしれない。

 そうすると、今日はもう学校には戻らないのか?

 それとも仕事の一環なのか?

 と、目的地不明のまま外の景色を眺め考えていると、安全運転で走っていた車が赤信号で停まる。


「実は、今日は私の誕生日なのです。そのため、数日前から仕事を進め終わらせてあります。けして職務を怠っている訳ではありませんよ?」


 表情に出ているはずもないのに、考えていたことが正確に読まれていたようだ。


「それは、おめでとうございます。ドレスを着ているということは、今日は誕生日パーティーか何かですか?」


「ありがとうございます。買い物が終わり次第に会場に向かうつもりです。ですから、何もなければ、長い時間貴方を拘束することにはならないでしょう」


 それなら、当初の予定通り大槻おおつき先輩に会いに行ってみようかな。

 その後は、久しぶりにしっかりご飯でも作ろう。


「そうなのですね。今日は間に合いませんが、後日誕生日のプレゼントをさせていただきます」


「ありがとうございます。ですが、生徒から誕生日にプレゼントを頂くわけにはいきません。お気持ちだけもらっておきましょう」


「では、日ごろからお世話になっているお礼としてでは駄目ですか?」


 古町先生の横顔を見ていたから気付けたが、僅かに口角が上がった。

 何だろうか、理由に見当も付かないけど嫌な予感がする。


「ふむ……お昼の玉子焼きは美味しかったですね。もう少し食べたいと言ったら用意してくれますか?」


 何だそれくらいかと、胸をなで下ろす。

 むしろ玉子焼きは得意料理でもあるから、褒められて嬉しい気持ちが湧いてくる。


「それくらいでしたらいつでも。よければ早速、明日にでも――」


「それでしたら、今日作ってもらいましょうか。八千代君が『いつでも』。そうおっしゃったのです。構いませんよね?」


「えっと……いつでもとは言いましたが、言葉の綾と言いますか。それに場所や時間はどうするんですか? これからパーティーですよね?」


「それなら何も問題はありません。パーティー会場のキッチンを使わせてもらいましょう。私の知己ちきの店なので融通してくれるはずです。それとも八千代君は前言を撤回されますか? 私は、別にそれでも構いま――」


「分かりました古町先生。飛び切り美味しい玉子焼きをご馳走させてください」


「結構です。今日の楽しみが増えました。八千代君、誕生日とはいいものですね。ですが意趣返しとして、話を遮ったことは減点ですよ」


 理不尽に減点を食らったことは物申したいが、許されないだろう。

 あと、先ほど感じた悪い予感は正しかった。

 最初から古町先生は、何か理由を付けて僕をパーティー会場に連れて行くつもりだったのだろう。


 パーティー会場がどこかと考えるが――。

 古町先生の知己の店。知己と言えば上近江姉妹。

 昨日、美空さんはプライベートでお店を使うと言っていた。

 つまり僕の新しいアルバイト先が会場である可能性が高いが――。

 何を目的に、こんな回りくどいことをしたのかが分からない。


「第一目的の場所へ到着しました。行きましょう」


 シートベルトを外しながら車の外を見ると酒屋だと分かる。


「この酒屋から珍しい日本酒が入荷したと連絡があったそうで、パーティー主催者に取りに行くよう頼まれたのです。荷物持ち、頼みましたよ」


「……お任せください」


 車なのにアルコールは平気なのかと思ったけど、どこかに宿泊もしくは、代行を頼むなど方法はあるだろう。

 もしかしたら、古町先生は飲まないのかもしれないし。


 酒屋で受け取ったのは、日本酒一升瓶が1本。

 重いと言えば重いが、覚悟していた重さではない。

 そのため拍子抜けするくらい、荷物持ちの罰を完遂させることになった。

 あとの僕に残された使命は、日本酒を会場まで無事に運び入れ、古町先生のために玉子焼きを作るだけである。


「古町先生、卵を買いたいのでどこかスーパーに寄っていただいてもいいですか?」


「相変わらず律儀で感心しますね。ですが、会場にある卵を使わせてもらいますので心配無用です」


 古町先生はご機嫌な様子で返事して、車を発進させる。


「楽しそうですね、古町先生」


「そう見えますか? 特に笑ってなどいませんが」


「ええ、何となくですが。お酒好きなんですか?」


「量は飲めませんが、親しい人と飲むお酒は好きですね。それに、八千代君との会話も嫌いではありません」


 僕はまだお酒は飲めないけど、将来幸介と一緒に飲めたら楽しそうだなと思い浮かべる。


「親しい人とだったら、何しても楽しいかもしれませんね。だけど、僕なんかと話しても面白い事はないと思いますよ」


「八千代君。『なんか』と言って自分を卑下することは、あまり関心(感心)出来ませんね。貴方の為にもなりませんし、貴方を認めている人を侮辱する言葉でもありますよ。少なくとも私は不快に感じました」


「……確かにその通りですね。すみませんでした。以後、気をつけます。それと、注意してくれてありがとうございました」


「素直に自分の非を認めて謝罪する。感謝を込めてお礼を言える。貴方の良いところですよ」


 クスクスと小さく笑い、褒めてくれる。

 多少強引なところもあるが、こうして駄目なことは駄目だと注意して、良いことは褒めてくれる。

 教職者らしく、古町先生が良い先生だと実感する。


「到着しました。ここからは徒歩です」


 到着した場所は上近江姉妹の店ではなくて、上近江姉妹が住むアパートの駐車場だ。

 お店には駐車場がないからここに停めたのだろう。

 何の気なしに2日前にお邪魔した家の玄関扉を見ていると――。


「八千代君、ご存じですね?」


 僕の視線の先を確認してから、半ば確信して聞いてくる。


「はい、上近江さんの自宅ですよね。月曜日に面接……のような事をしたあとに、自宅まで上近江さんを送らせてもらいました。外も暗くなり始めていましたので」


「……なるほど。紳士な行いで感心です。では、パーティー会場もすでに見当がついていますね」


 言い訳らしい言い訳にも関わらず、古町先生は褒めてくれたが――。

 一度断ったと言え、自宅に上がり込んでいるため紳士と呼ばれてもうなずくことは出来ない。

 まあ、聞かれてもいないから黙っているけど。


「上近江さんと美空さんのお店ですよね?」


「正解です。褒美ではありませんが、その隣の部屋が私の部屋ですよ。ですから仕事帰りには美空のお店で夕飯を食べ、その流れで一緒に家路に着くことも多々ありますね」


 なるほど、僕が思っていた以上に古町先生と上近江姉妹は仲がいいのだろう。

 隣同士で住み合うくらいだからな。


「では、エスコートをお願いします。場所が分かるのですから平気ですよね?」


「え…………」


 どうして『では』となるのか理解に苦しむ。

 役不足なうえ恥ずかしいから断ろうかとするも、今日最後の我儘だと言われたため、引き受ける事にする。

 ただし、僕はまだ高校生になったばかりで16歳だ。

 当たり前だけど、正しいエスコートの仕方など分からない。

 そのため小説か何かで読んだことのある記憶を無理に呼び起こす――。


「お手を拝借しても?」


「ええ、是非――」


 僕が差し出した右手を取り、その流れで腕を組みゆっくりと歩き始める。

 ふわっと香ってきたフローラルな匂いに上品さを感じる。

 さらに、密着されたことで女性特有力が右腕に伝わってくる。

 天国のような状況かもしれないが、今は早く解放されたい思いで一杯だ。

 裏道を歩くから誰かに見られたら心配は限りなく少ないが、見られたら大問題になるため、ゆっくりだけど出来る限り急いで進み歩く――。


 通常歩く時間より倍以上の時間を要したが、誰ともすれ違わず到着することが叶った。

 そのままエスコートを続け、緑と花の蔦のトンネルを抜けて行くと『本日貸し切り』の立て看板が見えてきた。

 美空さんが古町先生のために貸し切りにしたのだろう。

 すると『チリン、チリ~ン』と音が鳴り、店の中から驚いた表情をしている美空さんと上近江さんが出てきた――。

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