第24話 頼もしい親友がいて本当に頼もしい
「失礼します」
片方の手で弁当箱を持ち、もう片方の手で生徒指導室の扉を3回ノックして入室する。
そのため今日も
幸介には朝した相談の続きが出来ないこと、お昼を一緒に出来ないことを謝罪した。
「そこにかけなさい。使用していた事情は察していますし初回ですので、今回だけ特別に携帯はお返しします。ですが、反省文の提出はしてもらいます。いいですね? それで問題がなければ、行儀は悪いですが昼食を取りながら話をしましょうか」
そのことにホッとしつつ、携帯を返してくれたお礼と謝罪を伝えてソファに腰を下ろす。
何を話すのか気になるが、恐らく上近江さんが遅刻してきた理由についてかな。
でも、その前にどうしても気になることが1つ――。
「古町先生のお弁当は……その、おにぎりですか??」
古町先生が手に持っているおにぎりは、あまりにも大きい。
その大きさは古町先生の顔を覆い隠す大きさだ。
いくら古町先生が小顔と言っても、大きさとしては『超』が付いてもいいだろう。
運動部の学生ならまだ理解できるが、美人で大人な古町先生が持つにはあまりに不釣り合いで、おにぎりの迫力もあってか好奇心に負けてしまった――。
「ええ。教師という仕事は思いのほか体力が必要なのですよ。それに時間もありません。ですが、おにぎりでしたら手軽に食べる事が出来ますし、中の具次第では栄養も摂れます。一見するとおかしく見えますが案外理に適っているのですよ」
食べている姿は綺麗なのに、おにぎりが大きいから違和感が凄い。
手軽と呼べる大きさでもないし本当に理に適っているのかも怪しいが、今の僕では分からない。
呆気にとられつつ、お節介かもしれないが僕のおかずを勧めてみる。
「古町先生はいつも忙しそうですもんね。もし、よければおかずどうですか? まだ箸はつけていませんので」
どうして僕はおかずを勧めたのかと自問自答しつつ、果物ように用意したフォークを差し出す。
「ふむ……美味しそうですね。では、お言葉に甘えて。玉子焼きをいただいても?」
自問自答の答えは出なかったが、結果オーライかもしれない。
古町先生へどうぞと勧めると、玉子焼きをフォークで刺し口に入れた。
幸介もそうだが、古町先生も玉子焼きを選んだ。
つまりは玉子焼きがお弁当のおかずで人気が高いのかもしれない。
今日は甘くない玉子焼きだけど、古町先生はどっちが好きだろうか。
気にもなるが、食べている姿を見るのは失礼だろうから、僕も玉子焼きを箸で掴み口にする。
「ご馳走様です。出汁が効いていて私好みでした。とても美味しかったですよ。朝、起きて弁当を?」
「お口に合ったようで良かったです。そうですね、夜のうちに準備してもいいですが、朝は苦手じゃないので」
「そうですか。勉強もそうですが、貴方は本当に勤勉ですね。他の生徒も少しは見習ってほしいものです――」
その後は当たり障りのない会話を繰り広げた。
古町先生の機嫌も悪くなさそうに見えたため、一度だけ『
そしてそのまま上近江さんに関しての話題が出ないまま、弁当を食べ終えてしまう。
「「かみおう――」」
僕と古町先生の言葉が重なる。
互いに謝罪してから、先に古町先生から話し始める。
「失礼。上近江さんからは先ほど話を聞き出しましたが、私の口から話すべきではありません。ですが……そうですね、お互い様でしょうから2人でしっかり話し合った方がいい。不安な気持ちは分かりますが、貴方はそんなに心配はしなくて大丈夫だと思いますよ。それと――」
確かに本人のいないところで、あれこれと聞くわけにいかない。
「今日の放課後は私に付き合って下さい。
有無を言わせない雰囲気を感じつつ、質問を飛ばしてみる
「おっしゃる通り休みなので大丈夫ですが、一応理由と何をするのかだけ聞いてもいいですか?」
「私の手伝いをしてもらいます。理由については3つ。ホームルーム中に携帯を使用していた罰。それから――」
それを言われたら文句を言えるわけもない。
むしろ、通常なら1週間は携帯を返してもらえないことを考えたら甘い罰だと思う。
放課後は
「先ほど、上近江さんについてお互い様と伝えましたよね?」
頷きそのまま返事を待つ。
「貴方にとっては理不尽と思うかもしれません。
「……わかりました。お手伝いさせていただきます。ちなみに、残りの1つは?」
「八千代君、貴方との約束です」
思い当たるのは入学してすぐのこと。
毎朝教室を整理する代わり、困っていたら助けて下さいとお願いしたことだ。
「別に困っていませんよ? それに、図書室の鍵を預けてもらいました」
「この話をこれ以上話しても結果は変わらないので、もういいでしょう。放課後になったら1階校門前に来るように。では、他に何もなければ教室に戻って結構です」
有無を言わさず、会話を終了させられる。
納得出来ないことや疑問もある。けれど――。
今は上近江さんを悲しませたという事実が、僕の胸の中を罪悪感で一杯にさせる。
ひと先ず、古町先生にお礼を伝えてから生徒指導室を退出しようとすると。
「最後にもう1つだけ」
「え、はい。何でしょうか?」
「生徒が教師を下の名前で呼ぶことは感心しません。携帯の返却と同じように一度は見逃しますが……次はありませんからね?」
「……はい、以後気をつけます」
「結構。では戻りなさい」
謝罪も込めて深くお辞儀してから退出する。
ほんの僅かだけ上がった口角が、とても恐ろしく見えた。
体感してようやく、上近江さんの言ったことが本当だったと理解した。
そう反省しながら教室に入り席に着く。
見渡すと、教室に居るクラスメイトは大人しい生徒の割合で占められていた。
幸介も居ないため、机に突っ伏し寝た振りでもしようと考えるが、その前に幸介から着信が入る。
『お!? 出た……もしもし、
古町先生と面談中、もしくは携帯を返されたか不明なため、電話に出たことに驚きつつ通話相手が僕かどうかを確認したのだろう。
『そうだよ。反省文は提出しないとだけど携帯は返してもらえたよ』
『よかったなっ!! なんつーか、郡が携帯を持っていないと中学を思い出すな。今は教室か?』
『必要性を感じなかったせいか、前はよく家に忘れていたからね。今は教室だよ。幸介は彼女さんと一緒?』
『いや、何か良いことあったみたいで今日はご機嫌だから別かな。Bクラスの友達と学食行ってた。今から教室戻る』
『りょうかい。じゃ、待ってるよ』
幸介に『あとで』と言われてから通話を切る。
それにしても、あの言い方ではまるで――。
お昼を一緒する理由は、彼女のご機嫌を取る為に聞こえたな。
幸介は随分と彼女さんの尻に敷かれているみたいだ。
優しい幸介に彼女さんが甘えているのかもしれないけど……まあ、2人が仲良しなら僕がとやかく言うことでもないと考え直す。
まあ、でも、彼女の言う我儘を聞くのも嬉しかったりするのかもしれない。
僕も
我儘言ってきたり甘えてくれることは、気を許してくれているともとれるし、可愛いとも思ったりする。
加減は大事だが、そういった女性も嫌いじゃないかもしれない。
案外幸介も僕と同じことを思っていたりして。
心当たりがあるだけに、より実感してしまう。
1人勝手に納得しつつ携帯をカバンに入れて幸介が戻って来るのを待っていると、通話が終了して3分程で教室後方の扉が開く。
「よっ!
「うん、楽しかったよ。原稿用紙3枚の反省文を提出するって代金が掛かったけど」
にやにやした表情を浮かべていた幸介が『うげぇ』と表情を歪ませる。
「でも……考え方によってはアリじゃね? 美緒先生とのランチデートが楽しめるなら、俺は反省文を書いても悔いはないかもしれない。むしろ安いくらいだし、俺も明日携帯いじってみようかな」
「僕は初犯だったから当日返してもらえたけど、幸介は一度没収されているし止めておいた方がいいと思うよ?」
「んー……悩むけど……さすがに1週間携帯がないのはきついか……。仕事にも影響出るしなぁ……4月に戻れるなら、自分で自分を殴ってでも止めるのに」
「大袈裟すぎでしょ。あとそうだ。古町先生のことを美緒先生って呼ばない方がいいよ」
「え、なんで?」
どうやって伝えようか考えていたが、伝えやすい機会がやってきた。
「僕も幸介を見習って、親しみを込めて古町先生に『美緒先生』と呼んでみたんだけど――」
「……だけど?」
「ホームルームで携帯をいじっていたこと以上に怒られたからね」
幸介のことだから諦めずに挑戦しそうだな。
そんな風に考えていたが、僕の予想と違う返事を戻してくる。
「郡……なんか変わったか?」
「なんかって、何が?」
抽象的な質問の為、やまびこの様に聞き返してしまう。
「いや、なんつーかうまく言えないけど……前は冗談でも先生のことを名前で呼んだりしなかったよな? 授業中に携帯いじってたことにも驚いたし。それに朝の悩みだって――」
僕に変化を感じ取った理由を幸介は続けて言った。
普段なら客観的に他人との関係や距離感を把握するのに、頭を悩ませていることが珍しいと思ったこと。
それも、簡単なアドバイスで自覚出来る内容であった。
「いくら……母親の話題が出て動揺したとしても、郡ならすぐに謝罪したはず」
それが不思議だったと。そしてこうも言った。
「何があったか分からないけどさ、俺は郡の変化が嬉しいって思う。ああ、もちろん悪い意味じゃないぞ? いい意味でだ。まあ、なんだ……親友だかんな!」
照れ隠しか分からないが、ちゃらけた表情で言ってみせた。
幸介のこういった所は、何だかホッとする。
でも、変化か――。
中学生の頃の僕は、嫌なことが合ってもめげずに他人と関わろうとしてきた。
それは名花高校に入学しても同じだった、が――。
父さんが亡くなり、気付かぬ間に心が摩耗していた。
クラスメイトに気味悪がられ、避けられ、嫌われ……結果、クロコと幸介、美波がいればいいかと考え始めるようになっていた。
そのタイミングで、アルバイトを同じ理由で辞めることになって、耐え切れなくなった。
風邪も引かず滅多に熱も出ない僕が、体調を崩したのはそれが原因だろう。
それでも――。
心のどこかで諦めきれない自分がいた。
そんな時に
幸か不幸。
今後どうなるかは分からない。
でも、上近江さんと関わったことで僕の中で何かが変わった。
それは確かだ。
今考えてみても、他人に対して取り乱したことは初めてかもしれない。
幸介が言ったように、いくら『母親』が話題に上がったとしても、だ――。
「おい、郡。黙られると俺が恥ずかしいんだけど? 頼むから何か言ってくれ!!」
「ああ、ごめん。そうだな……うん。頼もしい親友がいて本当に頼もしいよ」
「その感想は悪意しか感じねーって!!」
とりあえず――。
昼休み終了のチャイムが鳴ったため、朝した悩み相談については、解決の目処がたったと伝え幸介にお礼を言った。
そして何事もなく午後の時間も過ぎ去り、気付けば放課後となる。
幸介と別れの挨拶を交わし、古町先生と待ち合わせている校門に向かう。
校門で古町先生を待つこと30分。
古町先生が現れるより先に、教室で別れを済ました幸介がやってきた。
――男は待ってなんぼだ!!
と、笑いながら立ち去っていく幸介を見送り、さらに10分が経過すると――。
「お待たせして申し訳ありません。
「いえ、考え事していたらあっという間でしたので。それよりも……とてもお綺麗です」
「ありがとうございます。遅くなった私が言う事ではありませんが、ここだと目立ちます。車を出しますので駐車場に行きましょう。付いて来て下さい」
古町先生の美しいドレス姿に、
何故ドレスを着ているのかと質問したいが、この場にとどまり続けるのは悪手だ。
だから僕は――。
その場を一刻も早く脱するため、質問を飲み込み黙って付いて行くことにした。
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