第23話 実は不良さんだったんです

 自分で自分自身が嫌になること。

 自分を責めたり、極端に批判したり欠点ばかり指摘すること。

 昔から『自己嫌悪』に陥る事が多々あったので、辞書を開かなくても覚えてしまった。

 今の気持ちをひと言で言えば――。


 ――やってしまった。


 これしかない。

 まだ会話の途中、さらに言えば呼び止められていた。

 それなのに僕は自分勝手に、会話を無理矢理終わらせたうえ唯一の友達を理由に使って逃げ出した。

 まさに『自己嫌悪』に陥ってしまった――。


 上近江かみおうみさんがいくら優しいと言っても、勝手な態度を取った僕に対して怒っているかもしれない。呆れている可能性だってある。

 曇り空……いや、積乱雲のように黒くてどんよりとした気持ちを抱いたまま、自分の席で何するでもなく、ただ前だけを見ていると不意に独り言が漏れ出てしまう。


「……どうしたらいいのか」


「どうしたこうり。何か悩みか? 珍しいな」


 自分の世界に入り過ぎたせいで、幸介こうすけが来ていたことに気付かなかったようだ。

 だけどいつもより少し早い気もする。


「あ、ごめん。考え事していて気付かなかった。おはよう、幸介」


「ん、おはよう郡。で? どうした?」


 とても心配そうな表情をしている。

 心配掛けて悪いと思いつつ、友達が多い幸介なら何かアドバイスをくれるかもしれない。

 それに僕の過去を知っているから相談もしやすい。

 上近江さんとの関係は、まだ何て言っていいか分からないため伏せさせてもらうが、相談してみることにしよう――。


「……新しいバイト先の先輩が凄く優しくて親切な人なんだけど、母親について聞かれた時に無理矢理会話を終わらせてその場を後にしちゃったんだよね。もちろん、その先輩に悪気はなかったと思うよ」


 要点も何もまとまっていないグダグダの説明になってしまったが、『母親』の単語が出たからか、心配そうな表情がより濃くなってしまった。

 それでも気を使わせないようにしてくれたのか、いつもの明るい表情に戻して返事をくれる。


「ん~、それだけだと分かんねーなぁ……。まぁ、結局のところ郡はその先輩とどうしたいんだ?」


「許してくれるかは分からないけど、失礼な態度をとってしまったことを謝りたい」


「それならやっぱり謝る一択になるだろうけど……なぁ、聞いていいか? 聞くけどさ、もしかして女の人か? それに、もう新しいバイト先の人と仲良くなったんだな?」


 まあ、そうだよな。失礼な態度を取ったと自覚しているなら謝罪するしかない。

 僕はそんな簡単の事にも気付けないくらい、動揺していたのか……。

 それと、質問と関係があるかは分からないし、どうして分かったのか不明だが女性だと返事しておく。


「その人がどう思っているか分からないけど……とってもいい人でね、僕とでも嫌な顔せず会話してくれるから、少しは仲良くなれたと思っていたよ」


 幸介が言ったように、距離の縮まり方が記録更新レベルで早いから自分でも驚いている。


「そいつは何て言うか……是非一度、郡の親友ですって会ってみたいな。つか、言える範囲でいいから、もうちょい詳しく教えてくれ」


 親友、そう思ってくれるのは嬉しいがその紹介の仕方は照れくさい。

 とりあえず、今度は要点をまとめて説明しようかと考え言葉を選んでいると、古町ふるまち先生が入ってきてしまい、そのまま開始のチャイムが鳴る。

 時間切れのため、最後まで相談は出来なかったが幸介と話せたおかげで少し冷静になれた気がする。

 とりあえず、うじうじ悩むのは止めて謝ることにしよう。


「古町先生! 今日、美海みうちゃんは休みですか?」


 声を上げた人に目を向けると、1人席を立っていため、佐藤さんが質問した人だと確認出来た。

 上近江さんの席は、佐藤さんの席の前。

 そのため僕も古町先生も、上近江さんが居ないことに気付く。いや、古町先生の場合はすでに気付いていた可能性が高いが。

 そして古町先生だが、次に視線を向けたのは僕だ。


 ――何か知っていますか?


 と、言ったような表情をしている。

 きっと朝一緒に居たことを知っているからだろう。

 ただ、僕も上近江さんが居ないことを今気が付いたため分からない。

 そう返事するため、周りに気付かれない程度の動作で首を横に振るが、そこで――。


「すみません。遅くなりました。美緒みおさ……古町先生、おはようございます」


 美緒さんと言いかけたところで、古町先生の目つきが鋭くなったため言い直した。

 上近江さんが遅刻することは今まで一度もなかった。

 そのため、少しだけ教室の中がざわつき始める――。


「はい、静かに。佐藤さん、上近江さん、皆さんおはようございます。上近江さんは初回ですし、まだホームルームも始まっていませんので今日だけ大目にみましょう。ですから、すぐに席に着くように。それでは、ホームルームを始めます――」


 上近江さんは綺麗にお辞儀してから席に移動して行った。

 でもどうしたのだろうか、僕が図書室を出た後に何かあったのかな。

 いけないことだと分かっているけど……心配がまさってしまう。

 こっそり携帯電話を取り出して、机の陰でショートメールを作成する。


『上近江さん、さっきは図書室でごめんね。あの後何かあったの? 大丈夫? 明日また図書室で話せたら嬉しいです。返信は急ぎません』


 よく考えれば、上近江さんの席は一番前だ。携帯など見ることが出来る訳ない。

 見ることが出来る位置の席だとしても、優等生の上近江さんがホームルーム中に携帯操作するはずもない。

 そのことに、メールを送ってから気付いてしまったが――。


『八千代くん、ホームルーム中だよ? 実は不良さんだったんだね。知らなかったな。図書室のことは私が謝らないとだよ。ごめんね。でも、メール来て嬉しかったよ。ありがとう。また明日図書室で話そうね』


 すぐにメールが返ってきて驚いた。今見ても、操作している様子は微塵も感じない。

 凄いな……でも、何か合った訳じゃなさそうだし、そこまで怒ってもいなさそうで安心した。

 また放課後になったら、しっかり謝ろう。そう心に誓った所で――。


「八千代君。昼休みに職員室に来なさい。それまで携帯は私が預かりましょう」


 携帯を操作していたことなど全く隠せていなくて、古町先生に取り上げられてしまった。

 おかげで教室にクラスメイトの失笑が響いている。

 あ、でも、幸介はかなり驚いた表情をしているな。

 まあ、全て自分の浅慮せんりょの結果だ。

 反省して残りの授業は真面目に取り組むことにしが、最後にふと、上近江さんに視線を移すと――。


 いつも綺麗な姿勢をしているけど、今は心なしか、いつもよりも背筋が伸びている気がした。

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