第18話 僕は年上に弱いのかもしれない
「
ポットやカップを片付けてから、事務所へ向かう途中にお姉さんはお礼を口にした。
礼を言いたいのは僕の方だからお礼を言い返しておく。
「いつも1人で飲むので、誰かと紅茶を飲む時間が楽しいことを僕も初めて知ることができました。だから、こちらこそ感謝です。ありがとうございます」
「ふふふっ。郡くんに新しい気付きをあげることができて光栄だわ」
本当に綺麗に笑う人だなと感心しながら、階段を上り進める。
ティータイムの時に簡単に説明されたが、建物は2階建ての店内は1階部分だけとなる。
1階には、店内の他にキッチンと大きな冷蔵庫。
2階は事務所と書庫、広さ8帖くらいの休憩室、更衣室等がある。
それと、外にある離れは倉庫になっているらしい。
それなりに敷地が広いため、つい、『家賃高そうですね』と呟いてしまったが、どうやら持家のようだ。
こんな好立地に? と、さらに驚かされてしまった――。
事務所の前に到着すると、お姉さんが『少し散らかっているけど、どうぞ』と言って扉を開ける。
約3カ月前にも似た言葉を聞いているため、嫌な意味で『ドキッ』としながら事務所に入るが――。
どうやら
勧められた椅子に座り、一応準備しておいた履歴書を渡したところで1つやり忘れていたことを思い出す。
多分、身元保証人のサインとか必要になるよな。後で、
最後に
僕が成人するまでは光さんに頼むしかないのだから――。
「履歴書預かります。でも、言わなくても準備するなんて、さすがだね郡くん。あら――」
何かまずいことでもあったかなと思いお姉さんの顔を見る。
「簿記の資格持っているの?」
「はい。いろいろ便利だと考えて、時間もありましたし入学前に取りました。亡くなった父が税理士でしたので、その影響もあったかもしれません」
「偉いわね。1級の取得も考えていたりするの?」
仕事を手伝ったりした訳でないから、直接的な影響は皆無だが……父さんが事故で亡くなった後、気を紛らわすため勉強をしたから、間接的に影響があったのは間違いがないし、便利だと思ったことも確かだ。
それと、1級も勉強しているがあまり深く考えていない。
2級と3級は、毎日のように試験が受けられたため気楽に取ることが出来たが、1級については……まあ、高校生の内に取れたらいいな。くらいにとどめている。
その旨をお姉さんに説明する――。
「やっぱりしっかりしていて偉いわね。私は大学生の時に、必要に感じて取ったから郡くんのことを見直しちゃう。その、お父様が亡くなられているなら……今はお母様と?」
上近江さんのお姉さんは少しだけ聞きにくそうに質問をする。
あまり気を使わせたくないので、重く捉えられないようなノリで伝える。
「少し事情がありまして、高校に入ってから1人暮らしなんですよ。妹のような可愛い猫も一緒なので今の生活を満喫していますし、気にせず何か聞きたいことがあれば質問して頂いて大丈夫ですよ。身元を保証するサインとかも心配はいらないです」
お姉さんは気のせいかと思えるくらい、一瞬だけ表情を曇らせてから柔和な笑顔に変え、それから机の上に置いてあるクリアファイルの中から1枚の紙を取り出し手渡してくる。
「そぉ? 聞いたら郡くんのプライベートについてどんなことでも教えてくれるのかしら? あと、これ。誰か対象の人からサインもらってきてね。それとね、私も
「……答えられることには答えますよ。サインは今週中にはお渡しできると思います」
そう返事しながら携帯をカバンから取り出し、我が家のクロコをお見せする。
お姉さんは僕の心情を察してか、明るく対応してくれているのでせめてものお礼だ。
それに、クロコは可愛いから自慢したい気持ちもある。
「かああわいぃ~~~! 黒にゃんこさんだっ! ちょっと、そっぽ向いている様子も可愛すぎるぅ~!!!」
返事そっちのけの上に携帯も取られてしまった。
本当に猫が好きなのか、お姉さんは『他には写真ないの?』と聞いてきたが、クロコは写真嫌いのため、あまり撮らせてくれないのだ。
僕ももっと可愛いクロコを紹介したいのだが、撮らせて貰えたらまた今度見せますと約束して携帯を返してもらう。
可愛いクロコに興奮したお姉さんが少し落ち着いてから、残りの手続きを再開させ、ひと通り終わらせて最後に出勤日の確認をする。
可能なら週4日勤務と言われたので、月曜火曜休みで週5日大丈夫なことを伝えると、あっさり決まった。
ただ、これだと働き過ぎてしまうから、僕が希望休を出さない時は適当に休みを入れるとも言われた。元バイト先でも似た感じたったため、特に不満もないから了承する。
お店は10時開店の20時閉店となっている。
午前勤務の従業員は9時から開店準備をして、夜は閉店後1時間で片付けをするらしい。
だから僕は、平日17時から21時まで。土日は14時から21時までとなる。
他の従業員だが、上近江姉妹を除いてあと3人いるとのことだ。
主婦が1人に、フリーターが2人。
全員融通が利くようなので、テスト期間や希望休も臨機応変に対応してくれるみたいだ。
なるべく迷惑をかけないようにするけど、どうしてもという時もあるからとてもありがたい。
「今日はとりあえずこんなところかな。お仕事に関しては、美海ちゃんと出勤がほとんど同じだから美海ちゃんに教えてもらうといいかな。あ、もちろん私も優しく教えるから安心してね? それと美海ちゃんから聞いたけど、本? 何冊か
最後に、アルバイトは明後日からと指定される。
何やら、明日はプライベートでお店を使用するため、普段の業務を教えるのに適さないらしい。
それと上近江さん。僕が言うのもなんだけど、働き過ぎじゃないかな。
僕は友達がいないから予定が入ることなど滅多にないからいいけど、上近江さんは土日とか佐藤さんと遊びに出かけたりしないのかな? まあ、余計なお世話か。
それよりも、本を借りたいことを伝えてくれていたし、これからお世話にもなる。
バイト代が入ったら、三段アイスの他にも何かお礼を考えておこう――。
「はい、分かりました。よろしくお願いいたします。本も用意して頂きありがとうございます。落としたら怖いので、1冊ずつお借りしてもいいですか?」
「それなら、残りの本は郡くんのロッカーに入れておくね。せっかくだし今から場所の説明をするから運ぶの手伝ってもらってもいいかしら?」
もちろんですと頷いて、本を預かりお姉さんの後に着いて行く。
更衣室に到着して中の説明を受けているところだが――。
「……あの?」
「ん? どうしたの、郡くん?」
「男女共有のように見えるのですが?」
更衣室の中は10人くらいが入れるほどの広さとなっている。
元々は女性限定で募集していたのだ、男性用の更衣室がなくても不思議ではない。
それならば、多少不便だけどトイレや休憩室などで着替えたりすることも出来る。
「ダメよ? 覗き見たりしたら?」
「…………」
「ふふっ。冗談よ。女の子が使用中の掛札と郡くんが使用中の掛札を用意したから、更衣室に入る時はこれを扉の外に掛けてね」
返事に困り固まっていると、冗談と言われ掛札を渡された。
「上近江さんのお姉さんは意地悪なお姉さんですね」
「郡くんは意地悪なお姉さんは嫌い? それと――」
お姉さんはとても意地悪そうな表情をしている。
「上近江さんのお姉さんって長いと思わない? もう一緒に働く仲間になるのだから、そろそろ私のことを名前で呼んでくれてもいいと思うのだけれど?」
「店長と呼んだら――」
「それは
僕が店長と呼ぶことを読んでいたのか、最後まで言わせてもらえなかった。
上近江さんのいないところで、上近江さんを名前で呼ぶことなど決められるわけない。
悩んでいる間も僕の顔を見ている綺麗な人は、ずっとニコニコとしている。
少し憎たらしくて頬を抓りたくなるけど我慢だ。
そんなことしたら、何倍にもなって返ってきそうだしな。
煽らず笑顔で僕の返事を待っているお姉さんを見るに、きっとお姉さんの中ではゴールが見えているのだろう――。
「……改めて。暫らくお世話になります。美空さん」
「はい、こちらこそっ。よくできました、郡くん。偉いぞ!」
美空さんは僕の頭を撫でながら満足気な笑みを浮かべ、最後に褒め言葉までプレゼントしてくれたところで、今日の手続きが終了となったのだ――。
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