第17話 放課後ティータイム

 やっと――。

 待ち遠しかったお昼休み開始のチャイムが鳴って、午前最後の授業が終了する。

 今日は朝からいつもより体力も気力も使ったからか、11時くらいからずっとお腹がなっていたのだ。

 明日からは、トーストだけで済ませないでもっとしっかり食べた方がいいかもしれない。


 弁当箱を取り出し幸介こうすけを待っていると、いつものように席まで来てくれたが手には何も持たれていないようだ。

 今日は下のコンビニで買うのかなと思っていると。


「悪い、こうり。今日は彼女と食べていいか? 朝から凄いご立腹で……本当に悪いッ!」


「気にしないで大丈夫だよ。彼女の所に行ってあげて」


 言葉通り、僕に気にしないで彼女を優先してほしい。

 少し寂しいけど、幸介の恋を応援したいからな。

 本当に気にしなくていいのに、幸介は申し訳なさそうに教室から出て行った。

 その幸介に釣られて、幸介に気があると思われる女子も出て行くようだ。

 というか、ほとんどの女子だ。呑気にその様子を眺めていると――。


 ――あいつ、いよいよはたにも見限られたんじゃね?

 ――いつも一緒にいて邪魔だったのよね。


 と、聞こえきたが、別によくあることだから気にはしない。

 それに幸介がそんな人でないことは僕が一番分かっている。

 何か僕に不満があれば、必ず直接言ってくる。

 だから気を取り直して、机の上にお弁当を広げると携帯が鳴った。


『私は八千代やちよくんの良い所たくさん知っているから!!』


 ショートメールの相手は上近江かみおうみさんだ。確認と同時にさらにメールが届いた。


『……八千代くんも私たちと一緒にご飯食べる?』


 上近江さんの方を見ると、佐藤さんと和やかに話をしながら机をくっつけている。

 どうやってメールを打ったのだろうか。まあ、でも――――。


『ありがとう、上近江さん。1人で食べるから大丈夫だよ。でもメールは嬉しかった』


 嬉しかったので素直にそう返す。

 たった1日でどうかと思うけど、上近江さんとはもっと仲良くしたいから、とりあえずメールの文面から敬語を取り外してみた。

 すると『ガタンッ』と前の方から音が聞こえてきた。


「ど、どうしたの!? 美海みうちゃんっっ。お膝ぶったの? 大丈夫~?」


「だ、大丈夫だよ。のぞみちゃん。何でもないよ」


「そう? それならいいけど。私、お手洗い行ってくるから、美海ちゃんは先にご飯食べてて!」


「望ちゃんと一緒に食べたいから、待っているよ。いってらっしゃい」


 幸介と一緒にクラスの中でも賑やかな人たちがいなくなり、比較的に静かな人しか教室に残っていないため、上近江さんと佐藤さんの会話が聞こえてきた。

 どうやら上近江さんが机の下に膝をぶつけみたいだ。痣にならないといいけど。

 1人心配をしていると、またショートメールが届いた。


『八千代くん、朝教室で私のこと無視したよね?』


 敬語について何か突っ込まれるかと思ったけど、特には触られることはなかった。

 あと朝のことはバレていたらしい。

 でも無視した訳じゃないからとぼけることにする。


『なんのこと?? 膝、大丈夫?』


『とぼけてもダメだよ? 膝? なんのこと?』


 とぼけ返しされた。

 何のけなしに携帯画面から上近江さんに視線を移すと、真顔でこっちを見ていた。

 ちょっと怖いから謝っておこう。


『ごめん。今度アイスご馳走するよ』


『もう、やっぱり!! 私、三段のアイスがいい』


 高くついてしまったけど、仕方がない。


『了解です』


 返事した後にもう一度見てみると、携帯を見ながら嬉しそうに頷いていた。


『いつがいいかな? 土曜日なら午前中、来週なら月曜日が空いています。八千代くんは?』


 そんなに三段アイスが食べたいのか。女子は甘いものが好きだって聞くからな。

 まあ、こういう約束は早く果たした方がいいしな――。


『今日、お店に行く前かその後は?』


 公園で待ち合わせをして着替えてから行けば大丈夫かと思い誘ってみる。

 すると2通続けてショートメールが届いた。


『ごめんなさい。お姉ちゃんには言ったんだけど、今日望ちゃんとお買い物に行く約束があってお店行けないの』


『私からアルバイトしようって誘ったのに、ほっぽっちゃってごめんね』


 お姉さんに言われただけで、上近江さんには直接予定を確認していなかった。

 少し残念に思うけど、『気にしないで』と、返事しておく。

 メールを送ると同時に佐藤さんが戻ってきたため、やり取りはここで終了となる。


 今朝は少し甘いと思った鳥そぼろと玉子の2色弁当は、ちょうどいい味になっており美味しく食べることができた。


 お腹を膨らませた後は――さて、図書室に向かおう。

 司書の女池めいけ先生に合鍵について、改めて挨拶しないといけないからな。

 女池先生の距離感は少し苦手だが、仕方ない。

 教室を出て階段で下の階に下りる。そのまま誰に声を掛けられることなく、図書室の中に入室する。

 図書室に中には、さらに司書室があり、プレートに『女池めいけ初子ういこ』とある。

 外からでも女池先生の姿が確認できたので扉をノックする。


「女池先生。こんにちは。八千代です。今よろしいでしょうか?」


「は~い、八千代君ねぇ~、待ってたわぁ~! どうぞ入って~」


「失礼いたします」


 扉を開き司書室に足を踏み入れるが、本……というか紙? の匂いがする図書室とはまた違った匂いが嗅覚を刺激してくる。

 幸介は友人も多い。そのため昼食後は隣のクラスに遊びに行ったりするから、僕は図書室で時間を過ごすことも多く、女池先生とも図書室で何度か言葉を交わしたことがある。

 だが、こうして司書室に入ることは初めてだから少しだけ緊張する。女性らしい甘い匂いが香ってくることも原因の1つかもしれないが――。


「あ、内緒のぉ、お話をするからぁ、鍵は『クイッ』てぇ、閉めてねぇ~」


 指示された通り鍵を閉めると『よくできましたぁ~』と褒められる。

 司書室ではたまに、女池先生と生徒が話している姿を見かけるが何か相談事や内緒の話をする時にも使ったりしているのかもしれない。

 女池先生はタレ目が特徴的だが、古町先生同様に綺麗な顔立ちをしていて、きっちりとした古町先生とは口調や性格が反対で、ふんわりした空気を持っている人だ。

 まだ年齢も若く、雰囲気的にも相談しやすいのだろう。

 そのため、図書室を利用する生徒からは、とても人気の高い先生となっている。

 僕個人としては古町先生の方が相談しやすいなと考えていると――。


美緒みおちゃん先生からぁ、聞いているわよぉ~。八千代君がぁ、合鍵を預かったんだってねぇ~?」


 美緒ちゃん先生?

 朝、上近江さんから話を聞いたせいか、そんな呼び方をしていて怒られないか心配になる。


「はい。信用してくださり、預からせていただきました。何か書いた方がいいでしょうか?」


「もぉ~、八千代君かったぁ~~い!! 美緒ちゃん先生そっくりなんだからぁ~!!」


 ウフフフッと笑いながら肩を叩かれる。

 生徒と教師の距離感じゃないため、どうも調子が狂ってしまう。


「先生と生徒なのですから。これが適切だと思います」


「やだぁ、もぉ~、昔の美緒ちゃん先生とぉ、同じこと言ってるぅ~」


 2人は知り合いなのかな?

 名の呼び方から察するに、仲のいい関係なのかもしれない。


「女池先生と古町先生は昔からのお知り合いなのですか?」


「高校からのねぇ~、懐かしい。だからぁ、美空みくちゃんともぉ、お友達なんだよぉ~! 美海ちゃんわぁ、今年初めましてだけどねぇ~。美海ちゃんもぉ、可愛くてぇ、いい子よねぇ~」


 古町先生から聞いたのか、僕と上近江さんのお姉さんが知り合いなことも、すでに知っているようだ。


「不思議な縁ですね」


 すると、けして崩れることのなかった笑顔が消えさり真顔となる。

 そのままジっと僕の目を射抜いてくる。

 ガラリと雰囲気が豹変ひょうへんしたことに驚きつつ、目を離せず女池先生の言葉を待つ。


「ん、いいかな。古町先生が鍵を渡したくらいだから何かあるのか気になったけど…………八千代君たちならぁ、いつでもぉ、図書室使っていいわよぉ~。私、推しちゃうんだからぁ~!! あぁ、それとぉ、あの辺わぁ、カメラに映らないからねぇ~?」


 何に対して認めてもらえたのか不明だし、ころころ雰囲気が変わることに戸惑いもしたが、とりあえず返事をする。


「……ありがとうございます。ご迷惑はお掛けしないように気をつけます。それと、監視カメラについては生徒に教えない方がいいと思いますよ? 聞かなかったことにしておきますが」


「やっぱりかた~~~~い!!!!!!」


 と。

 笑いながら『あとわぁ、教室にぃ、戻っていいわぁ~』と言われたので、挨拶して司書室を退出、そのまま教室へ戻ることにした。

 掴みどころのない先生だったけど、どこか憎めない雰囲気を持っている先生だ――。


 教室に戻った後は少しだけ本を読み進めて、午後の授業を迎えた。

 体調は回復したようで、昨日のように寝たりすることなく最後までしっかり受けることが出来た。


 放課後になってすぐ、幸介は彼女と会うため『また明日』とだけ言って早足に帰宅して行った。

 会わないと『いけない』と言っていたことに引っ掛かりを覚えたが、気にしても仕方ないし、準備して上近江さんのお姉さんとの話合いに向かうとする。

 分かりにくい道だが、すでに二度行っているから迷ったりはしないだろう――。


 フラグが立った訳でもなく、道中で紅茶を購入した後でも迷わずお店の入り口まで到着することが出来た。

 紅茶を購入した理由は、昨日勧めたことだし手土産として渡すことに考えたからだ。

 上近江さんのお姉さんの姿は、外の扉から見えない。

 今のうちにシャツの襟を正し、ネクタイを締め直してしまう。

 そして扉に手を掛け、そのまま開くと『チリンチリン~』と、鈴の音が鳴り、奥から上近江さんのお姉さんが柔和の笑顔を浮かべ出てきた――。


「郡くん、こんにちは。楽しみに待っていたわよ」


「上近江さんのお姉さん、こんにちは。改めてよろしくお願いいたします」


「ええ、こちらこそよろしくね。とりあえず、コーヒー淹れるから昨日と同じ所にかけて待っていてもらってもいい? あ、その前に。間違えて誰か入ってきても困るから鍵を閉めてもらってもいいかしら?」


「はい。わかりました。あと、これ。昨日お勧めした紅茶です。ティーバッグタイプなので道具がなくても飲めると思います。せっかくなので2人で飲んでもらえると嬉しいです」


 手提げ袋に入れたままの紅茶をお姉さんに手渡し、入口の扉の鍵を閉めに戻る。


「昨日、チョコも頂いたのに紅茶まで……ありがとう。郡くんっ」


 そう言って嬉しそうにしてくれているから、僕も嬉しくなる。


「いえ、自己満足みたいなものなので」


「ふふっ。そうだわ! せっかくだから、郡くんにお願いしようかしら。紅茶、淹れてもらってもいい?」


 簡単だし時間も掛からない。特に異論もないので了承する。


「分かりました。では、キッチンをお借りしてもいいですか?」


「やったっ。でも、美海ちゃんに怒られちゃうかな? ん~、ま、いっか! 郡くん、どうぞ入って。あと、何か必要な道具があれば言ってね?」


「先に飲んでも上近江さんは怒ったりしないんじゃないですか? もし、気になるようでしたら今日はやめておきますけど」


 カウンターの中へは入らず返事を待つ。


「そうだけど、そうじゃないんだよね。でも、今日は朝から郡くんが淹れてくれる紅茶が飲みたい気分だったから、お願いします」


 そんなピンポイントな気分があるのかと言いたくなるが、見惚れそうな程の綺麗なお辞儀でお願いをされたので、黙ってカウンターの中に歩みを進める。


「もしあればガラスのティーポットとタオルをお借りしてもいいですか?」


 どちらもお店にあるようなので道具を借りて、簡単にキッチンの説明を受けてから紅茶を淹れ始める。

 お湯が沸騰したら、ポットに少量のお湯を入れて温めておく。

 その間で、ティーバッグを広げ中の茶葉をほぐすため軽く振り、余分な微粉びふんを落とす。

 こうすることで渋みや苦みが抑えられるのだ。

 そうしたら、先に入れたお湯を捨てて再度、沸騰したお湯をポットに注いでからティーバッグを入れて蓋をする。

 この時、熱が逃げないようにポットの下にはタオルを敷いておく。

 2、3分程蒸らしたら完成なので携帯でタイマーをセットする。


 お姉さんは僕の様子を終始静かに見ている。

 途中、ポットを覗くとティーバッグの中で茶葉が小さく踊っているのが見えたが――。


「あの……綺麗な顔が真横にあると緊張してしまいます」


 今日のお姉さんは髪をハーフアップにしていて、大人可愛く見えるから余計にだ。

 女性の髪形について詳しくはないけど、義妹いもうと美波みなみのおかげでハーフアップだけは分かる。


「え? 郡くん、何を見ているのかなと思って。ダメ?」


「……ティーバッグだと少し見えにくいですが、中で茶葉が踊っているように見えませんか? ジャンピングという現象なんですが」


 ポットを見て『ほほ~う、これが。綺麗ねぇ』と感想を漏らすお姉さんから離れる。

 上近江さんもそうだが、お姉さんも距離が近い。

 2人とも綺麗なのだから、もう少し警戒心を持った方がいいと思う。

 余計なお世話かもしれないが、男性と話す時は適切な距離感を維持した方がいい。

 でないと、そのうち大変な目に合いそうで心配になってしまう――。

 そんなことを考えていたら、時間が経ち、携帯のアラームが鳴る。


「出来上がりです。カップに注ぎますね。ちなみにこれはアッサムのカルカッタオークションという紅茶です」


 説明しながら温めておいたカップに紅茶を注ぎ入れる。

 ちなみに、もう1つダージリンを購入したけど、少し苦みもあるアッサムで好みかどうかの反応を知りたくて、今回はアッサムに選んでみた。

 もし、苦みが気になるようならミルクティにしたら美味く飲めるだろうし。


「んんっ、いい香り。それでは。郡くん、いただくわね」


「はい、温かいうちにどうぞ」


「美味しいっ! コクが深く渋みもなくてとっても飲みやすい……この苦みも少しクセになりそう。ティーバッグでもこんなに美味しいのね? それとも、郡くんが淹れてくれたから美味しく感じるのかな?」


「口にあったようで良かったです。もし、苦みが気になるならミルクティでお勧めしようかと思っていました。茶葉が新鮮ならティーバッグも美味しいと店員さんに教えてもらったんです。だから僕は関係ないですよ。中に淹れ方の説明書も入っているので、上近江さんとも試してみてください」


「ふふふっ、そうさせてもらうわね」


 幸せそうに紅茶を楽しんでいるお姉さんの姿は、上近江さんとそっくりで、やっぱり姉妹だなあと思ってしまう。


「今日は私が準備してみましたっ。よかったら食べてね」


 そう言ってテーブルに出された物はチーズケーキだ。

 とても美味しそうなので、ありがたく頂戴する。


 お姉さんとちょっとした世間話をしつつ、紅茶と一緒にチーズケーキを頂いて、夕方のティータイムを満喫したのだった――。

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