第13話 正式にクビになりました
強制的に指切りをさせられた後、エプロンを返すと夜ごはんも一緒に食べようと誘われるが、用事があると伝え丁重にお断りした。
明日もお姉さんと会うならば、今日のうちに元バイト先に私物を取りに行きたいと考えたからである。
クロコは言葉を理解しているからか、遅くなることを伝えずに出掛けたのに帰りが遅くなると、しっかり抗議してくるのだ。そのため本当なら遅くなり過ぎないうちに帰りたいが……まあ、今の時間も少し怪しいかもしれない――。
帰り支度を済ませ玄関へ移動し、改めて学生証のお礼とアルバイトとして採用してくれたお礼を
それと忘れてはいけないことが1つ。
今日のことや僕との関係は内緒にしてほしいこと、学校では今まで通りにしてほしいことをお願いした。
すんなり頷いてくれると考えていたが、上近江さんはあっさり『嫌』と言って拒否した。
だが平和な学校生活を望む僕は、学校のみんなに説明も手間なのと誤解を与えても面倒だと説得を試みた。
そして渋々と――本当に渋々だけど、何とか了承してもらうことが叶った。
「では、今日は本当にありがとうございました。上近江さんと仲良くなれて嬉しかったです。お姉さんにもよろしくお伝えください」
「私、まだあまり納得していないから、後日このお話の続きをするからね。あと、私も
納得してもらえていなかったようだ。
でも明日1日は凌げるので、それまでにどうしたらいいか考えておこう。
友達と言われたことも嬉しいし、今日は十分だ――。
「はい、分かりました。ではお邪魔しました。上近江さん、また明日」
「…………」
聞こえていないことはないだろうけど、返事がない。
また何か怒らせてしまったかな。そう頭によぎるが――。
「連絡先……教えてほしい、です。お姉ちゃんとは交換したのに私とは?」
「僕には教えたくないって言っていたと思うのですが?」
上近江さんの自宅に上がることを回避する為に、連絡先を聞いたけど一度断られているのだ。
「あの時は教えたら八千代くんすぐに帰っちゃいそうだったし……もっとお話もしたかったから。教えたくないとか言って、ごめんね」
そういうことかと1人納得し、携帯電話を取り出して上近江さんと連絡先を交換する。
嬉しそうに携帯電話の画面を見ている上近江さんに不思議に思うが、その様子に僕も嬉しくなったので、特に何かを言ったりはしない。
そして今度こそ『また明日』と別れを告げ、上近江さんのお宅を後にする――。
携帯の時計を見ると20時過ぎである。
色々あったけど、滞在時間は1時間くらい。
あっという間のような、もの凄く長くも感じた1時間であった。
本格的にクロコが怒りそうだなと思いながら、元バイト先の番号を電話帳から探して電話をかける――。
『お待たせ致しました。ヴァ・ボーレ、
『大槻先輩、お疲れ様です。八千代です。忙しい時間帯にすみません。副店長はまだ勤務中ですか?』
『やっっく~~ん????』
――八千代くんなら、やっくんだね!
と、アルバイト初日に僕に可愛らしいあだ名をつけてくれたのは『
アルバイトの仕事を教えてくれた山吹色の髪が似合う美人さんだ。
同じ
でも確か、月曜日は出勤じゃなかったと思ったが――。
『お~つ~か~れ~さまです。じゃないよ!! やっくん!! 無断で休んでいるやっくんの代わりに出勤しているんだからね!? でも珍しいね……何かあった? 大丈夫なの?』
怒りながらも心配してくれる大槻先輩は面倒見が良く、他のアルバイトからも慕われていて、僕に仕事を教えてくれた人でもあるし、何かと世話も焼いてくれる良い先輩だ。
だけど――僕は無断で休んでいることになっているのか……。
副店長がどうしてそんなことを言ったのか疑問だ。
何か理由があるかもしれないし、今は退職したことを伏せて大槻先輩には謝罪しよう。
『大槻先輩、ご迷惑をお掛けしてすみません。そのことで副店長にお話があるので、もし、まだ居るようなら代わってもらってもいいですか?』
『迷惑とかではないけどさっ。何か事情があるんでしょ? それなら相談してよね? とりあえず、あいつはいつも通り事務所にこもっているから今から代わるよ』
――あとで顔出しに来てね?
と、言葉が続き、僕が返事をする前に保留音に切り替わる。
副店長のことを相変わらず『あいつ』呼びなんだな。
大槻先輩の凄いところは、副店長本人に向かっても『おい』だの『おまえ』だの呼ぶところだ。
プライドの高い副店長だから、怒りそうなのに不思議と何も言ったりしない。
もしかしたら、僕の知らない所で大槻先輩に何かきついことを言われているのかもしれない。
大槻先輩は気に入らない人に対して
大槻先輩にはお世話になったし最後に挨拶もしたいので、副店長と話が済み私物を回収したら顔を出そう。と、考えていると保留音が切れる。
『あ、八千代くん? 今日来るの? 君の私物なら事務所にあるからそのまま来てもらっていい? あ、ちゃんと裏からね。あと30分で俺も帰るから急いで来てね』
高価な物などは特にないけど、許可もなくロッカーから私物を持ち出されたことに不満を感じるが、早く済ませたかったのですぐに向かうことを伝える。
『はい。5分で行きますので、また
『ん、りょ~か~い――』
雑に返事をされてそのまま電話を切られた。
前までは良く思われてはいなかったけど、もう少し親切にしてくれていた。
だからその
モヤモヤした気持であるが、今日で最後だと自分に言い聞かせる。
とりあえず、副店長の気が変わって帰宅される前にと思い、急ぐことにした。
駆け足でお店に辿り着き、その後手続きが全て終わる――。
「では、短い間でしたがお世話になりました」
「ん。まだ営業中だし、帰りも同じく裏から出て行ってね~。じゃ、元気で」
お店に到着した後は、言われた通りそのまま裏から事務所に入った。
そして、最後の給料のことなどの説明と簡単な手続きで僕の3カ月に満たない初めてのアルバイトが終了となった。
給料については、僕が水をかけてしまったお客様へのクリーニング代を差し引いて振り込むと言われた。
これは僕の責任なので何も問題はない。
だけど副店長はやり取りの間、最後まで僕と一切目も合わせず、ずっと携帯電話を操作していた。
覗いた訳ではないが、何かのパズルゲームをしているのが見えた。
今日1日、良いことが続いていただけに少しだけ悲しい気持ちになった。
それに、僕の無断欠勤についても聞くことが出来なかった。
最後に大槻先輩と挨拶がしたかったけど、お店の外から店内を覗いたら凄く忙しそうにしていたので、諦めてそのまま帰ることにした。
連絡先は知らないが同じ学校だし何とかなるだろう。
3年生の教室に行くのには勇気がいるけど、世話になった礼くらいは尽くさないと。
「ふう――」
ため息を吐き出しつつ時間を確認するため携帯電話を取り出すと、2件のショートメールが届いていた。
『八千代くん、カレー美味しかったよ! 今度は一緒に食べようね。今日は本当にありがとう!! 改めて、明日からもよろしくお願いいたします』
『
相手は上近江姉妹のようだ。
普段、誰かとメールでやり取りをすることもないので、僕はアプリとかはやっていない。
副店長との会話で沈んだ気持ちだったが、姉妹2人のおかげで元気が貰えた気がする。
カレーは上近江さんが作ったんだけど、まあ、美味しかったなら何よりだ。
時間を考えると、お姉さんは僕が家を出てすぐに帰ってきたのかな。
とりあえず、返事をする前に通行人の邪魔にならないように道の端に寄ろう。
2人には何のことか分からないだろうけど、元気にしてもらえた感謝もしっかり込めて返事を打つ。
メールを送信して顔を上げると、どことなくカレーの匂いが漂ってきた。
僕も夜ごはんはカレーにしよう。
そう決めて、コンビニでレトルトカレーを買ってから帰路につく。
そしてやっぱり――。
家に帰るとクロコに『ウナァ~』と怒られたのだ。
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