第31話 満員電車

「おまたせっ!待ったかな?」


「いや、全然?僕もちょうど今来たところだから」


 なんてラブコメのテンプレを使ってみる。

 本当は15分前からここで待っている。

 でも、そんなことを本人に言ったらとてつもなく雰囲気が悪くなるので絶対に言わない。


「それうそでしょ~まあ、そういう事にしとくけど」


「あはは。ありがとう」


 最近待ち合わせでこんなやり取りをする人たちは本当にいるんだろうか?

 なんて疑問を抱きながら僕は海ちゃんを見る。

 やっぱり可愛い。

 いや、綺麗といったほうが正しいのかもしれない。

 僕はどうしても昔の海ちゃんの印象が抜けないからやっぱりどうしても恋愛対象としては見れない。

 これは多分紫苑と付き合っていなくても同じことだと思う。


「ん?どうしたの海くん。私の顔に何かついてる?」


「いや、そういうわけじゃないよ。その服似合ってるね」


「そう?ありがと!」


 海ちゃんの綺麗な金髪の邪魔をしないような色合いの白いワンピースを着ている。

 海のように綺麗な青い瞳も相まってその姿は天使のように見えた。

 周囲からもかなりの視線を集めていてなんだか紫苑と一緒にいるときよりも視線を集めている気がする。


「今日はどうするの?なんにも聞いてないけど」


「久しぶりに一緒にいたかっただけだから特に決めてないかな~でも、とりあえずどうしようね」


「なんだよそれ」


「だって~まあ適当にぶらぶら歩こうよ!気になるお店があればそこに入ろうよ!」


「行き当たりばったりだな~まあいいけど。でも、ここら辺はお店とかないからとりあえず電車で街のほうまで行こうか」


「わかった!」


 海ちゃんは終始テンションが高いままで電車のホームに歩いて行った。

 本当昔から相変わらず元気な子だ。

 無計画で行き当たりばったりなところも昔から変わらない。

 だからこそ、僕は海ちゃんを恋愛対象として見られないんだと思う。


「海ちゃんは来年うちの高校を受けるんだよね?」


「うん!海くんがいるって聞いたから受けることにしたの。まあ、まさか好きで追いかけたのにその追いかけた人に彼女がいるなんて思わなかったけどね~」


「その件に関してはごめんなさい」


 ジト目を向けられると素直に謝るしかない。

 だって、約束を反故にしてしまったのは僕のほうだったからだ。

 いくら僕にその気がなくても、適当に返事をしてしまった結果だったとしても約束を反故にしてしまった事実は変わらないのだから。


「別にいいよ~来年同じ高校に入学してから正式に海くんのことを攻め落とすから!」


「あはは。お手柔らかにね」


「うん。うかうかしてたら私が海くんをもらうからね」


「僕はうかうかしているつもりはないんだけどね」


「やっぱり海くんは昔と少し変わったね。昔はもう少しメルヘンチックな性格だった気がするんだけど」


「そうかな?自分ではそういうのわからないからさ」


 というか、メルヘンチックな性格ってなんだ?

 人の性格を例える言葉でメルヘンチックなんて言葉今まで生きてきて聞いたことが無いぞ?


「だね。でも海くんは変わったと思う。もちろんいい方向で。それは藤音さんの影響なのかな?」


「どうだろうね。確かに紫苑のおかげで救われたし考え方も多少変わったと思うけど」


「そっか~かなり強敵だな~」


 海ちゃんはすこし残念そうに腕を組んでうなっている。


「で、なんでこの時間帯にこんなに電車こんでるの?」


「わかんない。でも、結構ぎゅうぎゅうだね」


 電車に乗り込んでしばらくするとかなり多くの人が電車に乗ってきていまや満員電車状態になっている。

 時刻は午前九時なのでそんなに人は多くないはずなんだが。

 なにかイベントでもあったのだろうか?


「かなりしんどいね。あと駅までどれくらい?」


「20分くらいかな。大丈夫?」


「ちょっと苦しいかな。でも海くんが防波堤になってくれてるから少しマシだよ」


「ならよかった」


 今、僕たちは壁際にいる。

 海ちゃんは壁に背中をつけていて僕は正面から海ちゃんに壁ドンをするような形で立っている。

 後ろの人が強い力で押してくるけど海ちゃんが押しつぶされないように両腕に力を入れてそれを防いでいる。

 でも、電車の揺れとかで腕の力が少し弱まるとその、当たってしまうのだ。

 何がとは言わないけどとても柔らかいものが僕の胸のあたりにむにゅっと当たって潰れている。

 いやいや、考えるな。


「なんだか、顔赤いけど海くん大丈夫?」


「うん。大丈夫。それより海ちゃんは苦しくない?」


「今のところはね。海くんのおかげだよ。ありがとう」


「うん、どういたしまして」


 そんな会話を交わしながら20分間僕は胸のあたりの感覚をできるだけシャットアウトして過ごすのだった。

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