第13話 勘違いとビンタ

「ここは?」


 白い天井に消毒液の匂い?

 ここって病院か?

 なんで僕が病院なんかに。


「海星起きた?」


「し、おん?」


「ねえ、私今すっごく怒ってるんだけどわかる?」


 確かに紫苑は今まで見たことのないくらい怖い顔をしていた。

 でも、心当たりがない。

 僕、紫苑に何かしたかな?


「怒ってるのはわかるんだけど何に起こってるのかがわからない。ごめん」


「本気で言ってるの?」


「ごめん」


 わからないから僕には謝ることしかできなかった。


「なんで海星は何も言ってくれなかったの?」


「何のこと?」


 何も言わなかった?

 特にいうべきことなんてなかったと思うんだけどな。


「体調のこととかそのほかのことも全部!」


「別に体調が悪いわけじゃないよ。それにそんな些細なことで紫苑に心配かけさせたくないし」


 それにもう紫苑には別の人がいるじゃないか。

 だからわざわざ僕のことなんか気にしなくてもいいのに。

 僕なんかのことは忘れて紫苑には幸せになってもらいたい。

 だから、僕は僕というノイズがこれ以上紫苑に干渉しないように距離を置いたんだ。


「そんなに私って頼りないかな、」


「え?」


「だって海星は私に何も言ってくれない。それって、海星にとって私は頼れる人間じゃないからなんでしょ。」


 紫苑は目を潤ませながらぽつぽつと話している。


「そんなことないよ。でも、いつまでも僕なんかに構ってたら紫苑のためにならないから。」


 僕なんかといても不幸になるだけだ。

 早く僕なんかのことは忘れてあのイケメンの人と幸せになって欲しい。


「なにそれ?どういうこと?」


「そのままの意味だよ。僕に気を使わないであの人と付き合ってくれて良いんだよ?僕みたいなやつと今まで付き合ってくれてありがとう」


「ちょっと待って!意味わかんない事言わないで!あの人ってだれ?そもそもなんで別れるみたいなこと言ってるの!」


「だから、この前紫苑と一緒に歩いてた男の人だよ。イケメンで楽しそうに話してた人」


「それ、私の従兄弟だよ?」


「、、、え?」


 従兄弟、、、、、?

 それって血のつながりがある的な奴?

 つまり、僕は血縁者に嫉妬してたってこと?


「もしかして、私が浮気してると思ったのかな?」


「いや、そういうわけじゃ無くて、」


「とりあえず歯食いしばってね?」


「はい」


 その後パチーンという音が病室に響き渡った。

 それはもう豪快に一瞬頬が無くなったかと思うほどの衝撃が襲ってきた。


「さて、いったん制裁を加えたところで詳しく話を聞こうか海星?」


「、、、」


 いつも見ているはずの紫苑の顔がとんでもなく恐ろしく見えた。

 あのイケメンの人が従兄弟だとわかって安心する気持ちとそれでも自分がやっぱり彼女にふさわしくないと思う気持ちの両方がある。

 でも、それ以上に今は紫苑に対する恐怖が勝る。


「海星?」


 おっと、どうやら今回は無言で乗り切るのは無理そうだ。

 なによりそんなことをしたら本気で殺されるかもしれない。

 今の紫苑にはそう思わせるだけの気迫があった。


「はい」


「言いなさい」


「わかりました」


 彼女は人を殺せそうな目で僕のことを見つめてきた。

 流石にここで口をつぐんだらビンタの一発程度じゃすまない気がする。


「あのですね、最近紫苑のいないところでよく釣り合ってないとか言われるんです」


「それで?」


「で、少し気分が落ちてる時にあれを見てしまってお似合いだなって思いまして」


「つまり、海星は自分が私と付き合ってることで私が幸せになれないと思ったと?」


「まあ、はい」


「次はグーかな~?」


 指をぽきぽき鳴らして紫苑は満面の笑みを浮かべている。

 でも、やっぱり僕なんかよりもいい人なんて山ほどいると思う。

 まあ、それを言ったら火に油だから言わないけどさ。


「海星って自己肯定感低いね」


「そんなことないよ。適正だよ」


「全然違うよ。海星は君が思っているよりすごい人だよ」


「そんなことない」


 そんなことあるはずがない。

 僕には人より秀でている部分がほとんどない。

 それを他人に言われて自分でもそう思っているならそれが僕自身に与えられる総評だ。

 人の価値は他人が決めるものでもあるし自身で決めるものでもある。

 でも、自身と他人が同じ意見ならそれがその人の価値だと思う。


「僕には紫苑が思ってるだけの価値なんかないんだよ」


「本当になんでそうなっちゃったのかな~例の幼馴染のせいかな?」


「そんなことは、」


「本当に?過去に酷く罵られたりしたとか人格否定されたとかない?」


「、、、」


 心当たりがないかと言われれば嘘になる。

 過去に茜にはいろいろ言われた。

 それこそさっき見た夢のような内容の。


「あるんだね。心当たりが」


「まあ、はい」


「はぁ。ちょっとそうかもと思ってたけどやっぱりそうだったんだ。海星は本当にバカなんだから」


 いきなり罵られた。


「君は自分が思ってるよりもすごい人間だよ。君が自分のことを信じられないって言うなら私のことを信じればいいんだよ。自分を卑下する自分よりも君を大好きで君に何回も助けてもらってる私のことなら信じれる?」


「それは、」


 紫苑のことなら信用できる。

 じゃあ、紫苑が信じてくれている自分自身を信用できるのだろうか?

 僕にはわからない。


「信じなさい!あと、なんで海星は倒れたの?」


「それは、いつ紫苑に別れを切り出されるのかと思うと不安で寝れなくてご飯も食べてなかったから」


「本当海星はバカだよね。恥ずかしいけど正直に言うね。私は海星以外の男に興味なんてないし海星を手放す気なんてないから。私は海星がいいの!そこらへんわかってよね」


「、、、うん」


「顔真っ赤にして。海星かわい~」


 流石に破壊力が高すぎるだろ。

 僕の彼女が可愛すぎる。


「まあ、今回は私も要件を言ってなかったから許してあげる。今度そんな勘違いしたら絶対に許さないから!」


「わかりました」


 ここまで言われて紫苑を疑えるわけもない。

 もう、あんなことを考えるのはやめよう。

 紫苑がまっすぐに僕がいいと言われてはこれ以上僕なんかがと考えるのは失礼だし何より紫苑に対する裏切りになってしまう。

 紫苑が僕がいいといってくれたなら僕は紫苑のために全力で出来ることをしよう。


「よろしい。体調はもう大丈夫?あ!ごまかすのは無しだから」


「だいぶましかな?まだちょっとだるいけど」


「そっか。さっきお医者さんから話聞いたけど栄養失調らしいよ。その点滴終わったら退院?していいって」


 病院のベッドに寝かされてはいるけど服は制服のままだからこのまま帰っても多分大丈夫なのだろう。


「わかった。今回の件は本当にごめん」


「いいよ。私も海星を不安にさせちゃったし今回は許す。次やったら監禁とかしちゃうかもね?」


「それはやめてください!」


 紫苑なら本当にやりかねないから勘弁願いたい。



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