第7話 僕の前では頑張らなくてもいいんだよ

「もお~遅いよお父さん!海星を連れまわして何してたの?」


「ごめんごめん。天乃君とはちょっと個人的に話したい事があったからね。男同士の会話だから紫苑には聞かせられないな。な!天乃君」


「まあ、はい。そうですね。ごめんね紫苑。そういう事だから」


「隠し事なんてひどいよ~まあ、海星がそういうなら深くは聞かないけどさ」


「ありがとう」


「じゃあ、今日はもう帰るの?」


「ああ、すまないがそろそろ帰らないといけない。本当にすまないな」


「ううん。お仕事が忙しいんでしょ?」


「まあな。また時間ができたら会いに来るから」


「うん!楽しみにしてる。」


 紫苑は少し寂しそうな顔をしてたけどすぐに笑顔を取り戻してそういった。

 紫電さんたちに気を使わせないようにしているのだ。

 本当に紫苑はやさしい人間と思うし守りたいとも思う。

それと同時に無理をしてほしくないとも思う。


「では私たちはこれで失礼するよ。娘をよろしく頼む」


「紫苑をお願いね。天乃君」


「はいお任せください」


「またね。お父さんお母さん」


「ああ、また」


「またね。紫苑」


 二人は手を振って玄関から出て行った。


「紫苑、別に僕の前で無理して笑わなくてもいいんだよ?」


「何言ってるの?私は無理して笑ってなんかいないよ」


「嘘だね。おいで」


 顔をうつむけたまま一向に上げようとしない紫苑に僕は両腕を広げて迎え入れる。

 少しためらっていたけどすぐに顔を上げて飛び込んできた。

 やっぱり無理に笑ってた。


「なんで海星はそんなことが分かるの?表情には出してないはずなのに」


「雰囲気かな?最近ずっと一緒にいるから何となくそういうのが分かるんだよ」


「なにそれ」


「なんだろうね」


「、、、海星って優しいよね」


「そんなことないよ。僕は紫苑が好きだからこうしてるだけ。紫苑以外の人にこんなことしないよ」


「私だけってこと?」


「そう。紫苑は僕にとって唯一無二の大切な人だよ。だから僕の前では弱いところを見せてくれてもいいし甘えてくれていい。むしろそうしてくれると嬉しい」


「でも、それじゃあ海星の迷惑なっちゃう」


 僕の胸に顔をうずめながら紫苑は言った。

 泣いてるわけじゃない。

 でも、今の紫苑の声は今までで聞いたことが無いくらい弱弱しいものだった。


「迷惑なもんか。言ったろ?紫苑に頼られるのはうれしいって。それに紫苑はいつも頑張ってるんだから僕の前でくらい頑張らなくてもいいんだよ」


 実際紫苑は外ではいつも頑張っている。

 学校でトップの成績を維持したり結構大変な生徒会の業務を一人でこなしたりと。

 だが、彼女がどれだけ努力をしても彼女は認められない。

 いや、認められているのだろうけどそれは彼女のではない。

 みんな紫苑がどれだけ努力をしているのか知らないのにただ、という一言で片づけられてしまう。

 だから、彼女には僕の前でくらい気を抜いてほしい。

 何の気兼ねもなく頼ってほしいんだ。


「でも、」


「でもじゃない。僕は迷惑じゃない。だから存分に甘えてくれ」


「、、、、、うん」


 紫苑は僕の背中に回す手の力を強めながらうなずいた。


「今日はどうする?まだ早い時間だけど何かしたい事とかある?」


「このまま海星とくっついてたい」


「わかった。紫苑がそれでいいならそうしようか」


「うん!」


 今日はいろいろあったと思う。

 時間にしてみれば二時間もなかったけどその中でも僕はいろいろなことを知ってしまった。

 紫苑のご両親のこと。

 紫苑の置かれている状況など様々だ。

 きっと紫苑のことが裏の存在にばれたら危険な目に遭うのだろう。

 だから、紫電さんと璃苑さんは紫苑から距離を取っていた。

 でも、このことを知らない紫苑からするともしかしたら紫苑はさけられてるのかもしれないと思っているかもしれない。


「紫苑」


「なに?」


「僕はずっとそばにいるからね」


「、、、うん」


 今は紫苑が僕に抱き着いているので顔は見れないけど耳が真っ赤だ。

 きっと照れてるんだろうと思う。


 ◇


「あなた彼はどうでしたか?」


「あれはなかなかの傑物だぞ?覚悟という面においてはうちの若いのより秀でてる。あれに実力が付けば紫苑は安全だろう」


「あなたがそこまで言うなんて珍しいですね」


「まあな。いい目だった。自分の命と紫苑の命を天秤にかけるような質問をしたんだがな」


「彼は何と?」


「即答だったよ。紫苑を助けれるなら自分の命くらい安いもんだとな」


「それはまたすごいですね。そんなことを即答できる学生なんてそうそうないでしょうに」


「だろ?だからあれには強くなって貰わんといかん。近々始まる抗争に備えて紫苑を守れるように」


「そうですね。そろそろでしたね」


 二人は車に乗りながらそんな話をしていた。

 その眼は紫苑や海星に向けていた目とは違っていた。

 幾千と修羅場を乗り越えてきた猛者の目であった。                                                                           

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