第3話ラブコメ主人公に共通する点その三

「ただいま~」


 リビングの扉を開き帰宅の挨拶を告げる。

 父が再婚する前は戻ってくることのなかった返事だが。


「兄さん、おかえりなさい」


 と、ご覧のとおり義理の妹が出迎えてくれる。

 しかも夕飯を作ってくれているからエプロン姿というオプション付きだ。

 素早く俺の前にまで移動してきては「遅かったですね?」と質問しつつ、俺のカバンを受け取ってくれた。


 いや、間違えた。俺の手からカバンを強奪した。


「本屋に寄り道してたからな」

「存じておりますが、それにしても遅いなと思いまして」


 体を横に傾けた拍子で、綺麗にまとめられたサイドポニーテールが揺れる。


「同級生がいてさ。なんか、いろいろと質問攻めにあって」

「そうなのですね――」


 カラ返事をしつつ、俺のカバンから弁当箱を取り出す。


「今日も美味しかったよ」

「兄さんの嫌いなキノコまで残さず食べてくれたのですね、お粗末様です」


 え、うそ?

 キノコなんてどこにもなかったけど?


「刻んでまぜまぜしました」


 なるほどな、にしても気付かなかった。


「父さんと義母さんは?」

「今日も遅くなるそうですから、私たちだけで先にお夕飯をとのことです」


 父さんはフリーランスとして働くカメラマン。

 仕事と称して、義母さんとあちこちに旅行にまわっている。


「お夕飯の前に、兄さんはお風呂に入ってきてください」


 汗を掻いたし臭うだろうか。腕を上げて嗅いでみる。

 自分ではよく分からないな。


「雨で肩が濡れております。風邪を引かれたら大変でしょう?」


 できた妹だ。

 しっかり感謝を伝えてからお風呂場へ直行。

 丁度よい湯加減。

 ぬるま湯に調節された湯船で疲労を癒し、部屋へと移動する。


「あっちー……あ、涼し~~」


 温まった体からはすでにほんのりと汗が滲み出ている。

 体に悪い。それに怒られる――と思いつつ、冷房の風を乗せた扇風機で涼を取ろうとするが案の定。


「もう! 油断も隙もありません。風邪を引いてしまいますよ、兄さん」


 手を引かれ強制的にリビングまで連れられ、ソファへ座らされた。


「では、ドライヤーしますね」と、温風冷風を使い分け髪を乾かしてもらう。

「次はマッサージです」と、お風呂で身体が柔らかくなっている内にと言って頭や首、肩を揉み解してくれる。


 これが夕飯を済ませていた場合は、腰や脚のマッサージから膝枕での耳掃除まで付く贅沢フルコースだ。


 そろそろ分かっただろうか。

 そう、これが――。

 俺が自分をラブコメ主人公かもしれないと錯覚した理由。

 ラブコメ主人公に共通する点。その三。最後――――。


『家事得意世話好きの妹がいる』である。


 同じクラス隣の席には絶対王者系の美少女がいて、

 さらには下校を一緒にする絶滅危惧種系の幼馴染がいて、

 家に帰れば甘やかし系の妹がいる。


 しかも、それぞれから溢れんばかりの好意も感じる

 これだけ揃えば、俺はラブコメ主人公かもしれない。

 そう思ってしまうのも仕方ないと……あ、そこ凄く気持ちがいい――。


「んーここが気持ちいいんですね~? 凄く――

 ――固くなってるね?」


 そんな耳元で艶めかしい声で怪しいことを言わないでください。

 甘やかされて、今のダメになっているダメダメなお兄ちゃんは溶けてしまいます。


「兄さんのお風呂上りに合わせて用意したので、冷めないうちにご飯にしましょう」


 またもや手を引かれ、ダイニングテーブルに着席した俺の前に置かれる夕飯の品々。

 どれもこれもが好物な上にとても美味しそうだ。

 空腹も相まり、思わず唾を呑み込んでしまった。


「いただきます」を合図に食事を開始。そしてやはり抜群に美味しい。

 妹が作るご飯って最強かもしれない。

 そう思いながら食べ進める俺を妹はニコニコ顔で眺めている。


「なあ? 駄目な兄の顔を見て楽しいか?」

「え、うん楽しいですよ? 美味しそうに食べてくれるのが嬉しいですし」

「そっか」

「私は一人っ子でしたから、誰かとしかも愛する兄さんと一緒にご飯を食べられるだけで嬉しいです」


 それはまあ、俺も一緒だ。

 愛する妹と一緒に食べるご飯は、たとえ失敗した料理だとしても、笑い合いながら食べられる。幸せな食卓だって自信をもって言える。


「そっか――。俺も愛しているぞ」

「兄さんが言うと、どうしてか軽く感じますね」


 酷い言い草だ。何でも任せきりだから仕方ないのかもしれないけど。

 ただ、二ヒッと笑っているから冗談で言ったのかな。


「愛想尽くされないように明日から頑張るとするさ」

「そこは今日からと言った方がいいと思いますよ?」


 鋭い突っ込みだ。


「でも、別に家のことは頑張らなくてもいいですよ? 私、兄さんを甘やかしたい系の妹ですから」


 おかげで生活能力がどんどん失われている気がする。

 もしやそれも作戦なのか? 俺を妹なしでは生きられないようする、甘くも地獄のような厳しさを持つ罠なのか?


「あと、兄さんは間違えております。何かに失敗したりすると、確かにガッカリする人や離れていく人もいるでしょうけど、反対に相手のダメな部分も含めて好きになる人もいると思います。私は兄さんの良い所を誰よりも知っていると自負しておりますから、愛が尽きることなんてないですよ?」


 何もかも包み込んでくれる聖母のように優しい表情だ。

 なんでも許してくれる。

 そんな眼差しを向けられてしまえば、抗う事などできない。

 罠と分かっても向かって行ってしまう。


 俺はこうやって、そのうち自らの力では抜けだせない程ズブズブに堕とされてしまうのかもしれない――。


 そう悟りかけた時。


 妹の顔から表情がスンと抜け落ちた。

 静かに箸を置き、そして。


けいくん――?」

「どうしたの、ひーちゃん?」

「決まった――?」


 決まったかどうか、何に対して訊ねているのかというと。


 同じクラスにいる学校一番の美少女の吉岡さん。

 素直になれない幼馴染の陽葵ひまり

 家事得意世話好きの義妹。


 俺の選択について問い掛けているのだろう。

 俺はみんな同じくらい好きだ。選ぶ事なんて不可能に近い。

 でも選ばなければならない。


 将来、俺が選ぶ吉岡陽葵・・・・は一体どの”ひーちゃん(・・・・)”なのだろうか。


 ひーちゃん本来の性格は感情の起伏が少なく控えめで物静か。

 そんな幼馴染いもうとが、高校入学前に突然告げた事で始まった一人三役に振り回される日々。


「ひーが恵くんをラブコメ主人公にする――」


 有言実行。そのおかげで身に沁みて感じた。

 魅力的な女の子から一人を選ぶラブコメ主人公って大変だよなって。


 いや、でもさ?


 そもそも俺は一度ひーちゃんに振られている。

 俺を振ったひーちゃんがどうして突然一人三役を演じ始めたのかも分からない。

 聞いても教えてくれないからな。


 そしてこれは果たして――。

 ラブコメ主人公になるのか?

 俺はラブコメ主人公になれているのか?


 やっぱり違う様な気がするけど……まあ?

 楽しそうに演じるひーちゃんに付き合うのも楽しいし、それに何より――。


 好きで仕方ない、

 たくさんの可愛い吉岡よしおか陽葵ひまりを見られるなら、何でもいいのかもしれない。


 だから俺がする返答は決まっている。


「どのひーちゃんも好きなんだよなぁ……」


「そ、わかった――。それなら明日も、ひーが恵くんをラブコメ主人公にするから」

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