第3話ラブコメ主人公に共通する点その三

「ただいま~」


 リビングの扉を開き帰宅の挨拶を告げる。

 父が再婚する前は戻ってくることのなかった返事だが。


「あ、おかえりお兄ちゃん」


 と、義理の妹が返事を戻し出迎えてくれる。

 しかも夕飯を作ってくれているからエプロン姿というオプション付きだ。

 コンロの火を止め、素早く俺の前にまで移動してきた妹は「遅かったんだね?」と質問しながら、俺のカバンを受け取る。


 いや、間違えた。俺の手からカバンを強奪する。


「本屋に寄り道してたからな」

「うん、知っているよ。でも、それにしても遅いなーって?」


 妹は体を傾け、綺麗にまとめたサイドポニーテール揺らす。


「同級生がいてさ。なんか、いろいろと質問攻めにあって」

「そうなんだね――」


 妹はカラ返事をしつつ俺のカバンから弁当箱を取り出す。


「ご飯もう少しでできるけど、お兄ちゃんは先にお風呂入ってきて」


 今日もカバンは返してくれないようだ。それよりも。

 お風呂か夕飯、普段ならどちらかを選択させてくれる。

 だが今日は選択肢が排除されている。だから「臭うだろうか」そう思い腕を上げて嗅いでみたのだが。

「風邪を引いたら大変でしょ?」と首を傾げ、さも当然のように告げてきた。


「お湯も溜めたし洗面所にタオルと着替えも置いてあるから、そのまま直行して大丈夫だよ。シャツとスラックスも洗っちゃうからね」


「何から何まで悪いな」


「私が好きでやっていることだから」と誇らしげに、立派な胸を張る。

 エプロンの上からでも分かるくらい女性らしい主張だ。

 あと、多分下はショートパンツ。エプロンで隠れているからよく分からないが、白く健康的な肉付きをした脚が露わになっている。

 夏の魔物が現れそうな、露出具合に感じる。

 妹にそんな目を向けたくはないが、スタイルがよくて目のやり場に困ってしまうな。


「なーに? 妹に見惚れちゃった?」


 ニヤッと笑い揶揄う表情は、イメージする『妹』らしくも見える。


「ああ、余りにも可愛い妹だと思ってな」


 お返しにニヤッと笑い妹を揶揄ってみる。


「……もー、お兄ちゃんは本当に女たらしだね? それよりほら、行った行った――」


 僅かに耳の先を染めた妹に背中を押され、そのままお風呂場へ直行する。

 髪を洗い、軽く体を流してから湯に浸かる。

 ぬるま湯よりは少し温かい。

 夏に浸かる湯としては丁度いい湯加減に思わず「ふ~」と、声が漏れ出てしまう。


 浴室の外、脱衣所に人のいる気配がするけど、妹が洗濯機を回してくれているのだろう。


「お客様、どうですかー?」

「最高でございます」


「ふふ、それなら何よりです。お背中流しましょうか?」

「それは結構です」


 少し憧れるシチュエーションだが、さすがに不味い。

 義理とはいえ、妹なのだ。

 不可抗力による起きる惨事。兄としての尊厳。

 それらを守るためにも、これを了承するわけにはいかない。


「ざーんねん! それより今日はアジが安かったから、お兄ちゃんの好きなアジの竜田揚げだよ」

「愛しているぞ、妹よ」

「はいはい。――私も調子のいいお兄ちゃんを愛しているよ」


 まるで挨拶のような「愛しているよ」を交わし合ってから、妹は「ゆっくり浸かってね」と言葉を残し去って行く。

 お風呂は好きだが、夏の長湯は負担が掛かる。

 そのため、少ししてから湯船から上がり、体を洗い入浴時間を済ませてしまう。


「あっちー……あ、涼し~~」


 温まった体からはすでにほんのりと汗が滲み出ている。

 体に悪い。それに怒られる――と思いつつ、冷房の風を乗せた扇風機で涼を取ろうとするが案の定。


「あ、もう! 風邪引くよ、お兄ちゃん!!」


 手を取られ、強制的に移動させられてしまう。

 そしてソファに座らされ――。


「じゃあ、ドライヤー掛けちゃうね」と、温風冷風を使い分け髪を乾かしてもらう。

「次はマッサージだね」と、お風呂で身体が柔らかくなっている内にと言って頭や首、肩を揉み解してくれる。


 これが夕飯を済ませていた場合は、腰や脚のマッサージから膝枕での耳掃除まで付く贅沢フルコースだ。


 そろそろ分かっただろうか。

 そう、これが――。

 俺が自分をラブコメ主人公かもしれないと錯覚した理由。

 ラブコメ主人公に共通する点。その三。最後――――。


『家事得意世話好きの妹がいる』である。


 同じクラス隣の席には絶対王者系の美少女がいて、

 さらには下校を一緒にする絶滅危惧種系の幼馴染がいて、

 家に帰れば甘やかし系の妹がいる。


 しかも、それぞれから溢れんばかりの好意も感じる

 これだけ揃えば、俺はラブコメ主人公かもしれない。

 そう思ってしまうのも仕方ないと……あ、そこ凄く気持ちがいい――。


「んーここが気持ちいいんですね~? 凄く――

 ――固くなってるよ?」


 そんな耳元で艶めかしい声で怪しいことを言わないでください。

 甘やかされて、今のダメになっているダメダメなお兄ちゃんは溶けてしまいます。


「はい! 今日は終わり! お兄ちゃんのお風呂上りに合わせて揚げたばかりだから、冷めないうちにご飯食べよ!」


 妹に手を引かれ、ダイニングテーブルに着席した俺の前に置かれる夕飯の品々。

 どれもこれもが好物な上にとても美味しそうだ。

 空腹も相まり、思わず唾を呑み込んでしまった。


「いただきます」を合図に食事を開始。そしてやはり抜群に美味しい。

 妹が作るご飯って最強かもしれない。

 そう思いながら食べ進める俺を妹はニコニコ顔で眺めている。


「なあ? 駄目なお兄ちゃんの顔を見て楽しいか?」

「え、うん楽しいよ? 美味しそうに食べてくれるのが嬉しいし」

「そっか」

「それに、私は一人っ子だったから誰かとしかも愛するお兄ちゃんと一緒にご飯を食べられるだけで嬉しいから」


 それはまあ、俺も一緒だ。

 愛する妹と一緒に食べるご飯は、たとえ失敗した料理だとしても、笑い合いながら食べられる。幸せな食卓だって自信をもって言える。


「そっか――。俺も愛しているぞ」

「お兄ちゃんが言うと、なんか軽く感じるんだよね~」


 酷い言い草だ。何でも任せきりだから仕方ないのかもしれないけど。

 ただ、二ヒッと笑っているから冗談で言ったのかな。


「愛想尽くされない様に明日から頑張るとするさ」

「そこは今日からって言わないとダメじゃない?」


 鋭い突っ込みだ。


「でも、別に家のことは頑張らなくてもいいよ? 私、お兄ちゃんを甘やかしたい系の妹だから」


 そのおかげで生活能力がどんどん失われている気がする。

 もしやそれも作戦なのか? 俺を妹なしでは生きられないようする、甘くも地獄のような厳しさを持つ罠なのか?


「それにお兄ちゃんは間違えているよ――。何かに挑戦して失敗したりすると、確かにガッカリする人や離れて行っちゃう人もいる。でもね人ってさ? 相手のダメな部分も含めて好きになったりするから。そして私はお兄ちゃんの良い所をたっくさん知っているから、愛が尽きることなんてないよ」


 何もかも包み込んでくれる聖母のように優しい表情だ。

 そして、なんでも許してくれる。

 そんな眼差しを向けられてしまえば、抗う事などできない。

 罠と分かっても向かって行ってしまう。


 俺はこうやって、そのうち自らの力では抜けだせない程ズブズブに堕とされてしまうのかもしれない――。

 そう悟りかけた時。


 妹の顔から表情がスンと抜け落ちた。

 静かに箸を置き、そして。


「恵(けい)くん――?」

「どうしたの、ひーちゃん?」

「決まった――?」


 決まったかどうか、何に対して訊ねているのかというと。


 同じクラスにいる学校一番の美少女の吉岡さん。

 素直になれない幼馴染の陽毬ひまり

 家事得意世話好きの義妹。


 俺の選択について問い掛けているのだろう。

 俺はみんな同じくらい好きだ。選ぶ事なんて不可能に近い。

 でも選ばなければならない。


 将来、俺が選ぶは一体どの””なのだろうか。


 ひーちゃん本来の性格は感情の起伏が少なく控えめで物静か。

 そんな幼馴染いもうとが、高校入学前に突然告げた事で始まった一人三役に振り回される日々。


「ひーが恵くんをラブコメ主人公にする――」


 有言実行。そのおかげで身に沁みて感じた。

 魅力的な女の子から一人を選ぶラブコメ主人公って大変だよなって。


 いや、でもさ?


 そもそも俺は一度ひーちゃんに振られている。

 俺を振ったひーちゃんがどうして突然一人三役を演じ始めたのかも分からない。

 聞いても教えてくれないからな。


 そしてこれは果たして――。

 ラブコメ主人公になるのか?

 俺はラブコメ主人公になれているのか?


 やっぱり違う様な気がするけど……まあ?

 楽しそうに演じるひーちゃんに付き合うのも楽しいし、それに何より――。


 好きで仕方ない、

 たくさんの可愛い吉岡陽毬を見られるなら、何でもいいのかもしれない。


 だから俺がする返答は決まっている。


「もう一日延長で」


「わかった――

 ――もう、仕方ないお兄ちゃんだなぁ」


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