第2話ラブコメ主人公に共通する点その二

 そんなこんな吉岡さんの猛好もうこうを乗り切った放課後。

 科せられた罰を償い、帰途に就こうとする頃には、滝のような雨は小雨へと変わっていた。

 罰を与えられたけど、ついている。

 今日は『ラブコメ劇場』の最新刊の発売日だから寄り道がしたかったのだ。

 大雨の中、寄り道するのはちょっと憂鬱だったけど、小雨程度なら大して気にならない。

 ポジティブに考えたら罰を与えられたことも運が良かったのかもしれない。


 ひとけの薄くなった昇降口で外靴に履き替え、傘置きにある筈の中々見つからない自分の傘を探していると後ろから声が掛かった。


けい! あんたの傘が盗まれない様に取って置いてあげたわ」


 声の持ち主はグイッと傘を差し出し、俺が受け取ると体を斜めに向けた。

 その拍子にトレードマークにも見えるツインテールが揺れる。

 まるで「感謝してよね、ふん!」と幻聴が耳に届きそうな光景だ。


「ありがとう、陽毬ひまり。でも、遅くなるって連絡したろ? 先に帰ってくれててよかったのに」

「罰で遅くなったあげく、傘を盗まれて濡れて帰る恵を憐れんだだけ! 別に一緒に帰りたくて待ってたわけじゃないからね!」


 そう――。このテンプレのようなツンデレを演じる女の子。

「あんたのためよ!」とツンにもデレにも捉えることのできる事を言っている女の子。

 陽毬の存在も悩みの一因となっている。


 俺が自分をラブコメ主人公かもしれないと錯覚した理由。

 ラブコメ主人公に共通する点。その二。それは――――。


『素直になれない幼馴染がいる』である。


 俺が幼い頃に母は病気で亡くなっており、家は父子家庭だ。

 陽毬の家も似た理由で母子家庭。

 妙な縁から家族付き合いが始まり、父が再婚、タイミングを同じくして陽毬の母も再婚するまでは、父の帰りが遅い日によく陽毬の家で夕飯を食べさせてもらった。

 反対に陽毬の母が遅くなる日は、陽毬が家に泊まりに来たことも多々あった。


 だから俺と陽毬は幼馴染って関係なのだろう。

 だが――。


『恵くんにギュッてされるの好き――』と。


 素直に甘えてくれていた陽毬の姿は、今の陽毬からは窺えない。

 頭を撫でると顔を蕩けさせていた陽毬の姿も、もはや妄想の類いだったかもしれないと思えてしまう程のツンデレっぷりだ。


 だからつい「一緒に帰りたい」と素直に言えない幼馴染の横顔をジッと見てしまう。


「……な、なによ?」

「いや、陽毬は素直な子だったのになーって」

「~~!!?? 恵のせいでしょっっ!!」

「――イッタァ……叩くなって。俺が悪かった」


「ふんっ」と鼻を鳴らし、顔を背けるツンデレさん。

 外を眺め「雨、やまないね」とボソッと呟いた。

 その表情がどこか大人びていて、それが陽毬の魅力を惹き立てている。

 身長は小柄。髪型はツインテール。どこか幼い雰囲気ながらも、時折見せる憂いのある表情が目を惹かせる。

 このギャップこそが陽毬の魅力なのだろう。


「……とりあえず帰るか」

「そうね、夕飯も作らないとだし」


 昇降口を出て傘を開く。

 あと一歩踏み出せば雨に打たれるというのに、陽毬は一向に傘を取り出さない。

 俺の顔そして俺が開いた傘を交互にチラチラと見ている。


「どうした?」

「傘……忘れた……」


 お前もか、お前も忘れんぼさんなんだな。

 今朝、一緒に天気予報を見ただろ?

 それなのに忘れたと?

 まあ、別についつい忘れてしまう事は俺にも覚えがある。

 だから突っ込みたい気持ちは心にしまっておこう。


 ――けど。


 そのカバンからひょっこり覗かせている折りたたみ傘らしき柄は何だろうか。


 あー……うん。きっと壊れているのだろう。

「壊れた」じゃなくて「忘れた」と言い訳したことも気になるが……。


 うん、傘が壊れた。そうに違いない。

 そうでなければ「相合傘をしたいから帰りを待っていてくれた」と受け取ってしまうぞ。

 受け取らない代わりにちょっとだけいいか?


 隠すならもっと上手に隠してくれ!! 傘も気持ちも!!!!



「……なんだ、だから待っててくれたんだな」


 大人な対応を取れた俺は偉い!

 だから陽毬? そんなに「ウゥ~~ッ」て唸り声が聞こえてしまいそうなほど睨まないでくれ――。


 ――とまあ、相合傘が成立した訳なのだが。

 距離が近い。いい匂いだ。あとどうして腕を組む。

 当たっているぞ? 当てているのか? お前も小悪魔なのか?

 ツンが終わりデレのターンが来たのか?

 ただ、今は夏特有の蒸し暑さもあり汗が気になる。

 気持ち悪くないのか?

 ご機嫌に鼻歌を口ずさんでいるから気持ち悪いとは微塵も思っていないのだろう。


 でもまさか学校のアイドルと相合傘の話をした日の帰りに、相合傘を実際にするとは。

 約束を結んだ訳じゃないのに、これって考え方によっては浮気にも思えてしまうな。

 俺はラブコメ主人公になりたいだけで、浮気がしたい訳ではない。

 たった一人の女の子を好きでいたいからな。


「なんか……人から見たら私たちってカップルに見えたり……するのかな?」


 学生服を身に纏い、相合傘さらには腕を組みながら下校する。

 むしろこれだけ詰め込まれた状況は、カップル以外の何者にも見えないだろう。

 ただ……目も合わせず、別の方へ目を向けながらボソッと呟きながら質問したのはグッときた。

 なんか、ラブコメって感じがした。

 でもさてさて、なんと返事をしようか――。


「今のやっぱなし!! 代わりになんか面白い話してよ」


 へんかきゅ~~急な無茶ぶりかんべん~~~~!!


「蒸し暑いな」


 雨の日、特に雨が上がった後なんかは特に蒸し暑さを感じてしまう。


「え? そう、ね……ッ!?」


 あ、いや別に蒸し暑いから離れろと訴えた訳じゃない。

 だから勘違いして、そんなに力強く抱きしめないでくれ。

 幸せな感触に意識が持って行かれてしまうからさ。


「面白い話は自信ないけど、涼しくなる話なら――」

「却下!! きゃっか、キャッカ、却下!! 私が怖い話苦手……じゃなくて! えっと、そう! 恵が怖い話をしたら私もする事になるでしょ?」


「いや、別に――」

「するの!! だからその、私とっておきの怖い話を聞いたら恵はきっと夜眠れなくなるから!! だから、恵のために止めておいてあげる!!」


 反論を許さない。有無を言わせない真剣で力強い眼差しだ。

『圧』とも呼べる。


「陽毬は優しいな~」

「嘘! ぜんぜん気持ちこもってない!! それ!!」

「いや、嘘なんて言ってないから。気持ちもこめたって」


 ふんだんに気持ちを込めたかと問われたら「否」と答えざるを得ないが。

 ツンデレだとしても陽毬が優しい性格の持ち主ということは俺が誰よりも理解している。

 で、あるから気持ちはこもっている。


「じゃあ、私のこと褒めてよ!!」


 あ~それも中々に無茶ぶりだな~~。


「……二足歩行ができて凄いね?」

「な~~ッ!? それのどこが褒め言葉よッ!! 煽られているとしか思えないんだけど!?」


 陽毬は低い位置からキッと睨みつけてきた。

 きっと叩きたかったけど、密着しているせいで睨むことしかできなかったのだろう。


 いやでもさ? 俺もさ?

 陽毬を褒めることなんて、めちゃくちゃ簡単にできるぜ?

 付き合いが長い幼馴染だからな。


 優しいよ。可愛いよ。爪や指先も綺麗だね。

 今日はアイシャドーを変えたんだね。

 芍薬ピオニーのようなほんのりとしたピンク色が、陽毬の華やかさを際立たせてくれていてよく似合っている。

 ツンもデレもどちらにせよ陽毬は可愛いよ。

 俺が好きなキャラのキーホルダーを、こっそりお揃いで鍵に付けているのもいじらしいよ。

 これでもかって程に腕を組んでいるのだって、少しでも俺の肩が濡れない為にでしょ?

 本当に陽毬はさりげない気遣いができる子だね――。


 ――て、まだまだ褒めたりないくらいある。

 でも、例え褒めたとしてもツンデレさんが素直に受け取ると思えないから無茶ぶり~って思った訳よ。


「――どう? 分かった?」

「~~~~!?!?」


 声にならない声が聞こえてくる。

 嬉し恥しすぎてもだえる様に表情が忙しく変化している。

 アイシャドーよりも綺麗なピンク色……を通り越す綺麗な赤色に染まっている。

 余りにも褒めろ褒めろと騒ぐものだから、「もう止めて!」と言われても、俺は残りの帰り道で陽毬を褒め続けた。


 求めに応じて褒めたけど、懇願を無視して褒め続けた。

 そんな俺に対して陽毬は果たしてツンで返すかデレで返すのか――。


「恵のイジワル!! でも――

 ――た……たくさん褒めてくれて、ありがと……」


 ツンと思いきやデレだ。モジモジして可愛いな~。


「いえいえ」

「あと……」


 お、あと?


「その……傘、私が濡れないようにって寄せてくれてありがと……それが原因で風邪引いたら、私のせいでもあるし? 看病しに行ってあげても……いいから、ね?」


 片側の肩が濡れる事なんて何のその。

 守りたい。この尊い絶滅危惧種ツンデレを守りたい。俺はそう強く思った。

 それと同時に、砂糖たっぷりのデレを味わった後にツンを求めてしまう気持ちもある。


 そんな俺はもはや病気なのかもしれない。


「質問への返答だけどさ」

「え、うん? なによ改まって?」


「実際どうかは分からない。でも、俺と陽毬を知らない人から見たら、俺らは仲良しカップルにしか見えなかったと思うぞ」


 再び声にならない声と、真っ赤に顔を染める陽毬が現れ――。


「バカっっ!! 恵なんて知らない!! イジワルッ!!!!」


 と、逃げる様に玄関の中へ入って行った。

 俺は小さく「ごちそうさまです」と呟く。

 そして傘を閉じ、少し前から晴れていた空を見上げてから『ラブコメ劇場』最新刊の購入へ、来た道を戻ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る