第2話ラブコメ主人公に共通する点その二
朝だけでなく、1日通して吉岡さんに弄ばれながらも乗り切った放課後。
科せられた罪を償う、もとい数学教師と放課後ランデブーを済ませた後。
下校する頃には、滝のような雨が小雨へと変わっていた。
罰を与えられたけど、ついている。
ライトノベル『ラブコメ劇場』の最新刊発売日だから、寄り道がしたかったのだ。
大雨の中、寄り道するのはちょっと憂鬱だったけど、小雨程度なら大して気にならない。
ポジティブに考えたら罰を与えられた事も運が良かったのかもしれない。
パッと見、傘置きにある筈の俺の傘がない。
パクられたか? そう思った時「
「……
「恵の傘が盗まれないように、預かってあげていた私に随分な言い方ね!」」
「ふんっ」と鼻を鳴らし、顎をしゃくるように顔を横へ背けた。
その拍子に自慢のサラサラツインテールが、新体操選手が扱うリボンのようにふわっと舞い揺れる。
――感謝してよね、ふん!
そんな幻聴が聞こえた気がした。
「ありがとう、陽葵。でも遅くなるって連絡したろ? 先に帰ってくれててよかったのに」
「罰で遅くなったあげく、傘を盗まれて濡れて帰る恵を憐れんだだけ!」
「そっか、ありがとな」
「……べ、別に一緒に帰りたくて待ってたわけじゃないからね?」
テンプレのようなツンデレを見せ、傘を「ん!」と手渡す陽葵。
昔ほどの勢いはなくなり、
ツンデレは最近のラブコメでも準絶滅危惧種にも近いキャラだった。
俺もそう思っていたが、案外悪くはない。
素直になれない、いじらしい姿が可愛い。
そう思うようになったのだ。
あれ、でもこれって。
浮気になるのか? 浮気じゃないぞ?
いや、どうなんだ……?
……まあ、ともあれ。
陽葵の存在も悩みの一因となっている。
俺が自分をラブコメ主人公かもしれないと錯覚した理由。
ラブコメ主人公に共通する点。その二。それは――――。
『素直になれない幼馴染がいる』である。
俺が幼い頃に母は病気で亡くなっており、家は父子家庭だ。
陽葵の家も似た理由で母子家庭。
妙な縁から家族付き合いが始まり、父が再婚、タイミングを同じくして陽葵の母も再婚。
それまでは、父の帰りが遅い日によく陽葵の家で夕飯を食べさせてもらった。
反対に陽葵の母が遅くなる日は、陽葵が家に泊まりに来たことも多々あった。
だから俺と陽葵は幼馴染って関係なのだが――。
『恵くんにギュッてされるの好き――』と。
素直に甘えてくれていた陽葵の姿は、今の陽葵からは窺えない。
頭を撫でると顔を蕩けさせていた陽葵の姿も、もはや妄想の類いだったかもしれないと思えてしまう程のツンデレっぷりだ。
だからつい「一緒に帰りたい」と素直に言えない幼馴染の横顔をジッと見てしまう。
「……な、なによ?」
「……とりあえず帰るか」
「そうね、もう遅いしね」
昇降口を出て傘を開く。
あと一歩踏み出せば雨に打たれるというのに、陽葵は一向に傘を取り出さない。
俺の顔、そして俺が開いた傘を交互にチラチラと見ている。
「どうした?」
「……」
むすっと、口を一の字に閉ざす陽葵。
つい、口元にあるホクロに目がいってしまう。
「帰らないのか?」
「傘、忘れたのよ!!」
「天気予報見ていなかったのか?」
「悪いッ!?」
いいえ。悪いのは、この空です。
だから、潤ませた目でキッと睨まないでくれ。
「……それなのに俺の傘を守ってくれてありがと。なんだ、とりあえず家まで送るから入っていくか?」
大人な対応を取れた俺は偉い。
だから陽葵?
顔を真っ赤にして「ウゥ~~ッ」て、唸り声を上げないでくれ。
俺の中で何かが目覚めてしまう――――。
――とまあ、相合傘が成立した訳なのだが。
距離が近い。
「ねえ? 今の私たちって何?」
「何、とは?」
「何はあれよ、あれ! ……恋人に見えたり、とかのあれよ!!」
陽葵はツーンと顔を逸らし、チラっと目を向け直す。
「まあ、見えない事もないんじゃないか?」
学生服を身に纏い、相合傘しながら下校する。
これだけ詰め込まれた状況は、カップルもしくはそれに近い関係にしか見えないだろう。
「……こういうのは、本当は彼氏としかしたくないけど……恵は特別だからね」
さてさて、なんと返事をしようか。
「今のやっぱなし!! なに言わせんのよッ!!」
本当に何を聞かせんのよ!
「それにしても蒸し暑いな」
雨の日、特に雨が上がった後なんかは特に蒸し暑さを感じてしまう。
「え? そう、ね……ッ!?」
あ、いや別に蒸し暑いから出ていけと訴えたわけじゃない。
だから勘違いして、そんなに力強く睨まないでくれ。
「追い出したりしないから腕を組む必要はないぞ?」
「うるさい! あんたが悪いんじゃない!!」
さいですか。でも、当たっているぞ?
当てているのか? お前も俺を弄ぶ小悪魔なのか?
ツンが終わりデレのターンが来たのか?
ただ、今は夏特有の蒸し暑さもあり汗が気になる。
俺の腕にかく汗が気持ち悪くないのか?
口調とは裏腹に、ご機嫌に鼻歌を口ずさんでいるから、気持ち悪いとは微塵も思っていないのだろう――。
「恵は誰が好きなの?」
「吉岡さんだな」
「あっそ……」
自分で聞いておいて冷たい。
「陽葵は好きなやついないのか?」
ギロリとひと睨み。さらに、手の甲に痛みが走る。
「恵はどうしても、あの子を彼女にしたいってこと?」
「叶うならな」
完全に拒絶されたわけでもないんだし、一度振られたくらいでは諦められない。
まあ、吉岡さんは難しい子で、俺も迷子なんだけどさ。
「恵が振られたら、特別に慰めてあげる」
「陽葵は優しいツンデレだな」
振られる前提は悲しいけどさ。
「誰がツンデレよ!! 私はツンよ、ツン!! デレなんてどこにもないんだから!!」
今度、動画でも撮って置いてやろうか。
「陽葵が嫌でも俺と腕を組んでいるのは、少しでも俺の肩が濡れないためだろ?」
「~~~~!?!?」
カァッーと、頬や耳を染め上げる陽葵。
図星だったのだろう。
陽葵はさりげない気遣いのできる優しい子だ。
「恵! あんた!! 気付いても言わないのが優しさだと思う……べ、別に恵の肩が濡れるのなんて気付いていなかったし!! 恵の勘違いだから!! それっ!!」
穴ぼこだらけで破綻している言い訳、陽葵のポンコツな叫びと同時に到着となる。
「何はともあれ、陽葵が濡れなくてよかった」
陽葵は双眸を開かせ肩を上げた。
驚いた猫が、毛や尻尾を逆立たせている様にもに見えた。
「帰る!! 送ってくれてありがとうっ!!」
「ああ、またな――」
門扉を越え、玄関扉の中へ入った陽葵を見送る。
背を向けようとしたが、陽葵がひょっこりと玄関扉から顔を覗かせる。
「どうした?」
「あのさ! その……傘、私が濡れないようにって寄せてくれてありがと。それだけ!!」
最後は恥ずかしくなったのか、
「――べっ」と舌を出して玄関の内側に姿を隠してしまった。
「……
そんな言葉を漏らしてから、来た道を戻り『ラブコメ劇場』の購入へ向かうことにした。
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